ズルいズルいと騒がしい妹と婚約者を交換したところ
初めて投稿しました。
流行のズルいズルい言う妹に乗っかってみました。
誰も不幸にならないユルいお話です。
「ソールズベリ伯爵家のご令嬢の話を聞かれまして?何でも、異母姉妹の妹君がワガママ三昧で、とうとう姉君の婚約者を奪ってしまわれたとか」
「わたくしも聞きましたわ。姉君は人生を悲観して、修道院に入られたそうよ」
「セイダン子爵様の二人姉妹も、妹君ばかりが母君に愛されて、姉君はそれは惨めなお暮らしぶりだったとか。妹君は学園でも貴公子がたに人気があるそうよ、それに引き換え姉君は…」
今、世間は空前の「ズルいズルいと我が儘で姉を虐げる妹」ブームだ。
特に下級貴族にその傾向が強い。
この事態に、姉が不甲斐ないから妹に舐められるのだ、という人もいれば、妹に甘い両親を責める人、性根の悪い妹を責める人、反応は様々だ。
なんにせよ、自分に関係のない外野にとっては、暇潰しのための娯楽に過ぎない。
貴婦人の集うお茶会では絶好の話の種で、彼女達は日々、お喋りに花を咲かせた。
「……そうなのですわ、ケルシャー男爵様。我が妹のルーミィも、ご多分に漏れず我が儘な娘なのですわ……」
エミリィ・セイダン子爵令嬢は、憂いに満ちた瞳を潤ませた。
明るい茶色の髪にモスグリーンの双眸、繊細な令嬢といった容姿の彼女は17歳。
彼女は今、同じく17歳のロナルド・ケルシャー男爵と、ウィンフィル侯爵家の広い庭園の片隅、白薔薇の庭のガゼボでお茶をしているところだった。
「確かに、セイダン子爵家の妹君の話は聞き及んでいたが……姉のあなたがいうほど、酷いのですか」
ロナルドは呆れていた。
彼は、今目の前にいる令嬢の妹、ルーミィ・セイダンに婚約の打診をしたばかりだった。
そして子爵家から正式な返事が来る前に、姉であるエミリィ嬢から使いがあり、本日こうして茶の席を設けたのだ。
「はい、妹はケルシャー男爵様のお話を、自分より身分の低い方との縁談は嫌だと言って、泣きわめきましたの……」
お恥ずかしい限りですが、と前述してから語るエミリィ嬢は、ひたすら恐縮している様子だった。
ロナルドは眉をしかめた。
彼の生家はウィンフィル侯爵家であり、16歳の成人を機に、祖父が持っていた爵位の1つをもらって独立した。学園を卒業後、正式に領地を引き継がれる予定である。
三男坊である彼には順当な未来であり、領地も王都に近い裕福な土地で、侯爵家の後見もあるロナルドにしてみれば、男爵といえど家格は子爵家に劣るものではない。ルーミィ嬢の話は不快極まりなかった。
「……なんという……それは噂以上だな。わかりました、ルーミィ嬢への婚約打診は、却下していただいて構いません」
実態はどうあれ、身分が下の自分から申し込んだ婚約をこちらで取り下げるのは差し障りがある。ここは、子爵家から断る方が無難であった。
「……いえ!あの……ケルシャー男爵様、本日わたくしが参りましたのは、妹の事が主ではありませんの。大変失礼な話になってしまいますが、お聞きいただけますか…?」
頬を真っ赤に染めたエミリィ嬢の可憐な上目遣いに、ロナルドの視線は釘付けになった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ぃぃいいやったぜアタシ!!念願のイケメンゲットぉお!!」
自室に入るなり快哉を上げた主を前に、侍女のアンナは無表情で窘めた。
「エミリィ様、淑女らしからぬ振る舞いはお慎みください」
糸目の侍女の視線は氷のように冷たいが、エミリィは興奮を抑えきれない。
「だってアンナ!ついに春風の貴公子とあだ名されたロナルド様と婚約できるのよ!?叫ばずにいられないわ!!」
ロナルド・ウィンフィル……現ロナルド・ケルシャー男爵は、学園入学前から見目麗しいと評判の男性だった。
エミリィも侯爵家主宰のお茶会で、彼の姿を見るなりイチコロに恋に落ちた。
彼が男爵位を継いで独り立ちし、婚約者を決めなければ、という流れになった時に、誰よりも浮かれたのはエミリィだった。
