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幕間閑話・パスタ屋にて(2)

 「ホットコーヒーです。どうぞ。」


 黒月がパスタを食べ終えて一息ついたとき、まさにぴったりのタイミングで、店員さんが、注文していた食後のコーヒーを持ってきてくれた。その心使いと仕事の出来ように驚きながら、黒月は「ああ、ありがとう。」と返事をする。


 黒月はその黒汁を眺め、こいつをどう胃に収めようか、砂糖やミルクを入れたいが、そんなもの入れたら格好つけてコーヒーを頼んだ意味が頓挫してしまうのではないか、と思案を巡らせる。


 そんな黒月に、店員さんが声をかける。


 「お客さん、その服、軍人さんですか?」


 「ええ、はい、そうです。」


 黒月は、自分の軍服の袖をチラッと見てからそう答えた。


 「お席、ご一緒してもいいですか?」


 店員さんが意外な提案をしてきた。他にお客もいないし、来る気配もないし、少しお話しをしましょ、ということだろう。黒月にとっては願ったり叶ったり。もちろん、快諾する。


 「ええ、どうぞ。」


 店員さんは長いスカートの裾を気にしながら、黒月と相対する席に座った。


 「軍人さんかぁ。じゃあ、「祝福」は空かしら?知?それとも命?体つき的に力ではなさそうだけども。」


 店員さんは、屈託のない声色で訪ねてくる。


 「ああ、僕は『非祝福者(ノンブレスド)』なんですよ。」と淡々と答える黒月。


 「あら、『非祝福者』だったんですね。じゃあ、私と同じですね。」


 店員さんは、グッと身を乗り出して、そう言った。あまり広いテーブルではないので、そうも身を乗り出されると顔と顔が近づきすぎる。黒月は反射的に背中を反らしながら、会話を続ける。身を反らしたときに、ハラリと垂れる店員さんの服の胸元に視線が行ってしまったことには言及しないでおこう。


 「店員さんも、『非祝福者』なんですか?」


 「ええ、そうよ。だから、お仲間だな、と思って。」


 店員さんは椅子に座り直し、ちらと窓の外を見る。黒月も、反らした背を元に戻す。そして、会話が途切れたこのタイミングで、覚悟を持ってコーヒーを口に含んでみる。


 うーん。苦い……。そして最後、鼻に抜ける焦げた匂い……。想像していたよりはマズくはないが、率先して飲もうとは思えない。黒月は感想が顔に出ないように、表情筋に気を配る。


 「お客さんは、『空の祝福者』になって空を飛びたいな、とか、『知の祝福者』になっていろんな事を知りたいな、とか思ったことありますか?」


 店員さんが外を、空を眺めながら言う。


 「まあ、それはありますね。特にこどもの頃は。空を飛び回る仲間を見ると、いや、それだけじゃないですね。何かしら『祝福』を受けた人を見ると、やっぱり羨みましたね。」


 黒月は素直に事実を話した。「非祝福者」なら、皆そう思うだろう。


 「やっぱりそうですよね。『非祝福者』は、普通は皆そうやって羨みますよね。」


 「店員さんは、違ったんですか?」


 「ええ、私は、今まで一度も、『祝福』の夢から覚めたその朝でさえ、自分が『祝福』を受けられなかったことを悔しがったり、他の『祝福者』を羨んだこともないんです。」


 黒月は、店員さんの興味深い話に聞き入る。それと同時に、右手を再びコーヒーに伸ばす。このコーヒーは飲みきらなくては。ほぼ使命感に動かされ、コーヒーを喉に流す。


 「だって、私は私自身の力だけで、私の人生を創っていけるということじゃないですか。それは、もちろん神様から『祝福』をいただければもっと楽に、楽しい生活が送れるのかもしれないけど、それは私が創る人生だとは、どこか言い切れない気がするんです。」


 「素敵な考えですね。」と黒月。


 「ええ、ありがとうございます。でも、こういう話を他の人にすると、大概は『そんなのはただのひがみだ』とか、『強がりだ』と言われてしまうんですよね。私のお母さんなんて、こんなことを言う私を不気味がって、私と距離を置くようになってしまいましたし。」


 雰囲気の可愛らしさばかりに気をとられていたが、この店員さんは、ひとりの人間としてとても強い人なんだな、と黒月は感心する。自分も「非祝福者」だから良く分かるが、この世界で「非祝福者」が何かしらの「祝福者」を一度も羨ましがらないなんて、常人には不可能なことだ。


 「でも、お客さんもすごいですよね。その軍服の紋章、かなり偉い地位の方の物ですよね。しかも、私と変わらないくらいの歳なのに。なんだか、本当に『非祝福者』でもやればできるんだなって、そう思える気がします。」


 そう言われて、黒月は自分の胸元にある、地方司令部の参謀長の位を示す紋章に目をやる。この紋章を誇らしいと思うと同時に、あちこちにぶつけて出来てしまった細かい傷を見て、少し申し訳ない気持ちになる。


 「そう言ってもらえると、なんだか自分の頑張りが認められたような、そんな報われる気がします。ありがとうございます。」


 黒月は素直に感謝の意を述べる。彼女の強さとかわいらしさの前では、本音を言わざるを得ないような、そんな純白の気持ちになってしまう。


 「いえいえ、私の方こそ、突然こんな話を聞いてくださってありがとうございます。。」


 黒月は残り僅かになったコーヒーを一気に飲み干す。最初の一口目よりも少し、苦みが少なくなった気がする。それはただ、コーヒーの味に慣れたからだけではないだろう。



 コーヒーを飲み終えると、黒月は「それじゃあ、そろそろ」と言って席を立った。店員さんも、慌てたように席を立って「ありがとうございます!」といい、お会計を済ませた。


 自身の人生がかかった裁判が待ち受ける中での、何気ない昼食であったが、黒月は、自身の人生に意味を見い出してくれるひとが確かにいることを知った。そんな黒月は、これからどのような人生を歩んでいくのだろう。

裏話コーナー


・閑話ですから、この話が後々物語に影響を与えることは(おそらく)無いでしょう。それでも、黒月の生きる世界には、こういう考えの人もいるんだよ、ということを書きたかったんです。

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