ハロルドと御前試合と決着と褒賞 ν
「ふぅ、かんいっぱぁつッ!」
「だ、大丈夫ですか、師匠?」
「大丈夫よ!ちゃんと無事よ。いやぁ、いずれ出来るようになるとは思ってたけど、こんな短期間で破竜の型を撃てるようになるとわね!やるじゃない、ハロルド!」
ハロルドは純粋に驚いていた。自分が今まで成功しなかった破竜の型を放つ事が出来たのもさる事ながら、それ以前に少女が使った破竜の型を打ち消した防御に対して驚いていた。
そして少女もまた、ハロルド同様に純粋に驚いていた。
ハロルドが今まで成功しなかったのは「余裕がなかったからだ」と考えていた。
それと同じように自分に対しての自信の無さも少女は気に掛けていた。
だから少女が教えた「型」を扱える様になった事で自信が付いたと感じていた。今まで一方的にやられていた自分から、格上の少女と互角に打ち合える様になったと思わせる為に少女は演じていた。
要はプラシーボ効果と言うヤツだ。まぁ、それはウソかもしれないが。
だがその結果、ハロルドに付いた自信は成長した。
そこまでは上手くいっていたと言える。しかし、その程度で扱える様になるほど破竜の型は甘くない。
だから今度は打ち合いの最中にハロルドから余裕が出るのを待った。
だが、ハロルドは焦りからか全く余裕が出なかったのである。それは何事にも必死に取り組むハロルドの素直さが悪さをしていたと言えるかもしれない。
拠って、今回の実戦は賭けとしか言いようがなかった。だがその賭けの結果、ハロルドが御前試合で戦えなくなっては意味がない。
拠って少女は自身の放った破竜の型がハロルドに当たらない様にする為にワザと力を抜いて放っていた。
もし仮に当たったとしても、「御前試合に臨むハロルドにダメージが残らないように」と考えた上での行動だった。然しながら、ハロルドは今まで成功しなかった破竜の型を成功せしめていた。
それ故に少女は純粋に驚いたのだ。
「ワザと手を抜いてくれてたんですね!ありがとうございます師匠!おかげで「破竜の型」をなんとか放つことが出来ました!」
「ところで、自分の放った型から師匠を守ったあれってなんですか?魔術ですか?」
「あぁそっか、こっちの世界だとデバイスは無いから知らないんだっけ?」
デバイス。それについての詳しい背景はここでは述べない。
だから「人間界に於いて科学技術と魔術が融合した結果生まれた、「魔導工学」によって生み出された魔導機械の1種である」とだけ説明をしておく。
手に嵌める「ガントレット」と、頭に着ける「バイザー」の2つを指し示して「デバイス」と呼ばれている。ガントレットの大きな役割は2つ。「オン」と「オープン」である。
「オン」はガントレットへの指示命令を指し、デバイスにインストールされているガントレット用ソフトウェアを起動させる言葉である。
今回はシールドのソフトウェアを起動させた事によりハロルドの放った型から守る事が出来たというワケだった。
ちなみに「オープン」はガントレット内に収納されているアイテムを取り出す時に用いられる指示命令である。
余談ながらこの機能は対銀髪の男戦で用いられていた。
少女はざっとハロルドに説明していく。だがその説明にハロルドは感嘆の声を上げていたが、恐らく理解は出来ていない様子だった。
「そうだ、ずっと聞きそびれてたけどハロルドはなんで強くなりたいの?」
「実は…」
少女は少女なりの答えをもっていた。拠って答え合わせをするつもりだった。
しかし少女は、ハロルドから紡がれたカミングアウトに耳を疑うしかなかった。
ハロルドは魔族でありながら身体の内に秘めるオドが非常に少ないのだそうだ。無論、マナを練るのも得意でもない。むしろ、下手を通り越してほぼほぼ無理だったらしい。
故に、魔術が使えないという結論だった。
「魔術が使えない魔族は、魔族ですらない」
そんな風潮が根強く残っているこの世界で、ハロルドは親から見捨てられた。
拠って幼くしてルネサージュ家に半ば奴隷のような形で奉公に出されていた。
然しながらこの国が採用している徴兵制によって、奉公人だったハロルドはその基準を満たした事から、軍属となる事が出来た。
