表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/57

南21・新年はめでたくも悲しく

 「ああ、この傷?やっぱり目立つよね。昨日、ちょっと紙で切っちゃったのよ。顔に傷がつくなんて、ホント最悪よ……。」


 桂樹(かつらぎ)が、頬に着いた傷の周りを軽く触りながら答えた。年頃の女子にとって、いや、女性にとって顔に傷がつくというのは、大問題だろう。だいぶ気にしている様子だ。


 「そうだったんだ。まあ、あんまり目立たないから大丈夫だよ。」


 黒月はフォローを入れて、質問を続ける。


 「そういえば、昨日は桂樹さんは休みだったけど、何してたの?」


 「え?昨日?昨日は……聖祝福記念日だったから、本当は家族と過ごしたかったんだけど、家族はコリには住んでないから、結局家にひとりで居たわ。今頃奇襲はどうなってるんだろうなーって思いながら、ゴロゴロしてた。」


 「へえ。」


 黒月が乾いた相づちをうつ。そして、その次にした黒月の質問に、部屋の空気が再び揺れた。先ほどよりも強く、空気が振動する。


 「それって本当?」


 「え?ほ、本当よ。何?黒月君、私を疑ってるの?残念だけど、それはハズレよ。」


 桂樹は、笑いながらそう応えた。


 黒月は、その返事を聞くと、深く息を吐いた。そして、ソファーにもたれかかるのをやめて、ももに肘をつき、前傾の姿勢になって質問を続ける。


 「いや、別にそういうわけじゃないんだけどね。ごめん。じゃあ、桂樹さんは、誰が裏切り者だと思う?」


 部屋の空気の振動がさらに大きくなり、うねりとなって渦巻き始める。桂樹は、ゆっくりと応えた。


 「誰って……誰が裏切り者だと思うかってこと?それは……。モリシタ参謀長はなんだか違う気がするし、でもだからって他のメンバーもあんまり……。身近にスパイがいるって、あんまり信じられないわよ。」


 黒月は、「だよな……。」といって、自分の足元を見つめる。揺れていた空気は収まり、平素の様態に戻った。やけに張っていた緊張感も、ゆるむ。


 桂樹は、そんな黒月を見て、わざと明るく話をまとめる。


 「じゃあ、とりあえず当面は駅の防衛力強化と物資備蓄、それと参謀課の裏切り者探しが目標っていうところね。」


 「そうだね。」


 黒月も顔をあげる。


 「もう新年を迎えちゃうけど、頑張っていきましょ!」


 桂樹が、黒髪を揺らしながら笑顔でそう言った。やっぱり、可愛い。こんなに悩んでいても、その笑顔ひとつで、それが一瞬だけだったとしても、その悩みを忘れてしまう。そんな可憐さが、華やかさが彼女にはあった。


 それからの一週間は、戦場に大きな動きは無かった。新たに作られた南北に連なる戦線を境に、お互い駅の修復や新たな兵の配置に追われることとなった。


 その間、黒月は裏切り者は誰か、の思考にふけっていた。自分を除いた参謀課7人のなかに、ザック国と繋がっている人がいる。この問題が解決されない限り、こちらがどんな奇策や良策を打ち出しても、それが敵に筒抜けになってしまう。


 そう考えると、この南方戦線が1年に渡って停滞していたのも説明がつく気がする。全てでないにしろ、作戦のその一部が敵に漏れているのだから、どんなに優秀な参謀がいても勝てるはずがない。


 つまり、この南方戦線でジークメシア帝国が勝利を手早く掴むには、このスパイ問題は早急に解決されなくてはならないということだ。


 黒月は、新年がすぐそこまで迫ってきているというのに、「味方を疑う」という鬱な作業を延々と繰り返していた。それに集中しすぎて、大晦日に行われた今年最後の定例会議でボケっとしていて、モリシタ参謀長に注意されてしまうほどに。


 そんな冴えない年末を過ごした黒月であったが、時間は等しく過ぎてゆくもので、新年を迎えた。ジーグン暦が1028回目の初日の出を迎えたのだ。慣習戦時法で元日は休戦が通例となっていることから、黒月は休みを取れた。


 休みを取ったと言っても、ひとりで軍寮に住んでいる黒月にとっては、何もすることのない暇な一日となってしまった。金曜日で元から休みだった桂樹に、新年の挨拶にでもしに行こうかと思ったが、尋ねてみると留守にしていた。


 翌日から業務に復帰した黒月は、相も変わらず裏切り者の考察をしていた。いや、それは正確な言い方ではない。実際、黒月は今までの状況と、そこから得られる推論で、おおよその目星はつけていた。それでも、その結論が受け入れがたくて、思考を繰り返しては同じ結論に辿り着き、それに抗うようにまた思考をするという、傍からみれば、全く無意味な糖分の消費をしていた。


 しかし、そんな愚行を繰り返していた黒月も、新年初めの土日を跨ぐ頃には、その結論を受け入れ始めた。正直に裏切り者を吊るし上げて、それでこの参謀課から追放しようと、そう心に決めた。


 それでも、自分の結論に抗う最後の賭けと、決定的な証拠を得るという両面の理由から、いくつかの調査を行った。


 その一環として、目星をつけた人の服に、所在地がリアルタイムで分かる機器(また技術課に無理言って作ってもらった。流石は技術課)を取り付けておいた。


 月曜日、火曜日、そして注目すべき水曜にも、特に変な動きは見られなかった。そして木曜にも、金曜にも、何も無かった。


 無かった。ら、良かったのかも知れない。


 水曜の次に注目していた日。それが金曜日だった。その日、機器はその人物がどんどん遠方に離れてゆくことを示していたが、それはあまりに遠くなっていって、途中で通信が切れてしまった。最終的にどこに行ったのかは分からず仕舞いだったが、そんなことはどうでも良いほどに、確証的なデータが得られてしまった。


 その翌日。黒月は、その人物と、同じ部屋で相対していた。

裏話コーナー


・ジーグン暦ですが、これはジークメシア帝国が用いている暦で、この世界にはまだ統一的な暦はありません。ジーグン暦元年は帝国ができた年だとが、初めて人類が「祝福」を受けた年だとか、定かではない様子。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