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南5・今夜の月は綺麗ですか?

 「うわああああ!!高い高い高い!しかも暗い!これ落ちたら死ぬよ!確実に!地面良く見えないけど!」


 そんな黒月の絶叫は、闇夜に染まる戦場上空に消えていった。桂樹(かつらぎ)が「偵察中なんだから静かに!」と注意するが、黒月はそんなことはお構いなしに、恐怖を声で消化してゆく。


 なぜ、黒月が戦線の敵陣地上空を、桂樹にぶら下がって飛び回っているのか。その説明を少しだけしよう。


 南方司令部の参謀次長室で粗方の説明を聞き終えた黒月は、そこで桂樹に偵察に誘われた。「空の祝福者」の参謀がいることに大変驚いた黒月であったが、まだ確かな判断力は残っていたようで、「いや、遠慮しておくよ。」と誘いを断った。


 しかし、桂樹は黒月を執拗に誘った。「黒月君、『非祝福者』なんでしょ?空飛んだことないでしょ?」とか、「大丈夫だよ。飛行中は敵の感知を避けられるスーツ着るからばれないし」とか、「飛ぶときは、パラシュート降下の時みたいに、体を私に固定するから、落ちたりしないって」とか言って、黒月を誘った。


 黒月は、そんな押しの強い誘いを断れなかった。さらに言えば、桂樹の誘い文句の中には魅力を感じざるを得ないものがあったのも確かだ(どれが、とは言わないが)。


 そんなこんなで、今、黒月は桂樹の体に固定されて、戦場上空を飛び回っている。しかし、慣れない空中飛行で、眼前に雄大に映る月の神秘的な美しさに気をやる間もない。


 「ほら、黒月君。少しは慣れた?そしたらこの双眼鏡持って、地上を観測して!この双眼鏡なら夜でもよく見えるから。」


 桂樹が、懐から取り出した夜間用双眼鏡を黒月に手渡す。黒月は恐怖に手を震わせながらもそれを受け取り、必死の思いで観測を始める。


 「どう?敵の塹壕とか、よく見えるでしょ?」


 桂樹が黒月に問いかける。桂樹は流石に慣れているようで、余裕綽々(しゃくしゃく)だ。


 「う、うん!良く見えるよ!良く見えるよ!すっごい複雑だ!うあああ!ちょっとまって!急に旋回しないで!する前に言って!」


 「あら、ごめんなさい!」


 黒月は恐怖が全身をはい回って、もはや観測どころではない様子だ。同じことを2回言っているし、観測の感想がもはや子供並みになっている。


 「じゃあ、今日は主に塹壕の観測だから、あと10分ほど観測したら帰るわね!ちゃんと見ておいてね!敵の塹壕が掘り進められてたら、それは重要な情報だから!」


 「え、あと10分も!?うん、分かった!ちゃんと見とくよぉぉおおお!って待って!加速するときも言って!する前に言って!」


 そんな感じで、黒月は桂樹に振り回され、偵察を終えた。敵地に攻め入っているわけでも、攻められているわけでもないのに、黒月は体力を消耗し続け、司令部に帰還したときには虫の息になっていた。


 それから、黒月と桂樹は参謀次長室で偵察の結果を地図上にまとめた。敵の塹壕の変化とか、目視兵数とか、銃砲が増えたとか減ったとか、そういった観測結果を地図上に書き込んだ。ここまでして、偵察の一流れなのだと、桂樹が死にかけの黒月に教えた。


 黒月は、寮の自室に帰る間、自分の甘すぎた判断を心底呪った。「桂樹さんと二人きりで夜空を飛べるのも、なんか素敵だな」とか、「桂樹の体に固定されるということは、つまりそういうことか……?」とか、そんなくだらないことを考えて、偵察に参加することを決めた過去の自分を呪った。


 自室に辿り着いた死にかけの黒月は、そのまま死に倒れるようにして眠りについた。




 「はい。それでは、会議を始めます。」 


 黒月が死にかけた翌日の昼。南方司令部参謀長室で、参謀課の定例会議が開かれていた。モリシタ参謀長の、やけに耳に響く高い声で会議が始まる。


 「えーまずは、つい昨日、この南方司令部に赴任してきた黒月参謀次長から一言、挨拶をいただきましょうかね。」


 黒月は席から立ち上がって、会議に集まった参謀課のメンバーを見渡す。モリシタ参謀長、桂樹参謀次長、そしてその他5人の面子。北方の参謀課と違って、比較的年齢層は若めで、女性参謀も桂樹ともう一人いる。


 「皆さん、始めまして。北方司令部より赴任してきました、黒月視来(みくる)です。北方では主に対サンドリア公国冬季全面攻勢の立案を担当しました。この南方での鉄道網を考慮した立案は初めてです。帝国軍を勝利に導けるよう、精一杯頑張りますので、どうぞ、よろしくお願いします。」


 黒月はビシッと敬礼をして、再度メンバーの顔を見回す。そして、最後にモリシタ参謀長の顔を一瞥する。相変わらず、表情に動きがない。顔の全てのパーツが、強力な糊で貼り付けられているようだ。それに、参謀長は背が高すぎて、黒月は立ち上がっているのにも関わらず、座っている参謀長と顔の高さが同じ位置にある。


 挨拶を終えた黒月に、参謀課のメンバーが歓迎の拍手を送る。拍手を受けながら、黒月は席に着く。黒月が座ったのを確認すると、モリシタ参謀長が再び口を開いた。モリシタ参謀長の場合は、本当に口だけが開いて話すのだ。他の何も動かない。


 「それではね、会議の内容に入って行きたいと思いますよ。まずは、メインの戦線ですね。西部、中央、東部、どの戦線でもいいので、何か敵軍の戦略的進展があったら、報告してください。」

裏話コーナー


・珍しくコミカルなシーンを書いてみました。桂樹と黒月の飛行状態ですが、一言で言えば、スカイダイビングの体験者とインストラクターの状態を想像していただければ、それが正解です。ただ、異世界の話の描写に「スカイダイビング」という単語を使いたくなかったので、本文中ではそういう表現は避けました(その結果伝わってないやないかい!というご意見は、全て受け付けております。はい、すみませんでした)。

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