だが一方で徴兵の期間が終われば再び奴隷扱いの様な奉公人に戻ってしまう為に、軍功を上げ徴兵期間満了後も軍に残れる様に必死だったのだ。
ハロルドが語ったカミングアウトに少女の心は揺れた。胸に熱い何かが込上げてくるのが分かった。
だがしかしハロルドはそれ以外の理由を少女に言わなかった。
拠って答え合わせに不満を持った少女は少しだけ揶揄う事にしたのである。
「アナタが強くなりたい理由はそれだけ?」
「えっ!?し、師匠、そそそそれは一体、ななな何を言っているのだす?」
にやり
「ふっふーん。ビンゴぉ。じゃあ聞かせてもらうわね?」
「なんで、「ルミネの為に強くなりたい」って言わなかったの?アナタ、ルミネに気があるでしょ?いや違うわね。惚れてるでしょ?」
ぼふぅッ
その少女の誘導尋問にハロルドは激しく動揺していた。
ハロルドの目はあからさまにどこへ行くでもなく泳いでいる。
拠って少女の表情は、ニヤニヤするのを止めないどころか止める気もない様子で悪っるい顔をしていた。
一方でハロルドは心に秘めている仄かな恋心を見透かされ、頭がショートしていた。
顔を紅くしなからしどろもどろになりつつ、ドモりながら言葉を返すのが精一杯だった。
「ななな、なんでその事を?どどど、どうしてそんな風に思ったのですか師匠?!」
「るるるルミネ様は、おおおおお館様のご息女で、たたたたかが奉公人の小生とは月とすっすっすっ、すっぽんぽんくらいに…」
ぼふぅッ
「ねぇ、ハロルド?まずは落ち着こう?言葉がおかしいわ。すっぽんぽんになってるわよ?」
「それとも、ハロルドはルミネのすっぽんぽんに興味があるのかな?にひひ」
ぼふんッ
「し、師匠!!そんなコト!!失敬です不敬ですッ!はしたないです!!卑猥ですッ!!」
「はっは~ん、ハロルドもちゃんとした男のコなのね」
「師匠ッ!!」
「で、ルミネのコトがそんなに好きなハロルド君。強くなりたい理由はやっぱりそれなんでしょ?」
ハロルドは揶揄われた結果、もうどうしようも無いくらいにしどろもどろだった。
それは人間界であれば通報されそうな位に挙動不審だ。そして何よりも、素直なハロルドは「攻撃の筋」同様に分かりやすかった。
「アタシとルミネが塔の上で友達になった時、2つの視線を感じてたの。アタシ達の事を見てる人がいるなぁって。1人はアスモデウスさんだった。でも、あと1人は分からなかったわ」
「まぁ、そもそもこの城にいる人達の顔も名前もサッパリ分からないんだけどね。あはは」
「でも、この城を散策してる時に気付いたアナタの視線。よくよく考えた時に、あの塔の上で感じたものと一緒だなって思ったのよ。だから、塔の上のアタシ達を見ていたのはアナタ!!その通りでしょ?」
こくんッ
「この家に奉公に来たばかりの時の事です。小生は右も左も分からず仕事も覚える事がたくさんあってテンパった挙句、トンチンカンな事をして怒られてばかりいました」
「それでも必死に仕事をしていたんですが…ある時、色々な事が溜まりに溜まってあの塔の上で1人で泣いてたんです」
「なんか、ハロルドらしいわね」
「あはは。今思うとかなり恥ずかしいですけど、1人で泣きながら空に向かって喋っていたんです」
「どれだけの時間、泣きながら喋ってたかは分からないけど気付いたら、ルミネ様が隣りに座ってて小生の独り言を聞きながら相槌を打ってくれていました」
「その事に漸く気付いて、恥ずかしくなって喋るのを止めたら、「お空に向かってお話しするなら、わたくしが聞いてあげます」って、言ってくれたんです」
「へぇ、あのルミネがねぇ。なんか想像出来ないなぁ。でも、なんか可愛いわね」
「それからあの塔の上にいると、ルミネ様がちょくちょく現れて話し相手になってくれました。そんなに長い期間は続かなかったですけどね。お嬢様と奉公人ですから。結局見付かって2人でお館様に怒られました」
「そっか、幼い頃から募りに募った恋心だったのねぇ。うんうん、分かるわぁ」
「それからは何年もルミネ様と話しをした事はないんですけど、あの時の事がいつまで経っても忘れられなくて」
「不安と絶望しかない中で光を示してくれたのはルミネ様だった。だから恩返しの為にも、ルミネ様の横に立てる様な男になりたい!強くなりたい!って考えたんです!」
