アカヌコトノナゲキグサ ν
「誰かがやって来たかと思えば、キサマは「アースガルズ」のモンじゃねぇな?余所モンがここに何の用だ?」
「いやぁなに、ちょっと強そうな相手がいそうだから寄ってみた、ただの旅のモンさ。おめぇ強いんだろ?相手してくんねぇか?」
「ケッ、白々しいにも程があんぜ。あの女の敵討ちか?あの女はキサマの情婦か?あのヒト種は惨めに死んだか?死んだなら明日からキサマは誰に慰めて貰うんだぁ?あぁん?」
スサノオは単身で城にカチコミしていた。しかしそこにいたのは異形のスリヴァルディであり、その手にはミスティルテインが握られている。
そしてスサノオの手にも一振りの長剣が握られていた。
スリヴァルディは下品な物言いでスサノオを挑発していくが、スサノオはキレる事無く心の刃を研ぎ澄ませていくのだった。
「生憎、カラダ目当ての情婦は作らねぇ主義でな。オレサマは愛に生きる漢だッ。まぁ、どっかの下品な多頭生物にはそれこそ女も寄って来ねぇかもしれんがなッ。だが、生憎と見当違いだったようだ。まっ、そのうち拗らせて「魔法」でも使えるようになったら教えてくれや、そン時に相手してやんよ」
「ぐぬぬぬぬ。言わせておけばぬけぬけしゃあしゃあと、ならばキサマの素っ首切り落として、愛に生きるとホザけたことを抜かす輩の首を雌牛にでも喰らわせてやるわッ!」
スリヴァルディは挑発に乗った。乗ってしまった。そして、ミスティルテインを放ったのだ。
「へぇ、おっかねぇ。牛は草食だと思ってたが、多頭生物の飼ってる雌牛は肉も喰らうのか?それじゃ、毎日お盛んだなッ。初めては雌牛に捧げたのか?そりゃ、おったまげるな」
「キサマぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
火に油を注いだスサノオの挑発は、スリヴァルディの沸点を軽く突破させ冷静な判断を奪っていた。安い挑発で憤怒に燃えたスリヴァルディの、ミスティルテインから切り落とされた刃がスサノオに向かって強襲していく。
放たれた刃は自動戦闘の複雑怪奇な動きでスサノオの全方位から、襲っていったのだ。
だがスサノオは強襲する刃に対して微動だにせず、ただ言の葉を紡いでいた。
「迎撃しろ。生弓生矢!」
しゃきん、しゃしゃしゃしゃしゃ
きんきんきんきんきんきんきんきんきんきィんッ
スサノオの言の葉に応じた神造兵器である一条の矢が全ての刃を貫き、その矢は貫いたミスティルテインの刃ごとスリヴァルディの足元に突き刺さったのである。
「おめぇの出し物はそれで仕舞いか?」
「こんな児戯に敗けるとは思わねぇんだが、まだ隠し玉でもあんのか?あんならとっとと出しておいた方が、ちったぁ生命が長らぇんぜ」
語気を強めジリジリと近寄って来るスサノオに対して、その気迫に押されたスリヴァルディは一歩、また一歩と後退りをしていった。しかし、スリヴァルディは途中で後退りを止めると口角を上げた。
「掛かったな」
シャシャシャシャシャシャシャキン
「後学の為に教えといてくんねぇか?オレサマは何に掛かったんだ?」
スリヴァルディはワナを仕掛けていた。それは魔術に拠るワナであり、地雷式のワナだ。
要するに踏み入った者に降り掛かる類のワナだった。
確かにそこにはスサノオの足元から生えるハズだった氷の槍があったが、見事なまでに根元から根こそぎ刈られていたのである。
「なッ?!」
「おいおいどうした?今ので全部終わりか?あれっぽちのチンケな魔術で、オレサマを仕留められるとでも?」
「なんだなんだ、そしたらやっぱり雌牛にも嫌われてて、絶賛魔法使いになりたいクチだったか?いやぁ、そりゃお盛んになりたくてもなれないワケだ。がっはっはっはっ。残念だったな、見習い魔法使いくん。もう、出る幕はねぇぜ」
「か、格が違い過ぎる。これはヤベぇ」
「だ、だが、ここで逃げ出すワケにもいかねぇ」
あからさまに違う2人の格。それを見せ付けられたスリヴァルディは既に挑発に乗る事さえなくなっていた。
拠って、少しでも生き残る可能性に賭ける事にしたのである。
「お、おいおい、そんなにカッカすんじゃねぇよ。お前の情婦にした事は根に持つなよ。俺だって生命が掛かってんだからよ。しゃーなかったんだ」
