首都12・水面(みなも)の議論
副総司令官の指摘に、黒月とミケルチョフの表情がこわばる。
「矛盾、でございますか?」とミケルチョフ。
「ああ、矛盾と言うほどの矛盾ではないがな。先ほど、ミケルチョフ参謀三段は、黒月北方参謀長は軍に対して忠誠心を持っていると言った。しかし、その後、黒月北方参謀長は『敵を殺したくない』と発言したと証言しただろう?軍に対して忠誠心があるというのに、その敵を殺したくないというのはどういうことだ?」
鋭い、というよりは言葉の隙をついた卑しい指摘に、ミケルチョフは言葉を詰まらせる。副総司令官は、釣り針に引っかかった魚を逃がすまいと陸に揚げる釣り人のような、相手の主導権を握りつぶした顔をしている。
「矛盾、ということはないと考えております……。確かに、黒月北方参謀長は一個人として敵を憐れむ心をお持ちでいらっしゃるのかも知れませんが、帝国軍人としてはその任を果たすと言いきっておられますから、帝国軍人としては何の問題もないのではないかと思いますが……。」
ミケルチョフが、歯切れ悪くなりつつも返答した。しかし、この返答も副総司令官にはノーダメージのようだ。余裕ある姿勢で首を巻く贅肉を揺らし、切り返してくる。
「まあ、確かにそういった考え方もあるな。だが、それは黒月北方参謀長が帝国軍に、本当に忠誠を誓っている時には無問題だという理論だろう?私たちは今、黒月北方参謀長の軍に対する忠誠心自体を疑っているのだから、その理論は意味をなさないはずだ。」
副総司令官は再び両手を組んだ。そして、両肘を机に立て、組んだ両手に口と鼻を近づけるようにして、身を乗り出す。
「黒月北方参謀長が、個人として敵の殲滅に反対だというのなら、それは黒月北方参謀長が敵国のスパイだった場合に、大きな動機となりうる事実だ。それは、看過できることではない。」
副総司令官の主張に対する返答が見つからず、ミケルチョフは口をもごもごと動かし、声に出ない言葉を噛む。黒月はそんなミケルチョフの横顔と、副総司令官の標的を仕留めたハンターのような充足した顔を、交互に見やる。そして、副総司令官の主張を心底呪った。
なぜなら、副総司令官の主張は、建前の議論でしかないからだ。軍人なら、いや、人であるなら、敵であれ誰であれ、他人を殺して喜ぶ人、人を殺しても何も思わない人はいないだろう。みな、自分の何か大切なものを守るために、自分の心を殺して、敵を殺しているのだ。
そんな実情を完全に無視して、「敵を殺したくないと言うなら忠誠心を疑う」という議論は、完全にお門違いだ。本部はそこまでして少しの疑念を、無いような不安を払拭したいのかと思うと、黒月は頭に血を集めざるを得ない。
しかし、黒月は自身が被告という立場上、ここでその怒りを噴出させたところで状況を悪化させるだけだと分かり切っているので、何も言えない。
そして、ミケルチョフも反論できない。そう、唯一の反論は建前を打ち破り、本音の議論、つまりは「人を殺したい人なんていないでしょう」という話を切り出すことだけだからだ。しかし、そんな議論を切り出せば、ミケルチョフ自身もその忠誠心の真偽を副総司令官につつかれかねない。それが分かっているから、何も言い出せない。
副総司令官は、黒月とミケルチョフ両者の沈黙を、ギラついた目で数十秒見つめる。そして、自分の議論が相手を完全に追い詰めたことを確信すると、再び組んでいた手を両ももの上に置き直し、口を開く。
「それでは、証人も被告も、これ以上言うことは無いようだから、これより結審に移らせてもらう。」
ミケルチョフは「いや……」と言いかけてその言葉を飲みこんだ。副総司令官はそんなミケルチョフを見て見ぬふりして、自分の両サイドに座る面々に視線で確認を取る。副総司令官の視線を受け取った参謀本部参謀長、参謀次長、軍人事部副長と保安隊関係者はその視線に視線で返事を返す。もちろん、皆「異議なし」だ。
各面々の確認が取れると、副総司令官は「それでは、少々待っていてくれ。」と言い捨て、席を立ちあがった。それに倣うようにして、ドミノ倒しの逆のような流れで、その両サイドの面々も席を立った。
立ち上がった面々は、副総司令官を先頭にして、会議室の奥の部屋にゾロゾロと入っていく。前回の公判の時にアレクセイが待機していた、会議室の奥にあるドアの奥の小部屋だ。
恐らく、あの小部屋で既に作られた同意を判決にするのだろう。やけに広く感じる会議室にポツンと残されたミケルチョフと黒月の間には、粘性の高い空気がまとわりついている。
「申し訳ございません、黒月参謀長……。お力に、なれませんでした……。」
ミケルチョフが、ぐっと握りしめた両手の拳を見つめながら、細々と呟いた。
「いや、いいんだ。気にしないでよミケ爺。あれじゃあ、正直話にならないから、さ。これで除籍になったって、むしろ清々するさ。」
黒月がミケ爺のガクッと落ちた肩に手を乗せ、そうなげかける。黒月の手の震えが、その言葉には欠片ほども本心が混じっていないことを、ミケルチョフに感じさせた。
それから、沈黙が会議室に10分ほど舞い込んだ。黒月は、どうせ形だけの合議のくせに、やけに時間を取るな、と思いつつ、奥の部屋に続くドアをじっと眺め続けた。
会議室に沈黙が飽和したその時、奥の部屋に続くドアのドアノブがガチャリとひねられ、ドアが開いた。やけに真面目な面持ちをした副総司令官一行が各自の席に戻る。
そして、最後に副総司令官がその腹の脂肪を抱えるようにして座り、一呼吸挟むと、すぐに切り出した。
「それでは、判決を言い渡す。」
裏話コーナー
・この話は、タイトルを気に入っています。副総司令官が本質的な会話をせず、建前の議論を進める様子と、マッチしていると勝手に思っています。