ぽんぽん
「師匠?」
「ハロルドいい顔になってるじゃないッ!そんな凛々しくしてたらルミネもきっとハロルドを見てくれるわよッ!」
ぼふぅッ
「まっ、でもそれじゃあルミネに認めてもらう前に、アスモデウスさんに認めて貰わないとね!その為には明日の御前試合に頑張って勝たないとだねッ!」
「あっ!?しまっ!」
少女はハロルドに対して応援のつもりで言の葉を紡いだ。しかし口から漏れた言葉も紡いだ言葉も回収するコトなんて出来やしない。
だがそれはもう「時既に遅し」であったとしか言い様が無い。
何故なら少女は、ジェルヴァとの闘いの詳細をハロルドには意図的に伝えていなかったのだ。
「御前試合?師匠!御前試合って何です?」
「御前試合御前試合…あ、そうそう、ご飯のコトを御膳って言うじゃない?」
「師匠!御前試合って一体何です?」
ハロルドはやはり食い付いて来た。少女の懸念通りに食い付いて来た。
それはもう入れ食いだったとしか言い様がない。
何故ならハロルドはジェルヴァとの勝負を「御前試合」と言われたからである。まぁ、寝耳に水のハロルドには当然の事である。そして、口を滑らした少女の自業自得である。
「ご、御前試合は御前試合…だ…よ?うん、御前試合。あれ?おかしいなぁ、言ってなかったっけ?」
「あはははは。あれれぇ?おっかしいなぁ?ちゃんとあの時話してなかったっけぇ?」
「師匠、どの時ですか?」
「だ、だから、あの時はあの時だよぉ!うんうん、あの時あの時。うん、やっぱりあの時に間違いない!!そうだ、あの時だッ!!あの時な、あの時に、あの時ぬ、あの時ね、あの時の、のあの時だよッ!」
「師匠、意味が分かりません」
少女の目は明らかに泳いでいる。あからさまに怪しい様子で泳いでいる。そのまま大海原を泳ぎ切りそうな勢いで泳いでいる。
挙動不審ここに極まれり…である。
そして詰め寄るハロルドに少女は大人しく白状していった。それは先程までの攻守が見事に交代した瞬間だった。
しかし少女から齎されたその内容はハロルドに取っては衝撃的な事実だった。
よってその詳細にハロルドは顔面から血の気が引いていき終には顔面蒼白になっていった。
「ななな、なんで私闘の筈が、よりにもよって陛下の前で行う事に?どこでそんな風に変わったのです?」
「よりにもよってなんで陛下の御前で?」
ぷしゅう
ハロルドは必死だった。変えられるのであれば御前試合という条件を変えたかった。
いや、むしろこの少女に闘いを挑んだ過去を変えたいとさえ考えた。
いや、でも型を覚えて前より強くなれたのだから過去を変えたら…などと考えた結果、ハロルドは無言になった。
混乱と後悔と感謝など様々な感情が堂々巡りとなって頭は既にパンク寸前だったからだろう。
更にはパンク寸前をこじらせ頭の天辺から湯気が吹き出るかと思う程にオーバーヒート気味だったのかもしれない。
いや、確実にそうだったと言いきっておくことにする。
「で、でもね!そこにはルミネも来るしアスモデウスさんも来るんだから、2人に強くなったって認めてもらうには絶好の機会じゃない?それに、今のアナタなら、負ける気がしないでしょ?」
「「でも」じゃないですよ!ジェルヴァ様はこのルネサージュ家で右に出る者はいないと称される白銀騎士ですよ?そんな方と戦うのだって恐れ多いのに、しかも陛下の御前だなんて。あああ、畏れ多い」
「まぁまぁまぁ、大丈夫よ、だーいじょーぶッ!」
少女は明るく朗らかに振る舞い、そこに少量のドモりをアクセントに加えて話しを堂々と逸そうとしていた。
一方のハロルドは先程までの精悍な顔付きとは打って変わって、今にも泣き出しそうな表情からは自信が無くなっているのが見て取れた。
「くすッ」
「ハロルドったまるでコロコロと機嫌が変わる犬の様で可愛いわね。ふふふふっ」
「師匠?なんか良からぬコトを考えてます?」
「そ、そんな良からぬコトなんて考えてないわよ?!失礼しちゃうわねッ。ぷんぷんっ」
「だって、さっきから悪っるい顔してますよ?」
「な・ん・で・す・っ・て・ぇ・?こんな可愛くて可憐で儚げな乙女に向かって、悪っるい顔だなんて失礼にもほどかあるわッ!ふんすっ」