「それにさっきのは、ただの愛嬌だろ?お、俺はお前をただ、試しただけなんだ。俺はそんなに強かぁねぇからよ。お前に見合う強えぇヤツの紹介がしたかったんだ。それだけだって。だ、だからよ、胸を張って紹介してやる。この奥にいるヤツが一番強えぇ。俺はもう、何も打つ手が無ぇからよ、奥の強えぇヤツの相手がしてぇなら止めはしねぇ。好きに行って好きにバトってくればいいさ」
先程までの威勢はない、掌を返したようなスリヴァルディの紡ぐ言葉に、スサノオは呆れた様子だった。戦意を喪失した者を討つのは気が引けると言えば聞こえはいいかもしれないが、手に握る長剣を血に染める必要性すらないと感じたのは事実だった。
しかしながら、スサノオが認めた少女をバカにしたツケを忘れたワケではない。
「なら、行かせてもらう。おめぇには剣を振るう必要性すら感じねぇ。このままどっかに行って、オレサマに見付からねぇように生きるなら、生命だけは助けてやる」
「掛かったな」
スリヴァルディはすれ違いざまに全ての頭から魔術を放つ算段だった。それの準備は秘密裏に行っていたので、マナやオドの流れさえ気付かれないだろうと考えていた。
だからこそ、それに応じて放たれた魔術がスサノオの五体を貫き、床に伏すのはスサノオだと絶対の確信を持っていたのだ。
だが、その前にスリヴァルディの9つ全ての頭はスサノオの目にも映らない剣閃に拠って全て胴体から泣き別れ、城の床に墜ちていった。
「下衆の考えそうな事くらい、最初から百も承知だ」
「全く、ツマラねぇモンで、オレサマの剣を汚しちまったぜ」
スサノオは唾棄しながら、スリヴァルディを一瞥もせずに歩き去っていった。
スサノオの姿が消えた後、そこには全ての頭を刈り取られ既に事尽きた異端で異形の霜巨人族の躯が横たわっていた。
少女は隠れ家を出て、ヘルモーズと共にウトガルザの城へと急ぎ向かっていた。向かう途中にヘルモーズから、オド漏れを起こしていた傷は完治していないので暫くはオドを使わないようにと念を押されたが、そんな事は右から左へと聞き流し大地を駆けていた。
-・-・-・-・-・-・-
「そう言えばスサノオのヤツ、なかなか帰って来ないわね?」
「ねぇ、ヘルモーズさん、何か知ってるわよね?」
「い、いや、非才はな、何も……」
「あやしい……。ねぇ、ヘルモーズさん?何か知ってるなら、ちゃんと白状しましょう?それが今後の為だと、アタシは思うんだけど?」
部屋を出ていったっきり帰って来ないスサノオを、心配に思った少女が徐ろに紡いでいた。しかしその言の葉を受けたヘルモーズは目を背けた挙句にドモってしまい、疑惑の目が向けられる事になったのだ。
拠って少女から問い詰められたヘルモーズは、スサノオが単身で城に向かったと話さなければならなくなったのだった。
「ちょっと、それ……どう言う事?」
「スサノオ殿は、貴女が無事に目覚めたら「オトシマエをつけに行く」と、言っておられた。だが、貴女はまだ完全に回復していないだろうし、そのまま城に向かえば危険だから、非才に引き留めておけと」
「アイツぅ!アタシをダシに使って、美味しいところを全部持ってく気だなぁ」
「は?それは一体?」
「スサノオは根っからの戦闘狂なのよッ。闘う事が好きで好きでたまらないクチなの」
少女は目を釣り上げヘルモーズに詰め寄っていく。対するヘルモーズは苦虫を噛み潰したような表情をしながら、白状するしか出来なかった。
拠って少女はヘルモーズから話を聞くなり急いで身支度を整え終えると、ヘルモーズの制止を聞かず隠れ家から飛び出していった。
ヘルモーズは溜め息と共に、その後を追い掛けるしか出来なかったのである。
「これはッ?!」
「聞き及んでいる限りでは、九面の異形……スリヴァルディと見受けられますな。それにこの剣はッ!こんなモノまで持ち出していたと言うのですかッ。でも、それならばバルドルがまだこの地にやって来ていなかったのは僥倖でした」
「その剣ってバルドルに関係があるの?」
「バルドルを唯一殺す事が出来る武器が、このミスティルテインなのです。しかし、この剣は父上の手でヴァーラスキャールヴに封印されていたハズなのに、何故ここに?」
