1 少年、少女に絡まれる
「あんたはこんなところでいったい何をしてるわけ?」
そう言ったのは目付きの鋭い少女だった。
言われたのは何ともやる気のなさそうな少年で、何をしているかと問われれば、釣りをしているのは明白だった。
少年はちらりと少女に視線を向けた後、まるでそのことがなかったかのように、釣竿から伸びた釣糸の先に視線を戻す。
「ちょっと!何か言いなさいよ!!」
少女がこぢんまりした体を目一杯使い、長い金髪揺らしながら唾を飛ばす。
少年は面倒くさそうに再び少女を見た。
「...俺になんか用か?」
「わたしはアリス。あんた暇なんだったら、わたしの仲間になりなさいよ」
「...は?やだよ」
「なんでよ。ここでこんなことしてるってことは、どこにも属してないんでしょ。だったらいいじゃない」
「だからって、お前の仲間になる理由はない」
「お前じゃなくて、アリス!理由なんてなくても、お願いしてるんだからいいじゃない」
「どこがお願いだよ...お前ってあれだろ?ジャンヌダルクだろ?」
「アリスだって言ってんでしょ!何よ、ジャンヌダルクって」
ジャンヌダルクとは少年がこれまでのアリス様子を見て勝手に思っていたことだ。
「勢いで突っ走って、勢力を広げたわりにあっさり裏切られて、処刑されたのを見て思っただけだ」
少年は知っていた。このアリスは君主として処刑されたため、そのペナルティを受け1ヶ月ぶりにログインしてきたばかりだということを。
「うー...わたしのことを知ってるってわけね。知ってんなら手を貸しなさいよ」
裏切られたのを思い出したのか、アリスが涙目になる。
「手を貸してどうなる?また、同じことを繰り返すのか?」
「それは...次はちゃんとするわ」
「へー。どうやって?」
「どうって、ガンガン攻めまくって、城という城を落としまくってやるわ」
「ふっ」
少年がアリスを鼻で笑う。なかなか面白い奴ではあるが、それでは駄目だろう。
「何が面白いのよ」
「成長しない奴だなって思ってな」
「なんですって!?何よ、じゃあどうすればいいのよ?」
「そんなことは知らん」
「考えなさいよ」
「なんで俺が?」
「臣下なんだらから当たり前でしょ」
「いつの間にだよ」
言いながらも少年は思っていた。ここにきて2ヶ月。ゲーム内時間で約3年ずっと釣りをしていた。家族から離れ、一人になりたくてこの学園に来たが、さすがにそろそろ釣りにも飽きてきたところだ。
正直、国盗りゲームにそこまで興味はない。どうしてこの学園に来たかと問われれば、学園にいる間は外との接触を絶てるためだ。
☆☆☆
私立ゲントウ学園。とある島にそびえ立つ学園は、外界とは完全に隔離されている。
学園の募集は二年に一回、約五百人が募集対象である。入学するには、知識や体力などの総合的な試験をパスするか、もしくは莫大な金を支払うかのどちらかで、だいたい金で入学するのは全体の5%~10%ぐらいである。
入学から二年間は島から出ることはできず、生活は寮での生活になる。ただ、ある程度の施設や店は島内に揃っており、不自由することはない。
しかも、入学さえしてしまえば授業料などはかからず、完全無料であり、何なら毎月島内で使えるお金をもらえる。
なぜそんなことが可能かと言われれば、それは数多のスポンサーがこの学園にはついており、そこから莫大な資金が投資されるからである。
当たり前だが投資する理由がある。まずひとつ目は、投資の見返りとして人材を得れること。学園では特殊なカリキュラムが組まれており、そこからスポンサーである企業が必要な人材を見出だしスカウトすることができる。
そして、二つ目。どの企業にとってもこれが重要であって、そのカリキュラムの特殊性から生徒たちの行動や結果が賭けの対象になっており、莫大な金が動くのだ。人材どうこうより、その賭けに参加したいがためにスポンサーとなる企業も少なくないのである。
☆☆☆
「なりなさいよ!」
アリスが吠える。
「なんでだよ!面倒くせぇな!なんで俺なんだよ!?」
「...あんた、城田大河よね?あんたが軍師の特性持ってるからよ」
アリスが答える。その答えを聞いて、城田大河と呼ばれた少年はちょっとだけ驚いた。なぜなら、アリスがここに来たのは偶然通りかかっただけで、なんの意味もないと思っていたからだ。
「...調べて来たってわけか。なんで軍師の特性が必要なんだ?」
「...わたしに足りないのは軍師だと思ったからよ」
