幕間閑話・パスタ屋にて(1)
首都・ヴァスティでの責任追及裁判を終え、南方へと赴任することになった黒月。これは、そんな黒月が首都に滞在していた時、ふらっと立ち寄ったレストランでの、ちょっとしたお話。
ホテルのブュッフェの味にも飽きたので、黒月は白昼、ヴァスティの町に繰り出した。流石は首都と言うべきか、メインストリートは人ひとりが受け入れることが出来るエネルギーを遥かに超える活気を放っている。
どこかのレストランで昼ご飯を食べようと町をぶらつく黒月であるが、どの店も値が張りぎて、店に入る気がなかなか怒らない。無論、どの店も店頭に並ぶサンプル、写真、窓に近い席で食事を楽しむ人々の食べている料理はどれも食欲をそそるものであるが、どうしても財布の中身を思い出さざるを得ないような、そんな値段だ。
そんなメインストリートから遠ざかるようにして、一本外れた道に入ると、心地よい静けさの裏道にでた。そして、そんな道の一角に、白壁のおしゃれな邸宅が見えた。いや、あれは邸宅ではないな。道に腰ほどの高さの看板が出ている。恐らく、何かしらの飲食店だろう。
茶色の壁面が多いこの町で、その真っ白な建物は文字通り異彩を放っていた。しかし、看板を見る限り、ごく普通のランチレストランのようだ。パスタ、パン、コーヒーを売りにした、こじゃれた喫茶店といった店構え。
さらには、値段もかなりお手頃だ。もちろん、北方に比べれば高いのは確かだが、メインストリートに面する店のような、一食で北方の一日分の食費、といったような値段ではない。
黒月はこの店の雰囲気を気に入り、この店で昼食をとることにした。壁面と同じく真っ白に塗られた扉を開けて店に入る。扉の裏側に取り付けられていたベルが、カランカランと心地よく鳴る。
「いらっしゃいませー」
店員の声が店に響く。店内は狭く、4人掛けのテーブル席がふたつ、カウンター席が5つほどのこじんまりとした店だ。個人経営の店なのだろう。
テーブルや椅子はどれも木製で、店のところどころにある観葉植物と相まって、店全体が自然の温もりに満ちている。
「一名様ですか?」
「はい」と黒月。
「でしたら、今は他のお客様もいらっしゃいませんから、こちらのテーブル席にどうぞ。」
店員に通されて、窓際の陽が差し込む席に座る。店員は若い女性で、いや、若い女の子だ。15,6歳だろうか?髪は黒のショートカットで、幼さの残る丸い目元のせいか、自分と同年代の女子よりは若く見える。
「こちらがメニューです。ご注文お決まりになりましたら、声をかけてくださいね。」
女の子は、声までもが幼い。いや、幼いというよりは温かい。角の無い顔のパーツといい、声といい、小柄さといい、全体的に陽光、木漏れ日、そういった言葉が似あう、一種のほのぼのさといったものが漂っている。もしハイキングの途中で道に迷い、真っ白な服を着た彼女に出会ったら、木の精霊だと信じて止まないはずだ。
黒月は、不自然にならないほどに店員の女の子の顔に見とれつつ、メニューを受けとる。実際のことろは、食べたいメニューは店の前の看板を見て決めていたので、一応目を通す程度にパラパラと冊子をめくる。
最後までざっと目を通すと、黒月は「すみません」と小さく手を挙げて、店員さんを呼んだ。店員さんは小さなメモ台紙をポケットから出しながら、テーブル席に駆け寄ってくる。
「はい。ご注文、お伺いします。」
「この”魚介クリームトマトパスタ”、それとホットコーヒーをひとつお願いします。」
「コーヒーは食後でよろしいですか?」
「はい」
「承りました。お料理が出来上がるまで、少々おまちください。」
店員さんはそう言うと、キッチンに入って行った。キッチンは扉の奥にあって、その中を見ることはできない。彼女が調理もするのだろうか?そんな想像をしてみる。
そんなことよりも、黒月は自分でコーヒーを注文した自分自身に驚いていた。パスタのチョイスは、きわめて自分らしい”その店の看板商品”という選択だったが、コーヒーなんてものは全くの管轄外だ。
この店がコーヒーも売りにしていること、店員さんの前でそのコーヒーを頼まないのは申し訳が無い気持ちになったこと、そしてあの可愛らしい店員さんの前で、ちょっとばかし恰好を付けたくなったことが、黒月にコーヒーを注文させるに至らせた。
コーヒー……。あんなただ苦いだけの汁を飲みきれるか心配な黒月であったが、頼んでしまったものは仕方がない。窓から見える、すぐ隣にあの喧騒冷め止まぬメインストリートがあるのが嘘かのように静まりかえった裏道を眺めながら、料理の到着を待つ(そんな風景の端に尾行の男がちらと見えたのは無視する)。
10分経たないくらいだろうか。大きめの窓からテーブル席に差し込む、暖かな陽光に眠気を覚えそうになったくらい。あの店員さんが、両手でパスタの乗ったお皿を持って席まで運んできてくれる。
「おまたせしましたー。こちら、魚介クリームトマトパスタです。どうぞごゆっくり。」
店員さんは、テーブルに丁寧にパスタとカトラリーセットを置くと、ほのかにはにかみながら小さくお辞儀をして、キッチンの方に帰っていった。ああ、やっぱり可愛らしい。顔が、と言うよりはその纏っている雰囲気が可愛らしい。
そんな浮ついた念を抱きつつ、黒月は両手を合わせて「いただきます」を言い、パスタを食べ始めた。
裏話コーナー
・なんだかんだ言って、こういう物語の進行に関係のないおまけシーンを書いているときが一番楽しい。ちなみに、かっこつけて紅茶じゃなくてコーヒーを頼むのは、私の習性だったりします。