何故ならば、エミリィのセイダン子爵領はケルシャー男爵領の隣に位置し、作物の生産などで手を取り合えばますますの発展を望めるとの事で、姉妹のどちらかがロナルドに嫁入りすることが決まったからだ。
「エミリィ様……お喜びのところ、差し出がましいことを申し上げますが、オルソー辺境伯様とのお話は、どうされるおつもりですか」
糸目で無表情のアンナが尋ねた。
途端にエミリィの歓喜の舞いはピタリと静止する。
首だけをギリリとアンナに向けて、エミリィは低い声で呟いた。
「アレを、止められると思う?」
そう言われてしまえば、アンナは黙るしかない。
エミリィは力が抜けたようにふらりとお気に入りの椅子に座り込んだ。
その瞳には、明らかに疲れの色が浮かんでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ズルいですわお姉さま!お姉さまはズルいですわあああ!!」
広間では、今日も今日とて1人の令嬢が泣きわめいていた。
ルーミィ・セイダン。先月成人を迎えたばかりの15歳だ。
姉とは違い、プラチナブロンドのふんわりウェーブがかった髪に、澄んだ黄緑の目をしている。パッと見は素晴らしい美少女だが、ご覧の通り、中身は残念であった。
「ルーミィ!ほら、今日はお前の好きなミル貝のシチューですよ!シェフが腕に寄りをかけて作った力作ですよ?さ、椅子にかけてお食べなさい」
「ミル貝のシチュー?!大好き!食べますわああ!!」
先ほどの騒ぎはどこへやら、一瞬で機嫌を直したルーミィは、メイドが引いた椅子に座っていそいそとナプキンを敷いた。
見た目とテーブルマナーだけは一級品の妹である。
そんなルーミィを慈愛に満ちた目で見つめる母と、うんざりした顔の父と、兄のアーサー、そしてエミリィの5人で、セイダン家の晩餐は始まった。
食事を終えて全員ティールームに移動したあと、当主である父がおもむろに口を開いた。
「あー、まずルーミィに話しておこう。先日話のあったケルシャー男爵との婚約話は、ナシになった」
お茶菓子のスミレの砂糖漬けを堪能していたルーミィは、途端に笑顔になった。
「本当ですかお父さま!?良かったですわ!!」
誰もが見とれるような極上の笑顔の妹に、エミリィは内心イラッとしたが表には出さない。
「まあ……ケルシャー男爵ならルーミィと並んで立っても遜色のない、爽やかな美男子だと思っておりましたのに」
母は少し残念そうだ。
この母は、髪も目の色も父親に似てしまった兄と姉より、自分と同じ色を持った妹を愛し、甘やかしてきた張本人だった。
実家が由緒正しい伯爵家のため、父も彼女に強く出ることができず、今に至る。
「お母さま、わたくし嫌よ、男爵家なんて。領地だって隣で、うちと何の変わりもないじゃない。つまらないわ」
ぷん、と可愛く頬を膨らませるルーミィに、まあまあ仕方ないわねえと目尻を下げる母は、かいがいしく娘の口元に付いたスミレの食べかすをナプキンで拭き取っている。
(まあ、この妹のいいところは、全くイケメンに興味がないところよね)
妹が求めるのは、徹底して身分と領地についてだった。それも、母の実家と同じ伯爵位にこだわっている。
……それが、ルーミィの「ズルい」発言に繋がっているのだが。
「それにしても、やっぱりお姉さまはズルいですわ。長女に生まれたからって、オルソー辺境伯様との婚約が決まったなんて!」
恨みがましい目でルーミィがエミリィを睨む。
エミリィはため息をついた。
隣でアーサーも険しい顔をしている。
「ルーミィ、いい加減にしろ。オルソー辺境伯といえば、隣国に接した領地を持っていて、軍事的にも重要な家なんだ。そんなところに学園入学テスト最下位の、それも次女のお前が」
「そこですわお兄さま!」
アーサーの言葉を遮って、ルーミィは声を上げた。