「知ってるか?軍師の特性ってのは頭が良いってわけじゃなくて、間者が5人っていう、ただそれだけだぜ」
「馬鹿にしないで!それくらい知ってるわ!でも、軍師の特性を持ってるってことは賢いんじゃないの?」
「ははっ。俺だってアリスと同じ、親の金で入学したんだ。普通に入試受けてきたやつより賢いわけないだろうが」
天道アリス。天道財閥のお嬢さん。アリスがお金で入学してきたのは有名な話だ。
「それでも...特性軍師なんだったら、軍師やりなさいよ」
「...何が目的なんだよ?」
「ここでNo.1になるのよ。それがお爺様との約束なんだから」
「そうか。頑張れ」
「あんたも頑張るの」
「しつこいやつだな...軍師特性のやつなんか他にもいるだろうが。それにどうせお前、人の言うこと聞かねぇだろ。軍師なんかいてもいなくても同じだろうがよ」
「ちゃんと聞くわよ。わたし反省したんだから。この間の敗因はわたしに軍師がいなかったことだわ」
「周りの助言を聞き入れなかったことだろ」
ボソッと、大河が言う。
「何か言った?」
「なんでもねぇよ」
「何でもいいけど、わかったんならわたしの軍師になってよね」
「...何もわかってねぇけど、まあ、一つ聞くが、No.1になりたいってことは、この世界を統一する皇帝みたいなのになりたいってことか?」
「そうね。理想はそんな感じね」
「そのなり方が品行方正でないといけなかったりするか?」
これはあくまでも学園のカリキュラムの一環。普通に入試を受けてきた生徒であれば、その行いが卒業後に響くことを知っている。色々な思惑はあろうが、生徒の半分くらいは一応、品行方正であろうとする。
「...お爺様はどんな手を使ってでもNo.1になりなさいと言っていたわ」
「なるほどな...軍師になってやってもいいが、一つだけ条件がある」
「ほんとに?いいの?」
アリスの顔がばあっとほころぶ。
「よくねぇよ、条件を聞け」
「条件ってなによ?」
「意見や質問は許すが、最終的に俺の下した判断には絶対に従うことだ。それでいいなら軍師になってやる」
国盗りゲームに興味はないが、考えることは好きだ。釣りもいいがずっとそればかりしていたら、脳が退化しそうだと思っていた。
大河は特に自分を賢いとは思っていないので、そのうちやられるだろうとは思っているが、大河自身は別にこの学園でいい成績を残そうとか思っていないので、いつ負けてもいい。だからといってアリスに振り回されたりするのは嫌なので、この条件でいいなら適当にこの世界を楽しむか、と考える。
「わかったわ」
アリスの口からあっさり了承の言葉がでる。
「ほんとか?」
「わたしに二言はないわ」
「...よし、じゃあ最初の軍師としての判断だ。スカートをたくしあげろ」
「何でよ!?」
「俺の判断には絶対に従うっていったじゃないか。アリスに二言はないんだろ?早くしろよ」
「うぅ...」
「No.1になりたいんだろ?」
「...な、No.1になるため...」
アリスが布製のワンピースのロングスカートに手をかけ、少しずつそのスカートをめくりあけていく。
同時にその隠れていた脚があらわになっていく。
すね、膝、太もも、付け根...そして、真っ白のパンツまでもが大河の目の前に広がる。
眺めながら大河は思った。こいつはほんとに馬鹿だな、と。
「ど、どこまで上げれば気が済むのよ」
アリスの顔は真っ赤だ。
「...別に俺はそこまであげろとも言ってないが?」
「はぁーーー!?」
アリスの叫びが響き渡った。
☆☆☆
ここはゲームの世界。学園の特殊なカリキュラムとは、通常授業とは別に、月曜日から金曜日の夜8時から11時までのゲームへの強制ログイン。
入学時に脳に直接干渉する首輪をはめられ、夜の8時になると、強制的にゲームの中へと誘われる。
ゲームの内容は簡単に言えば、戦国世界。かなり自由度の高いゲーム内でどのように日々を過ごすか、ゲーム内での行動は全て記録され、スポンサーに提供される。
それが人材として見極める材料だったり、賭けのオッズなどが決める材料になる。
現実世界での3時間は、ゲーム内では30日。生徒たちはゲーム内では本当に30日を過ごす感覚でゲーム内で生活することになる。
2年間の学園生活で、約40年もの体感時間をゲーム内で過ごすことになり、二十歳前後にして熟練された思考の人材が出来上がるというのが、学園の売りなのである。