首都5・故郷の想起
会議が終わった後、黒月は会議室を出て階段を下り、参謀本部の1階に降りた。1階には電報を打てる連絡室があるので、そこで北方司令部宛ての電報を打つ。
もちろん、電報を送る相手はミラレットとミケ爺だ。この二人なら確実に黒月を弁護する証言をしてくれることだろう。北方司令部の総司令官という立場上、楊司令官は流石に呼び出せない。
それから、黒月は軍が経営しているホテルへ向かった。証人が到着するまでの間、このホテルで寝泊まりをして裁判を待つことになる。ホテルと言っても、軍が管理している物件なので、利用者のほとんどは首都に出張に来た軍人だ。このホテルなら、黒月が怪しい行動をしないか監視できるだろうという副総司令官の判断もあり、このホテルに宿泊することになった。
ホテルはヴァスティの駅から真っすぐ南に伸びるメインストリートに面しているが、外見はコンクリむき出しで、見栄えが良いとは言えない。10階建ての比較的大きいホテルだが、利用者のほとんどが軍人ということもあり、栄えているようには見えない。
「ああ~。まーじ疲れた。ふうう……。」
そんなホテルの一室に、くぐもった黒月の声が響く。長旅の末に突如始まった責任追及裁判を終えて、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっているのだ。黒月はベッドにうつ伏せに倒れ込んでまぶたを降ろし、緊張でやけに乾いていた目を湿らす。
そのまま数十分、死体のようにぴくりとも動かずに思考を放棄していた黒月だったが、そのまま心地よさそうな寝息を立てて眠り込んでしまった。
それから時計の短針が数字を3つほど超えたところで、黒月は突然、上体をのけぞらせるようにして起きた。寝落ちしてしまった時の寝起きに特有な、ビクッと魚が跳ねるかのような寝起きだ。
「うおっ、寝てたぁ~。うー、今何時だ?」
黒月はまだよく働かない頭で腕時計の針を読む。時計は17時過ぎを指している。どうやら、昼過ぎに会議が終わりこのホテルに来てから、3時間強も寝ていたらしい。
「まあ、疲れてたからしゃあないな。」
そう独り言をつぶやく黒月の腹が鳴る。黒月はベッドから降り、大きな伸びとあくびをした。
「腹も減ったし、ちょっと早いけど夕飯食うかぁ。」
またも独り言をぼやいた黒月は、木からキノコが生えたような形のハンガーラックに掛けておいた軍帽を被り、部屋の鍵を持って部屋を出た。
このホテルでは24時間、食堂のビュッフェが利用できる。黒月はまだ重いまぶたを意識的に持ち上げ、血の巡りが遅い脚をのそのそと動かしながら、2階にある食堂へ階段を下りて向かう。やけに毛の短い絨毯が敷かれてる階段は、なんだか足が滑りそうだ。
食堂に着いた黒月は、思わずよだれを垂らしてしまいそうになった。テーブルの上には、目にも楽しい色とりどりの料理がこれでもかと盛り付けられている。北方にいた頃の、カッサカサのパンとジャガイモ、それにほぼ具の無いスープばかりの食事とは大違いだ。
黒月はプレートを手に取ると、心の食欲に任せて好きな料理を好きなだけ盛った。よく考えれば、昼前に首都についてから今まで何も口に入れていないのだから、お腹が減っていて当然だ。空腹は最高のスパイスと言うが、そもそも美味しい料理に最高のスパイスが用意されているのだから、美味さの最上位状況にあるだろう。
黒月は、こぼれそうなほど料理を持ったプレートを慎重に持って運び、ホールの適当な席についた。いただきますを言うと、味わいつつも、止められない手によって口に運ばれ続ける料理を、ギリギリでむせるのを回避するスピードで胃に入れ込んでいく。
ほおばった白米をお茶で喉に流して一拍入れると、耳触りのよい室内音楽に紛れて聞こえてくる、他の食事中の軍人たちの会話が黒月の耳に入ってきた。
「最近、首都への呼び出し多くないか?」
「ああ、毎回西方から列車で来るの、ホントに疲れるよな。」
「そうだよなぁ。でも、お前確かアイツヴェルト出身だったよな?だったら首都にくる度に帰省できるじゃないか。」
「まあ、確かにそうだけど……。それでもなぁ。っていうか、お前はヴァスティ出身だろ?ここに来ること自体が帰省じゃないか。」
「ははは、そういえばそうだな。」
どうやら、西方軍の軍人たちのようだ。そして、黒月にとってとても懐かしい言葉が聞こえてきた。そう、アイツヴェルトは黒月の出身地だ。こんなところに同郷の人がいたのも嬉しいことだが、ふと、せっかくの機会だから実家に帰ってみるかと黒月は思い立った。
ヴァスティからアイツヴェルトまでは列車で2時間ほど。次の裁判までは3日ほどあるので、向かってあっちで一泊するのもいいだろう。もちろん、怪しげな行動をしないか監視するための軍人が何人か尾行してくるだろうが、確定容疑者ではないから移動自体は妨げられないはずだ。
思い返せば、黒月は軍人になってから、いや、軍学校に入学して以来、一度も実家に帰っていない。本当に久々の帰省だ。そんなことを思いながら、黒月は相変わらず窒息寸前の速度で料理を喉にかきこみ続ける。
明日はちょっと早めにホテルを出て、朝の列車でアイツヴェルトに向かおう。それで、教会にも顔をだして……そんな風に黒月は頭に故郷に地図を広げながら食事を終えた。
それから自室に戻った黒月は、明日は早朝に出発する予定にしたので、風呂に入ったり歯を磨いたりしてから、すぐに床に就いた。それは、2次立案中の自分が見たらうらやましさで咥えた指を嚙みちぎるほどに早い時間の就寝だった。
裏話コーナー
・ヴァスティ、リュースベルグ、アイツヴェルトなどの地名から察していた方もいらっしゃるかもしれませんが、地名のモデルはドイツです。ドイツって地名かっこいいですよね。




