2 僕と姉の出発
「起きたのね。おはよう、シニ」
「おはよう、母さん」
リビングでは、母が朝食の準備をしていた。
「聞いてよ母さん。また姉さんがおかしいんだ」
「いつもの事じゃない」
このやり取りが普通に成立する事の異常さに気付いて母さん。
「いや、今回は急に城に行くとか言い出して」
「ええ、聞いてるわよ。たまにはゆっくり遊んで来なさいな。家は大丈夫だから」
我が家は農家で、基本的には一家総出で仕事に当たっている。つまり姉にも僕にも、本来やるべき仕事がある……はずだった。
行かずに済む理由、もとい懸念していた事を先に埋められてしまった形だ。
「お父さんはその事を知ってるの?」
「ええ知ってるわよ。農地はまかせて、お前達は楽しんで来い、って」
昔からこの両親は、姉にはとことん甘い。姉がしようとした事を両親が止めた記憶は、僕の中には無い。
「ところで、どうして僕まで一緒に行く事が決定事項なの?」
「アビが行くんだから当然じゃない。それとも、一人で行かせるつもり?」
そして、この歩く危険物の処理を全て僕に丸投げしてくるのだ。
今はそれで良いかも知れないが、いつの日か姉が嫁ぐ時はどうするのだろう。
……なんて、弟の僕が考える事ではないか。
「で、いつ出発するの? 姉さん」
「朝ごはん食べたら行くつもりだよ」
良かった。朝食を食べる猶予はあるらしい。
猫三匹と人間一人で食卓を囲む。
僕達猫は野菜が食べられないので、食べる量は減ったが食費は上がった……と、母さんが愚痴をこぼしていた。
しかも他の人達も猫なので、とにかく野菜が売れない。なので今では、野菜は姉の独占状態だ。
「仕事の方は本当に大丈夫なの? 父さん」
「もちろんだ。お前は、お前の為すべき事をするんだ……どうせ野菜は売れんしな」
家族揃っての朝食の場で、父にまで釘を刺されてしまった。
それが姉の世話じゃなければ、僕だって快く受け入れたい所だけど。
「姉の平穏を保つ事は、世界を守るにも等しい、お前にしかできない事なんだ」
いきなり何を言い出すんだこの親バカは。
確かに姉は放っておくと何をしでかすか分からないが、ここまで来ると何か陰謀めいたものさえ感じる。どうやら逃げ道は無さそうだ。
「分かった。一緒に行って来るよ」
「しっかりね」
「おかわり! むしろ十倍ちょうだい! ママが猫になってから、ごはんの量が少ないよ」
朝食を終え、両親に見送られながら、僕達は女王が住む城に向かって出発した。
順当に行けば、日が昇りきるまでには城に到着するだろう。
「離して、姉さん。自分で歩けるから」
「やだ」
そんな無駄話をしながら姉が歩いていると、前方から聞きたくなかった音、いや、声が聞こえて来た。