4 アリス、旗揚げする
大河がアリス、翼と食事をしながら話したのは、主に翼の現状である。それによって今後の作戦が大きく変わる。
君主として死亡すると、ペナルティは一ヶ月だが、それ以外の死亡ペナルティは二週間となっている。
聞くと、翼は大陸の北のほうで復活したらしく、そこから中央付近でNPCの依頼をこなして過ごしていたらしい。
ちなみにNPCの依頼とはゲーム内でお金を稼ぐ手段の一つである。誰かの統治下にあろうがなかろうが、都市にはそういう施設があり、そこでNPCの依頼を受け達成することで謝礼金をもらえる。
依頼内容は多岐にわたり、配達などの御用聞きのようなものから、大型動物の討伐など様々で、翼は主に討伐依頼をこなしていたということだ。
この翼という人物、もともとアリスの護衛を兼用しているようで、かなり武に長ける。一ヶ月前もアリス陣営にて、無双の働きをしていた。
翼には今後かなりの無理をお願いすることになるだろう。
今いる位置や所持金等、翼から様々なことを確認し、食事を終えた。
その後はそれぞれの部屋に戻り、その日のログインを待つ。
7時50分、首にはめられた機械からピー、ピー、と音が鳴る。もうすぐログイン時間だという合図だ。
大河は首の輪に触れ、その音を消すとベッドに腰掛け、静かにログインを待った。
☆☆☆
ゲームの世界に入ると、前回の続きからスタートする。例えば戦闘中に規定時間が終了したとしても、その状態のままスタートするため、そこは少しだけ注意が必要だ。
大河は前回、アリスと釣りをしながらその時間を終えたため、その続きからのスタートになる。
そのまま釣りを続行する大河。
「なんで!?」
隣のアリスが声をあげる。大河はちらりと視線をアリスに向けるが、無視をして釣りに戻る。
「デジャヴかな!?」
隣で大声を出すアリスに、大河が面倒くさそうに視線向けた。
「...うるさいなぁ」
「なんでよ!早く行くわよ!時間無いんでしょ?」
「いや、もうこれで釣り生活が当分終わりかと思うと、もう少しだけという気持ちなるもんでな」
「釣りなんていつでもできるんだから、行くわよ」
「わかったよ」
☆☆☆
ゲームフィールドであるこの円形の大陸をエリア分けすると、だいたい五つのエリアに分けられる。
大陸中央から東~北東にかけて広がる、土地が最も豊かでNPCの人口も最も多い中央エリア。
大陸北よりの北西部、厳しい寒さが常に付きまとう北西エリア。
大陸西側より南西にかけて、中央エリアの次に広いが、山々に囲まれた西エリア。
大河たちのいる、西エリアの山々から流れる川に囲まれた湿地帯が多い、南エリア。
そして、熱帯雨林の広がる南東エリア。
それぞれのエリアには初めから用意されている都市がいくつかあり、空白であったりプレイヤーが0の状態であれば無条件に制圧可能となっている。
まだ中央エリア以外はそれなりに空きのある状態ではあるが、さすがに少なくはなってきてはいるというのが現状だ。
都市を制圧すれば、君主となり都市の収益などが全て君主のものになる。
ただ、メリットばかりではない。君主になると同時に勢力として旗揚げしたことになり、全プレイヤーに通知される。
賭けの対象でもあるこのゲームにおいて争いは推奨されており、ポイント制も相まって、全てのプレイヤーから注目されることになる。
ポイントは島内で使えるお金を支給する基となる数字で、高ければ高いほど月に支給されるお金が多くなる。
ポイントはその行動や結果によって増減し、空白の都市を制圧するよりも、どこかの勢力下にある都市を制圧したほうがポイントが多く、空白の都市を制圧してもらえるポイントよりも自身の勢力下にある都市を制圧されたほうがマイナスポイントが大きい。
そのため、普通の感覚なら、簡単に空白都市を制圧したりはしないし、ある程度戦える算段がないと旗揚げする意味がない。
ちなみに君主は君主以外の者よりポイントを多くもらえることになるが、死ねば全てが元に戻る。君主以外の者は死んでも、善行などによって個人的に得たポイントは残る。
ペナルティのこともあり、君主になることはリスクも大きいのだ。
☆☆☆
大河とアリスが向かったのは、二人がいた位置からは北にほうにあるまだ空白の都市だった。距離にして約200キロ。5日はかかる計算だ。
南エリアにある都市は全部で4つ。
学園から提供される地図はエリアと都市の位置だけ描かれたかなり大雑把なもので、細かい地形などの情報は何もないものだ。基本的にそういうのは自分で調べなければならない。
情報量は戦局を大きく左右する。大河は三年間ほとんど釣りをしていただけなのだが、ただ軍師の特性により使える間者は常に情報収集に使っていた。