「隣国に接している、ということは、海に面しているということですわ!わたくし、オーシャンビューのバルコニーでトロピカルドリンクを飲みながら、サザエのつぼ焼きを堪能しとうございますわ!」
うっとりと微笑みながらルーミィは言う。
アーサーは呆れ返り、旅行に行くんじゃないんだぞ、とぼやくにとどめた。エミリィはサザエのつぼ焼きとかチョイスが渋いところが気になってしまっていた。
「……さて、エミリィ。今度はお前に話をしよう。先ほどのケルシャー男爵だが、婚約者をルーミィではなく、お前に変えたいと申し出があった。話をつけてきたのはお前だな?」
父の言葉に、エミリィはニヤリとしながら答えた。
「その通りですわお父様。わたくし、お昼過ぎにケルシャー男爵様とお話させていただきましたの。彼は、わたくしでもよいとおっしゃってくださいましたわ」
それを聞いて、アーサーとルーミィはポカンとした。
いつも地味めで目立たないエミリィが、ずいぶんと思い切ったことをしたものだ。
「エミリィ、それじゃオルソー辺境伯のお話はどうするんだ?」
アンナと同じ質問を兄からされて、エミリィは更に笑みを深くした。
「それはもちろん、ルーミィに嫁いでもらいますわ。良かったわね、ルーミィ。あんなにズルいズルいと叫んでいた辺境伯様の婚約者の座は、これであなたのものよ?」
多少嫌味を込めて言い放つ。
ルーミィはパアッと顔を輝かせた。
「そういうことだ。ケルシャー男爵家にはエミリィが、オルソー辺境伯家にはルーミィが嫁ぐことになる。これはあちらも了承済みだ。わかったな、アーサー」
なおも口を開こうとしていたアーサーに向かって、父は家長として宣言する。
アーサーは悔しげに口を閉ざし、視線を反らした。
次の瞬間、
「ぃぃいいやったぜアタシ!!伯爵夫人の座ゲットぉお!!」
ルーミィの口から快哉が迸った。
あまりの声量に、兄と給仕のメイドがビクッとする。
母は「何ですかルーミィ、はしたない!」と窘め、父はため息をつき、エミリィは(やっぱりうちら姉妹だな…)と額を押さえた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
もともとルーミィは、こんなズルいズルい連呼の妹ではなかった。
アーサーが13歳で幼年寄宿学校に入り、10歳のエミリィと7歳のルーミィしか家にいなくなった時、体の弱いルーミィはしょっちゅう寝込んでいた。
おとなしくて地味、問題の少ないエミリィは、メイドに囲まれて日々を過ごした。
結果、母にあれこれ世話を焼かれたルーミィは多少我が儘に成長し、エミリィはそのまま地味に育ったのだ。
この国の貴族は、15になる年に男女共に学園に入り、3年間通う義務があった。卒業後は完全な成人として扱われ、結婚や就職など、進路を定めるのが常である。
エミリィと辺境伯の婚約話が公になったのは、エミリィが学園を卒業する三年生に上がった時だった。
その頃ルーミィは、入学試験最下位の成績で一年生になっていた。しばらく補習補習で大人しかったルーミィが姉の婚約話に気付いたのは、1ヶ月ほど過ぎた頃だったか。
……その日から、セイダン子爵家は、容姿端麗でおつむが残念な妹の「お姉さまズルいズルい」攻勢により、平穏を失った。
(もともとは頭良くないけど普通の妹だったのに……そんなにオルソー辺境伯に嫁ぎたかったのかしら)
エミリィはエミリィで、幼い頃のお茶会でロナルドに一目惚れしていたので、この婚約は悲しかった。しかし、家同士の取り決めに逆らえるはずもない。
オルソー辺境伯家との話は、エミリィが成人した後にあらかたまとまっており、エミリィが学校を卒業する最終学年になって、ようやく公表された。
華やかな容姿の割には堅実だったロナルドは、在学中に特に浮いた話もなかった。なので、侯爵家に薦められるまま、卒業後にセイダン家の令嬢と結婚する事を選んだ。そのため、オルソー辺境伯家との婚約話がまとまっているエミリィではなく、ルーミィに婚約を申し込んだ。
つまり、結果としてそうなっただけで、ロナルドと結婚するのは、エミリィでもルーミィでも良かったのである。
