南13・瀕死のペンギンと必死の参謀
短期強化訓練開始から、はや12日。なおもリスカフの海で訓練を続けているミラレットたちは、訓練の最終仕上げにかかっていた。
問題となっていた編隊時の乱海流は、訓練5日目の夜にミラレットが提案した縦列編隊が完全に解決した。縦一列で飛行することによって、後続を飛ぶ者の、水圧による負担を極限まで軽減する。そして、ロッケトペン方式で先頭交代を繰り返し、先頭を飛行した際の水圧の負担を皆で分け合うのだ。
この縦列編隊がもたらした効果は絶大だった。海中飛行の負担を大きく軽減したばかりでなく、それによって飛行速度も大幅に上昇した。現時点で、海中飛行速度は空中飛行時と遜色ない程度にまで至っている(つまり、黒月が連れていかれたら失神する速度だ)。
編隊飛行の訓練をしつつも、ペンギン隊は奇襲の実行に向けて、作戦全体の演習も入念に行った。海中飛行を終えた後に、高高度まで上昇する訓練。そこから隠密飛行で敵後方に侵入する訓練。その後、30人弱の人数で敵主要補給地にある程度のダメージを与え、味方の援軍が到着した際には占領を可能にしておく訓練などだ。
そして、訓練開始12日目の今日。本日の演習を終え、打ち上げられたクラゲのように夜の砂浜に瀕死の状態で転がっている隊士たちを見て、ミラレットは隊員が作戦を成功させるに足る実力を得たと確信した。
そんな死にかけの隊員たちに、いまだ元気いっぱいのミラレットが話かける。
「おーいみんな。大丈夫?そんなところで転がってたら、潮が満ちたら死んじゃうわよ。もっと陸寄りに移動しなさい。ほらほら。そのまま転がって移動してもいいから。」
隊士たちは、海中飛行隊士が海で溺れ死んでは笑い者では済まないと、力を振り絞って陸へと転がる。そんな力も残っていない隊士は、雪だるまを作る要領でミラレットに雑に転がされてゆく。
そうして、月明りの下、ペンギン隊は(隊長以外全員が寝転がった状態で)整列した。隊員には、帝国を勝利に導く戦士の勇ましさと、疲労とが色濃く映っている。
そんな隊士たちを見渡し、ミラレットが訓練終了を告げる。みんなが地に這いつくばっているので、箱に乗る必要はない。
「はい、皆さん、そのままでいいので聞いてください。今日の訓練を見て、このペンギン隊は作戦を成功し得るだけの実力に達したと判断しました。よって、これで短期強化訓練を終了とします。目標だった12日間でちょうど終わりましたね。皆さん、本当にお疲れ様でした。」
訓練終了のお告げに、隊員たちは喜びとミラレットへの感謝の声をあげる。中にはむせび泣く者もいて、訓練の過酷さを物語っている。そんな隊員たちのリアクションを一通り待ったミラレットは、話を続ける。
「皆さん、訓練が終わったというだけで、本番はこの後です。実際に、Ⅱ駅を落とし、無事帰還することが我々の使命です。なので、ゆめゆめ気を抜いたりしないように。では、訓練も終わったことですから、明日朝にはここを発ちましょう。」
「え?」と隊士たち。いや、みな疲労で声は出ていない。だが、全員の顔がそう言っている。この死にかけの状態で、数時間後にはもう出発?いやそんな馬鹿な。
「明日の朝出発すれば、どんなに遅くても明後日の朝にはコリに着くでしょうから、木曜日の参謀課会議には間に合うでしょう。もちろん、訓練終了は無線で先に伝えておきますが、作戦実行がいつになるか分からない限り、早めに帰るに越したことはないでしょう。と言うわけで、皆さん、今日はゆっくり休んでくださいね。」
ミラレットは、何も疑わぬ顔でそう言い放つと、軽快な足どりで宿舎へと帰ってゆく。そんなミラレットを見て、隊員たちは思い出した。そういえば、この隊は発足時から地獄だったなと。
こうして、ペンギン隊一行はこの後待ち受ける地獄を確信しながら、訓練を終えたのだった。
ミラレットから訓練終了の電報を受けた翌日。黒月と桂樹は、参謀長室に来ていた。定例会議に先立ち、モリシタ参謀長に予算の承認をもらうためだ。
広大な参謀長室の奥にある、参謀長用のデスクに腰掛けるモリシタ参謀長と、デスクを挟んで黒月と桂樹が相対する。モリシタ参謀長は座っていても黒月と同じ目線、桂樹に至ってはもはや参謀長の方が目線が高い位置にある。
黒月は、まずはメイン戦線の動きを含めた、奇襲作戦全体の構想を説明する。説明を終えると、その作戦に必要な予算の話に移る。今回の談判の争点はそこにある。
「……ということです。なので、この奇襲作戦の効果を最大限生かし、Ⅱ駅の奪取、ひいてはメイン戦線での圧倒的優位を築くためには、鉄道路線敷設を含めたこの資金が必要なんです。何卒、ご認可いただきたいと考えています。」
資料を見ながら必死の説明を終えた黒月は、モリシタ参謀長の顔色をうかがう。そして、視界に参謀長の顔を映した途端、分かっていた事実を思い出す。そう、参謀長は感情が顔に出ない。
「なるほどね……私は、こういった奇襲作戦に戦線の動向を任せるのは好きじゃないんだけどね……。」
黒月の説明をじっと聞いていたモリシタ参謀長は、説明を聞き終えると、そう呟いた。もちろん、口以外のパーツは何一つ微動だにさせずに。
黒月は、参謀長の顔を見ながらその言葉をしっかりと聞き入れたが、話の先が読めない。好きじゃないが今回は了承なのか、それとも好きじゃないから今回もダメなのか、顔のパーツが何一つ動かないので、全く先の反応が読めない。
しかし、モリシタ参謀長との付き合いが黒月よりは長い桂樹は、参謀長が案を否定的に捉えていると察知したようで、説得の追い打ちをかける。
「確かに、この作戦には多くの人員と費用が掛かります。しかし、実行するだけの価値はあると思います。実は先日、ペンギン隊から訓練終了の電報を受け取りました。訓練結果のデータも、送られてきたものを見ましたが、私から見ても十二分に作戦を成功させられる部隊になったと思います。どうか、戦線を勝利に導くためにも、認可を。」
桂樹の言葉を受けた参謀長は、無言のまま唸り、資料に目を落とす。そして、資料を見たまま、ゆっくりと話し始めた。
裏話コーナー
・「天才かつ独特なアドバイスをしてくるちょっと部下の扱いが雑なひと」これ、ただの私の好きなキャラです。そう、それがミラレットさんなんです。つまり。これからさきミラレットさんが戦死することはないんです(多分)。