南エリアに関しての情報はかなり豊富と言っていい。
現在、南エリアには二つの勢力がある。南エリアの再北の都市を支配する近衛明の勢力と、最南端の都市を支配する村田安時の勢力だ。
近衛明は南エリアで言えば、新参者である。中央での勢力争いに敗れ、ペナルティの後に南エリアにて最近、再び勢力を興した。以前の勢力の大部分は近衛明を敗った勢力に吸収されたが、一部は再び近衛明の下に集まり、現在力を溜めているところだ。
そして、村田安時は脱落者である。まだ入学から二ヶ月ではあるが、想像をはるかに超えるゲーム内時間と、戦いに対する嫌気から争うことを放棄し、気ままにゲームライフを過ごすことに決めた者たち。ある意味大河に似ているかもしれない。
「で、どうするの?」
「まずは村田勢を取り込む」
「できるの?」
「ああ。あいつらには会ったことがある」
大河は思うが、村田は全く問題ではない。問題は近衛だ。アリスが旗揚げし、君主として名を挙げた瞬間に全プレイヤーに通知がいく。通知は旗揚げしたというただそれだけだが、すぐに位置も特定されることだろう。だから、間をおいてゆっくり考えられる前に落としきる。今回は時間との戦いだ。
☆☆☆
釣った魚を運ぶために以前購入した馬車に荷を乗せ、運転を交代しながら5日。二人は遂に都市に到着する。
到着と同時に都市中央にそびえ立つ城に入り、アリスに指輪を出させる。
指輪からは映像が浮かび上がり、それを少し操作すると現れる文字。
『この都市を制圧しますか?』
アリスが『はい』を選び、続いて生徒一覧から大河と翼を選択、配下に加えると入力する。
「ここからまた始まるのね」
「調子にのって勝手な行動するんじゃないぞ」
すぐに指輪を通じて大河に二通の通知がくる。一つはアリスが旗揚げしたこと。今は見えないが、城のてっぺんにはアリスのデザインした旗が立っていることだろう。都市を制圧すると、君主の旗が揚がるのだ。そして、もう一つの通知はアリスの配下に加わりますか?というものだ。もちろん『はい』を選択しないと配下になることはない。ポイントの配分などがあるため、どうしてもこの行程は必要になる。この辺はゲームっぽいところだ。
大河は『はい』を選択。そのタイミングくらいで、一人のNPCが二人の前に現れる。
「君主様。この度は我らが都市を支配下に置いていただき、誠に感謝いたします。ご用があれば、なんなりとご命令ください」
「兵士200人と馬を三頭、あと兵糧1600をよろしく頼む」
大河が答える。
「かしこまりました。兵士200を集めるのに2日と金2000、馬は三頭でしたら明日にはご用できますが、金15が、兵糧も明日にはご用意できますが金1600が必要になります。よろしいですか?」
「ああ、頼んだぞ」
答えると、NPCが一礼し去ってゆく。
「3600の金なんてどこにあんのよ?」
アリスの疑問は最もだ。
釣りで稼げるのはせいぜい一日で金3がいいところ。前回の釣りで稼いだ金は二人で100ちょっとなのだから。
「貸しだからな。俺の貯金を使う」
使わないと言ったが、どう考えても使わないことにはどうにもできない。どうせ釣りライフをおくる限り、ゲーム内で金を使うことはない。あげるのは癪に障るので、とりあえず貸しにしておく。
三年間の釣り生活で貯めた金は4000ちょっと。一瞬でほとんど使いきってしまった。
大河がアリスを見ると、何を勘違いしたのか、その瞳を潤ませている。
「あんた、そこまでして...わかった。必ず天下取るからね!わたしに任せて!!」
アリスが大河の手を握りしめる。
大河はその手を振り払う。
「うざいから、やめろ」
「なんでよー」
逃げる大河と追うアリス。束の間の休息。
それから2日後には、集めた兵士を引き連れ、二人は南に向けて出発しなければならない。目的地までの距離は約300キロ、8日ほどで到着の予定である。
☆☆☆
都市には、都市レベルというものがある。そのレベルが高いほど、一日に雇える兵士の数や馬、武器、一ヶ月で生産できる兵糧や得られる金など様々なものに差が出る。
都市のレベルは、都市に金を投資することにより上げることができるが、一つレベルを上げるのにも莫大な金がいるようになっている。
兵士は雇うのに一人につき金10がいる。馬は金5。
兵士は最初から基本装備の剣を持っており、武器を変えるには別途武器を買う必要がある。
兵糧は1というのが、都市外で一人の兵士が一日に消費する量で、金1で兵糧1を買える。
大河たちのように兵士200を8日間かけて行軍する場合、兵糧1600が必要になる。
兵糧が切れると兵士は減少していくという仕組みになっている。