痴話喧嘩とハンターと依頼と瞳 ν
「る、ルミナンテ様!ど、どうしてこちらに?」
「そなたに任じた護衛対象の王立研究所管理官がルミネだからだ」
「えっ?へ、陛下…今なん@#$%&*☆¥※〒??」
ぼしゅうぅ
「イしししししし」
何も言葉を発しないルミネの代わりに解答を紡いだのは魔王ディグラスだった。この段階でハロルドはようやく自分の置かれた立場を理解した。
あの時、少女から言われた「良かったじゃない」の本当の意味を。何故「良かったじゃない」と言っていた少女がニヤニヤしていたのかを。
ハロルドの頭の中で全ての点が繋がった。そして点は線となり、やがて線は1枚の絵になっていった。
こうして今までバラバラだったパズルのピースが嵌っていくのだった。
「し、師匠!まさか全て、師匠が仕組んだ事…だったのですか?そうだとしたら師匠は一体、何者なんですか?」
「ん?どうしたのハロルド。そんな真面目な顔をして」
「アタシの正体?ただの可憐で可愛らしい女の子だぞッ!きゅぴ」
ハロルドの声は震えていた。それが示しているのは少女に対する得体の知れない恐怖からなのか、それとも魔王ディグラスとルミネを前にしている事から来る極度の緊張からなのかは分かり兼ねる。
ただ、暑さや寒さと言った外的要因で無い事だけは確かだった。
「全く年甲斐も無い。もう少しだな…まぁ、何を言っても無駄か。はぁ」
「ハロルドよ、この度の全ての企てはそこな娘が仕組んだモノだ。だがな、余が創った「型」を使えるようになった事、余はとても嬉しく思うぞ」
がたっ
「えっ?えぇッ?い、今、陛下なんと仰ったのです?」
「あちゃあ。ハロルドって意外と抜けてるようで鋭いのね」
「ってあれ?ハロルドが自分の世界に引き籠もっちゃったし…。はぁ」
「余が創った?師匠から教わった型は、師匠の父親が創った…と?」
「もしもーし、ハロルドくーん」
「巫女、巫女、巫女じゃなくて、御子?!ま、まさか、いや、でも、陛下は魔族で、師匠はヒト種。魔族からヒト種の御子がお産まれになる筈は……」
「おーい、ハロルドー?」
ハロルドの中で出来上がりかけていた1枚の絵は、無事に繋がっていっていたパズルのピースが一瞬でガラガラと崩れていった様子だった。
拠ってハロルドは混乱していた。だから、少女の声も届いていなかった。
「まぁ、無理もないか。口止めしておるしな。アスモデウスは城でその娘を保護する際になんと言っておったかな?」
「お館様は皆に、師匠の事をお館様様の賓客である…と。誰一人として関わる事は許さない…と」
「なるほど、その様に説明しておったか。律儀なヤツよな」
「まぁ良い。ならば説明しておこう。お前が師匠と呼ぶ、そこにいる娘は我が子である」
「師匠が、陛下の…娘?」
「師匠はヒト種ではなかったのですか?!」
「はっはっは、前にもどこかで聞いたようなセリフだな。なぁ?」
「「年甲斐も無い」なんて言う父様は、しぃーらないっ。ぷいっ」
「娘は余が人間界にいた時に成した子でな。その時の余は魔族ではなく訳あってヒト種として過ごしておった」
「それ故に人間界で設けた妻との間に出来た娘もヒト種である。これで、合点がいったかハロルド?」
魔王の声は優しかった。何かを思い出すように優しく言葉を紡いでいた。
その優しい声がハロルドには再三伝わってはいた。だがその言葉の意味を理解した直後、身体が勝手にわなわなと震え出していった。
「も、申し訳ありませんでした!!小生が軽率な行動をしたばかりに、御子様にご迷惑をお掛けしてしまい。その上、寛大な処置をして頂いたばかりか、この様な若輩者に陛下の編み出された武技まで教えて頂いて……」
「ハロルド、立ちなさい!!」
「は?は、はいッ!」
どがすッ
「ぐふぅっ」
「なっ?!一体…何をなさるのです…御子様?」
少女はハロルドに命じた。ハロルドは少女に躾けられていた事もあり急いで立ち上がった。
しかしそんなハロルドに少女は強烈なボディブローを見舞ったのである。
