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首都9・沈黙のサインと花束

 ジーグン暦1009年7月11日。ここアイツヴェルトの地に、黒月は生を受けた。


 この町では、子供が生まれると必ず教会に行ってそれを知らせ、子供を清めてもらう習慣がある。それは黒月も例外ではなく、生まれてすぐに教会の神父に身を清めてもらった。神父と黒月が最初に会ったのはこの時だ。


 黒月は、当時にしては珍しい一人っ子だった。帝国が軍国化してゆくなかで、長男、しかも一人っ子として生まれた黒月は両親に何よりも大切にされた。そして、未来を見通して生きていける賢い子になるようにという願いを込めて、「視来(みくる)」と名付けられた。


 父と母、黒月の3人の幸せな小さな暮らしは、残念なことに、長くは続かなかった。黒月が物心つく前に、父が急死したのだ。父は、病弱であるとか、持病を持っているとか、そういったことは一切なかった。父の死に駆け付けた町医者は、母に死因を問われても「分かりません。」と苦悩した顔で応えるだけで、重々しく死亡診断書にサインした。


 父の死後、母は数日は悲しみに暮れていたが、それで全てを匙に投げたわけではなかった。黒月の母は、強かった。黒月を女手ひとつで育て上げると決め、強く生きた。幸いにも、母は「覚の祝福者(ブレスド)」だったので、そこそこ給料の良い仕事が見つかり、教会の助けを得ながら、黒月と人生を歩んでいった。


 そして、黒月は12歳の誕生日を迎える。


 この世界の人類は、12歳の誕生日を迎えた日の夜、必ずとある夢を見る。その夢とは、「神との契約」である。提示されたいくつかの条件のなかから、自身の得たい契約を結ぶのだ。契約と言っても、デメリットよりもメリットの方が明らかに大きいが為に「祝福」と呼ばれている。そして、そのような祝福を受けた者を「祝福者(ブレスド)」と呼び、さらに、何の祝福を受けたかで「○○の祝福者(ブレスド)」と呼び分けている。


 この「祝福」は、例外なく、黒月にも訪れるものだと誰もが思っていた。いや、そもそも、この「祝福」に例外があるという概念すら誰にもなかった。それは、「祝福」を受けることが、水は高いところから低いところに流れるとか、息を止めたら苦しいとか、そういった「あたりまえ」のことだからだ。


 しかし、その夜、黒月は夢を見なかった。なにも「祝福」を提示されない「非祝福者(ノンブレスド)」だったわけでもない。夢そのものを見なかったのだ。


 朝起きた黒月は、母に「祝福」はどうだったかと問われ、その事実をありのままに話した。もちろん母は動揺し、困惑した。それでも、なんとか自分に言い聞かせ、誤魔化し、自分を納得させるように「あら、神様、忙しくて忘れちゃったのかしらね、大丈夫よ、すぐに来るわ。」と黒月に言った。


 それから1日経ち、2日経ち、1週間が経っても、黒月に「祝福」は起こらなかった。いや、黒月はそもそも夢すら見なかった。


 この事態に強烈な不安と困惑を覚えた母は、神父にこのことを相談した。神父も「祝福」が起こらない、それ以上に夢すら見ないというひとを見るのは初めてで、たどたどしい対応をするほかなかった。


 神父は、教会にある古文書や聖霊書など、ありとあらゆる資料を読んだが、「祝福」が起こらなかったという事例は見つけることができなかった。


 無論、解決策も見つけることはできず、只々、母に「申し訳ありません。何も詳しいことは分かりませんでした。ですが、大丈夫です。『祝福』はなくとも、神は見守っていてくださいます。」と言うことしかできなかった。


 それでも母はあきらめなかった。仕事の合間を縫って、休日を費やして、我が子の身に起こったことを解明しようとした。ありとあらゆる分野の本を読み込み、ありとあらゆる町の医者、聖職者に聞き込みをし、ありとあらゆる薬草・礼拝法を試した。


 しかし、その甲斐虚しく、黒月が「祝福」を受けることも、夢を見ることもなかった。黒月本人は、子供ながらに、命を削って調べ回る母の身を案じ、「もういいよ。大丈夫だよ。」と言ったが、母はそれでも研究を続けた。


 そうして1年以上が経ち、黒月が13歳となったその年の冬。母は、我が子ひとりを残して、この世を旅立った。朝、黒月が目覚めて母の書斎(元は父の書斎だった)に行くと、母はそこで机に伏すようにして、眠りに、永遠の眠りについていた。


 母の死に駆け付けた町医者は、黒月に「どうしてお母さんは死んじゃったのか」と聞かれると「過労と心労です。」と言い、死亡診断書にサインした。そして黒月は、真黒な空から落ちてくる真白な雪に包まれた丘で、齢13にして父母の墓前に花を添えた。


 黒月の父と母は、共にアイツヴェルトと遠く離れた地の出身で、黒月が身を寄せることができる親族は、近くには住んでいなかった。それで、黒月は自立するまでの間、教会に保護されることになった。


 他の子との共同生活というのは、まあ、すぐに慣れるものではない。両親を失った悲しみもすぐに癒えるわけではない。だが、黒月は母の生前、「祝福」を受けないことについてたびたび教会を訪れて神父に相談する母に同伴していたため、教会が全くの新環境と言うわけではなかった。


 そして、そこで黒月はサリーと出会った。当時、黒月は13歳、サリーは18歳。サリーの両親は、ジークメシア帝国の南方にあるザック国よりもさらに南にある島国の出身なのだが、ザック国国内で非人道的な差別・迫害行為を受け、その末に殺害されてしまったのだそうだ。


 それでも、サリーはそんな過去を知らないかのような、明るい光を振り撒いていた。教会にいる子供たちのなかでは歳が上の方ということもあったが、サリーは男子顔負け神父お手上げの聞かん坊だった。


 明るかったのは、サリーだけではない。その教会にいる子供は、みな決して明るいとは言えない過去を持っているのに、それでもみんな、明るかった。未来を視て、生き生きと毎日を生きていた。


 黒月は、そんなみなから徐々に力を受け取り、本当に徐々にであるが、未来を視て生きることを考え始めた。


 そして、黒月が教会に来て1年が経った頃、それは黒月が14歳の冬。黒月は神父に「僕は、軍人になる」と宣言した。

裏話コーナー


・今まで、どうしてラノベの主人公にはあまり父母が干渉してこないのだろう、と不思議に思っていましたが、自分で書いてみて良く分かりました。父母との絡みや設定を書くのは非常に面倒ですね。だからというわけでもありませんが、黒月は幼くして両親を亡くしています。それ故に若くして軍人への道を歩み始めたのかもしれませんね。

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