城に着くなり、2人がそこで見付けたのは横たわるスリヴァルディの姿だった。頭が9つ全て胴体と泣き別れたスリヴァルディの躯がそこにあり、その付近には真ん中に穴が開いたミスティルテインの刃が散乱していた。
スリヴァルディの9つの表情全てが驚愕のまま固まっており、それがスサノオの凄まじさを物語っていた。
少女は暗雲が立ち込め始めそうな余韻を残す、ヘルモーズの言葉が気にならなかったワケではないが、下手なフラグが立たないようにする為に聞かなかったフリをしていたのだった。
「それにしても、なんか凄っごく悔しいや……。アタシがあんなに苦戦を強いられたのに」
ぎりッ
少女は最後の一言だけはヘルモーズに聞こえないように呟き、奥へと進んでいく。
その顔には悔しさが滲み出る程に溢れていたが、ヘルモーズがそれを見る事はなかった。
-・-・-・-・-・-・-
「ほう、てっきりここにはあの娘か、バルドルが乗り込んで来ると思ってたのだが、招かれざる客とはこの事よな?」
「なぁに、てめぇのせいでオレサマにあらぬ疑いが掛けられたモンでな、てめぇにオトシマエを付けさせる為に来たんだ。他人様を騙った事、覚悟してもらうぜッ!」
「良いだろう。それでは相手をさせて貰おう」
ウトガルザは玉座から立ち上がり、その手には金色に輝くミョルニルが握られていた。
「な、何だと?何故、雷神の鎚があそこに?一体、どうなっているというのだ」
フリズスキャールヴで「観測」していたオーディンは衝撃の光景に思わず声を上げていた。
その事は足元に控えていたフリッグとヴォルを驚かせるには充分だった。
「どうしたのでありんすえ?」
「フレイヤを直ぐにここに呼べ、フリッグ」
「畏まったでありんす」
「ヴォル、フレイヤが言っていた真神征鎚が「ウトガルザ」にある。これをどう考える?」
「それを回収しに行ったトール殿はいずこに?」
「まだ向かっている途上だ」
「そうですか……。ですが何やら胸騒ぎがします。直ちに行軍を中止し急いで「ヴァーラスキャールヴ」に帰還する旨の伝令を送る事を推奨します」
オーディンはヴォルの献策を受ける事にした。だが、その伝令を出すべく立ち上がった時にフレイヤを呼びに行ったフリッグがオーディンの元に戻って来たのだった。
「フレイヤは戻ってないようでありんす」
「ヴォル、フレイヤが裏切る可能性はあるか?」
「それは解り兼ねますが、もしも仮にフレイヤが裏切るのであれば、フレイも同じでしょう」
がたッ
「まさか、そんな……それではッ」
ヴォルの紡いだ言葉はオーディンの顔を蒼白にさせた。拠って血相を変えたオーディンはフリズスキャールヴに戻ると、直ぐさまバルドル達一行の様子を「観測」していく。
オーディンは「観測」の結果、バルドル達が「消えた」事に気付き、その顔には「驚愕」の2文字を浮かばせていた。
「一体、何が起きていると言うのだ?」
「随分と御大層な武器を持ってるじゃねぇか?」
「じゃあ、とっととおっ始めようぜッ!でぇぇりゃあッ」
どぉん
スサノオはひとっ走りに跳躍すると玉座の「ウトガルザ」目掛けて斬り付けていき、その一太刀でウトガルザの玉座は崩壊した。
しかし「ウトガルザ」はスサノオの攻撃を宙に浮く事で躱していたのだった。
「威勢がいいな。では、次はこちらからいかせてもらおう」
ぷぉぉぉぉぉん
ウトガルザの掌からは光球が次々と生まれ落ち、それらは全てスサノオ目掛けて飛来していく。
スサノオはそれを部屋中駆けずり回って避けていた。こうして玉座の間はウトガルザの光球に因り瞬く間に破壊されていく事になる。
「自分で自分ち壊してりゃ世話ねぇな!」
「ふん、ほざけ」
「チッ、埒が明かねぇ。こっちは飛べねぇから攻撃しても届かねぇ。あんなヤツに生弓生矢は使いたくねぇから、仕方ねぇな全くよッ」
スサノオは頭から玉かんざしを1つ取り、ウトガルザの方へ投げた。流石にその光景に「ウトガルザ」は失笑する事しか出来なかった。
「ふん、そんな「髪飾り」1つで何が出来る?」
「八雲立つ 八重垣作る 花衣!」
しゃんしゃんしゃんしゃん
スサノオは玉かんざしを使って空中に「足場」を次々と「開花」させていった。
