5 村田、決心する
村田安時はゲームをすでに諦めている。このゲームで村田は想像するのと体験するのでは、天と地ほどの差があることを思い知らされた。
最初の一週間で死亡し、二週間のペナルティを受けて、わかってしまった。自分はこの人たちには何度やっても勝てないことを。
故に大陸の端のほうで過ごすことにした。このゲームは争いが推奨されていて、そちらに力が入っていることは間違いないが、のんびり暮らすこともなかなか楽しめる。
釣りをしたり、山登りをしたり、キャンプしたり、料理をしたり、服や武器をデザインしたり、と本当に様々なことができる。
このゲーム内では空腹という概念があり、何も食べなければ餓死することになる。そのため食事をしなければならないのだが、それも素晴らしい。味覚もあり味がある。美味しいものを食べることは本当に幸せなことだ。
「村田さん、今日は何食べます?」
ゲームを諦めた同類の秋田が村田に聞く。秋田はおかっぱの女の子だ。
「そうだなぁ」
村田は真剣に食事のことを考える。
昨日はあれを食べたし、その前はあれを食べた。今日はどうするか。
そんなこと考えていたときだった。報告が入ったのは。
「天道アリスの軍がこちらに向かっております」
「な、な、なんだって!?」
村田は忘れていた。君主になったときに、していた覚悟を。
☆☆☆
「こんなので本当に大丈夫なの?」
旗揚げした都市を出て8日目。ついに村田のいる都市が見えた。到着にはもう少しかかるが、見えたことで改めてアリスの不安が再発する。
現在200の兵士と、君主の特性による30の護衛を引き連れて、村田のいる都市を目指すアリスと大河。二人は馬に乗っているが、兵士の足に合わせゆっくりと進んでいる。
アリスはこんな少ない人数で本当に大丈夫なのかと不安だった。道中で大河に聞いたが、向こうの都市には少くとも3000は兵士がいるという。
さすがのアリスでも15倍もの人数差で、しかも都市を攻める側。これが無謀なことくらいわかる。
「大丈夫だ。前にも言ったが、おそらく戦いにもならん。アリスはただ黙って胸を張って、自信満々でいればそれでいい」
大河にとってこの都市は最も身近な都市だった。釣った魚を売りに来るときはここに来ていたし、村田とも時折話をしていた。
だからこそ村田の性格や考えがわかる。村田はすでにゲーム内で争う気がないのも知っている。
「わかった。頼んだわよ」
大河の答えにアリスが頷く。
もう村田の都市の目前だ。
「止めてくれ」
大河がアリスに言うと、アリスがよく通る、透き通った声を張り上げる。
「全員、止まって!!」
門の前で静止する。普通なら矢の嵐で全滅でもおかしくない。
だが、そうはならない。
都市を囲う外壁の上の通りに村田が立っていた。隣にいるのは秋田だ。
「城田さん...」
村田の呟きが妙に大きく聞こえた。
アリスは大河に言われた通り、号令の後は胸を張って、大河の隣で村田をただ見つめていた。
☆☆☆
村田はただただ驚いていた。アリスの隣に城田大河がいることに。村田は大河を同類だと思っていたからだ。
ゲームでの争いを捨て、ただただ釣りに没頭する物好きな人物というのが、村田の大河に対する印象だった。
だから以前に自分の勢力に誘ったのだ。都市を制圧すればポイントが貰える。人が増えればさらに貰える。同じような人間を集めて今では十人になった。
誰にも相手にされないような端のほうで、少しの間だけでも豊かに暮らすために勢力を興した。旗揚げした以上、いつかはどこかの勢力に襲われる。村田は初めからそれは覚悟していた。
しかし、それが大河だとは、村田は思いにもよらなかった。大河はこの都市に釣った魚を定期的に売りにくる。そのときに時折話をすることがあった。だからこそ驚き、そしてこの言葉を言わずにはいられなかった。
「あなたはこのゲームに興味のないものだとばかり思っていました」
「そのつもりでは、あったんだけどな」
「ならどうして?」
「隣の可愛い君主様がうるさくてな」
言われて村田が大河の隣に視線を移す。こちらを見つめる真っ直ぐな瞳。天道アリスだ。
自信に満ちあふれた表情で、ただただこちらを見ている。
眼下に広がる兵士たちは200~300。この都市には一応他勢力を牽制するために常に3000の兵士がいる。
「...あの程度なら勝てそうですが」
隣の秋田が呟く。全くその通りだ。
しかし、少しは自衛の手段があることや、この都市にいる兵士の人数を、城田大河がわかっていることを村田は知っている。
「いや...後月翼がいない」
「...なるほど。たしかに」
わかっていてあの人数で来たのだとしたら、対策していないはずがない。天道アリスの右腕、後月翼がいないのはいい証拠だ。だとすればこの都市は間も無く制圧されることだろう。
「それで、今日はいったい何の用事でありましょうか?」
村田が声を張り上げる。することは決まった。村田にできることは、どれだけ今の待遇を維持できるか。その一点しかない。
「いやなに、なんのことはない。ただ、この都市をいただきにきたのだ」
何の躊躇いもなく、そう口にする大河。村田の耳には一瞬で制圧してやろうか、という副音声が聞こえてくるようだった。
「...いただきにきたとは、また物騒なことですね」
「まあ、御託はいい。村田安時、君のこともこの都市のこともわかっている。降伏しろ。素直にそうするなら、条件をつけてやる」
「...条件?」
「ああ。君はもうこのゲームで争わず、ゆっくり楽しく過ごしたいのだろう?だから、ある程度はそのまま生活を約束してやる」
「...ある程度とは?」
「今後、君には輸送をお願いすることになる。それさえしてくれるなら、あとはどう過ごしてもらっても構わない」
「輸送とはいったい何を何処にですか?」
「兵士や兵糧、その他の物資の類いだ。場所は基本的には、制圧した都市にお願いすることになる。まあ、君の言いたいことはわかる。勢力の危機でもない限り前線とは言わない。それは約束しよう」
村田は大河の言葉を飲み込むように、空を見上げる。ゲームの世界とは思えない青空が上空には広がっていた。
空を見上げながら、村田は安心していた。この状況、もともと自分たちに残された答えは降伏か滅亡かのどちらしかない。一度経験してるが、このゲーム内での死亡は怖い。痛みはないらしいが、刺されたり斬られたりしたら痛い。脳が思えば、それはもう痛いのと同じだ。
正直、想像以上の待遇を約束してくれている。すでに村田に降伏以外の答えはない。
幸いここより南に脅威はなく、西は山々が切り立ち、東は都市が遠く、幅の長い川と密林に阻まれている。
争いに参加せず輸送するだけで、今の生活が大きく変わらないのであれば十分なことだろう。デメリットは一つだけで、ポイントが少し下がることだ。ただ、滅亡するよりはましだし、アリス軍が大きくなるようなら、今後ポイントが増える可能性もある。
「秋田、いいか?」
「村田さんの思うようにしてください」
「個人的な意見はないのか?」
「個人的な意見であれば降伏に賛成です」
「そうか」
村田が大河とアリスに視線を戻す。
「その条件呑みます。降伏します」
「いい判断だ」