南11・事前説明
ミラレットによる地獄の選別が行われたその週の木曜日。黒月は、相も変わらず参謀課の定例会議に出席していた。
「と言うことで、選別を終えて『ペンギン隊』として結成した海中飛行隊は、本日より帝国南東にある唯一の港町・リスカフで演習を行っています。」
「ほうほう、なるほどね。経過は順調と言うわけか。」
黒月の報告に、モリシタ参謀長が感心の声を入れる。もちろん、顔は真顔のまま。
「はい、順調と言っていいと思います。今回の作戦にかかった飛行服などの費用は、経理課の確認を取ったうえ、後ほど報告いたします。僕からは以上です。」
「うん。了解だ。ペンギン隊については引き続き、君が担当してくれ。それと、まだ少し先だけども、来る奇襲作戦実行当日の、メイン戦線を含めた動きも立案してくれ。よろしく頼んだよ。」
「はい。」と敬礼と共に短く返事をする黒月。それを受け取ったモリシタ参謀長は、会議を閉める。
「それではね、これで今週の定例会議も終わりにします。はい、解散。」
会議が終わると、黒月と桂樹は共に参謀次長室に帰った。黒月がこの南方に赴任してきてからはや2週間。黒月もこの部屋に慣れてきたようだ(その証拠に、黒月のデスクにも書類が積みあがってきた)。
「それにしても、『ペンギン隊』って可愛い名前ね。ミラレットさんらしいけど。」
自分のデスクの椅子に腰かけた桂樹が、同じく自分の席に座った黒月に向かってそう語りかける。
「そうだね……まあ、言われてみれば納得っていう名前だけど。っていうか、桂樹さんとミラレットさんって知り合いだったの?」
「もちろんよ。女性で、しかも若い軍人は多くはないからね。そこらへんはみんな知り合いよ。」
「へえ。」
黒月のデスクと桂樹のデスクは部屋の対角にあるので、会話にある程度の声量が必要になる。ふたりはそんな会話にも、もう慣れていた。
「それより、奇襲作戦だけじゃなくて、それに連動したメイン戦線の動きも考えろって参謀長に言われてたけど、もう何か考えてたりするの?」
桂樹が席から立ち上がり、ソファーに向かって歩きながら呟いた。黒月もデスクの椅子からソファーに移動する。
「まあ、考えてるよ。ちょっと地図ある?」
「あるわよ。」
桂樹が、デスクの横の箱に突き刺さっている地図を丸めた筒を手に取り、それをソファーの中央にあるローテーブルの上に広げる。黒月はその地図を指さしながら、桂樹に現段階での予定を伝える。
「まあ簡単に奇襲の動きだけを確認するとね、ペンギン隊の出発地点は、やっぱりリスカフかなと思ってる。リスカフから出発すれば、そのまま半島沿岸沿いに南下していけるからね。リスカフを出発して、すぐに潜水を開始。半島沿いに海中を南下して、Ⅱ駅の真東に来たところで浮上。山脈を横断してⅡ駅を東側から強襲って感じかな。」
桂樹は、地図をじっと見て説明に聞き入っている。黒月は時たま地図から目をはなして桂樹のリアクションを確認する。桂樹の、前かがみになっている上体と頭に反して、垂直に垂れるサラサラの黒髪に少しばかり目を取られる。
「メイン戦線はどう動かすの?Ⅱ駅をそのまま奪い取るには、やっぱり東部戦線を押し上げないといけないと思うけど。」
桂樹が地図の東部戦線の駒をいじりながら聞く。
「うん。それはもちろんそうだと思う。でも、今回の奇襲は1年以上動いていない戦線に風穴を開けるものだから、中途半端な失敗は避けたい。だから、多少西部戦線をおろそかにしてでも、その人員を東部戦線に全投入して、なんとしてでもⅡ駅を奪取したいと考えてる。」
黒月が、力強く地図上のⅡ駅を指さす。
「でも、奪取して終わりじゃない。このⅡ駅を帝国軍の最前基地にしないといけない。そのために、奪取後すぐに、というよりは奇襲作戦開始と同時に、東部駅とⅡ駅を繋ぐ路線を敷く工事を始めるべきだ。そうすれば、奪取後すぐにコリ駅・ターミナル駅・東部駅・Ⅱ駅を繋ぐことができて、Ⅱ駅を強力な拠点にできる。このⅡ駅を使って、中央戦線、西部戦線に東側から圧力を掛け、メイン戦線で有利を取る。これが最適だと考えてる。」
説明を終えた黒月は、一息ついてソファーの背もたれにもたれかかる。桂樹も同じように、ソファーに体重を預ける。そして、ふたりは天井を仰いだまま、全く同じことを呟いた。
「となると、問題は予算だな……。」
「となると、問題は予算ね……。」
完全なハモリに、ふたりともフッと声を漏らして一瞬笑う。しかし、実際に問題は問題なので、笑っている場合ではない。
耐水耐寒潜水兼用飛行服(27着)、新無線機(これは1機だけだが)など、既に少なくないお金がこの作戦に使われている。これにさらに東部駅からⅡ駅を繋ぐ線路を急ピッチで建設するとなれば、材料費も人件費も馬鹿にならない。
モリシタ参謀長は、この奇襲はまあとりあえず面白いからやってみようか程度にしか考えていないだろう。それを、急にこんな莫大な金と人が必要だと言い出したら、なんと言われるか。
それでも、この奇襲作戦を最大限生かすにはこれしかない。
「まあ大丈夫よ。私も一緒に参謀長を説得するから。もうこれしかないんですっていう雰囲気を出せば、あのモリシタ参謀長も納得するはずよ。こう見えて私、説得とか演技とか得意だから任せて。」
「それは心強いよ。ありがとう。」
黒月は、あなたはその美貌があれば大概の男は「はい」と言うだろうよ。と思いつつも、桂樹の協力に感謝する。
「それにしても、ミラレットさん今頃どうしてるんだろうな。」
予算問題が発覚しつつも、訓練中のミラレットのことを気に掛ける黒月であった。
裏話コーナー
・この話もTwitterに図解がありますので、どうぞご参照ください。「耐水耐寒潜水兼用飛行服」って長すぎ。でもこう書くしかないし、それにラノベあるあるの長いカタカナ文字付けるのも嫌だったのでこういった形に……。




