1 僕と姉の朝
僕の名はシニ。
以前は人間だったが、今では猫だ。
ある日突然、一晩にして国中の人間が猫になる、と言う珍事が起きた。
元凶は十中八九この国の女王だと言われている。なぜなら、そんな大がかりな魔法が使え、かつそんなアホな事を平然とやってのけるのは彼女だけだとされているからだ。
あれから、かれこれ一ヶ月。
猫になったからと言って、日常生活が無くなる訳ではない。寝て食べて、仕事もする。それは変わらない。
と言うわけで……
「ふにゃ~……さて、今日も頑張るか」
猫になった時は、最初こそ身体の違いに戸惑いもしたが、今やもう慣れた。
朝目が覚め、新しい一日を始めようとしたその時。目の前が真っ暗になり、全身に柔らかくも容赦ない圧力が掛けられた。
「シニ君おはよ~!」
しまった、油断した!
僕は今、姉のアビに抱き締められていた。体が柔らかい猫だからこそ多少痛いで済んでいるが、人間だった時は本当にヤバかった。物理的に。
それはさておき。
「おはよう姉さん。そして痛い、離して」
「あっ、ごめん」
体を締め上げる力が弱まったタイミングを見計らい、僕は姉の腕の中から抜け出し、さっきまで寝ていたベッドの上に着地した。
今僕の目の前にいるのは、僕の姉である一人の少女。その姿は人間である。厳密には血が繋がっていないらしいのだが、今やそんな事はどうでも良い。
姉は首謀者である女王を除けば、猫にならなかった唯一の人間だ。原因は謎である。
ちなみに、猫になっても姉とは問題無く意志疎通ができていた。まあそう言うものなのだろう。
「で、朝から何をそんなにはりきってるの?」
姉は普段からだいたいこんな感じだが、それでも朝イチからこんなに活発なのは珍しい。
「あのね。お姉ちゃん今日、女王様の所に行ってみようと思うんだ!」
「ほぅ」
これはまた更に珍しい。
姉は普段から何も考えず、適当に生きている生き物だ。
それがまさか、この国最後の人類としての自覚が芽生え、女王に直談判しに行くつもりになったのだろうか?
「それでね、女王様にお願いするの。私だけ仲間外れは嫌だから、私も猫ちゃんにしてください、って」
……感心した僕がバカだった。やはり、姉は姉でしかなかったか。
「行った所で無駄だと思うよ」
僕はため息をつきながら忠告した。
この国が猫に覆われて以来、これまで多くの猫が、女王への陳情のために謁見を求めた。しかし、結局誰一匹として叶っていないらしい。
「そんなの、行ってみないと分からないよ。と言う訳で、行くよシニ君!」
「おわあ!」
さりげなく猫の敏捷度を越えるのはやめて欲しい。
僕は姉の腕に捕まった格好で、自室を出た。