ループ②―1
ループ二周目開始です
堕ちていく
堕ちていく―――
堕ちていく――――――
「―――ハッ!?」
唐突に、私は目を覚ました。
さっきまでどこか、とても暗いところにいたような気がする。
だけどそのことに気を割く余裕なんて今の私にはない。
一瞬だけ抱いた疑念は、全身に吹き出た汗とともに流れていく。
「はっ、はっ、はっ、……」
浅い呼吸を何度も何度も繰り返し、そのたびに息を吐き出していく。
汗で髪が顔に張り付く感触がして気持ち悪かったけど、今は手を動かすことすら億劫だった。
まるで脱水症状にでもなったように、体に力が入らないのだ。
下手に動けば胃の中のものを全部吐き出してしまいそうで、これじゃ身動きが取れそうにない。
今の私にできることはできる限り早く呼吸を整えることだけで、それ以外のことをできる力なんて残されていなかった。
(なに、これ…)
荒い息をひたすら吐き出しながら、頭の片隅で自分の身に何が起こったのかを考える。
まず今の状況についてだ。
起きたばかりだというのに、ひどい有様。客観的にみて、今の私の様子は尋常ではないだろう。私だってこんなことになったのは初めてだ。
目が覚めたと同時に今の状態になったため、少なくとも眠っている最中は問題なかったはず…そうなると、原因はいったい…
ヴー…ヴー…
思考を巡らせ始めたところで、聞こえてきた鳴動音。
その音は私の耳のすぐ近く、枕元から聞こえてきたようだった。
(あ、れ…?これ、前にもあった、ような…)
唐突に、強烈な既視感が私を襲う。
脳裏に浮かびあがってきた光景は鮮明で、それこそつい昨日の出来事のよう。
……待って。そもそも、今日っていつだ?
私の記憶が正しいなら、今日は―――
「ぅ、ぇぇぇっっっ!!!」
そこまで考えたところで、私は吐いた。
「か、は……う、おぇぇえぇぇっっっ…」
予兆がなかったわけじゃない。
胃の中がグルグル回り、全身から血の気が引いていたのはわかってた。
だから息を整えて、体調を落ち着けようとしていたのだ。
そのおかげで多少頭も回るくらいには回復したのに、今日のことに思い至った瞬間、喉奥から一気に胃の中の内容物が逆流してきた。
口の中で止めることもできないほどの、一瞬の出来事。
こうして吐き続けている今でも、自分になにが起こったのか理解できずにいるくらいだ。
どうしていきなり身体がこんな反応を示したのか、まるで意味がわからなかった。
「けはっ、ぇ、うぇぇぇぇ…」
だけど、人間の身体というのは不思議なもので、こうして一度吐き出すと、逆に頭というのはスッキリするものらしい。
部屋には酸っぱい臭いが充満し、真っ白で綺麗だった布団は大いに汚れてしまったものの、反比例するかのように思考はクリアになっていく。
「どうなって、いるのよ…」
血の気が引いて青白くなった頬と胃液がついた口元を手で拭い取り、半身をやや強引に起き上がらせる。
身体が動くようになったのはいいけど、色んな意味でベトベトだ。
これじゃあ学校にも行けやしない。というか、今の私は明らかに体調不良を起こしてる。
部屋の掃除もあるし、そもそも学校なんて行かなくても―――
ヴー…ヴー…
悲惨な状態となった自分を見下ろして途方に暮れていると、再びあの音が耳に届き、私は体の動きをピクリと止める。
「…………まだ鳴ってるの…」
無遠慮な鳴動を繰り返すそれに、思わず呆れてしまう。
機械は便利だけど、こういう時はトコトン不便だ。
人間の感情を汲み取るなんてしてくれないから。
「もう、いいから…止まってよ」
気だるさを覚えながら、醜態を晒す元凶となったそれへと手を伸ばす。
その先になにがあるかはもうわかってる。私のスマホだ。
いつも枕元に置いてタイマーをセットしてから寝てるのだけど、まさかそれが裏目に出る日が来るなんて思ってもいなかった。
「よいしょっ、と…」
薄いホワイトカラーのスマホを手に取ると、アラームを解除するためにディスプレイを操作しようと、画面を覗き込み―――
「っ!!」
次の瞬間、手の中にあったスマホは、宙を待っていた。
咄嗟に手を離した反動で、クルクルと回転しながら床へと落ちていく。
私はそれをスローモーションのように感じながら、ただ呆然と眺めるしかない。
「まさ、か…」
だって、あんなの嘘だ。
あるいはまだ、私は夢の中にいるのかもしれない。
カツッという小さな音を立てて落下したスマホは床を滑り、やがてその動きを止める。
それで故障でもしてくれたなら、どんなにいいことだろう。
恐る恐る覗き込んで―――私は大きく天を仰いだ。
「なによ、これ…」
仰向けになったディスプレイには7月6日を示す数字が、ハッキリと映し出されていた。
―――――もう一度、因果は廻る
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