チヌラレシムジヒ ν
「ねぇコレ、オーディンさまから貰ったんだけど、覚えてるわよね?」
「なんだこれは?これを吾がお嬢さんに?」
「えっ?!嘘でしょ?それじゃあやっぱり、スサノオが言ってた通りなのね」
「なっ!オレサマが言った通りだったろ?」
少女はオーディンの「そんなの知らない」発言が来る事は想定内だったが、同時に落胆させられていた。それに拠って、オーディンに対し自分の身の上に起きた出来事を話すのを決めた。
更にアマテラスは、少女の身を案じてスサノオを「冥界」に遣わせていた事を話したのだった。
それは勿論だが、スサノオが「アースガルズ」に行っていない事の証明になった。
こうして話しが終わった後の沈黙は非常に遣る瀬無いものであり、誰も何も言の葉を発しなかったのは言うまでもないだろう。
「此度の事、大変申し訳無い」
「この度の事は真に遺憾に思いますが、首謀者が何かを企んでいるのは余りにも明白。ですので、そちらに対して早急に手を打たねばなりませんね。「アースガルズ」への対応はそれが終わってから改めて行いましょう。先ずは……」
ちらっ
「えっ?アタシッ?!」
「それなら、オレサマも同行してぇな。そっちの方が面白そうだ」
「貴方が行って面倒事を引き起こされるのは、こちらとしてはたまったものではありませんから、却下します」
「なん……だと!?それはあんまりだぜ、暴虐姉。オレサマの無実は証明されたってのによぉ」
スサノオは何やらその後もぶつぶつと何かを言っていた。だがスサノオに声を掛ける者は誰もいない様子だった。
強ち、アマテラスが言っているコトは、間違いではないのかもしれない。
中には頷いている神族の姿も散見されたコトから、間違いどころか正解なのだろう。
「それでは、行ってくれますか?」
「えぇ、そうね。アタシも決着を付けないと気持ち悪くて、おちおち人間界に帰れないしねッ!」
「それでは、頼みましたよ」
「それじゃ、アタシをアースガルズへ連れて行って貰えるかしら、オーディンさま?」
「うむ。了承した」
こうして、次なる目的地が決まった少女は、北欧「アースガルズ」へと向かう事になったのである。
「ここが「アースガルズ」なのね~!素敵!!」
「ようこそ、お嬢さん。吾の国、「アースガルズ」へ」
少女を連れたオーディンは小高い丘の上にやって来ていた。そして、そこから見える絶景に大はしゃぎだった。
遥か彼方には中腹までを白に染め上げた高い山々があり、その手前には緑豊かな平原が広がっている。眼下には広大な街が広がっており、その街の中央に一際大きな銀色の城が見えていた。
「あそこが「アースガルズ」の城、ヴァーラスキャールヴだ」
「凄っごく素敵なお城ねッ!えへっ」
「お世辞でも、そう言って貰えると嬉しいものだ。はっはっは」
オーディンはそのまま少女を連れてヴァーラスキャールヴに入城した。最上階にある玉座の間まで行くと、自身の玉座に腰をかけていく。
その姿はとても貫禄があり、「高天原」で取り乱していた姿とはまるで大違いだったと言える。
2人が玉座の間で話しをしていると、王の帰還を察知した「アースガルズ」の神族達が続々と玉座の間へと集結してきたのだった。
「王よ、「ミョルニル」は見付かりまして御座いますか?」 / 「王よ、「スサノオ」を無事に捕らえる事が出来たので御座いますか?」 / 「王よ、トール殿が目覚められまして御座います」 / 「王よ、そこのヒト種の娘は何者で御座いますか?」 / 「王よ、破壊された神殿は無事に復旧致して御座います」 / 「王よ――」 / 「――王よ!」
王よ、王よと目まぐるしく、オーディンに対して報告が次々に為されていった。それらの報告に対してオーディンは卒無く返答していく。
こうして一通りの報告が為されると玉座の前に跪いて待機している神族は20余名にも及んでいたのだった。
「改めて皆に紹介しよう」
オーディンは徐ろに声を上げ、少女の事を皆に紹介していった。神族の中には少女の事を訝しんでいる者もいる様子だったが、少女がそんな事を気にするワケはなかった。
「さて、皆に聞きたい事がある」
「「「「何なりと」」」」
「この中に「ロキ」若しくは、「ロキ」に準ずる存在をここ最近見た者はいるか?」
ざわざわざわざわ
「そうか、誰も知らんか。それならば、今から名を挙げる者はこの場に残れ。それ以外の者達は下がるがよい。フレイヤ、イズン、ヴォル、以上3名以外は皆、持ち場に戻れ」
オーディンの言の葉に従って、玉座の間から1人また1人と神族達は姿を消していったが、1人の神族だけは従わずにその場に残っていた。そして、呼ばれた者達以外が全員いなくなると、その者はオーディンの前へと歩を進めていく。
「妾も同席させてもらえんかぇ?」
「フリッグか、まぁ良いだろう。同席を許す」
「さてフレイヤよ、そなたは能力「魔術遊戯」を使って「雷神の鎚」と「ロキ」を探せ。いや、今は「ロキ」ではないから「ロキに準ずる者」になるが……出来るか?」
