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南14・いざ勝利へ

 「いやね、予算についてはまあギリギリいいとしよう。経理課の奴らは怒りそうだが、参謀課の決定に文句は言わないだろう。それよりも、だ。この『西部戦線の戦力を東部戦線に回して、東部戦線を押し上げ、Ⅱ駅奪取への加勢とする』というところが気にかかる。この西部戦線が手薄になったタイミングを狙って、敵が西部駅奪取を仕掛けてきたらどうするんだ、と思うのだが。」


 どうやら、桂樹(かつらぎ)の察知は合っていたようだ。意外性を武器に、奇襲作戦で成果を挙げてきた黒月としては、安定志向なモリシタ参謀長に若干のストレスを覚える。


 黒月が反論に出ようとしたその時、黒月が話しかけるのを遮って、桂樹が口を開いた。


 「確かに、東部戦線の押し上げ、路線の敷設で西部戦線は若干手薄になるでしょう。しかし、敵がそれを感知し、実際に実行に移すまでの間には、我々の奇襲攻撃が開始されます。敵は奇襲攻撃への対処に追われることになるので、西部駅奪取は叶わないと考えます。」


 黒月は、驚きの面持ちで桂樹の横顔を見つめる。最初にこの奇襲作戦の原案を話した時に反論されたというのもあるが、桂樹がこんなにも積極的に説得に参加してくれるとは思わなかった。


 それほどに、モリシタ参謀長を説得しにかかる桂樹の語気や覇気は強かった。「説得や演技が得意」という桂樹の言葉も、あながち嘘ではないな、と黒月は思う。


 桂樹の言葉を受けて、なおも真顔で資料を眺め続ける参謀長に、桂樹がさらに説得を続ける。


 「西部駅の守りを固めるということを重要視するなら、西部戦線も多少の押し上げをしてみてはいかがでしょうか。少数精鋭の部隊をいくつか組み、激しく交戦するのです。戦線で攻撃に出れば、戦線自陣後方にある西部駅まで敵の攻撃が及ぶことはないでしょうから。攻撃こそ最大の防御というやつです。」


 モリシタ参謀長は、それでもなお無言を貫く。認可の言葉を待ちわびる黒月、桂樹と参謀長の間の空気が、止まってゆく。そこから凝固が広がってゆくような、参謀長室全体の空気が止まってゆくような雰囲気のなか、時計の音だけが鼓膜を叩く。


 そうして、部屋全体の空気が凍るか、というとき、参謀長が大きく深呼吸し、だけを開いた。


 「まあ、確かに、そのような対策を取れば、一定の安定は得られるな……。それでは、この奇襲作戦を予算も含め承諾としよう。今週の定例会議で、最終案としてまとめて提出、メンバーに説明してくれ。よろしく。」


 「はい!」

 「はい!」


 黒月と桂樹は、喜びを乗せた声で敬礼する。これで、予算問題もクリアだ。あとは、会議でメンバーに情報を共有して、実行に移すのみ。黒月はもちろん、桂樹も戦線が動くことを予感し、期待に浸かっていた。


 それから日は過ぎ、その週の木曜日。つまりは定例会議の日を迎えた。とは言っても、今回は既に参謀長の認可を得られているので、メンバーに報告するだけだ。あとは、細かい調整などだろう。


 会議はいつものようにモリシタ参謀長の挨拶に始まり、メイン戦線の確認に入った。それが終わると、黒月の出番だ。黒月は、またも四苦八苦して作った最終稿の資料をメンバーに配り、メイン戦線の動きや予算についても含め、説明をする。


 「……ということになっています。大方のことは決定済みですが、何か質問のある方はいらっしゃいますか?」


 黒月が一連の説明を終えると、メンバーのひとりが手を挙げた。奇襲係の女性だ。「はいどうぞ」とモリシタ参謀長。


 「作戦については了解しました。とても斬新で、それでいて成功の可能性が大きい作戦だと思います。それで、この作戦はいつ頃実行する予定なのでしょうか?」


 黒月は軽く手を挙げ、モリシタ参謀長に目配せをする。「どうぞ」と参謀長。


 「作戦実行は、海中飛行という奇襲の特性上、それを探知されにくい雨天に決行すべきかと考えています。鉄道路線の敷設に関しても、工事音が雨音で消されれば敵の『覚の祝福者(ブレスド)』にも気付かれにくいでしょうから、やはり雨の日に決行すべきだと思います。」


 「なるほど。確かに、雨天が良さそうですね。」


 黒月の考えを聞いた女性は、素直に納得する。他のメンバーも同じ様相だ。


 「それで、今後の天気の予報はどうなっているのかね?」


 モリシタ参謀長が黒月に尋ねる。


 「はい、大気が不安定な影響で、来週一週間は連日雨の予想が出ています。ですので、準備が間に合うならば、来週のいつでも実行可能かと。」


 「なるほどね」と表情はそのままのモリシタ参謀長。メンバーが、それではいつがいいかと思案を巡らせる間に、桂樹が挙手し、案を述べた。


 「それでは、来週の金曜日はどうでしょう。」


 「なっ、来週の金曜は12月25日だろう?その日は――」


 男性メンバーのひとりが、桂樹の提案に反射的に反応した。桂樹は、その男性の言葉に割って入って提案を続ける。


 「そうです、来週の金曜日、12月25日は聖祝福記念日です。だからこそ、戦線の誰もが、いや、世界の誰もが予想しないのです。そんな日に戦線を揺るがす奇襲攻撃が実行されることなんて。だからこそです。どうですか?モリシタ参謀長。」


 桂樹はそう力説すると、その大きな双眸で参謀長をじっと見つめる。


 聖祝福記念日。それは、この世で初めて神から祝福を受けたという伝説の人物の誕生日とされ、世界的に祝日となっている日。この12月25日は、誰であろうと家族とゆっくり団欒の時を過ごすものだ。


 そんな日に、あえての奇襲攻撃。これは黒月ですらも考えていなかったことだ。いや、それは嘘だ。考えはついたが、さすがに断念した案だ。


 モリシタ参謀長は真顔のまま、しばらく桂樹の視線を真に受けていた。しかし、数十秒経つと参謀長は一度目を閉じ、それから席を立ちあがって、こう言い放った。


 「それでは、この海中飛行奇襲作戦は、12月25日に決行とする。晴天の場合は延期だ。これでいいかな?」


 メンバーの誰もが頷く。もちろん、黒月と桂樹もだ。


 「それでは、奇襲にあたって、各自の担当地域での準備を始めてくれ。何事も、ぬかりなく。それでは、解散。」


 こうして、奇襲作戦実行日が決まった。


 ジーグン暦1027年12月25日。長きに渡って止まっていた戦線が動く。

裏話コーナー


・あ!ここにも伏線が!ちなみに、作戦実行日がクリスマスに当たったのはたまたまです(物語の進行をたどると、北方全面攻勢編からしっかり整合性が取れています)。ただ、この世界にクリスマスなんてものは無いので、いい感じに設定を作りました。完全に後付け設定です。

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