ループ①―6
翌日の七月七日。その日は世間で言う七夕の日だった。
イベントが嫌いではない私にとって、その日は少しロマンチックな気分に浸れる一日で、例年だと夜になると祥真を連れて夜空を見に行くのが半ば恒例行事と化していた。
でも、逆にいえばそれだけでしかなかった日。
多くの人がそうであるように、ただなんとなく特別な日だと意識して過ごすだけの、ごくありふれた一日でしかなかった。
だけど、今は私にとっては忌まわしい日でしかない。
祥真の命日となった今日という日は、できればもう二度とこないで欲しいとすら思っていたのだから。
「だけど、それも今日までよ」
昨日と同じく、朝の強い陽の光に照らされながら、私は呟く。
ゆっくりと見開いた瞼に、厚ぼったさはない。どうやら腫れは引いてくれたようだ。
昨夜は早めに寝たのが功を奏したのだろう。頭もシャッキリしていて爽快そのもの。
これなら祥真と顔を合わせてもなんの問題もないだろう。
なにより、運命を変えるに相応しいコンディションになれたと思う。
「これも祥真のおかげよね」
祥真が帰ってから一度仮眠を取った後、シャワーを浴びてから机に向かうこと数時間。
改めて計画を立て直し、準備を整えてから9時には眠りについたのだ。
(うん、大丈夫。私はやれる、きっと祥真を助けられる)
これだって祥真のアドバイスがあったからできたことだ。
やっぱりなにがなんでも彼を救わないといけないと、改めて心に誓う。
ベッドから起き上がり、窓へと目を向けると、白いカーテンにより完全に閉ざされた状態であることが確認できた。
「……うん、しっかりカーテンは閉じてる。前とは違う行動を取れてるわよね」
夜のうちに何度も確認はしたけれど、朝を迎えて実際に成し遂げられている光景を見るのはなんともいえない感慨深さがある。
運命を変えられたことに満足し、何度も頷きながら見入っていると、ふとあることに気付いた。
(……このあとはどうすればいいんだろ。いつも通り、祥真と学校に行っても問題ないのかな…)
行動を変えることと今後の祥真への対応ばかりに頭がいっていて、今日のスケジュールについては完全に頭から抜け落ちてたのだ。
そのことにしまったと思うと同時に、急に弱気の虫が襲ってくる。
(祥真が死んだのは朝だったから仕方ないといえるけど…)
でも、これって言い訳だ。
朝を乗り切ることしか頭になくて、今日という日をどう過ごすかも考えていなかったのは完全に私の落ち度である。
「やらかしたなぁ…」
先のことばかり考えて、足元も見えていなかった不甲斐ない自分に呆れ、ため息をつく。
こんなことで、本当に祥真を救えるんだろうか…そんな考えまで、気付けば吹き出してきていた。
「でも、大丈夫。気付けたなら、いくらでも取り返しはつくんだ」
だけど、後悔ばかりはしていられない。
すぐに気持ちを切り替え、改めてどうするかに思考を割くことに集中する。
「うーん、とりあえず祥真の家には行ったほうがいいわよね…キツく当たらないように心がけなきゃ。あと、学校に行ってもなるべく優しくしてあげないと…」
内心の不安を誤魔化すように、ブツブツと矢継ぎ早に独り言を口にしていく。
こうして口に出していくことで、情報の整理もできるし、なによりまだリカバリーできると確信が持てた。
この時、まだ私の心にはかなりの余裕があったと思う。
祥真の運命を変えることができたという確信が、心の支えになっていたのだ。
コンコン
「ん?」
そうしてしばらく自分の世界に没頭していると、ふとどこからかなにかを叩く音が聞こえていることに気付いた。
なんだろうと辺りを見回すも、出処はドアのほうじゃない。
もっと硬い音がしてたし、別のところから聞こえたようにも―――
コンコン、コンコン
そんなことを考えていると。また音がした。
今度はどこから聞こえてきたのか気付くことができた。
反射的にその方向へと、目が向けられたためだ。
――そして私はゾッとする。
「え…?」
その音は、家の外から聞こえてきた。
もっといえば、閉じきった窓の外から―――祥真の部屋がある、カーテンの向こう側から聞こえてきたのだ。
さっきから聞こえてくる硬い音は、ガラスを叩く音だった。
「なん、で…」
私は、運命を変えたはずなのに。
なんで、祥真の部屋のあるほうから、音がするのよ。
「お、落ち着いて…そうよ、叩く音がするってことは、祥真はまだ生きているってことじゃない…」
気が動転しそうになったところで、私は大きく息を吐く。
