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南6・定例すぎた会議

 桂樹(かつらぎ)が手を挙げ、モリシタ参謀長の方を見る。「はい、どうぞ」とモリシタ参謀長。


 「昨日の偵察結果から報告いたします。西部、中央、東部共に大規模な作戦変更の兆しは見られませんでした。塹壕も東西方向に掘り進められてはいましたが、通常通りの掘削進度です。唯一変化があったのは東部戦線です。我々のⅡ駅奪取戦略に対応してか、東部戦線での敵兵力増加が見られます。偵察報告は以上です。」


 桂樹が発言を終えると同時に、メンバーのひとりが手を挙げる。すかさず「どうぞ」と参謀長。


 「今の東部戦線の話ですが、敵の兵力増加はどの程度戦線に影響が出そうですか?」


 桂樹が応える。


 「はい。まず、具体的な追加戦力は、陸部隊が3個大隊、空戦力が1個大隊です。観測班にも確認を取ってもらいましたから、間違いないでしょう。Ⅱ駅奪取に向けて押し上げていた東部戦線ですが、このまとまった敵兵力追加によって、元の位置まで押し戻されてしまう可能性が高いです。幸いにも、北方が終戦したことによって、北方に使っていた兵力をこの南方に使えますから、その増援があれば、元の位置よりも押し込まれることはないでしょう。」


 「ということは、また振り出しか……。」


 桂樹に質問したメンバーが頭を抱える。モリシタ参謀長も、難しい顔を……していない。相変わらず、表情はニュートラルのまま、何も伝わってこない。その顔のまま、モリシタ参謀長が再び口を開く。


 「戦線での報告はそれくらいかな?では、何かこれに対して、それ以外にも、メインの戦線に関して、作戦案がある者はいるか?」


 誰も手を挙げない。皆、難しい顔というか、最早呆れ、飽きに近い顔をしている。それもそうだよな、と黒月は思う。一気に終わると思っていた戦線が、もう1年近く続いていて、特に有効打がないのだ。案に詰まるのも、無理はない。


 北方の戦線が終結したと言っても、そこから南方に割ける人員は、せいぜい陸空それぞれ1個師団程度だ。負かしたサンドリア公国の治安維持や主要施設の占有、その他戦勝国としての対処には、思いのほか兵が必要なのだ。


 この会議での沈黙も、もはや当たり前の光景なのだろう。モリシタ参謀長は、20秒もしないうちに沈黙を破った。


 「えー、メインに関しては特に何もないようなので、では奇襲作戦係、何か報告は?」


 どうやら、この南方には奇襲作戦の担当があるようだ(なお、この情報は桂樹が黒月に渡した書類にはしっかりと書かれている。黒月の怠惰が生んだ初見である)。黒月は、自分はこの部門に適しているのでは?と思う。


 モリシタ参謀長の問いかけに、桂樹ともう一人他にいる女性メンバーが応える。おばさ……いや、参謀の風格にふさわしい”お姉さま”だ。


 「奇襲作戦ですが、立案・実行共に引き続き難航しています。まず、中央戦線の敵が以前掘っていた地下通路を逆に利用する作戦ですが、これは実行に移した矢先、敵軍の『覚の祝福者』に感知されて失敗。その他、夜間偵察機から大量陸兵降下作戦ですが、これは国際戦時夜間戦略規定に抵触する可能性が高く、実行にすら移せずといった状態です。」


 奇襲作戦係の報告を聞いた黒月は、他のメンバーと同様、ガックリと肩を落とす。聞いた作戦のどれも、奇襲の奇の字も無い。そういう現実味の無い作戦は、奇襲ではなく無謀と言うのだ、と無謀な作戦しか思いつかない張本人は思っている。


 奇襲係の報告を聞いて、相変わらずマスクフェイスのモリシタ参謀長が応える。


 「なるほどね。奇襲もダメと。まあ、奇襲係は引き続き立案を頼んだよ。他に、何か報告、新立案のある者は?」


 もちろん(と言うには嘆かわしいが)、誰も手を挙げない。


 「えーそれでは、特に何もないようなので、これで定例会議を終わりにします。引き続き、Ⅱ駅奪取を当面の目標に行きますので、よろしくお願いしますね。以上です。」


 これら以外にも些細な報告はあったが、総じて1時間も経たないうちに、定例会議は終わった。扉に近い席に座っていたメンバーから順に参謀長室を後にする。黒月も、桂樹と一緒に参謀次長室に帰る。


 参謀次長室に帰ると、ふたりは自分のデスクの椅子に座り、深く息を吐いた。一拍おいて、桂樹が黒月に声をかける。


 「どうだった?定例会議は。」


 「うん。マンネリを感じる。」


 「へへっ、何その感想。素直すぎ。」


 桂樹が天井を見ながら笑う。ふたりのデスクはそれぞれ部屋の左手前と右奥にあるため、部屋をめいいっぱい使っての会話になる。


 「奇襲作戦のことなんだけどさ。」


 「お、何か思いついた?黒月君。」


 桂樹は椅子の上でぴょんと跳ね、黒月に視線を向ける。黒月は、背もたれにだらしなく体重を預けながら、目線だけは桂樹に向けて、ぼそぼそと話す。


 「いや、海上作戦はどうなってるのかなって思って。特に、奇襲っていう意味だったら、半島東の海岸線沿いに潜水艦で南下して、それでⅡ駅の真東くらいで浮上、そこから山脈を横断してⅡ駅を直接攻撃っていうのはどうかなって。」


 黒月の提案を聞いた桂樹は、ポカンと口と目を開けて、5秒くらい考えてから応えた。


 「あー、それはね、3カ月くらい前に一回やろうとしたんだよね。でも、その下準備で半島東の海底調査をしたら、潜水艦が潜水航行できるほどの水深がなかったんだよね。それでその作戦はおじゃんになっちゃった。」


 「なるほど……。」


 黒月は天井を仰ぐ。まあ、ぱっと思いついた作戦が有効だとは思っていなかったが、それでも残念なものは残念だ。


 黒月はくちびるを噛み、目を閉じながら椅子を傾け、前後にゆらゆらさせる。何か考えている風なムーブだ。


 そうして数分が経ち、桂樹が他の仕事にとりかかろうと席を立とうとした時。黒月が目を開き、天井を眺める姿勢のまま、ポツリと呟いた。


 「じゃあ、『空の祝福者』に海中を飛んでもらうか。」


 この時ばかりは、桂樹の「へ?」というちょっとまぬけな反応も、至極まっとうなものだった。

裏話コーナー


・この辺の裏話はあまりありません。南方編で司令部との絡みが出てこないのは、南方司令部が北方司令部よりも大きいため、各部署の独立性が高いのが一点。そして、司令部の絡みまで書くとだいぶ人物関係が複雑になるという理由もあります。物語の進行に注意してほしかったので、登場させる人物、特に名前の付く人物は最小限にしています。

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