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北12・黒月にとっての予想外

 ギギギギギギッ!!!


 北方司令部指令室にけたたましい着信音が鳴り響く。そう、これはの緊急連絡ラインに着信が入ったときのアラームだ。連絡員のひとりが脇目も振らずに、刹那という時間で緊急連絡ラインに対応する。


 「はい、こちら北方司令部指令室!何があった!?」


 緊急連絡ラインというのはその名の通り、戦線や司令部において致命的な損害、または早急に対処しなくてはならない問題が発生したときに用いられる、最優先で繋がれる連絡ラインだ。他のどの回線を差し置いてでも、このラインの通信だけは担保されている。


 「右翼観測班……?ああ、うん、え!?それは本当か!?間違いないのか!?」


 ラインに対応した連絡員の顔が赤くなっていく。体中の血が逆巻き、全身の血管と体毛がざわめいている様で、明らかに焦燥した表情だ。握りつぶしそうなほどに受信機を握る手に力が入る。楊たちも突如かかってきた緊急連絡ラインに注目せざるを得ず、視線を連絡員に注ぐ。


 「了解、すぐに伝達する。君たち観測班はそのまま敵捕捉を続けてくれ。緊急時のマニュアルに則り、包囲戦参加中の各大隊、場合によっては連隊長との連絡を維持しつつ、対応にあたってくれ!」


 連絡員が乱暴も乱暴に連絡を切ったのを見ると、楊が大声で連絡員に問いかける。


 「どうした!なんの緊急事態だ!?」


 「はい!総司令官!戦線右翼観測班からです!5個大隊規模の敵戦力が戦線左翼より戦線右翼の包囲網に向かって進行中とのこと!このままではまだ完成していない包囲網左(西)側の穴をこじ開けられ、包囲が崩されます!」


 「何ぃ!?」


 普段、帝国北方の頭として堂々とした態度を取っている楊の声が裏返る。椅子から立ち上がり、体重を机に着いた手に任せて、身を乗り出す。


 「戦線左翼の挟撃部隊は何をしているんだ!?なぜ敵を逃す?そもそも左翼の敵は多くても3個大隊ほどのはずだったろう!?左翼の観測班や挟撃部隊からの連絡は!?」


 「は、はい!左翼観測班からはなんの連絡も入っていません!今確認しても特に戦況に問題なしとの返答が返って来ています!」


 「左翼挟撃作戦に参加中の部隊は、今ラインを繋いでいますが、一向に繋がりません!緊急ラインで繋いでもダメです!ラインを完全にロストしました!」


 楊の切羽詰まった怒号に、ふたりの担当連絡員が応える。その返答を聞いて、楊の焦りと怒りは最頂点に昇った。


 ダァン!!


 楊が両手で机を叩く。卓上のペンやら駒やらが数ミリ浮くほどに。


 「どういうことだ!?挟撃部隊とのラインがロストしたということは、部隊の連絡員がやられたということだろう!?それでも観測班がそれを観測しないということはあるのか!?観測班に敵のスパイが紛れ込んでいたのか!?クソッ……とりあえずは――」


 楊も楊とて総司令官だ。この皆が混乱している状況で、自分が最も焦ってはいけないということを自覚している。まだ何の情報も揃ってはいないが、とにかく、今できる対応をしなくてはならない。


 「キム師団長、現在包囲網の自陣後方にいる全部隊の3分の2を、左翼から向かってきている敵軍勢の対応に当ててくれ。」


 すぐに右翼陸兵全体の指揮をとるキムに指示を出す。


 「了解です、少々心もとない兵数ですが、仕方ありません。包囲用に『命の祝福者』を多めに残し、その迎撃部隊には『力の祝福者』の部隊を向かわせましょう。」


 「ああ、そうしてくれ。今はとにかくこの事態の収拾を緊急でしなくてはならないから、包囲網についてはその指揮を全てキム師団長に一任しよう。頼んだぞ。」


 「はっ。了解です!」


 キムは楊からの指示を受け取ると、すぐに席を立ちあがり、包囲網との連絡を担当している連絡員達の方へ駆けていった。直接連絡員の下で細かな指示を飛ばす。その姿を見て、一息吐いて気を少しばかり静めた楊が、参謀課のふたりの方を振り返る。


 「で、だな。黒月参謀長、アレクセイ参謀次長。この事態、どう切り抜けるか。何か案はあるか?」


 「はい、まずは包囲戦において、その包囲を外部より崩されそうになった際の典型的な対処法に則り――」


 まずはアレクセイが応答する。この緊急事態だ。自らの出番がやっときた黒月もようやくやる気を取り戻して――いなかった。そう、この期に及んでも、黒月は冷えて溶けきれなくなって出てきた紅茶の底に沈む砂糖をただぼんやりと見つめていた。


 「――という案が挙げられます。で、その次の動きとしては……って参謀長?ぼんやりしておいでですが、大丈夫ですか?今非常に緊急事態ですよ!参謀長も会議に参加してくださいよ。」


 「え、ああ、そうだね。まあでもそこまで焦らなくてもいいんじゃない?作戦は滞りなく順風満帆だしさ。」


 黒月はティースプーンで紅茶を混ぜながらそう応える。


 「いやいや、今とんでもない緊急事態ですって。逆風だし壊帆ですよ。包囲が破られるんですよ?これは今回の攻勢の作戦の根本を覆されてしまう話ですよ!」


 「ああ、全く持ってその通りだ。黒月参謀長、何か案があるなら君から意見を聞こうじゃないか。」


 未だ全く焦らない黒月に対して、アレクセイと楊がピリピリした空気を身にまとったまま詰め寄る。しかし、黒月はそんな張りつめる空気に気を留めることもなく、腕時計の針にチラリと目をやってからゆったりと口を開けた。


 「第4作戦開始から45分か。そろそろいいかな。今回のこの緊急事態、これは全く緊急事態じゃあないんですよ。まあ、ある意味では緊急事態なんですけどね。」


 「え、ま、まさか……!?」


 そこまで黒月が言ったところで、アレクセイが驚きの声をあげた。そう、まだ出会って半月とはいえ、この若年参謀長のことは多少は分かってきた。この緊急事態、つまりは本来なら黒月が意気揚々と活躍の場を迎えるべき事態に、当の本人は全く反応していない。それはつまり――


 「さすがはアレクセイだね。そう、これは全くをもって僕の想定内の出来事っていうことさ。最初っから分かっていたこと。『予想外』を武器に戦う僕が、敵の『予想外』にやられてちゃいけない。ここからだよ。ここから、『勝ちのロジック』が動き出すんだ!」

裏話コーナー


・アレクセイのセリフ「逆風だし壊帆ですよ!」。これ、順風満帆の対義語になっているわけですが、調べたところ「壊帆」という単語はありませんでした。造語です。読み方は「かいはん」とかでしょうか。

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