南1・出会い
「うーん。ぬるい!」
それが、南方司令部の最寄り駅に着いた黒月の、率直な第一声だった。駅前で独り言を呟くというだいぶな奇行だが、数日の汽車の旅からの解放感と、新天地への期待が胸に膨らみ、黒月はそう言ってみたくなったのだ。
黒月が降り立ったのは、南方戦線の最寄りの町。南方司令部のある、コリの町だ。このコリはもちろん、北方司令部よりも、首都よりも南にある。なので、冬でも暖かいことを期待していたのだが、さすがに冬は冬で、「暖かい」と言うよりは、空気が「ぬるい」という状況だった。
「迎えの車が来てるはずなんだがな……。」
黒月はまたも独り言を呟きながら、駅のロータリーをうろつく。駅から南方司令部までは車で10分ほどかかるらしい。歩けない距離ではないが、迎えをよこしてくれるというので、そこはありがたく乗っておく。
そうしてロータリーを半周ほどいくと、軍の紋章があしらわれた軍用車が目にはいった。車の横には、軍服を着た中年の男性が立っている。男性も黒月に気が付いたようで、敬礼して、黒月に話しかける。
「おまちしておりました。黒月南方参謀次長。司令部までお送りいたしますので、どうぞこちらへ。」
そう言うと、男性は後部座席のドアを開けた。黒月は携えた荷物を男性に預けると、「ああ、ありがとね。」と言って、やけに車高の低い軍用車に乗り込む。
男性が、車の後ろのトランクに、黒月のやけに大きい手荷物を何とかしまい込むと、車を司令部に向かって走らせはじめた。ここから10分ほど、コリの街中を走ることになる。車の中からではあるが、しばしの市内観光だ。
車窓に、早速街並みが流れ始める。首都ほどではないが、かなり賑わっている町だ。特に、商業施設、飲食店が多く建ち並んでいる。大型のショッピング施設、高級レストラン、安価な酒場、綺麗な女性が接客してくれるのであろうバー、映画館、舞台劇場。建ち並んでいる施設だけ見ると、とてもここが南方戦線最寄りの町であるとは思えない。
いや、むしろ南方戦線最寄り故かもしれない。南方基地に所属する多くの兵士が、夜な夜な町に繰り出していくので、彼らをターゲットにした商業が栄えているのだろう。
そうしてあっちやこっちに目線や思考を飛ばしているうちに、車が巨大な建築の前で止まった。黒月は、身をかがめて、フロントガラスから前を見てみる。
すると、黒月の身の丈の3倍はある高さの鉄柵門がそびえたっていた。そして、その100mほど奥に、南方司令部の本丸が見える。この門の前からでも分かる、巨大な本部だ。くすんだ白の壁面に、緑色の屋根をしたコンクリ鉄筋の近代的な建物で、その横幅は確実に200m以上はある。これ以上近づいたら、視界から建物が見切れてしまうだろう。
車が門での前で止まると、鉄柵門の両脇にいる門衛のひとりが、運転席に駆け寄ってきた。運転手の男性は、運転席の横の窓を開けて、軽く敬礼する。門衛もそれに軽く敬礼を返すと、もう一人の門衛に目配せをした。
目配せを受けた門衛、そして車に駆け寄ってきた門衛も急いで門のところに戻り、鉄柵の扉を開ける。ギギギギ……という重厚な音を鳴らして、いや、嘘だ。両開きになっている鉄柵門の下にはちいさなキャスターがついているので、鉄柵はそのキャスターからの振動を受けて、ガタガタいいながら開いた。
扉が開ききると、車はゆっくりとしたスピードで、司令部の敷地に入ってゆく。門から司令部のエントランス部までは一直線の道が伸びていて、その両脇には広大な芝生が広がっている。その広大な庭の、ところどころには南方らしい広葉の木が植えられていて、北方との違いをひしひしと感じる。
黒月は、北方の司令部を思い返す。建物は古いレンガの造りで隙間風が酷かったし、生えている木といっても針葉樹ばかりで面白味もない。なによりも、自分が北方に赴任したときはお出迎えなどなく、リュースベルグの駅から重い荷物を引きずって、自力で司令部まで歩かされた。
そんな今となってはいい思い出をふっと想起していると、車はエントランス前の小さなロータリーに入り、さらに速度を落とす。
心地よい、一様に係る遠心力を感じながら、車がロータリーを半周周り、司令部の前でピタリと止まる。運転手の男性はギッ!っと素早くサイドブレーキを引くと、飛び降りて車の後ろを回り、黒月の座る後部座席の横に来て、外から扉を開けてくれた。
「ああ、ありがとう。」
そう言って黒月は車から降りる。車高の低い車から降りるのは、慣れない。身を屈めるようにして降りると、運転手の男性がトランクから荷物を出してきて、渡してくれた。ああ、ここからは自力運搬なのね、と黒月は思う。
そして、黒月は改めて眼前に広がる南方司令部を見る。いや、見上げる。建物の雄大さに若干気おされながらも、これからの自分の職場として、心の中で「よろしくお願いします。」を言う。
目線を下げてエントランスを見ると、ちょうど中から人が出てきた。
もちろん出てきたのは軍人なのだが、女性の軍人だった。しかも、とても若い。若いというのは20代前半とかの若さではない。黒月と同年代なのではないだろうか。
身長は黒月の目線くらい。髪は黒く、肩にかかるくらいのストレート。黒月と同じく彫りの浅い顔をしているが、その目は猫を思わせる大きな丸目で、そのくっきり開いた双眸からは強い意思を感じる。
大きな目、白くハリのある肌、薄いが血色のいい唇、それらを邪魔しないバランスの良い鼻。黒月は、おおよそ美少女といって差し支えない容姿の彼女を眺める。
司令部で事務のアルバイトをしている地元の子だろうか?そんなことを思いながら、何気なく彼女の軍服の紋章に目をやった。そして、その紋章を見て黒月がハッとすると同時に、彼女が黒月に向かって両手を広げ、笑顔で、声高らかに言い放った。
「黒月南方参謀次長、ようこそ南方司令部へ!歓迎します!私は、黒月さんと同じく南方司令部参謀次長の、桂樹江里花です!よろしくお願いします!」
ああ、可愛い。それが、黒月の彼女への第一印象だった。
裏話コーナー
・とあることに精通していらっしゃる方なら、もう物語の先が読めているかも?




