首都10・さらば郷里さあ来い公判
黒月の「軍人になる」という宣言を聞いた神父は、特に驚いた様子もなく、普段通りの優しい声で「そうか、そうか、黒月はやればできる子だから、立派な軍人さんになれるだろう。」と言って励ました。
それでも、黒月がそれに「だから、春になったら軍学校へ行く」と返した時には、さすがの神父も、目を丸くせざるを得なかった。なぜなら、軍学校というのは通常、18歳以上が軍人となることを目指して門戸を叩く所だからだ。
神父は、もちろん黒月を止めた。もう少し大きくなってからでいいのではないかと、そう提案した。それでも、黒月は一刻も早く軍人になると言って聞かず、神父の提案を押し返した。黒月は普段、あまり感情的にならない子だったので、その強い意思表示に神父は折れたのだ。
実際、黒月にはそこまでして軍人になりたい理由があった。ひとつは、自分が「祝福」を受けなかった理由を探すためだ。今、軍国化が進み、軍が肥大化しているこの時代に、軍で名を馳せればそれだけ人脈が広がるはずだ。そして、広がった人脈の先に何か「祝福」に関して詳しい人がいることを信じた。
もうひとつ理由があるが、それは「非祝福者」の地位向上だった。「祝福者」に比べ、「非祝福者」の生活レベルは、明らかに低い。それは、「祝福者」の方がその力を活かし、よりよい仕事に就けるからだ。世の中の、というよりは世界の仕組みとしてそれは仕方のないことだったが、黒月はそれを良しとしなかった。「非祝福者」でも、本人次第で力ある人物になれることを示したかった。
そして、アイツヴェルトの大地が芽吹き始め、路肩の小さな黄色い花が微かな勇気を人々に与える頃。14歳の春に、黒月は教会を出て、首都・ヴァスティにある軍学校へ向かった。
黒月は、アイツヴェルトの駅で神父に「一年とちょっとの間、ありがとうございました。いつか、この地にも僕の名が聞こえて来るように、頑張ります。」と言い、夢に溢れた笑顔で手を振った。
神父はその黒月の笑顔を、未だに昨日のことのように覚えている。
「なんだか、懐かしいような、恥ずかしいような、そんな感じです。」
神父がそこまで話したところで、黒月がそう呟いた。とっくに紅茶は冷め、掛け時計は正午前を指している。
「恥ずかしがることはなかろうに。でも、本当にこの地に名が響きそうなほどの、そういう活躍をする軍人になったのう。」
神父は、黒月を見ながら、しみじみと言う。黒月、サリー、神父の間に一時の沈黙が流れたあと、サリーがカップに残っていた紅茶を全て飲み干し、張った声で切り出した。
「ごめんなさい。私、そろそろ家に帰って、家事の続きをしなくちゃ。」
「そうかそうか。思ったより話込んでしまったの。それじゃあ、気を付けてな。」
神父はソファーからゆっくりと立ち上がり、サリーと黒月のカップをキッチンに下げる。
「それじゃあ、僕もサリーと一緒に帰ります。ありがとうございました。」
黒月もお茶菓子の残りをキッチンに下げるのを手伝いながら、神父にそう言った。神父は少し寂しそうな目をしながらも、「そうか、気を付けてな。黒月君の活躍を、ずっと祈っておるよ。黒月君に幸あれ。」と言い、黒月とサリーを送り出した。
ふたりは家(つまりは、黒月の自宅)に帰ったあと、部屋の掃除をしたり、布団を干したり、子供たちの服を洗濯したりした。それから、ふたりでお昼ご飯を食べたり、夕飯の買い出しに行ったりもした。黒月は、度々サリーのはじける笑顔と美しい緑の瞳に引き込まれそうになったが、サリーに「どうしたの?」と聞かれるたび、不自然に誤魔化した。
その日、黒月は自宅でサリー、子供たちと共に寝た。夜、サリーが寝室の明かりを消すときに、赤毛の少女が「なんだか、黒月さんとサリーさん、私たちのお父さんとお母さんみたい。」と言って、ふたりを困らせた。
翌日、黒月は昼の列車でヴァスティに帰った。本当は夕方くらいまで町をぶらぶらしてみようかと思っていたのだが、朝になったら、家の前で黒月の動向を監視していた男が3人に増えていたので、下手な疑いをかけれられる前に帰ることにしたのだ。
さらにその翌日の夕刻、ヴァスティ駅の駅舎に沈みゆく夕焼けをバックに、無駄に英雄的な様子でミケ爺がヴァスティに到着した。いや、実際にミケ爺は、いや、ミケルチョフは、今の黒月にとっては英雄と言っても良かった。
「いやぁ、良く来てくれたねミケ爺。ありがとう。裁判は明日の朝からなんだ。本当に、よろしく頼むよ。」
お互いに強く手を握り合うミケルチョフと黒月。ミケルチョフは、自信に溢れた声で、黒月の言葉に応えた。
「はい、お任せください。ミラレット一段は別の司令部へ異動してしまったので来ることができませんでしたが、私ひとりでもなんとかしてみましょう。」
やはり、この道数十年の男が放つ言葉には、肌を通じて感じる重みがある。「もう大丈夫だ」と心の糸を不意に緩めてしまうような、陳腐にまとめれば『包容力』と言われるような力がある。
黒月とミケルチョフが感動(?)の再会を果たしたその翌日の朝9時前。帝国軍参謀本部の一番端の部屋。つまりは、最初に裁判が開かれた部屋と同じ部屋に黒月は来ていた。
前回同様、部屋の中央には巨大な長机があり、向こう側には総司令本部副総司令官、参謀本部参謀長、それに参謀次長、それに軍人事部副長と保安隊関係者が席を連ねていた。
だか、前回とは違うこともある。そう、今回は証人としてミケルチョフが黒月の横にいる。
「それでは、第二回公判を始める。」
副総司令官の重い声が、会議室の朝を染めた。
裏話コーナー
・ミケ爺によると、ミラレットさんは違う司令部に異動になったそうですね。さて、どこの司令部に行ったことやら。