「でも、ルミネの為に強くなるんでしょ?それならば、アタシが教えた事を忘れなければ必ず勝てるわ!」
「どんな逆境でも心が負けなければ勝機は見えてくるものよ!諦めない心を持ちなさいッ!」
「はい……」
「アナタはアタシにずっと打たれ続けたでしょ?それでも諦めなかった。諦めなかったからこそ型も修得出来た。その根性があるなら家中で随一の騎士であっても負けるとは限らないわ。胸を張って立ち向かいなさい!」
ばんばんッ
「アナタの実力も才能もアタシが太鼓判を押してあげるんだからッ!!だから弱気にならないで頑張んなさい!!」
ばんばんばんばんッ
「げふっげふっ、師匠痛いですってば」
「お返事わ?」
「ハイッ!」
「うむ、よろしい。あははははッ」
当日、少女はハロルドと共に転移魔術を使って王都ラシュエにある魔王城に来ていた。
ちなみに少女の使う転移魔術はルミネの扉とは違い形状はサークルだ。
少女はルミネ同様の扉を出せる様に頑張ったのだが、どう足掻いても創り出す事が出来なかった。だから仕方なくサークルでの転移で妥協したのだった。
少女としてはサークルより扉の方がカッコいいと思っていたのだが、出来ないものは仕方ない。
苦渋の決断を断腸の思いで諦めた。いや、そこまで大袈裟ではないが…。
サークルでの転移は近距離しか出来なかったが練習に練習を重ねた事で、一度行った事のある場所なら行けるようになっていた。それをハロルドの修行と並行して練習していた少女だった。
「師匠、流石です!ルミネ様と同じ転移魔術が使えるなんて!」
がすッ
「ぐふっ。師匠…何故?」
「突然、耳元で大きな声を上げないでよッ!!咄嗟に手が出ちゃうからッ!」
ハロルドの声は大きい。その声の大きさに驚いた少女は、思わずハロルドの腹に軽めのボディブローを見舞っていた。
よって、ハロルドはとばっちりを受けただけだ。
少女は魔王城に来た事がないハロルドと共に、城内に設営された御前試合の会場に向かっていた。
会場に着くまでの間に知り合いとすれ違わなかった事もあり、2人は終始無言で向かっていた。
ハロルドは緊張の余り腹痛をもよおしているかの様に自分の腹を擦っているが、別にトイレに行きたいワケではないのはのご存知の通りである。
会場に着くと少女は絶句した。いや、それ以外に表現が出来なかった。
何故なら会場の広さもそうだが観客がいるのだから。
流石の少女もそこまでは考えていなかったと言える。
「貴女達、どうやってここまでいらしたの?城にお迎えにあがったらいなかったから探してしまいましたわよ」
「あっ!久し振りルミネ。元気してた?」
「ここには転移魔術できたのよッ!ルミネが貸してくれた魔導書の中に転移魔術についての記載があったでしょ?だから勉強して使えるようにしたのよ。便利だと思ったから!」
「あぁ、そう言えば貸しましたわね。でも、いくら魔導書が読めるようになったとはいえこんな短期間で使えるようになるとは…流石としか言いようがないですわ」
「えへへ、凄いでしょ?」
「えぇ、流石は御子様ですわね」
「師匠が巫女?」
会場に着いた少女達に声を掛けてきたのはルミネだった。
ルミネは少女が転移魔術を使えるようになったのを知らなかった事から多少驚いていたが表情にも言葉にも出していない。
一方で突然のルミネの登場にハロルドはオドオドとしていた。
少女は久し振りにあったルミネに対してテンションが上がりウキウキとした表情で会話している。
一方でハロルドの頭の中には疑問が浮かび上がっていた。
この時点でハロルドは当然の事ながら少女に関する事をまだ知らない。知っている事と言えばヒト種である事と、アスモデウスの賓客という事。
更にはめっぽう強く叙勲式に呼ばれたという事。
それくらいだ。
だからこそ「御子」を「巫女」と勘違いした事により、より一層「師匠は一体、何者なのか?」という疑問が強まっていった。然しながらその一方で刻一刻と近付く試合開始に向けて緊張が高まっていくのも事実だった。
「それでは、わたくしはこれで、一旦研究所に戻りますわ。これでも最近は忙しいんですの」
「えっ?ちょっとルミネ待って!」
