8 アリス、突撃する
アリスは兵馬1000と特性による親衛隊とともに、近衛の都市を目指して、南エリアの大湿原を横断する。大湿原に至る手前で大河とは別れた。
アリスは自らが跨がる馬のたてがみを優しく撫でる。南エリアの馬は全体的にグレーっぽい色をしている。中央の馬は栗毛が多かった。大河に聞いたことだが、雇ったエリアで兵や馬にそれぞれ特色があるらしい。
南エリアの兵や馬は湿地に強い。湿地帯でも体力を必要以上に使うことはなく、普通の兵や馬よりも素早く動ける。
アリスは大河に聞いてそれを初めて知った。そんなことを気にしたこともなかったが、なぜ大河は知っているのか、と聞いたら、それくらい調べるが普通だと返された。
そうかなあ、と思い出す度に思う。
今、大河に指示されていることは三つ。大湿原を横断中は進軍速度を落とすこと。敵が攻撃を仕掛けてきた瞬間に全力で突撃すること。そして、敵に遭遇せずに大湿原を抜けた場合その場で待機することだ。
アリスは全速で行きたいのを我慢し、ゆっくりと歩みを進める。全体的に地面が濡れていたり、水溜まりみたいなのがいっぱいあって、じゅくじゅくしてて気持ち悪い。馬に乗ってて良かった、と思うアリスである。
☆☆☆
大湿原に入って2日目。村田のいた都市からは10日目のことだ。兵糧も底をつきそうなその日、アリスはペナルティ後、初めて野外で敵に遭遇した。
「遂に来たわね」
馬上で剣を抜き、構える。ウズウズが止まらない。
敵は弓を構えていて、今にも射って来そうだった。
「我慢よ...我慢」
アリスは呟きながら、弓が実際に放たれるその瞬間まで、ジリジリと距離を縮める。
そして、そのときは来た。敵将の号令を皮切りに雨のように矢が降り注ぐ。
「突撃ぃー!!」
アリスも号令をかける。叫ぶと同時に一番に先頭を駆ける。
見る間に敵兵が近づき、矢のほとんどは後方に流れていく。それでも200程は兵馬を失ったか。
アリスは構わず突撃する。弓を構えた兵士たちの後方にいた、敵で唯一馬上にいる人物の驚いた表情が見えた。あれが大河に聞いていた近衛か森川か斎藤だろう。まあ、誰だろうとアリスには関係のない話だが。
アリスは馬上から剣を振るい、敵を蹴散らす。このゲームで上達したということもあるが、天道家では、嗜みとして馬術や剣術を学ぶ。この二つに関して言えば、アリスは兄妹では抜きん出た存在だった。
勝負は一瞬。直接叩けさえできれば、馬に乗った兵に乗らない兵が勝てる道理がない。瞬く間にアリスは敵兵を殲滅した。敵将はどうやら逃げたようで、見当たらない。
すぐに体勢を整え、戦果を確認する。全部で500ほどの兵を失っていた。残り500。まだ行ける。
戦っているときには気付かなかったが、大湿原を抜けた先で砂埃が舞っていた。
敵の匂いがする。アリスはそちらに向かっていった。
☆☆☆
アリスお嬢様の趣味で女性ものの給仕服に身を包んだ後月翼は驚いていた。この辺に到着して数時間。半信半疑で探し回り、本当にいる。このタイミング自体は偶然だろうが、ドンピシャで敵に突撃するアリスお嬢様を、少し離れた丘の上から見ることができた。
翼は、ゲーム世界で今から25日前、都市の中央付近にいた。中央エリアの都市は、他エリアの都市よりも大きく、できることが多く、依頼の数も多い、というのが理由だった。アリスお嬢様がペナルティから戻るまでの間、全力て金集めをする。その考えのもと調達できた金は約4500。
そして、アリスお嬢様が復活した。アリスお嬢様とは常々話をしており、まずは合流すること、そして、人材を見つけること、を復活後の行動とする話だったが、アリスお嬢様の復活場所が、たまたま話に上がっていた人物の一人、城田大河のいる近くだったため、一人でスカウトに動いたようだった。
そうして、大河様を味方につけたのは、さすがはアリスお嬢様である、と思う。
アリスお嬢様は、大河様の言うことに従うということで、アリスお嬢様が従っている限り、翼も大河様に従うと決めている。
ただ、あくまでも大河様に従うアリスお嬢様に従っているだけで、どういう状況であろうが、翼はアリスお嬢様に従うのである。
そんな大河様が翼に指示した内容は、合流ではなく、近衛に対する進軍。
近衛の都市から、最も近い西エリアの都市。山々に囲まれ、資源に乏しく、拠点としては価値が少ないため、未だに空白都市である。そもそもあんなところに都市があることさえ、翼は知らなかった。
中央都市から5日かけて、その都市に移動し、兵を募る。一日に集まる兵士はその都市を制圧した勢力で50。制圧をしていない翼では半分の一日で25しか集まらない。
8日間集め、200の兵が集まったところで、兵糧2500を手に出撃した。一人のときと違い、兵を引き連れると、どうしても歩みが遅くなる。
山を抜けるのに7日かかり、さらに5日かけて、南エリアの大湿原が始まる地点に到着した。
そして、アリスお嬢様を見つけたのだ。
大河様からの指示は、25日後のこの場所で、もしアリスお嬢様を見つけたら敵の横合いに突っ込み、加勢すること。見つけられなければ、どうせ兵糧の足りない兵を解散し、旗揚げした都市に向かうことだった。
「突撃します」
アリスお嬢様を無事に見つけられたことから、遠慮なく丘の上から直線上に敵の横合い目掛けて突っ込む。
丘は緩やかでまだ距離があるため、勢いが死なないようにスピードを調整する。
敵にもこちらが見えたのか、ぶつかる少し前に500程の兵を割いて、こちらに向かわせてきた。
敵のほうが多くても、こちらには丘を下る勢いがある。500の兵はできるだけ無視して本隊に突撃する。
「勢いを殺さないように、向かってくる兵は無視して、前進することだけを考えてください」
翼はNPCに命令を下す。こういった命令を加味してNPC兵は動いてくれる。
兵と兵がぶつかる。先頭を駆ける翼の両手には短剣。的確に自分の邪魔をする敵兵だけを蹴散らす。
さすがに多勢に無勢。200いた兵の大半がやられ、50程になるが、それでも翼は500を突き抜け、遂には敵本隊へと至る。
現実であろうが、ゲームであろうが、アリスお嬢様をお守りするのは、この後月翼の役目。二度と遅れは取りません。