立ち上がったハロルドは再び脚から崩れ落ちていった。その表情は苦悶を浮かべ、顔には「?」が大量に描かれていた。
ハロルドは苦しみながら少女を見上げると、その顔は怒っている様子だった。
「「一体何を?」ですって?アタシの事を勝手に「師匠」と呼び出したクセに事情が分かったら今度は「御子様ぁ?」まったく巫山戯るんじゃないわよッ!!」
「えっ?」
「アンタには最初に言ったでしょ?アタシが暇だからアンタを助けたのよ!アンタが強くなりたいって、ルミネの為に強くなりたいって言ったから手助けもしてあげたんでしょ?それなのに今更呼び方を変えるなんて、どういうつもり!!」
「ッ!?」 / 「えっ?怒るところ、そこなの?」
「?!!?」
「わたくしの為に?」
「す、すいませんでしたぁ、師匠」
「まったく」
ハロルドは怒られた理由の深い意味など考えずに、迫力と剣幕にビビった結果、平身低頭だったのは言うまでもないだろう。
少女は腹の虫が治まった様子だったが、一連の会話で逆に火に油を注がれた者もいた。
「ハロルド、「わたくしの為に」とは一体どういう事ですの?わたくしがハロルドに強くなって頂く謂れが分かりませんわ。それにハロルドに護って頂かなくとも、わたくしはハロルドより充分強いですわよ?」
「おや?ふふふ。にま」
「そもそもハロルドは自分がした事を理解なさっているの?一歩間違えればルネサージュ家に多大なる被害を与える所でしたのよ?お父様が一方的に害を被るなら褒めますけど、それ以外の者達に被害が出ていたらどうするつもりでしたの?」
ルミネは饒舌にハロルドを責めた。
責められているハロルドの表情は変な風に歪んでおり既に崩壊寸前であったと言える。
傍から見れば「報われない男・ハロルド」と称されてもおかしくはない風景であり、既に「かかあ天下」の様相でルミネの尻に敷かれていると言われても納得出来る。
一方でルミネの言の葉を聞いた魔王ディグラスは、「アスモデウス、可哀想に娘に嫌われてるのな」と心の中で呟いていた。
更に少女は、「ルミネも大概まんざらじゃなさそうね?」と心の中で呟いていた。
然しながら突然始まったルミネからの口撃にハロルドはオロオロしている。顔はもう崩壊寸前を通り越して崩壊が始まっていた。
「ルミナンテ様、大変申しわ…あっ!」
「ル・ミ・ナ・ン・テ・さ・ま・ぁ・?」
ルミネの顔は今までで1番の形相になっていた。その光景を見ている少女はニヤニヤが止まらない。
魔王ディグラスはそんな少女を見ながら「余がいなくなったせいで、いい性格になったな」と心の中で悪態をついていた。
「アスモデウスさんに対して怒っていた時の比ではないなぁ」と少女はニヤニヤしながら心の中で考えていた。
「でもま、自分の事じゃないし自分の怒りは去ったから様子を見守りましょ」とも同時に並行して考えていた。
魔王ディグラスは「娘よ余がいなくなったばかりに性格が歪んでしまっていたか」と苦悩を抱いていた。
はてさて当のハロルドはと言うとガクガクと身体を震わせながら、「あっ、えっ、ルミナンテ様?」などとよく分からない言葉を発していた。よく分からない状況に追い込まれたハロルドは、少女に救いの手を求めるが、少女はニヤニヤを通り越して悪っるい顔をしていた。
よって「あ、無理だ」と思い至った。
この時のルミネは既にハロルドとの会話に応じる余地など一切無く、後はルミネが一方的にハロルドのコトを虐殺しただけと言えた。
「ハロルドよ、永遠なれ」 / 「アタシを恨まないでね、ハロルド」
ディグラスを始め、少女は心の中で願っていた。2人の表情がそのように願っているとは心底思えないのは否めない。
とまぁ、そんなこんなで一悶着も二悶着もあったワケだった。
拠ってその後は終始和んだ雰囲気で会話が進んでいった…なんて事はない。
あるハズもない。
ルミネは幼い時の約束を「ハロルドが覚えていてくれた」と思って内心は喜んでいた。