「どうされましたの?」
「ハロルドの闘いを見ていかないでいいの?」
「それは一体…まぁ、そうですわね。そうしたら御子様にお付き合い致しますわ」
少女はルミネの言葉に「それに興味ないですもの」と聞こえた気がした。それではあまりにもハロルドが可愛そうに思えた。
だから引き留めた上で、ルミネの心に引っ掛かるような言い方をした。
もとよりルミネは興味が一欠片も無かったので観戦するつもりはなかったが、少女の言い方が少しだけ気になっていた。
拠って気持ちを切り替え少女に付き合う形で、観戦する事にした。
会場にはハロルドだけで入っていった。反対の入り口からは対するジェルヴァが入ってきていた。
2人の入場と共に観客からは野次が次々と飛び交っていった。決して応援や歓声ではなく「野次」だ。
混沌と破壊と殺戮を主たる目的とする魔族ならではの光景とも言える。だからこそ少女はそれを見て改めてここが「魔界」だと再認識せざるを得なかったとも言える。
そんな野次が飛び交う中、2人が会場の中央で相対すると、会場は先程までの野次が嘘の様に静まり返っていった。
「皆の者、大儀である。此度の御前試合は皆への娯楽として今回、開催する事にしたものである。強き騎士とそれに挑むチャレンジャーの勇姿を皆に見てもらおう!」
「ジェルヴァ、ハロルド、共に準備は良いか?」
「ハッ!」 / 「はいッ!」
「それでは、始めえぇぇい!」
「さてハロルド、たったの20日間で貴様がどれ程の者になったか見させてもらおう!」
「ジェルヴァ様、胸をお借りしますッ!」
「いざ、参るッ!」
開始と共に先制をしたのはジェルヴァだった。ジェルヴァが手にしてる得物はスピアと呼ばれる騎士槍だ。
それの刃先は先端にしか無いが長いリーチを持ち、突く、斬る、払うが可能な武器だ。拠って両刃の片手剣を得物として選んだハロルドにとっては相性が非常に悪い武器と言えた。
ジェルヴァから繰り出されて来る「突き」は非常に鋭く、間髪入れずに連続で繰り出されていく。
そのせいでハロルドは自分の剣の間合いまで距離を詰める事がとても難しく序盤から苦戦を強いられる事になった。
ジェルヴァは緩急を付けずに定速且つ連続で、突きを次々に繰り出していた。それはまるで突きによる弾幕のようだったと言い換えられる。
ジェルヴァは当然の事と言えるがハロルドを下に見ていた。侮っていた。慢心していた。
拠ってジェルヴァが慢心を持たず、間合いの有利を計算した上で戦略的に闘っていたら、ハロルドは善戦する事など出来るハズもなく負けていたかもしれない。
それほどまでに2人の実力差や経験の差がある事は否めない。
だがそれをせず、連続で単調な突きを繰り出すだけの攻撃では、以前のハロルドであれば手も足も出なかっただろうが今は違う。
因ってその連続突きが1度も当たっていない事に気付いた時、ジェルヴァの中に焦りが生まれていった。
焦りは焦りを呼び、その焦りは正確な判断を鈍らせていく。
一方でハロルドは攻撃に出る事なく、ジェルヴァの全ての動作を視る事に集中していた。
ハロルドはジェルヴァのその動きを視た。
ハロルドはジェルヴァのその攻撃のクセを視た。
ハロルドはジェルヴァのその間合いを視た。
ハロルドの行動はまるで少女との修行を反復するかの様に視る事のみを行って、ジェルヴァの動きそのものを見極めていく。
拠ってハロルドが見極め終わった時にはお互いの立場は逆転していた。
ジェルヴァから放たれて来る弾幕を躱し、ハロルドはそのタイミングで間合いを徐々に詰めていく。
それを幾度となく繰り返し、焦りから判断力を鈍らせていたジェルヴァが気付いた時には、既にハロルドの間合いの中にジェルヴァは捕らわれていた。
ジェルヴァがその事に気付いた時、ハロルドの身体が揺れた。
ジェルヴァは咄嗟に危険を察知しハロルドに渾身の突きを繰り出していく。しかし、そこにいたハロルドに突きは当たらない。
だが一方で、ジェルヴァの視界には突きがハロルドに突き刺さった様に見えていたのであった。
「殺った!これでッ?!」
「流水の型ッ!」
「ぬっ!なんとッ?」
しゅぱんッ
「くっ!だがッ!」
きィん / だッ
