3 アリス、動きまわる
始業のベルとともに一日の授業が始まる。ゲントウ学園は専門学校であり、基本的には企業の幹部候補を育てるというのが企業理念である。なので、授業内容は経営学や経済学、帝王学等、上に立つための知識やメンタルの授業が多い。
大河にやる気はないが、城田家も由緒ある家柄であり、家庭教師などからこれまで聞いたことのあるような話を、先生がするのをなんとなく聞き流す。
今、大河が考えているのは今後をどうするかということだ。
アリスの希望通り勢力を大きくするためには、どこかで旗揚げをしなければならない。どこが最適か。地図を思い浮かべながら、頭の中で何となくイメージする。
大河は久々の感覚を楽しんでいた。答えの出ない思考をするのは意外に楽しい。何も考えずぼーっと釣りをするのも楽しかったが、それはそれ、これはこれだ。適度に交互に行うのがいいな、と大河は思う。
昼休みになると、ほとんどの生徒が食堂に向かう。金に余裕があると、持参したものを教室で食べている者もいるが、食堂に行けば無料なので、さすがに少数だ。
大河も例に漏れず食堂に向かう。いつものように一人だ。学園の性質上、どうしても同じ勢力同士で固まりがちになってしまうのは仕方のないことだろう。
ゲーム内での争いを避け、ずっと釣りをしていた大河が一人なのは当然といえば当然だ。
ただ、大河と同じようにどこの勢力にも属していない者はまだまだ少なくないので、一人がとりわけ珍しいというわけでもなく、大河が目立つわけではない。
何なら入試の難易度上、それなりに優秀な人間が揃っているため、自分の情報をあまり外にださないように、学園内では牽制し合っている様子が伺え、中には全く会話しない者もいるくらいだ。
大河が食堂に到着する頃には、食堂は生徒でごった返していた。生徒が五百人もいるだけに食堂は広大で、受け取り口も何個もある。大河はその一つで日替わりの定食を受け取ると、適当に座って食事をする。
なんとなくクセになってしまっていることで、ほとんど意味のないことだが、近くに座っている者たちの会話に聞き耳をたてながら、食事を済ませる。
そして、いつものように次の授業が始まるまで昼寝でもしようかなと、教室に戻ったところで奴等はいた。
馬鹿か!?
平静を装いつつも、教室には入らず反転して「トイレ行ってなかったな...」と呟いてトイレに行く。
見えたのは、不機嫌そうな表情で俺の席に座っていたアリス。あと、そばにアリスと同じスカートの制服姿の、大河と同じくらいの身長の生徒。アリスの従者、後月翼である。
アリスとは放課後に約束していた。その意味もちゃんと伝えるべきだった、と少し後悔する大河。それでなくても悪目立ちするタイプなのに少しは自重してほしい。
敗北者であり、一ヶ月もの間ログインすることさえできなかったアリスを、もしかしたら誰も気に止めることもないかもしれない。
しかし、一ヶ月前までは一大勢力を率いていたアリスである。中には動きを気にする者もいるだろう。可能性がある以上は、変わった動きはしないでほしい。
どうするにしてもギリギリまでは、できるならみんなの注意の外にいたい。
あんなことをしていたら、アリスらと大河に何かあるのを宣伝してるようなものだ。
とりあえず、どうするか考えながら、次の授業が始まるまでトイレの個室に籠る大河であった。
☆☆☆
放課後、アリスとは飲食店の個室でこれからのことを話す約束をしている。店で会おうという約束だ。
ただ、昼休みのことがあったため、授業が終わると同時に、大河は教室を出てアリスの行動の確認に向かう。もちろんアリスからは見つからないようにだ。
授業終わりの生徒の波に紛れ、アリスがいる教室を確認しながら通りすぎると、ちょうどアリスが教室から出てこようとしているところだった。後ろには翼を従えている。
大河よりも教室を出るのが遅れたのは、別のクラスの翼を待っていたからであろう。