その一方でもう1つの約束をハロルドが忘れていた事に怒りを露わにしていた。
陛下がいる場所なので緊張しているだろうから最初の1回目は見逃してあげてた(ただし態度には出ていた)のだ。だが2回目や3回目となると流石に見逃せなかったという、変な乙女心に拠る憤りと言える。
単純に、デレるコトが出来ない「ツンのみルミネ」だったのだ。
「ハロルドは昔からそうです。1人で泣きじゃくっていた時もそう。見付かってお父様に怒られた時もそう。自分1人を犠牲にすればいいと思っている」
「そんなハロルドだから、わたくしは…わたくしの呼んで欲しい名前を呼んでくれるようにそう約束したのに、それを忘れているなんて!!」
「うっ、うっ…」
ハロルドはルミネに殴られながら、叩かれながら、詰られながら、それでも必死に耐えている様子だった。
周りから見れば、既に見ていられない程に糖分高めで一方的な痴話喧嘩になっていた。
その光景を当事者以外の2人は「若いなぁ」とか「アタシにもあんな相手がいたらなぁ」とか「初々しいなぁ」とか、様々な事を思いながら見守っていた。
「えッ?!」
「ちゃんと覚えておりますよ、ルミネ様。「ぼくがあなたをここから連れ出す為に強くなる。だから、そうなったら一緒に城を出よう?」あと、「ルミナンテ様はお嬢様だから馴れ馴れしく名前を呼べないけど、呼んでもいいならルミネちゃんって呼ぶね」でしたね、ルミネちゃん」
「ッ!? ///」
ハロルドはボコボコにされながらもルミネを抱き締めるとルミネの耳元で囁いていった。
ルミネのオッドアイの両眼から大粒の泪が溢れていた。先程までの怒りの形相は最早跡形もなく、今は表情を崩して声を上げて泣いていた。
「なんだぁてっきり、ハロルドの一方的な片想いだと思ってたのに、案外両想いだったのねぇ」
「まぁ、ハッピーエンドが1番よねッ!父様もそう思うでしょ?」
「ん?まぁ、そうだな……」
少女はニヤけながら言の葉を紡いでいく。
2人はその言の葉を聞いた途端にハッとして、直ぐに距離を取っていった。更にはお互いに目を逸らすとモジモジしており、耳まで真っ赤にして俯いていた。
その微笑ましい光景を見たディグラスと少女は、表情を崩して声を上げて哂っていた。
こうして紆余曲折の末に漸く落ち着いて話せる準備が整ったのだった。
魔王ディグラスがハロルドに伝えた話しは2つ。
1つ目に、ハロルドに対して「ルミネ付きの護衛」という役職を与えた真意について
これからルミネは管理官としての仕事の他にも、魔王ディグラスからの仕事があるので外出をする事が増えるという。
その為に信頼の置ける腕の立つ戦士か騎士を供につける考えを持っていたのだそうだ。
2つ目に、ルミネが護衛を伴わなくていい場合はベルンがハロルドを鍛える様に伝えてある事について
魔王ディグラスはベルンに対して自身の編み出した「型」を教えていた。拠ってベルンはその「型」の有数な使い手になっていた。
その為にこれから先は少女ではなくてベルンにハロルドを鍛えて貰うのが最適だと考えていた。
その後に魔王ディグラスから少女に伝えられた話しは3つ。
1つ目に少女を人間界に返す方法について
これは現段階に於いては実用出来るレベルのものではない為にまだまだ時間が掛かるといったものだった。
2つ目に魔弾の精製に成功した事について
魔弾があれば少女が扱える武器の中で、銃火器の使用が出来るようになる。よって戦闘の幅が広がり戦略が増える事を意味していた。
3つ目に「魔界」に於けるハンター業務の開業について
銀髪の男との闘いに於いて少女の実力をその目で見た魔王ディグラスは、少女を庇護の対象から仕事を依頼という形で任せてもいい対象だと認識を改めていた。
更に言えば庇護という名目で無理矢理閉じ込めておいて、今回のような騒動や面倒事を巻き起こされるのは、政務が滞る観点から考えても金輪際御免だったのだ。まぁ、ディグラスとしてはこれが本心である事は当の本人には秘密にしているが…。