……ここでエミリィは、一念発起した。
ルーミィの「ズルいですわあ」に「お隣の領地の男爵家なんて嫌ですわあ」が加わり、よりボリュームが高まった時に、エミリィは侍女を連れてウィンフィル侯爵家に突撃した。
セイダン家の家族と使用人がルーミィに押され、判断力が鈍っている隙を、見逃さなかった。
普段から派手な外見の妹に押されて、地味で目立たなかった彼女の、初めての冒険だった。必死だった。
なにせ一生ぶんの勇気と、初恋がかかっていたのだから。
ウィンフィル家では、やがて縁を結ぶことになる令嬢の家族の訪れを歓迎し、すんなり通してくれた。
「……我が妹は、ケルシャー男爵様との婚約を拒み、わたくしの婚約者であるオルソー辺境伯様との婚約を望んでおります。……わたくしは、毎日ズルいズルいと騒がしい妹に、辺境伯様との婚約話を譲る決心をいたしました」
白薔薇が美しく咲き乱れるガゼボで、エミリィは肩を震わせながらロナルドに語った。
朴念仁なところのあるロナルドは、在学中にグイグイ来られた肉食系の令嬢よりも、弱々しいエミリィの様子に心惹かれてしまう。
「そうすれば、わたくしは卒業間近に婚約者のいない身となってしまいます。ケルシャー男爵様の父君、ウィンフィル侯爵様は、セイダン家の娘であればどちらでも構わないと仰せになりました。……もし、わたくしを哀れと思し召しならば……わたくしが、あなた様の婚約者としてお話をお受けすることを、お許しいただきたいのです……!」
エミリィは精一杯「耐え忍ぶ姉」の姿をアピールした。
そう、今は空前の「ズルいズルいと我が儘で姉を虐げる妹」ブーム。これに乗らないわけにはいかない。
ルーミィが婚約を拒んだあと、ロナルドが別の婚約者を選ぶ前に、行動あるのみ!である。
「しかし、それで良いのですか?エミリィ嬢のお気持ちは……」
心優しいロナルドは、エミリィを気遣った。
そういうとこがいい!大好き!という胸の内を何とか納めて、エミリィは切なげな表情を浮かべる。
「恐れながら……7歳の時、母に連れられて参加したウィンフィル家のお茶会で、初めてお見かけした時から……わたくしはケルシャー男爵様をお慕い申し上げておりました……!オルソー辺境伯様とのお話が進んでいる中でも、わたくしの心は、ただひたすらあなた様を思って……!」
そこでエミリィが感極まって顔を伏せる、という大技をかますと、ロナルドは衝撃を受けたように押し黙った。
いいとこのボンボンは、長年一途に思い続けるとか、そういう純情恋愛話に弱い。
ましてロナルドは、容姿と成績は良くとも侯爵家三男坊ということで、将来は家を出て身を立てるしかない立場であり、高位貴族の令嬢からは相手にされなかった。
低位貴族令嬢からは婿養子として迎えたいとアピールされるも、打算が見えて乗り気になれなかった。
祖父から男爵位を譲られてからは、ワッとあらゆる令嬢にたかられたが、何を今さらと相手にして来なかった。
そこに、エミリィというそこそこ美しい令嬢から、10年も前から一途にあなただけを思ってきましたと打ち明けられば、……はい、イチコロである。
(この戦、勝ちましたわ!)
両手で覆った顔、指を少し動かしてロナルドの様子をチラ見すると、彼の顔は耳まで真っ赤であった。
計画通り!というワルい笑顔をなんとか引っ込めて、エミリィは彼の返事を待った。
「……どうか顔を上げてほしい、エミリィ嬢。お話をお受けいたします」
少しの間のあと、静かにロナルドが声をかけてきた。
口から飛び出そうなほど心臓が高鳴る中、エミリィは顔を上げる。
「ケルシャー男爵様……!」
「どうか僕のことはロナルドと。僕もあなたをエミリィと呼ばせていただきたい。……婚約者として、これからよろしくお願いします」
「ロナルド様……!」
ドーンドーンパーン。
エミリィの中で歓喜が大爆発した。
ありとあらゆるサムズアップが彼女の脳内に広がる。
やった!やった!アタイやってやったぜ!
