首都8・回顧の団欒
ギギギギギ……という音を立てて、いや、嘘だ。教会の重い木の扉は、その重量からは想像できないなめらかさで、音もなく開いた。重さと音のギャップに、黒月はどこか懐かしさを感じながら、そろっと教会の中に立ち入る。
教会内部は派手さは無いものの、ステンドグラスでできた大きな窓や、純白に塗られた壁面が大きな存在感を示している。教会は楕円の半球状の形をしていて、青、赤、黄、緑と様々なステンドグラスの色が室内に入り込んで、反射する様子は、異世界のプラネタリウムのようだ。
黒月は、そんな幻想的な室内に「懐かしー」と心の中で感嘆しながら、サリーと共に、奥にある祭壇に向かって歩く。
教会の奥は、礼拝に参加する人々が座る長椅子が置いてあるところよりも一段高くなっていて、そこが祭壇とされている。祭壇にはロウソク台やら供物をささげる用の机やら説教台やらが置かれていて、大抵、神父は説教台の横にある神父用の小さなソファーに腰掛けている。
黒月が祭壇の一歩手前までたどり着いて、そのソファーのところを見ると、やはり神父はそこにいた。4、5年前と変わらず、そこで目を瞑って、祈っているのだか眠っているのだか分からない様子で座っていた。
神父は老年の男で、頭と口、そしてあごに豊かな白髪を蓄えている。背は曲がっていないが、手や顔の皮膚は厚く、そして深いシワがいくつも刻まれていて、その体が過ごしてきた年月を物語っている。
「神父、おはようございます!」
サリーが横から、神父に向かって大きな声で挨拶する。神父は「ふごっ」という音を喉の奥の方からだすと、目を開いてゆっくり首をこちらに捻った。神父は、ただ寝ていただけのようだ……。
「神父、おはようございます。今日は珍しいお客さんがきてますよ!ほらほら。神父も良く知ってる人ですよ!」
神父はサリーの声を聞くと、その寝ぼけまなこで黒月をぼやっと見つめる。まだ頭が回っていない様子の神父のために、黒月も自分から挨拶する。
「お久しぶりです神父。4年ほど前までお世話になっていた、黒月視来です。お元気ですか?」
黒月の挨拶を聞くと、神父は突然すべてを思い出したように目を見開き、ソファーから立ち上がった。そして、ゆっくりとした足取りで黒月とサリーの方に歩み寄ってきた。
「ああ、黒月君かぁ。大きくなったなあ。帰って来てくれて嬉しいよ。こんなところではなんだから、私の家でゆっくり話そうじゃないか。時間はあるんだろう?ささ、サリー君も一緒に。」
神父はそう言うと、祭壇のさらに奥、つまりは教会の裏に立つ、神父の家にふたりを招き入れた。外壁が教会と同じ、くすんだ白で塗られているため、神父の家は外から見ると、教会の一部のように見える。
「さあどうぞ、そこにお座り。今お茶を入れるからね。」
黒月とサリーはリビングの小さなテーブルに通された。
「なんだか、こうやって黒月君とこの家にいるの、すごく懐かしいわ。」
サリーが家の中を眺めながら、そう呟いた。黒月も「そうだね。」と、同じく部屋を見まわしながら応える。内装は当時からほとんど変わっていない。使い古されて角が丸くなった机に、何を零したのか所々黄ばんだ絨毯。それに、部屋の良く見える位置に掛けられている大きな振り子時計。どれも昔のまま、時間が止まっているような様子だ。
「ほっほほ。そうかそうか、黒月君もサリー君も、この家で過ごしていたんだったな。こうやってここで話すのも、懐かしかろう。」
「ええ、とても懐かしいです。神父は今もこの家で子供たちと過ごしているのですか?」
「いや、今はサリー君が黒月君の家で子供たちの面倒を見てくれているからね。ここで過ごしているのは3人だけさ。」
「そうなんですね。」
そんな会話をしていると、神父が淹れ終わった紅茶とお茶菓子を持ってリビングに出てきた。神父はお茶菓子と紅茶をテーブルの上に置くと、自分はリビングの端にある、座面の低いソファーにゆっくり腰掛けた。
サリーが、またも、まだ淹れたてで湯気ムンムンの紅茶をガブリと飲み込んだ。この人の口と喉はどうなってるんだ、昔からこんなだったけ?と黒月は心の中で思いながら、自分は唇につける程度の量を口に広げる。ふたりが紅茶を飲むのを眺めてから、神父も両手で抱えるようにして持っていたティーカップを口につけ、紅茶をすする。
それからしばらくは、お互いの近況の報告のし合いになった。とは言っても、主に話していたのは黒月だった。というのも、神父は相変わらず子供の相手をしながら礼拝をする日々を続けていたし、サリーも子供たちの面倒を見る日々に追われていたから、話すことが少なかったのだ。
黒月はこの町を出てからのことを、だいぶ省略しながらだが、ふたりに話した。軍学校に入り、その後何か所かの司令部を回った後、参謀課に入ったこと。そして、ついこの間北方の司令部では参謀長として冬季攻勢を勝利に導いたこと。サリーと神父はその話に興味深そうに聞き入っていた。
「……っていう感じかな。それで、いい機会だからと思って帰ってきたんだ。」
黒月が話し終えると、サリーと神父は話をかみ砕くように小さく頷いた。そして、だいぶ冷めてきた紅茶をすすったあと、神父がゆっくり口を開いた。
「なるほど……黒月君も、本当に立派になったなあ。昔、この家にいた頃から、どこか普通の子とは違う雰囲気を持っておるな、とは思っていたが、本当に立派な軍人になったなあ。本当に、あの頃からは想像もつかぬ。」
それを聞いたサリーは、「そうね」と小さく呟く。
「そうだなぁ、久しぶりだから、少し、昔の話でもするかの……」
神父はそう言うと、黒月がこどもの頃の話を、目の前に子供の頃の黒月がいて、それを優しく見つめるかのような温かい目で、つらつらと話し始めた。
裏話コーナー
・黒月が幼い頃からお世話をしていた神父。その神父は黒月のことを下の名前で呼んでも良さそうですが、なんとなく黒月君、と呼ばせることにしました。今までずっと「黒月」でタイピングしてきたので、わざわざ視来と打ち込むのが面倒だったとかいう理由では決してありません。ええ、決して。