以上が魔王ディグラスからの話しの全内容であった。
ちなみにハンターとは人間界に於いて発生した職業の1種である。
魔獣やトラブルの解決等を請負うのを生業とし、ハンターライセンスを所持した上で、公安かギルドに所属している者を指す。
簡単に言えば便利屋とも呼ばれる事すらある何でも屋と言えるだろう。
人間界には時代の奔流に巻き込まれた結果、この制度が完成していたが魔界に於いてはその限りではない。拠って魔王ディグラスは少女にその役割を体良く押し付ける事で、トラブルメーカーの行動を抑制しようと考えたと言っても過言ではない。
だがしかし「魔界」の現状は平穏だ。魔獣の被害も特にない。(そもそも、魔族が魔獣と闘ってもよっぽどの事がない限り負けるコトはない)
時折戦闘民族特有とも言える好戦的な近隣住民のトラブルが起き、武力衝突をしているくらいだ。
ほぼ単一の民族である魔族が占める「魔界」に於いて、他種族が入り混じった人間界以上のトラブルや諍いは滅多に起きないのだ。
拠って暇だった。少女は凄く暇だった。暇なので王都にある図書館で魔術の勉強をして暇潰しをしている毎日だ。
ハンターとしての依頼はあの話し以降1回しかない。
それも植物の採取をするルミネの護衛が目的だった。
たまたまハロルドが護衛として付いて来れない為に、ルミネの護衛として同行したのだが特にこれといって何も起きなかった。だから無事に依頼をこなしたというかお散歩してルミネとお喋りしただけだった。
図書館で暇を潰す毎日に於いては稀に絡んでくる者がいた。しかしそれは自分の事を知らないただの輩魔族であり、そんな輩達は適当にのしていた。
拠って暇潰しにもなっていなかった。
あれから既に何日も経っている。変わった事はルネサージュ城を追い出された事くらいだ。
あの一件に於いてアスモデウスは自身の野望が叶わなかった事や信頼していた白銀騎士が負けた事などから心労が溜まり、政務に手が付かなくなったのだという。
いわゆる、鬱というヤツである。
拠って元凶の1人である少女がルネサージュの城内に居座っていては、お館様の容態も良くならず治るものも治らないだろうと申し出た者がいた。
恐る恐るというか渋々というか微妙な表情でジェルヴァがモノ申しに来たのだ。
だから少女は、その日の内にルネサージュ城を出て王都ラシュエに転移して来た。
ディグラスはその事を熟知していた様子で、少女が王都に転移して来るや否やベルンが王命に拠って少女を迎えに来たのだった。
ベルンは少女に対して、前回は体良く断られた決闘を再び申し込むつもりでいたが、配下の者と供に迎えに来た手前、大義名分の無い決闘をする機会には恵まれなかった。
「暇だぁ」
「あぁ、ルネサージュ城を散策してた頃が懐かしい」
「どうせなら、今度は父様の城を散策してみようかな?でも、やっぱり怒られるかなぁ?」
少女の口からは、ただ意味も無く言の葉が漏れていた。
図書館で読む本は「1日3冊まで」と決めていた。それに従って少女は、手当たり次第かつ虱潰しに魔術に関わる記載がある物を読み漁っていた。
まぁ実際のところ、1日3冊は飽くまでも目安なので必ずしも守っていたワケではないのだが、そんな事を気にしてはいけない。
だがそれも粗方漁り尽くし、めぼしい本を探すのも億劫になってきていた。かといって1日中、王城に与えられた部屋でヒッキーになってるのはイヤだった。
「あぁ暇。ホントに暇。凄っごい暇。暇な暇に暇ぬ暇ね暇のくらい暇。意味わからないコト言っても暇なコトには変わりないのよねぇ。はぁ……」
「そんなに暇なら、妾に付き合わないか?」
「なぁにぃ?だぁれぇ?ふぅん」
ぱんぱんッ
「よしッ!」
「いいわよッ!暇だから付き合ってあげるッ!」
暇暇暇暇呟いていた少女の前にいつの間にか見知らぬ女性が立っていた。少女は億劫な気持ちのまま頭を上げるとその女性を視界に収めていく。
