首都13・そうして題意は託された
副総司令官の発言に、ミケルチョフと黒月は固唾を飲んで聞き入る。絶望的な結論が、その少し先の未来で待ち構えていることは明白だったが、それでも気を張りつめざるを得ない。
「黒月北方参謀長は、その任を解任――」
黒月は、ある意味で待ち受けていたその言葉を聞き、小さく息を吐いた。この裁判に掛けた全てが、軍に掛けた自分のこれまでの人生が、突然意味を失ったような喪失感を覚える。
「――のうえ、南方参謀次長に任命する。」
黒月は、その言葉を聞き取れなかった。ひとは、予期していないセリフというものは、案外聞き逃したり、聞き取れなかったりするものだ。それは黒月も同じで、頭の片隅にも、どこにもなかった副総司令官のその言葉を、聞き取ることができなかった。
「え?」と黒月。聞き返しというより、驚きの吐息に声が乗ったような反応。
「黒月北方参謀長は現時刻をもって南方参謀次長に着任。この裁判が終了し次第、出立の準備をすること。南方司令部において対ザック国戦争の戦略を担当せよ。」
黒月は、なおもその言葉を理解できない。南方?僕は解任、そして除籍になるのではなかったのか?と。その動揺はミケルチョフも同じくで、予想外の判決に「なぜ?」が飽和する。
ふたりの戸惑いを直視しながらも、副総司令官は言葉を続ける。
「初期案では、黒月元北方参謀長は敵国のスパイの容疑は完全には晴れずという結論で、除籍だったのだがな。この参謀本部参謀長の提言で、黒月元北方参謀長のその忠誠心を確認する機会を設けることにしたのだ。」
副総司令官の右隣りに座る、初老の参謀本部参謀長がこくりこくりと頷く。
「現在、我が帝国と交戦中のザック国。この南方の戦争において、黒月元北方参謀長が顕著な戦績をあげれば、その軍への忠誠は本物として認める、という結論だ。」
黒月とミケルチョフは、未だに副総司令官の話が頭にすんなりと入って行かない。寝起き直ぐに話しかけられたときのような、音は鼓膜を通じて感知しているが、言葉の意味はハッキリとした輪郭を結ばない、そういった感覚だ。
「この判決に際して、参謀本部参謀長から補足意見がある。参謀長、どうぞ。」
副総司令官は、参謀長の方をちらとも見ずに、話のターンを振る。参謀本部参謀長は鼻先に掛けていた細い銀のフレームの老眼鏡を外し、丁寧に畳んで机の上に置いた。そして、ゆっくりと、落ち着いた紳士的な、知的な口調で話し始める。
「まず、私たちは黒月元北方参謀長について、冬季全面攻勢において軍に対して隠匿行為を行ったことを事実として認定しました。そのうえで、ミケルチョフ参謀三段の、黒月元北方参謀長は軍に対して忠誠心がある、そして心優しき人柄であるという証言も、事実であると認めました。」
やっと脳内の靄が晴れた黒月とミケルチョフは、参謀長の話をジッと聞いている。
「そして、それらの事実を認定した上で、黒月元北方参謀長のその忠誠心は信頼に値するかという論点になりました。しかし、軍が帝国の未来を左右する大組織であること、そして、黒月元北方参謀長は非常に有能な戦略家であるが故に、万が一敵国のスパイだった際に、我国が受ける被害は計り知れないものであること。この点を考慮して、完全に信頼すべきではなく、無処置での原隊復帰は避けるべきという判断になりました。」
参謀長は、少し目を伏せ、机の上に置いた老眼鏡を眺めながら、話を続ける。
「しかし、であるからと言って、除籍処分は我が軍が優秀な参謀をひとり失うことを意味します。完全に信頼は出来ないが、除籍は惜しい。その判断の狭間で議論を行った末、ここは処分を一時保留にして、監視が及ぶ範囲でその経過を観察しようということになったのです。」
少し椅子に深く座り直し、老眼鏡を再びかける参謀長。
「そこで白羽の矢が立ったのが南方戦線です。あそこは1年以上戦線が長引いていて、数多くの軍幹部も派遣されています。そのような状況、環境で戦績を残せば、それはもう信頼に値する、つまりは裏切りの可能性や被害よりも、帝国軍人としての仕事量の方が大きいだろう、という結論に至ったのです。」
黒月とミケルチョフは、背筋を伸ばし、両手はももの上において、やけに良い姿勢で話を聞いている。参謀長は、若干声のトーンを下げて、さらに続ける。
「つまり、黒月元北方参謀長が南方戦線で帝国を勝利に導けば、それはもう予想されるデメリットよりも、既に帝国にもたらした利益の方が大きいとして、スパイか否かは不問、それ以上追及はしないということにしたのです。そして最後に。私個人といたしましては、冬季攻勢で大きな功績を遺した参謀部所属の者に、このような措置をとるのは心苦しいのですが、組織として仕方のないことなのです。南方での活躍を、心よりお祈りしております。」
参謀長が意見を述べ終えると、副総司令官がすぐに口を開いた。
「まあ、ということだ。黒月元北方……いや、黒月南方参謀次長、南方戦線での活躍を期待しているぞ。我が国に勝利をもたらしたまえ。なお、この裁判は軍の秘匿裁判であるから、公には黒月元北方参謀長は単なる異動で南方に赴任することとするからな。それでは、これにて黒月元北方参謀長の責任追及裁判を閉廷とする。」
未だ心の嵐冷め止まぬ黒月とミケルチョフであるが、長机の反対側に座る面々、つまりは副総司令官一行はすっと席を立ち、会議室をゾロゾロと出てゆく。
ふたりきりになった会議室。その静けさが妙な現実感を黒月とミケルチョフに与える。
「僕、南方に行くことになったね。」
自分の現状を確認するように、黒月がそう呟いた。
「は、はい……そうでありますね……。」
ミケルチョフは、喜びとも、申し訳なさとも、困惑とも取れぬ、いや、そのどれもが混じった声で、そう返した。
「僕、南方で頑張るよ。まあ、ほどほどにさ。帝国を勝たせて、本部の奴らも納得させるさ。」
黒月が、普段あまり見せない笑顔で、そう言い放った。どこか茶化したような口調だが、覚悟のこもった語気で。
黒月のこの覚悟を受け取ったミケルチョフは、「はい、遠い地からではありますが、ご活躍をお祈りしております。」と言い、ふたりは強く、無言でお互いの手を握りしめた。
こうして、首都での責任追及裁判は幕を閉じた。黒月は、南方でその身の潔白を、いや、有用性を証明することになった。その南方で黒月が新たな同僚と出会い、戦線を勝利へと導くのは、少し先のお話。
裏話コーナー
・まあ、主人公がここで除籍になったらそこで物語終了ですから、そうはならんことはバレてましたかね。さて、ここからは2話分の閑話を挟んで南方編になります。ちなみに、この話のタイトルも気に入っています。数学の「題意は示された」をもじったやつですね。題意、つまり黒月の未来は黒月自身のこれからの行動に託されたわけです。