拠ってスサノオはその「足場」を、「ウトガルザ」目掛けて駆け登っていく。
「なる程、考えたな」
「でえぇぇやぁぁぁッ」
ぶぉん
「何だと?!当たらねぇ。コイツ、一体どうなってやがる」
たったっ
「こなくそッちぃえぇあッ!」
ぶぉん
スサノオは心の中では「迷い」が生じ始めていた。しかしいくら「迷い」があろうとも攻撃の手は緩める事無く剣撃を放つ。
だがそれら全て、やはり当たる事無く空を斬るばかりだった。
「なんだ、こんなものか。少し興醒めだな」
パンッ
「ウトガルザ」が手を1回叩いた。そしてそれをきっかけにスサノオの視界は歪み、身体は一気に変調を来たしていく。
「て、てめぇ、い、一体、何をしやがった……。ど、どこ……だッ、どこに行き……やがったッ。で、出て来いッ、卑怯だ……ぞッ」
ぶぉんッぶぉん
スサノオは身体の変調に因って足が縺れ、徐々に呂律が回らなくなっていきながらも、剣を手放す事無く剣撃を放っていた。
しかし、スサノオの視界に映る「ウトガルザ」は全て幻であり、傍目にはその剣撃は全て見当違いな方向を斬り結んでいる事になる。
「こうなると幾ら勇ましくても形無しだな」
「それにこの程度では、この鎚を使う必要すらないな」
「それ、もう少しじっくりと甚振ってから、ラクに死なせてやるとするか」
「ウトガルザ」はスサノオに対し光球を放ち、その光球の直撃を以ってスサノオは床に転がっていく。
いくら直撃を受けてもスサノオは立ち上がるが、その度に同じ事を繰り返し、結果として「ウトガルザ」は手に持つミョルニルを一度も使う事無くスサノオ倒してしまったのである。
拠ってスサノオは幾度も光球をその身に受け、立ち上がる事も出来なくなっていた。
「では、止めと参ろうか?」
「ウソッ!あのままじゃッ。ヘルモーズさん投げてッ!あと、スサノオの回収をお願いッ!」
「なッ?!」
少女は玉座の間の中に横たわるスサノオと止めを刺そうとしている「ウトガルザ」を見た。
ヘルモーズは少女の声に素早く反応し、手に持つドラウプニルを躊躇する事なく投げたのだった。
少女は剣を構えるとドラウプニルが輝きを放っていく中、「ウトガルザ」へと特攻を仕掛けていく。
光に拠って徐々に視界がぼんやりとしていくが、それは「ウトガルザ」も同じ事だった。
「でぇえぇえええぇええぇぇやああぁぁぁぁああッ!」
ざしゅッ
放たれた斬撃。少女は確かに「手応え」を感じ取っていた。だが、それがどの程度の「手応え」であったかは、目が眩むばかりの輝きに因って見る事は叶わなかった。
九光一滴の光の中で影響を受けずに行動出来るのはヘルモーズのみであり、それによってスサノオは無事に助け出されていた。
少女は斬撃の手応えを感じ取った後、反撃回避の為にその場から後方へと跳んでいた。
輝きが完全に消えるとそこには、苦痛で顔を歪めている「ウトガルザ」の姿があった。
「よもや、奇襲で倒されようとわ……な」
「やはり、1番の障害はキサマだった……か」
ガランッ
どさっ
「ウトガルザ」の身体は左の肩口から腰の辺りまで切り離されており、それが少女の懇親の一撃に拠るものなのは明白だった。
そして、右手に持っていた雷神の鎚を床に落とすとそのまま後ろに倒れていった。
少女は警戒を解いたワケではないが、念の為バイザーで確認すると光点は失くなっていた。
「なんか、呆気ない幕引きだったけど、本当に倒せたのかしら?まぁ、光点は失くなってるから大丈夫だとは思うんだけど……」
「ところでヘルモーズさん、スサノオはどんな感じ?」
「意識は無さそうですが、呼吸は安定している模様です。何をされたのか分かれば手の打ちようはあるのですが、現状では何も」
「そっかぁ、じゃあそれならさっきの隠れ家に戻って様子を見る事にしましょッ」
ヘルモーズにスサノオを預け、少女は先頭で警戒しつつ城から出ていった。
流石にヘルモーズ1人で意識の無いスサノオを連れ金色の鎚を持って帰るのは大変そうだったが、か弱い少女としてはどちらも重たそうなスサノオか金色の鎚を運ぶよりは、何かあった時に直ぐに臨戦態勢に移れた方が良かったし、その件で何かを言いたそうなジト目のヘルモーズにはキツい睨みを利かせて黙らせていた……と言うのは余談である。




