南2・仮面のナナフシ
「へえ!じゃあ、黒月南方参謀次長と私って、同い年なんですね!」
桂樹江里花南方参謀次長の声が、南方司令部の廊下に響く。
今、黒月は桂樹南方参謀次長に連れられて、南方参謀長室に向かっている。エントランスで桂樹南方参謀次長に迎えられた黒月であったが、「まずは参謀長のところに挨拶に行きましょ」と言われ、そこに向かっている最中なのだ。
「そうですね。なんだか、自分と同い年の参謀次長がいるなんて、思ってもみませんでした。同年代の同僚がいると、心強いです。」
「本当ですよー。あ、同い年なら、別にタメ口でいいし、私のことは『桂樹』って呼び捨てでいいですよ。わざわざ『桂樹南方参謀次長』って言うと長いし。」
「ああ、そうですか。じゃあ、僕も『黒月』で構いませんよ。」
「分かったわ。黒月……君。うん。やっぱり、ちょっと慣れるまでは『君』付けで呼ぶわね。」
えへへ、と桂樹がさらさらの黒髪を揺らしながら笑う。やっぱり可愛い。彼女は、この司令部では有名なマドンナなのではないだろうか。
黒月は、そんな桂樹を直視できずに目を離し、前を向きながら「じゃあ、僕もしばらくは『桂樹さん』で。」と言う。これはいけい、と黒月は内省する。しかし、14歳から17歳という時期を、ほぼほぼ男しかいない軍学校で過ごしたせいもあって、なかなか同年代の女子に対する耐性がない。サリーとかミラレットさんとかなら話しやすいんだけどな。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、廊下の端に突き当たった。そこには、一枚の重厚な木の扉が鎮座していた。扉は正面から見ただけでも分かる分厚さで、突き当りの壁に扉があるというよりも、そこに居座っているという印象を受ける。
「ここが参謀長室よ。先に私が入るわね。」
桂樹はそういうと、扉をノックした。鈍い音が響く。
「どうぞ。」と中から男性の声がする。男性の中では比較的高い声。
「失礼します。」
そう言って、桂樹が扉を開け、室内に入ってゆく。黒月もそれに続いて入室する。
参謀長室は、かなり広かった。北方の楊司令官の総司令官室よりも広い。部屋は正方形に近い形をしているが、その一辺が、成人男性10人は縦に並んで寝転がれるほど長い。天井も高く、そのあちこちに、小さなシャンデリアが何個も付けられている。シャンデリアの光が細かく反射して、天井が砂浜の浅瀬のような模様を写す。
黒月が入室して扉を閉めると、桂樹は部屋の奥にいる人影に向かって敬礼し、ハキハキと報告した。
「ただ今、黒月南方参謀次長が到着しましたので、モリシタ参謀長にご挨拶申し上げに参りました。」
黒月も、それに続いて敬礼し、挨拶の言葉を述べる。
「この度、新たに南方参謀次長に任ぜられた黒月視来です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
黒月が挨拶の言葉を言い終わると、部屋の奥にいた人影がすくっと立ち上がった。部屋が広いのと、シャンデリアの光が散乱しているのとでよく見えなかったが、どうやら棚か何かを物色していたようだ。
立ち上がった人影は、くるっと回れ右をしてこちらに顔を向け、近づいてくる。
そして、その人物は黒月と桂樹の3mほど手前まできたところで両足をピタと揃えて止まり、先ほど扉越しに聞いた、男性にしては高い声で挨拶した。
「どうも初めまして。私が南方参謀長のバンバドレス・アーネス・モリシタです。」
モリシタと名乗った参謀長は、20代後半から30代前半の、比較的若い男性だった。髪は耳が隠れるショートカットのおかっぱで、金髪だ。目鼻立ちは特に強調するべきところはないが、なんだか、顔から受け取れる感情が乏しい。表情筋がないのではないかと思うほどに、人の顔が書かれたお面を被っているのではないかと思うほどに、表情に変化がない。
そして、モリシタ参謀長は、かなりの高身長だった。黒月も決して背は低い方ではないのだが、そんな黒月よりも頭2つ3つ分、いや、それ以上に大きい。そのうえ、体型は信じられないほどに細く、脚の太さが黒月の腕と同じくらいしかない。ひょろりと長いそのシルエットは、ナナフシに似ている。
「たしか、黒月参謀次長は、桂樹参謀次長と同世代だったね。ちょうどいい。この南方戦線の事情については、彼女に説明を受けるといい。なんせ、参謀次長がひとつの司令部にふたりいる、それだけでも珍しいのに、そのふたりが若年で同世代だからね……うんうん。それがいい。」
モリシタ参謀長は、自分に話しているのか、誰に話しているのかよく分からない口調でそう言った。そもそも、表情が乏しいので誰に視線を向け、そしてどんな感情でそれを言っているのかが全く分からない。ナナフシ的体型と相まって、ちょっとしたサイコホラー感を感じる。
「了解いたしました。それでは、これで失礼します。」
桂樹はそんなモリシタ参謀長に慣れているのか、ハッキリとそう言うと、扉を開けて退室する。黒月も、それに続いて退室する。もちろん、その際にも、一瞬振り返っての敬礼は欠かさない。
「どうだった?モリシタ参謀長。ちょっと背、高すぎだよね。」
部屋から出て数歩歩き始めると、桂樹が黒月にそう話しかけてきた。桂樹さんは、めちゃくちゃに目を見て話してくれるのだけれど、黒月はそんな視線を直視できず、目線をおでこと目とで往復させる。
「そうだね。背高くて体細くて、なんだかナナフシみたいだった。それに、表情が変わらなさ過ぎて、ちょっと怖い。」
「あー確かに。何考えてるのか、良く分からないのよね、参謀長。優秀なのは確かなんだけどね。あ、ここよ。参謀次長室。」
桂樹が急に足を止め、その扉を指さした。扉の横には、黒月の荷物が置かれている(運転手の男性に頼んで、運んでおいてもらったのだ。重すぎて運ぶ気になれんかった)。
「どうぞ、入って入って。ここが、これからの私たちの仕事場よ。」
桂樹が扉を開ける。黒月は、新たな自室、いや、桂樹さんと共用だから北方の時のように自室にはならないのか?と、そんなことを思いながら、「失礼します」と言って、部屋に入った。
裏話コーナー
・今まで登場してきたキャラは、口癖だったり外見だったりで強烈な個性を持っていませんでしたが、そろそろそういう人物が出てきてもいいかな、と思い、モリシタ参謀長をこういう設定にしました。ちなみに、バンバドレス・アーネス・モリシタという名前はめちゃくちゃ私の好みです。なんか、ゴロが良い(と勝手に思っています)。




