3 僕と姉の魔法
「姉さん、野犬だ。けっこういる」
「どうしよう? シニ君」
「幸いまだあっちには気付かれてない。迂回しよう」
気付かれました。
「姉さん、迂回って言葉の意味知ってる?」
「ん?」
「ああ、うん。ごめん」
姉に理解できない言葉を使ってしまった僕の方が間違っていた。世界はそうできている。
それはさておき、これはピンチだ。
今、僕達は野犬の群れに囲まれていた。奴等は唸り声を上げ、今にもこちらに襲いかかろうとしている。
「まともに相手しても勝ち目は無いか。姉さん、今は誰も見ていないから、こっそり僕に力を貸して」
「……うん」
やっぱりまだ抵抗があるか。でも、今はそれどころじゃない。
「……お願い、シニ君。ワンちゃん達を追い払って!」
「了解」
姉の嘆願と共に僕の体が光り、力が湧いてくる。この状態の僕は、不可能さえも凌駕して、姉の望みを叶える。
ちなみにこれは姉が持つ魔法の効果である。
この国の人間の多くは、昔から魔法が使える。
どの位使えるかは個人差が大きく、女王のように大規模かつ強大なものが使える人間もいれば、全く使えない者もいた。ちなみに僕は使えない側に属する。
そんな中でも、姉の使える魔法は特殊で、僕のみを対象としてしか使えない。代わりにその効果は絶大で、僕に何でもさせる事ができる。正に“何でも”だ。
例えば、歩けば一日かかる距離があろうと、姉が魔法で『五秒で来い』と願えば、僕は本当に五秒で姉の元に到着できる。もちろん、そこに至る過程は惨憺たるものになるが。
「……ふぅ。ようやく行ったか」
野犬の群れを追い払い、ほっと一息。
「僕が良いって言ってるんだから、そんな顔しないで」
「……うん」
昔、姉はこの魔法を使い、僕にやりたい放題していた。いつでもどこでも呼び出された挙げ句、散々おもちゃにされ続けていた。
ある日、そんな横暴極まる姉が心底嫌になり全力で拒絶すると、偶然姉の魔法に抵抗する事に成功した。
次の瞬間から姉は号泣。親に諭され、その日一日姉とは接触せずに過ごした。
翌日、目を真っ赤に腫らした姉から、こう宣言された。
「もう二度と、シニ君に魔法は使わないから……」
その後にも何か言ったみたいだが、声が小さくて聞き取れなかった。こちらから聞き返せるような空気でも無かったので、何を言ったかは分からず終いだ。
その一日で姉に何があったのかは僕には分からない。でも、よほど僕に自分の魔法が抵抗されたのがショックだったのだろう。
そんな事があってから、姉は本当に僕に魔法を使わなくなった。唯一の例外として、さっきみたいにこちらから頼んだ時だけ、渋々使うくらいだ。
「ぎゅぅ~!」
「痛い痛い! 逃げないから、そんなにきつく抱き付かないで!」
道の安全は確保できたので、僕達は先に進む事にした。