「わちきにお任せ下さりませなのですわ。必ず見付けて差し上げるのですわ」
「次にイズン、そなたは「林檎」を持って来てもらえるか?」
「王よ、かしこまりましたー。幾つお持ち致しますかー?」
「此処にいる者、全員に1つずつ。計6個あれば良い」
「最後にヴォル。そなたの能力「秘匿開示」で、そこのお嬢さんから情報を探ってもらえるか?」
「えっ?アタシの情報を探るの?ど、どういうこと?」
「お嬢さんが見たが忘れさせられている事、見たけど理解出来なかった事、それを第三者の目で確認させるだけだ。気をラクにして受け入れてくれれば、あとはヴォルが勝手に解析してくれる」
「えっ?そうなの?」
「「ロキ」は「狡知の神」や「ずる賢い者」と言われる程、奸計に長けているのです。全てを画策しているのが「ロキ」なら、先ずは様々な情報を隠匿して周到に罠を張るのです。まぁ、わての秘匿開示に掛かれば造作もない事なのです」
「へぇ、そんな能力もあるのね」
「それでは貴女の頭の中を見させて頂くのです」
「えっ?ちょっアタシの頭の中?いやぁ、それはちょっと言ってる意味が分からないんだけど、何をどうやって頭の中を?モチロンだけど、い、痛くしないわよね?」
「こうやってです」
こつん
オーディンの指示を受けた者達は各々それを遂行していた。そして、その内の1人であるヴォルは少女に対して近付いていく。
何やら正体不明な能力が襲って来そうな予感がしていた少女は、少しばかりオドオドとしていたが、その額に唐突にヴォルの頭がぶつかったのだった。
「あっ、あぁん……」
「ね、ねぇ!ちょっと……はぁ、はぁ。あ、アタシの身体に、な、何をしたの?」
ヴォルと額を重ねた少女の身体は火照っていく。その肢体の至るところから汗が滲み、顔付きは妖艶になって上気した顔は桃色の吐息を漏らしていった。
もしも鏡でその顔を見たら、そのまま手で覆い隠して、「恥ずか死」しそうな程に色っぽかったコトだろう。
更にその声はどこまでも艶かしくなり、その声が本当に自分の口から漏れているのかと耳を疑ったほどだった。だから両手で口を必死に塞ぎ、声を必死に殺して耐えていた。
少女の色白い肢体は桃色に染まり、その肢体の随所は勝手に「ビクっビクっ」と痙攣していく。足はガクガクと立っているのがやっとな様子でありながらも、「何か」に対して必死に耐えている姿を醸し出していた。
傍目に見れば少女は淫らに乱れて大変な事になっているが、そんな状態になっていても意に介さず放ったらかしで、ヴォルは頭の中に探りを入れていくのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……い、一体、今のは、なんだったのよぉ」
「存外気持ち良さそうだったのです。ヒト種に試した事は初めてでしたが、ヒト種は快楽が強く出るようなのです。ですがそれならば快楽に身を委ねて、もっと気持ちよくなられてもよかったのです。無理に抵抗しなければ、絶頂出来たかもしれないのです」
「今日初めて会ったのに、そんなイヂワル言わないでよぉ。もう、アタシ恥ずかしくて死んじゃうよぉ」
少女は深く荒い息遣いで、上気して妖艶な顔付きのままだ。少女はヴォルに向かってジト目で抗議の視線を送っているが、既にヴォルの額は少女からは離れていった後だった。
従って当然の事ながら抗議の視線は無視されている。
「はぁ……ヴォルよ、そのお嬢さんをそんなに虐めてくれるな。それで何が分かった?」
「この方の頭の中を拝見させて頂き、「ロキ」に関する情報は得る事が出来たのです」
「「雷神の鎚」の在り処については情報はありませんでしたが「ロキ」は今、「ウトガルザ」なのです」
ヴォルが紡いだその言の葉に、少女を除く全ての一同は驚愕の表情へと変わっていった。
「それって……誰?」
「どうやら、「アースガルズ」に獲物が来たようだな?色々と種蒔きは大変だったが……、そして大事な戦力も幾らか削がれてしまったが……。だがッ!遂に時は来た。これからのお前達の働き、頼りにしているぞ。ふふふはは、はーっはっはっはっ」
「神界」のとある城の中で1人の男が事態を察し呟き、高らかに笑い声を上げていた。
その眼下には複数人おり、その者達はその光景を見て「はッ」とだけ返していたが、この者達の正体は今の所、謎に包まれている。
「ねぇ、「ウトガルザ」って何?神族なのかしら?」
「ヴォル、それはどちらの「ウトガルザ」だ?」
少女は先程までの艶っポイ様子は失くなっており、真剣な表情で紡いでいるが、その質問に返答してくれる相手はいない様子だった。拠ってオーディンは少女の質問を取り敢えず無視し、ヴォルに対して言の葉を投げていく。
少女はその態度にちょっとだけ「いらッ」と来たが、皆の表情が自分の質問を許していない事を察したので黙っている事にした。
「恐らくは両方なのかもしれないのです」
「フレイヤ!ミョルニルの場所は分かりそうか?」