左肩の1点にマントが留められている赤いハーフメイルを身に纏い、腰には刃が湾曲している剣を携えている。流石にその剣は湾曲しているので長剣には見えなかった。
シャムシールやシミターといった三日月刀と呼ばれるモノかもしれない。
その女性の髪の色は紅く、長い髪を後ろで纏めているようだ。
露出が多い装備から覗く肌は健康的な褐色で豊満な胸元をひけらかしている。
少女は豊満な胸元をもつ人の装備が露出多めなコトに対してイラだちを隠せない。いやむしろ、ワザと露出多めにしているんだと思ってる。
それは少女の偏見かもしれないが、要するにそういう人達は全員寸胴に見える装備に変えた方がいいと思っていた。
いやそうするべきだと声を大にして言いたかった。
さて話しは戻るが、目の前の女性の瞳の色は左右で異なっていた。拠って、ルミネと同じオッドアイと呼ばれるヤツだ。
少女はこの知らない女性の後に付いて図書館を出ていく事にした。
流石に良識がある以上、図書館内で相手をするワケにはいかないし、今までもそうしてきた。
図書館を出てからの少女は女性の後に付いて歩いていく。図書館は大通りに面しており、流石に「ここで戦闘はしないよね?」と考えていた通り、女性は人目のつく所を避ける様に隘路に入っていった。
2人が隘路を抜けると少し開けた場所が視界に入っていく。付近に人の気配はない。
「ここで闘るのかな?」
ちゃッ
「あれ?あれれ?」
少女は普段は背中に格納してある自分の愛剣を、王城に引っ越してからは腰に格納するようにしていた。拠って愛剣に手を掛けたが女性は振り返るコトもしなかった。
要するに立ち止まる事もせずその場を後にして行ったのだ。
拍子抜けした少女は愛剣に掛けた手が結果としてプラプラと遊んでしまったが、見失わないように急ぎ後を追い掛けていった。
それからどれだけ歩いただろう。いや、どれだけ歩かされただろう。
少女は途中までは図書館から通って来たルートを覚えていたが、もう既に覚えていられる程のルートでは無くなっていた。
古びた民家に入りその中を抜け、行き止まりの塀を飛び越え、その道中で民家の屋根の上まで歩かさせられた。
正直なところ少女は「進む道がまるで猫の様だ。お前は猫かッ?!」とイライラし始めていたのだが先を行く女性はそんな事を知る由も無い。
拠って、ここから図書館に帰るのは難しいだろう。
長い間、文字通り道なき道を歩いた。それによって「脚が棒のようだ」と少女は思っていた。
だが一方で流石に「可怪しい」と考え始めていた。
何故ならば闘えそうな場所は途中で幾らでもあった。だが、どの場所に於いても闘おうとしないのだから。
少女のイライラが臨界点に達する前に、大きな屋敷の前で女性は止まった。
それには流石に少女も驚いた。驚きの余りに先程まで「可怪しい」と考えていた事はどこかへと旅立ってしまった。
「ちょっと待って!?ここで闘り合うつもり?」
「ん?」
その結果として少女は、考えていた「他の可能性」を全て無視した挙句に正直にも思った事を口走ってしまったのである。
「あーっはっはっはっはっはっはっ!!」
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
豪快な哂い声が部屋に木霊していた。ここはどうやら屋敷の一室で応接室らしい。
少女は恥ずかしさで胸が一杯になっており、目の前に出された紅茶にも手が付けられていないのが現状だった。
-・-・-・-・-・-・-
大きな屋敷の前で立ち止まった女性に対して少女が口走った言葉。少女が始めから考えていた素直な言葉。
女性はその言葉を受けると「きょとん」とした表情で首を傾げていたが、スグに口角と目尻をいびつに歪ませた。
そして、その色っぽい唇から紡いでいく。
「あぁ、そういう事か。腕試しがしたかったのだな?それとも何か?妾が貴君を襲うと思っていたのかな?妾は純粋に貴君に依頼をしたかっただけなのだがな」
「ほへ?」
「話しをしよう、どうぞこちらへ」
「えっ?えぇぇぇぇぇッ!!」