大河には気付かず、そのまま大河の向いている方向とは逆に向かう。
「あいつ、やっぱりか...」
大河は呟き、嫌な予感がしつつ反転すると、アリスの後を気付かれないようについていった。
アリスは大河の教室に到着すると、ドアの入り口で大河を探す。
「大河ー!」
大河を大声で呼び、教室に残っている生徒の注目を浴びるアリス。
もちろん、教室にはすでに大河の姿はない。
「なんなのよ、あいつ。なんでずっといないのよ」
ぶつぶつと怒りながら、教室を後にするアリスであった。
そのあとも引き続き余計な行動をしてないか、大河は隠れながらアリスたちの後ろをつけたが、そのまま翼と二人で約束の店に入っていった。
店に入ったのを確認し、大河も少しだけ間を置いて店に入る。
個室に入ると、テーブルの下に堀のある座敷になっていて、アリスは足を組んで席に、翼はアリスの斜め後方に正座していた。
「遅いじゃない。いつまで待たせんのよ」
「今来たばかりだろうが、見てたぞ」
「なっ!?いつから!?」
「放課後からだ」
言いながら席に座る大河。
「いるならいるって言いなさいよ!」
「アリスは動き過ぎなんだよ。約束は放課後だろ。昼休みも押し掛けやがって。ちょっとは大人しくしろよ」
「昼休みも見てたの!?」
「ああ。俺らに何かあるように周りに宣伝してどうするんだ?別にみんな気にしてないかもしれんけど、隠せることは隠したほうがいい」
「むぅ」
言い返す言葉がないらしい。アリスが頬を膨らませて抗議する。
二人が知り合ったのは昨日だが、ゲーム世界で一ヶ月近くずっと一緒だったのだ。さすがにある程度打ち解けている。
「久々の友達にテンション上がるのはわかるが、ちょっとは自重しろ」
「なっ!?そ、そ、そんなんじゃないし!!」
アリスが慌てて唾を飛ばす。
大河は冗談で言ったつもりだったが、アリスにとっては案外図星だった。
入学から勢いのままに勢力を拡げ、味方を増やしたが、ついてきたものは天道の名とアリスの勢いに飲み込まれた者たちであり、瞬間的にアリスの周りにいたのは、対等な学生ではなく、子分や取り巻きのような感じだった。
事実、アリスが敗れると同時にその者たちはアリスの側を離れ、大きな勢力に流れていき、アリスはペナルティと同時に翼以外の全てを失った。
アリスは表面上気にしていない様子ではあったが、多少強がっていて少し寂しく思っていたのも事実である。それに、あくまでも翼は従者であり、対等ではない。なので対等に話せる大河との会話は楽しく感じている。ま、ちょっとだけだけどね、とはアリスの言である。
「そんなことより、後ろにいるのが、後月翼だよな?」
女生徒の制服に身を包んだ銀髪ショートヘアーの凛々しい、中性的な顔立ちのボーイッシュな、というかボーイ。それが後月翼。学園から公開されているプロフィールにははっきりと書いてある、男、と。
ただ、近くで実際見ても、男だとはわからない。服装次第でどちらとも言える。
「そんなことよりって何よ...でも、そうね。翼、挨拶なさい」
「かしこまりました、お嬢様...後月翼です。以後お見知りおきください」
翼が正座したまま深々とお辞儀する。そのさまはすごく絵になる感じだった。
「城田大河だ。よろしく...一個だけいいか?」
やっぱりどうしても気になるので聞いてみる。
「はい、何でしょう?」
「男、なんだよな?どうして女生徒の格好してるんだ?」
「お嬢様のご命令です」
「こっちのがかわいいでしょ。いいじゃない、別に」
アリスが口を挟む。
「そうなのか。まあ、似合ってはいるけど、翼はそれでいいのか?」
「はい。これはこれで気に入っております」
「そうか」
それ以上は大河も何も言わない。大河は学園指定のカバンからゲーム内の地図を取り出す。
「とりあえず位置確認からしようか」
「わかったわ。でもその前に食事にしない?お腹ペコペコなんだけど」
「...そうだな」
大河は店員を呼ぶベルを鳴らすのだった。