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ……!」
高まる感情を抑えきれずに、震える声で、エミリィは答えた。
こうして、初夏の白薔薇の香り満ちるガゼボにて、一組のカップルが誕生したのだった。
◇◇◇◇◇◇
「……それで、あなたは構わないのよね?」
お互いの婚約者を交換するかたちで、それぞれの手続きが完了したあと、ルーミィは今通っている王都の学園を辞め、オルソー辺境伯の領地にある学園へ編入することに決めた。
「ええ、お姉さま!わたくし頭良くないですし、王都の学園はレベルが高すぎて無理ですわ!辺境の学園なら、かなりユルい上に、地元の漁業や観光業の職業訓練があるそうですの!楽しみですわぁ!」
エミリィの問いにニッコニコの笑顔で答えたルーミィは、荷造りの手を止めない。
手伝う侍女や母の顔はやや沈んでいた。
特に母は、もともとあまり体の強くないルーミィが辺境で苦労しないか気に病んでいたようだ。
しかし、ルーミィが「お母さま、オルソー辺境伯領は王都やセイダン家の領地よりずっと南で温暖ですのよ?新鮮なフルーツ食べ放題、ドリンク飲み放題、海鮮食べ放題でしてよ?ああわたくし、きっと太ってしまいますわああ!」と説得?したことにより、いくらか前向きになったように思う。それでも、可愛い末っ子が手元を離れてしまうのは寂しかろう。
「……あなたがいいなら、それでいいのだけど……」
エミリィは呟きながら手元の釣書を見た。
ウィリアム・オルソー辺境伯、22歳。添えられた姿絵は、がっしりぎっしりした筋肉に包まれた体躯を持ち、鋭い眼光を放つ浅黒い肌の壮健そうな男性が描かれている。
エミリィは思わず唸った。
(この婚約は、爵位が上のあちら様からじゃないとお断りできないお話だけど、その……もっと、なんというか)
内実はどうあれ、ルーミィの外見は美しく、マナーは完璧である。たおやかで儚げな風貌から、あちこちの令息から秋波を送られてきた。
成人してデビュタントを済ませた今、間違いなく社交界の花として持て囃される存在になれたはずだ。
……ズルいズルい我が儘な妹令嬢という噂さえ、払拭できれば。
「お姉さま、ご心配にはおよびませんわ。わたくしはこれからアワビ漁を学び、サーモンやホタテの養殖を学んで、オルソー辺境伯様と共に、領地を栄えさせてみせますわ!それとわたくし、三白眼でオデコの広い筋肉質な男性が理想なのです。お会いするのが楽しみですわ!」
ルーミィはそう言いながら頬を染めた。
姉ながらその可憐さに見入ってしまうエミリィ。
横で母が「ルーミィならもっと眉目秀麗な殿方も選び放題なのに」とぐちぐち言っていた。
(この妹がイケメン好きでなくて良かった。魚介大好きっ子で良かった。頭あんまりよくなくて良かった)
エミリィは嘆息した。
先にロナルドと会っておいて良かったと思う。
この美しさの前には、エミリィの真心など霞んでしまうかもしれなかった。
「……ひとつだけ聞きたいのだけど、ルーミィ」
「?なんでしょうかお姉さま」
きょとんと顔を上げた妹に、エミリィは話しかける。
「あなたまさか……わたくしがロナルド様をお慕いしていることを知っていて、わざと辺境伯様との婚約をズルいズルいと騒いでいたわけではないの?あの堅物のお父さまのお考えを変えてしまうほどに」
ルーミィのズルいズルい攻勢には、セイダン家全体が悩まされていた。
この3ヶ月ほど、母以外の全てが被害を被り、外に情報を漏らしてしまった下働きの使用人のせいで、貴婦人のお茶会どころか、学園でも話題に上がったほどである。
父は明らかに疲労を濃くし、アーサーは自分の婚約者から苦言を呈され、エミリィはクラスメートから同情された。
もしやその行動の真意は、姉の恋のためだったのでは……?とカマをかけてみたが、当の本人はポカーンとしている。
(あ、これはないわ。その線はないわ)
エミリィが額に手を当てて渋い顔をしていると、ルーミィは元気いっぱいに答えた。