少女は誘われる様に後を付いて行ったが、穴があったら入りたい気持ちで一杯だったというのは余談である。いや、余談でなくてもそれは分かりきっていたコトかもしれない。
少女は部屋に通され、少女の正面に座った女性は名前を名乗った。
そして名乗った後で、少女が思い違いをしていた事を改めて知り、それからずっと大哂いをしている。
その間に屋敷に勤めているメイドが紅茶と茶菓子を持って来た。そのメイドは少女と女性の前に置いて立ち去っていったが、その間もひっきりなしにこの女性は哂い転げていた。
この女性、その名前を少女にリヴィエと名乗った。
少女はリヴィエの大哂いが終わるのを待って、改めて話しをしようと思っていた。だがリヴィエは予想以上にツボに入ってるらしく、お腹を押さえながら今もなお哂い転げている。
少女は自分のせいでもある為、仕方無く黙って見守る事にしたのだった。
「はっ、ひー、ひー、いやぁ、久し振りに大哂いをさせてもらった。ひへ、ふふっふーは、はひっ、ひー」
「あ、まだダメみたい…」
少し落ち着いたかと思われたリヴィエだが、今度は思い出し哂いの様子だった。
少女はその光景に「そんなに面白かったかな?」と考える以外にする事が無かった。
だがそれからまた少しの間、発作のようにリヴィエは哂い転げていた。
「さて、依頼の件だったな。妾はこの王都で海運業をしている者だ。だが最近、北からの輸送船に妙な物が紛れている事があってな。それの調査を依頼したいのだ」
ことっ
「これは一体何なんです?」
少しの時間が経ち正気を取り戻したリヴィエは言の葉を紡いでいた。更にリヴィエは紡いだ言の葉と共に少女に対して1つの石を差し出していた。
だが、少女はそれを見てもサッパリ分からなかった。
「恐らくだがこれは、魔石の1種と思われる物だ。だけど、何の魔石かは分からない。更には船の荷の伝票の中にそれらしい名前もなかった」
「どこで紛れ込んだか分からず乗組員全員を聴取したのだが、航海の途中で受け取った者もおらず、結論として最初から荷の中に入っていた物と仮定するしかなかった」
「そして、紛れ込んでいた荷は1つの船ではなく、幾つもの船に点在する様に紛れていたのだ」
正体不明の魔石の謎。話しを聞く限り、荷の中に紛れ込んでいた魔石は前回来た便で32個になるという。
リヴィエはそれの調査を少女に依頼したいと言った。だが少女は正直なところ迷っていた。
この依頼を受けていいものなのかどうかを…だ。
何故ならば少女には引っ掛かる所があったからだ。それはこのリヴィエという女性は何故「アタシがハンターをやっているという事を知っているのか?」という点だ。
その疑問が心のどこかに引っ掛かっている事から、依頼を受けるのを躊躇っていた。
それはハンターの勘とも言えるモノだった。
少女はいくら考えても、どうしても応えが出なかった。だから危険を承知でリヴィエに直接聞く事にした。
「依頼の内容は分かりました。ですが、分からない事があります。何故、アタシに依頼を?」
「貴君がハンターという仕事をやっていると人づてに聞いてな。興が乗ったので依頼してみようと思っていたのだ。なぁに積み荷の調査なんてそれらしい事を言ってみたが、依頼の内容なんて何でも良かったのさ。要は貴君というヒト種の者と話しをする機会が欲しかっただけさ」
ぞわっ
「えっ、そ、それならもう要件は終わりましたよね?」
「依頼の件はなかったってコトでいいんですよね?」
「ここにいてはいけない」そんな感じがした。心が警鐘を鳴らしている。
目の前にいるこの女性はどこか明らかに「異質」だ。
心がそう告げていた。
拠って少女は直ぐにでも立ち去りたかったが、何故か逃げ出すコトが出来なかった。
「まぁ、実際に積み荷の中に正体不明の魔石が紛れていたのは事実だけど、今はそこまで重要な事じゃない。それよりも今は貴君の事を聞かせて貰えないだろうか?」
言の葉を紡ぎ終えたリヴィエの瞳は少女を見詰め嗤っていた。