頭を回転させ、冷静に、論理的に思考を瞬時に巡らせた。
「うん、祥真がなにか用があってそうしてるのかもしれないし。大丈夫、大丈夫よ…」
そして大丈夫だと結論付け、祥真が呼んでるだろう窓辺へと、ゆっくりと歩を進める。
だけど、足元がまるで覚束無い。ふわふわと、まるで宙にいるようだ。
喉だってカラカラで、実際は全然冷静なんかじゃない。今すぐ逃げ出すか、布団を被って耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだ。
「でも、そんなことしたら、また…」
祥真が、いなくなっちゃうかも。
その恐怖が、強引に足を動かしていく。
やがて窓際にたどり着くも、その時にはもう夏の暑さではない汗が、大量に背中から吹き出し、伝っていた。
「……祥真?」
「あ、水希。ごめんね、朝から呼び出すようなことしちゃって」
震えながら彼の名前を呼びかけると、すぐに返事が返ってくる。
その声は、明るい。
あの日からずっとずっと聞きたくて、これからも聞きたかった、祥真の声だ。
「どう、したの」
だけど、なんでだろう。
「ちょっと話したいことがあってさ。カーテン、開けてくれないかな」
聞いていて、なんだかすごく不安になる声だった。
明るいのに、そこにはなにも感情がこめられていないような―――空っぽの声。
そんな風に感じてしまう。そして、それがどうしようもなく怖くて、カーテンを開けたくなかった。
「用があるなら、玄関から行くけど…」
「いや、こっちのほうが早いんだ。だからお願い。頼むよ、水希」
震える声でそう提案するも、祥真は譲らなかった。
頼み込んでくる声にも、やっぱり感情の色がない。がらんどうだ。
窓の向こうにいるのは祥真ではなく、得体の知れない怪物なんじゃないかと、そう錯覚してしまいそうなほど、無機質な声。
「わかった、わ…」
私はその声に、逆らうことができなかった。
逆らったら、殺されそうな気がしたのだ。恐怖が体を支配して、勝手に手を動かしていく。
シャ、アァァ………
そうして、ゆっくり、ゆっくりと。
カーテンを引いて。
やがて向こう側が見通せた。
「ありがとう」
そこにいたのは笑みを浮かべる祥真。
一瞬安心しそうになったけど、すぐに違和感に気付いてしまう。
「祥真…?」
祥真の笑顔は歪だった。
広角が変に釣り上がり、上手く笑えておらず、ゆがんでいる。
その顔には見覚えがあった。
それは、昨日帰り際に見せた―――ううん、それだけじゃない。
そうだ、あれは祥真が死ぬ前。
飛び降りる前に浮かべていた笑顔じゃなかっただろうか―――
「しょう―――!」
咄嗟に叫びそうになるも、私はさらに気付いてしまう。
祥真の部屋の窓が、開けられていることに。
私の背筋を一瞬で、うすら寒いなにかが通り抜けた。
「待って!やめて、しなな―――」
「さよなら、水希」
そう言い残し
祥真は、あの日のように飛び降りていた
「ぇ―――」
ゴンッ
私の漏らした小さな呟きを、置き去りにして
「ぁ、ぁぁぁ……」
呆然と目を落とした視線の先には、真っ赤に染まるダレカの姿。
その人は目を見開いて、血を流しながらただ空を見上げてる。
「う、ぁぁぁぁ……」
ついさっきまで、話していたはずなのに、一瞬で全てが壊れていた。
今度こそ救おうと、そう誓った幼馴染。
長谷川祥真だった人の、変わり果てた姿がそこにあった。
「なん、で―――」
どうして、こんな―――そう思っていた最中、ギョロリと祥真の眼球が動いた。
なんでこの時、遠目からでもわかったのかは分からない。
だけど、その時確かに祥真と視線が絡み合ったのだ。
「ぁ―――」
その目には、なにもなかった。
ただ、どこまでも暗く、底のない闇だけが広がっていた。
吸い込まれるように、目を離せずにいると、祥真の口がゆっくりと動いていく。
―――おま、ぇの、せい、だ…
そう言っているのが、何故かわかった。
わかって、しまった
「い、やぁぁぁぁっっ………」
そして理解する。
私は、運命を変えることができなかったのだと。
「いやぁぁぁぁぁぁ……なんで、なんでぇぇぇッッッ!!!」
気付けば絶叫し、視界が次第に暗くなっていく。
まるで深いまどろみに落ちていくように、私の意識はそこで途絶えた。
ループ一周目終了です
次回から二周目に突入となります
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