「いいえお姉さま!わたくし、頭よくないのでそんな難しいことは考えておりませんでしたわ!単にオルソー辺境伯様との婚約が羨ましかっただけですの!羨ましくて羨ましくて、毎日ごねてしまいましたわ!皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ございません!」
屈託のない笑顔でルーミィが頭を下げた。
その愛らしさに、居合わせた人間はみんな彼女を許してしまう。
こりゃとんだ爆弾を辺境伯に押し付けてしまったのでは、と今更ながらエミリィは冷や汗をかいた。
「お姉さま、こんなわたくしの我が儘を聞いてくださってありがとうございます!わたくし、辺境伯様の婚約者になれて幸せです!ほんとにほんとに、ありがとうございますわああ!」
ブンブンと姉の手を握って振り回しながらお礼を言う、妹の無垢な笑顔が眩しい。
エミリィは、「お、おう」と小さな声で答えることしかできなかった。謎の罪悪感だけがうっすらと残った。
実際のところ、オルソー辺境伯側も、セイダン家の令嬢なら誰でも良かった。というか、セイダン家の母方の実家である、ディアン伯爵家の血を引く令嬢なら誰でも良かった。
国境を挟んだ隣の国から、高貴な姫君がディアン伯爵家に嫁いで来たのは、現伯爵の二代前のこと。
国境の安全維持のために、オルソー辺境伯はディアン伯爵家に縁組みを申し出たが、「顔と筋肉が怖い」と令嬢に断られてしまった。
そんなわけで、係累であるセイダン子爵家に話が来たのである。
婚約者を妹に変更してもよいかと打診したところ、即行でOKの返事が来た。誰でもよいですとにかくお願いします、といった内容だったらしい。
やや失礼な話だが、ルーミィなら、辺境伯家の皆様を魅了することなど簡単であろう。
ちょっと一般的な勉強は不得意だが、興味のあることはとことん徹底する気質なので、この結婚はお互いによいものとなるはずだ。
「お姉さまとケルシャー男爵様の結婚式には帰ってきますね!」
旅支度を終えたルーミィは、侍女を引き連れて意気揚々と旅立って行った。
アーサーは「ようやく邸が静かになる」とほっとしていたが、やがてルーミィのいない生活を寂しく思うに違いない。
アーサーの婚約者はエミリィの1学年下のメアリ・モグワズ子爵令嬢なので、エミリィの結婚が先になる。半年後の晩春になる予定だ。
(お兄さまったら、メアリ様が嫁いでくる前に寂しくて、病まないといいけど)
何だかんだと家族思いの兄の先行きを心配するエミリィだった。
「やあ、待たせてしまったかな」
「いいえロナルド様、ようこそおいでくださいました」
ロナルドがセイダン家を訪れたのは、ルーミィが旅立った三日後だった。
半年後に控えた結婚式の打ち合わせのための訪問。
といっても、式の準備自体はウィンフィル侯爵家が取り仕切って進めており、あとは結納金やドレスや指輪のデザイン、嫁入り道具、招待客のリストアップなど、嫁ぐ側の準備が主である。
ゲストルームでそれらについて話すふたりは、幸せの絶頂であった。
世間ではまだまだ「ズルいズルいと我が儘で姉を虐げる妹」の話題が花を咲かせているが、このセイダン子爵家とケルシャー男爵家では、姉と妹の婚約者を交換したことで、すっかりうまくいった。
やがてプラムの花が満開に咲く頃、両家の結婚式が華々しく挙式されることだろう。
「大変ですわお姉さま!わたくし、ウィリアム様に連れていってもらった隣国との合流夜会で、あちらの皇太子様に求婚されてしまいましたわ!わたくし、あんなヒョロいナヨナヨ金髪野郎なんか秒でデストロイしてしまいましたわ!どういたしましょう!」
結婚式のために帰省したルーミィが盛大な爆弾を持ち込んできたが、それはまた別の話である。
(完)
エミリィの冷や汗のフラグ回収をラストに添えました。
お読みいただきましてありがとうございました!
今後も短編、異世界令嬢ものメインでアップして行きたいです!