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南7・海中を飛びたい

 黒月の突飛な呟きに、桂樹(かつらぎ)はまたも目と口をポカンと開ける。


 「『空の祝福者』が海中を飛ぶ?どういうこと?海中は飛べなくない?」


 「いや、だからさ。潜水艦が潜水できる水深が無いなら、『空の祝福者』が海中をスーッと潜水すればいいのかなって思って。」


 桂樹は、黒月のわけわからん発言に完全に硬直してしまう。海中を「空の祝福者」が飛ぶとは、本当にどういうことなのだろう。


 「う、うん。作戦のことはちょっと置いといてね、それで”海中を飛ぶ”っていうのはどういうこと?」


 黒月は天井から視線を離し、桂樹の方をみる。そして、さもまっとうなこと言ってますよ、という顔で話を続ける。


 「つまりね、『空の祝福者』は海面ギリギリを飛行できるでしょ?桂樹さんもできると思うけど。」


 「え、ええ、まあできるけど……。」


 「そのまま、つま先だけ、とか、脚だけとかを海面に接触させながら飛ぶこともできるでしょ?」


 「できるわよ。」


 「だから、海面すれすれの低空飛行から、そのままスーッと海中に進入して、海中を”飛べ”ないかなと思って。それができたら、水深なんて関係なく潜水できるでしょ?」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのこと。桂樹は黒月の話の解釈に全神経を使う羽目になり、目と口をポカンと開けたままになる。


 確かに、黒月の言っていることは理論上は可能かもしれない。でも、それでも「空の祝福者」を海中に投入するという発想自体が、この世界に存在していないが故に、なかなか理解が追い付かない。なんとか文字上の意味は掴んだ桂樹は、新奇な黒月の提案に、本能的に反対の立場を取る。


 「あー……なるほど……。でも、でもさ、それで潜水してⅡ駅の真東まで行って、その後山脈を越えなきゃいけないんだよ?あんな高い山を越えてたら、Ⅱ駅に着くころには体力も残らないんじゃない?」


 黒月は自身の案に謎の自身があるようで、桂樹の否定に即座に反応する。


 「いや、それは大丈夫だよ。だって、その部隊は『空の祝福者』なんだから、多少の体力を使っても、山脈は軽々と飛び越えられるはず。もし高度による気温が気になるなら、ウエットスーツに防寒機能をつけてもらおう。それくらいなら、技術課がやってくれるはず。」


 桂樹は、そう言われればそうだった、というちょっと的外れな指摘をしたことに気付き、余計テンパる。頭の中を総走査して、なんとか黒月のトンデモ作戦に対抗する意見を探し出す。


 「あ、いや、確かにそれはそうだね……。でも、水中を飛行すると、とんでもない水圧がかかって、体が耐えられないんじゃない?空を飛ぶだけでも、めちゃくちゃな空気抵抗を受けるから、それが水中になったらもっとだと思う。」


 「空の祝福者」にしか体験しようがないことを指摘され、黒月は口をつぐむ。確かに、抵抗は考慮していなかった。それでも、一応粘ってみる。


 「確かに、抵抗は気にしてなかったな……。でも、昨日飛行に連れてってもらった感じだと、空気抵抗はそれほどでもなさそうだけど、やっぱり水中は厳しいかな……?」


 それを聞いた桂樹は、目を閉じて、深く息を吐いた。息を吐ききったところで一拍おいて、それから目をぱっちりとあけて息を吸い、黒月をじっと見つめる。黒月は、何を言われるのかと若干身を引く。


 「黒月君……昨日のあの飛行速度は、通常飛行時の半分以下、戦闘時の四分の一以下よ。」


 黒月は、身を引いたまま絶句した。あんなに自分が死にかけたあの飛行で、四分の一……?決して甘く見ていたわけではないが、「非祝福者」の黒月にとって、そんなことは全く想像の外だった。


 「空の祝福者」の飛行速度は、もちろんデータとしては知っていた。それでも、実際に昨日飛んでみて、それで死にかけたのに、そのさらに4倍だと言われれば、それはもう絶句せざるを得ない。


 黒月の口にトドメを刺したところで、桂樹は自分が無意識に黒月に強烈な反対の立場を取っていたことを自覚する。せっかく新案の提案をしてくれたのに、頭ごなしに否定してしまったことを申し訳なく思い、若干のフォローを入れる。


 「ま、まあ、抵抗っていう意味だったら、もしかしたら隠密飛行部隊の隊員だったら多少は削減できるかもだけどね。まあ、本当に少しだとは思うけど……。隠密飛行って、いかに空気の振動を減らしてなめらかに飛ぶかを追求した部隊だから……。」


 桂樹のフォローを聞いた黒月は、「隠密飛行か……。」と呟きながら、再び天井を仰いだ。どこか焦点の合わない目をしたまま、考えごとをしているような表情で、椅子を傾けて2本の脚でバランスを取り、ゆらゆらさせている。


 桂樹は、そんな黒月を見て、あれ、今のフォローもしかして余計だった?と思った。と、同時に、時すでに遅しなのではないかと直感的に悟った。




 定例会議、そして黒月が桂樹にトンデモ提案をした日の翌々日。土曜の昼、黒月は司令部の食堂で昼食をとっていた。


 昨日、つまり金曜日は桂樹が休みだったので、他の参謀課のメンバーに教えてもらいながら、参謀次長としての職務にあたっていた。北方にいた頃は、そういう面倒な事務作業は、全て真面目なアレクセイに任せていた。実際にやってみるとこれが案外大変で、黒月は心の中でアレクセイに「ごめん」を言った。


 「はあ……。海中飛行なあ。隠密飛行……。」


 黒月は、ぶつぶつ言いながらカレーを食べている。どうやら、未だに海中飛行兵士作戦を考えているようだ。桂樹の「隠密飛行隊ならマシかも」という発言を頼りに、なんとかならないかと思案を巡らせていた。


 そんな黒月に、ひとりの小柄な女性が声をかける。


 「ん?あれ?あ!やっぱり黒月君だ!久しぶり!」


 黒月は、その声に聞き覚えがあった。それに、この帝国軍に自分を「黒月君」と呼ぶ人間は、桂樹ともう一人しかいない。黒月は、驚きを予感しながら顔を上げる。


 そこにいたのは、やはり見知った人物だった。


 「ミ、ミラレットさん!?」

裏話コーナー


・この話に伏線がひとつあります。でも、それはこの話を書いたときには特に伏線にしようと思って書いたわけではありませんでした。後々、気付けば伏線になってました。

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