首都6・帰宅、ここでも再会
帰省を思い立った翌日、まだ日が低い位置から白い陽光を刺してくる時間。黒月は、窓に映る自分の顔の奥に流れる街並みを無気力に眺めながら、列車に揺られていた。
黒月が乗っているのはヴァスティ発アイツヴェルト行の列車。ボックス席の窓側にひとりで座り、早起き故の眠気を列車の揺れに溶かしている。もちろん、黒月にはスパイの容疑がかかっているので、2つほど離れたボックスに明らかな尾行が2人ついてきている。
黒月は尾行の存在に気が付きながらも意に介さず、アイツヴェルトまでの風景を目から脳に流し続けている。とは言っても、ふたつの町の間はその大半が針葉樹林で、たまに小さな村落の屋根が姿を見せる程度だ。
そんな、代り映えのしない風景に黒月が小さなあくびをかみ殺した時、車内アナウンスが流れた。
「ご乗車ありがとうございました。間もなく、アイツヴェルトに到着でございます。お降りのお客様は、お忘れ物をなさいませんよう、ご注意下さい。間もなく、アイツヴェルトに到着です。」
ガチャ、と雑にアナウンスを切る音が聞こえると同時に、列車は減速を始めた。黒月は急激に運動エネルギーを失う車内で慣性に耐えながら、棚の上に置いた荷物を降ろしたり、靴紐を結び直したりして降車の準備を始める。
故郷の土地を踏むのも、もうすぐだ。
「ただいま。4、5年ぶりくらいか。」
アイツヴェルト駅の改札を出てすぐの広場。黒月は、独り言とも挨拶ともとれない声量で、故郷の地にそう呟いた。早朝ということもあってか、駅前だというのに広場には人影が全くない。
このアイツヴェルトは人口1,000人に満たない小さな田舎町だ。町の中心には教会があって、その協会から東西南北に伸びるメインストリートだけが石畳の道で、他の路地は土のままの道になっている。家はみな古いレンガ造りで、列車の振動で崩れてしまうのではないかと思うほどに古いものもある。
黒月はそんな故郷の町を歩きだす。駅前の広場の時点で、数年前とは街並みがだいぶ変わったという印象を受けたが、街中に入るとより当時との違いを痛感する。木造だった小屋が綺麗なレンガの家になっていたり、昔はただの広場だった場所に商店が建ち並んでいたりと、田舎町ながらも発展をとげているようだ。
黒月は、そんなどこか懐かしく、そして少しよそよそしい街並みを眺めながら、自宅を目指す。自宅といっても今は家族が住んでいるわけではない。以前、黒月とその両親が暮らしていた家というだけだ。今は諸事情あって、町の中心にある教会に貸し出している。
教会から、西にある駅に向かって伸びる石畳の道を、教会に向かって進んだあと、小さな脇道に入っていく。その道は緩やかに蛇行しながらの上り道になっていて、多くの民家がこの小道に門戸を構えている。この住宅区画の一角に、黒月に自宅も建っている。
そして、黒月はとある一軒家の前で歩みを止めた。そう、ここが黒月の自宅だ。明るい褐色のレンガと、暗めの石炭色のレンガが織り交じって造られた家。三角形の屋根からは立派な煙突が生え、玄関の扉はトウヒかなにかの黒い木材で作られている。住宅街ということもあって、この家の両脇にもそれぞれ3軒づつほど、同じような造りの家が建ち並んでいる。
黒月は荷物を家の扉の横に立てかけると、コンコンコンとしっかり3回ノックをした。心地よい木の音が響く。そして、家の中から、扉に向かって誰かが走り寄ってくる足音が聞こえる。
黒月はその足音を聞いて1歩後ろにさがる。すると、タイミングを見計らったように玄関の扉がゆっくりと開いた。
しかし、そこに人はいなかった。いや、実際には居た。黒月はてっきり大人が出迎えてくれるものかと思っていたので、視線を水平に向けていたのだ。しかし、実際に出てきたのは小さな子供だったので、一瞬その視界に誰も映らず、視線を下に移動させる必要があった。
家の中から出てきた、黒月の半分ほどの身長の赤毛の少女は、黒月のことをポカンと眺め、さぞ不思議そうな声で「お兄さん、だあれ?」と聞いてきた。黒月がその質問になんと答えようかと考える刹那に、家の奥から少女と同じくらいの歳の男の子が、さらにふたり、玄関に様子を見に来た。
子供3人に囲まれ、この状況をなんと説明したらいいのかと慌てているその時、道を歩いてきたひとりの女性が黒月に声をかける。
「もしかして……黒月君?」
黒月は、声のした方を振り返る。すると、そこには修道服に身を包み、買い物帰りなのか両手にパンや野菜の飛び出した袋を持つ、20代前半の女性が立っていた。彼女の黒い肌は淡い青の修道服と白のヴェールに良く映え、その緑色かかった瞳が、神秘的に煌めいている。容姿も知性を感じる端麗な作りで、黒月はその美しさに見とれてしまう。
美しさに気をとられ、固まってしまった黒月に、女性が早口でまくし立てる。
「4年くらい前に軍に入った、黒月視来君だよね?うわっ、すっごい久しぶり!急にどうしたの?っていうか、私のこと覚えてる?」
女性に質問されて、黒月の頭が元の通りに回り始めた。そして、それと同時に軽く衝撃を覚えた。黒月は、この元気な女性のことを良く知っている。
「え、もしかしてサリー?久しぶり!覚えてるけど、その恰好どうしたの?」
その返事を聞いた女性、サリーはパッと笑顔をはじけさせて、黒月に詰め寄った。
「そう、サリーよ!覚えててくれたのね!私、今は修道女として、私たちが居た教会で働いてるの!」
裏話コーナー
・大晦日ですね。皆さま、良いお年を。元日も投稿しますのでよろしくお願いします。さて、サリーが黒人かつ緑の目なのは私のこだわりだったりします。ラノベとかネット小説では金髪青目白人は良く出てくるのに、黒人はなかなか出てこないので、登場させたかったんです。