「恐らく、「スリュムヘイム」なのですわね。わちきの「魔術遊戯」が示しているのは、「スィアチの館」なのですわ。「ロキ」はさっきヴォルが言った場所で間違いがなさそうなのですわ」
「イズン、「林檎」はいつ届く?」
「あっはーい、直に届くと思いまーす」
「あ、来ました来ましたー。届きましたよー」
緊張感の欠片もないイズンの無邪気な声が玉座の間に響いた丁度その時に、籠を加えた鷹が一羽舞い踊り、鷹はイズンに林檎が入った籠を渡してどこかへと飛び去っていった。
オーディンは暫くの間、頭を抱えていた。各々が奔放に行動しているとか、言葉遣いが日頃から変だとかそう言う意味ではなく、事態が急を要するコトを理解した故の悩みだった。
拠って、その場にいた四柱の女神達は何も言わず、オーディンをただ見ていた。恐らくはオーディンの考えが纏まって次の命令が下るのを待っているのかもしれない。
だから少女も取り敢えず、声を発せられる空気じゃないと考え黙っていた。
「どうやら最悪な事態になろうとしているようだな」
先ず、状況を整理するとしよう。ヴォルが少女の頭の中から「視た」のは少女を襲った男の顔であって、それは「ウトガルザ」と呼ばれる1人の男だ。
「ウトガルザ」は「ロキ」の別の姿であり、「ウトガルザ」と言う国の王でもある。
そして、「ウトガルザ」は「アースガルズ」と敵対している者達の国なのだ。
また、「スリュムヘイム」も「アースガルズ」と敵対している国であり「ミョルニルがある」とフレイヤが話していた館の主とトールは並々ならぬ因縁がある。
追記しておくと、オーディンはイズンから受け取った「林檎」を皆に配っており、四柱の女神は大事そうに懐に納めていた。
少女はその様子を見ていたので、「食べ物じゃないのかな?ここで食べる為に配ったのかと思ってた」と自身の考えを改め、仕舞っておく事にするのだった。
「さて、事態はかなり逼迫している様相だ。フリッグ、闘える者達を早急に集めてくれ」
「承ったでござりんす」
「お嬢さんの持ってるブレスレットをヴォルに渡してくれないか?ヴォルはそこから視られた内容を教えて欲しい」
「えぇ、分かったわ。はい、これよ」
「これは?先程、視せて貰った記憶の中に同じ物はなかったのです」
「これはまた別の時に、アタシはオーディンさまから貰ったと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいで」
「ふむふむなのです。「ウトガルザ」の気配が残っているのです。それと、「ヘルヘイム」に関連する「術式」が中に組み込まれているようなのです」
「そうか……これで決まったな。本日、この時を以て「全てのロキ」を敵と見做すものとする」
オーディンが高らかに宣言した後、程無くして続々と「アースガルズ」の神族達はヴァーラスキャールヴに集結し始めていた。そこに集まって来る神族達は全て闘える者達であり、手に己の得物を持っている。
また、戦闘に不向きな神族であっても、治療やサポートが出来る者達は集められている様子で、それはフリッグが独断で動いた結果だと言えるだろう。
フリッグはフレイヤと同じ能力である「魔術遊戯」を使う事が出来る。そして、極めて優秀な「完全予測」と言う概念能力を持っている。
その能力に拠って得られた内容は決して他人に漏らす事をしないが、自身が視た「完全予測」の内容に則り行動をすれば、その行動が外れる事は決してないのだ。
なお、他人に漏らせばその完全予測は効果を失うというデメリットがあるので、漏らせないのである。
拠って今回、フリッグが治療やサポートが出来る者達にも声を掛けて集めていると言う事は、彼等の力が必要になると言う事を暗に示しているとも言い換えられるだろう。
ヴァーラスキャールヴには先程よりも多い、数十に及ぶ神族達が集まって来ていた。
オーディンはフリッグに目配せし、フリッグがそれに頷き全員の集合を見届けると声を張り上げていく。
「これより軍を編成する。標的は敵の殲滅及び、奪われた神造兵器の奪取である」
「先ず、名を呼ばれた者は前に出よ」
オーディンは集まった神族の中から四柱を選出すると、そこに残りの神族達を割り振り、4つの「軍」を構成していった。
・1つ目の「軍」の柱にトール
・2つ目の「軍」の柱にバルドル
・3つ目の「軍」の柱にテュール
・4つ目の「軍」の柱にニョルズ
オーディンは編成した4つの「軍」にそれぞれ指示を出していく。
トールには「スリュムヘイム」への進軍を指示し、真神征鎚の奪取を命じた。
バルドルには「ウトガルザ」に攻め込む指示を出し、全ての「ロキ」の身柄の確保を命じた。
テュールには「アースガルズ」の守備を命じた。
ニョルズには友好国である「ヴァナヘイム」に対して援軍の要請に向かうように命じた。
こうして全ての「命令」が下されると、ヴァーラスキャールヴに集まった神族達は順次行動に移していったのである。