ジェルヴァからしてみれば不思議な光景だったかもしれない。渾身の突きが刺さったハズのハロルドから声が響き、そのハロルドから放たれた斬撃が自分に向かって来たのだから。
ジェルヴァはハロルドからの斬撃が当たる刹那に咄嗟に後ろに飛んでいた。更には身体を翻しスピアを軸に身体を反して衝撃を逸した。
一連の動きはハロルドが未だ持ち得ていない、経験という絶対的な差によって齎された回避行動だった。
ジェルヴァは咄嗟の回避行動に拠って、負ったダメージは非常に少なかった。拠って膝を付くことなく直ぐに構えと呼吸を整えていく。
ハロルドからの追撃を想定したのかもしれない。
そしてジェルヴァはここに来て初めて、ハロルドに対して抱えていた慢心や油断、傲りといった全ての優越感情を捨てた。
要はハロルドを1人の強敵と認識し、先程までの自分を恥じていた。
「よもや、これ程に成長していようとはな。正直驚いたわ。では、これよりは全身全霊を込めて撃たせてもらおう」
「はい、再び胸をお借りしますッ!」
ジェルヴァは全身全霊で撃つと言った。それによりスピアを両手で持ち腰の高さで構えると微動だにしなくなっていった。
そして更にジェルヴァはオドをその身に纏い、自身を強化してバフを掛け機会を窺っていく。
その構えに拠ってハロルドは迂闊に手を出せなくなったと言える。
「ふむ、まさか「流水の型」を撃てるとはな。お前が教えたのか?」
「えぇ、20日間で全ての型を仕込んだのよッ!アタシってば凄いでしょ?えっへんっ」
「ほほう?お前でも攻撃の型全てを覚えるのに1ヶ月以上かかったのにな。なかなかに才ある若者だな」
「うっ…。父様、それは言わない約束でしょ。何もからかわなくたっていいじゃない!父様のいぢわる!!ふんだッ」
魔王ディグラスが試合を観戦している所にはアスモデウスやルミネもおり、それ以外にも複数名いるが少女に名前と顔が分かる者はいなかった。
魔王ディグラスは今も型を使ってくれている娘が誇らしく嬉しかったが、そこを褒めれば付け上がると思ったので敢えて逆のコトを言ってみた。
拠ってディグラスのその揶揄う様な言い草に少女は少しだけむくれていた。
「でもでも、ハロルド、ちゃんとルミネも見てるから、ガンバレッ!」
会場はざわついていた。至る所から野次が飛んでいた。何故ならばジェルヴァが構えてから一切の時が止まったかのように2人共に微動だにしなくなっていたからだ。
しかし、その時は唐突に訪れた。
「ハッ!」
しゅ…ぼッ
「流水の型!」
「くっ!」
きぃぃぃぃぃぃん
ぶしゅあっ
先に攻撃を繰り出したのはやはりジェルヴァからだった。研ぎ澄まされた一突き。間合いが長い故の虚を突く一撃。
しかしハロルドもその突きを流水の型を使っていなす。
が、虚を突いたジェルヴァの突きはハロルドが出した「虚」すらも穿ち、ハロルドの脚目掛けてひた疾走っていく。
いつしか会場のざわつきは嘘のように収まり静まりかえっている。
「やっと、貴様に当てる事が出来たわ」
「ぐっ」
ぼたたたっ
ジェルヴァの放つ言葉と共にハロルドの脚には鈍い痛みが奔っていた。
ハロルドの脚目掛けて疾走ったスピアは、咄嗟に受けたハロルドの剣によって脚を掠めただけだった。
だが自身を強化したスピアの一撃は掠めただけでも充分過ぎる程にハロルドの脚を抉っていた。
「さてこれで貴様の奇妙な動きも封じられよう。どうだ?覚悟は出来たか?いざッ参るぞッ!」
だッ
「このままじゃ、殺られるッ!」
「豪炎の型ッ!」
ジェルヴァはハロルドに向かって特攻していく。
ジェルヴァは先程の弾幕とは比べようもない威力と速さの連撃を放っていく。言わば、ハロルドの脚を抉ったスピアの突きと同等の突きに拠る連撃だった。
その1つ1つがまさに致死の一撃。その突きを1つでもまともに喰らえば立つことは疎か、生命すらも軽々と打ち砕くだろう。
そんな結末が見えて分かる程の一撃の繰り返しだった。
一方でハロルドは脚が抱える鈍い痛みから、「流水の型」では全ての突きを避けられるとは考えられなかった。
拠って別の「型」を使う事にした。
ハロルドが放った型はジェルヴァに向かって無数とも言える剣撃を浴びせていた。ジェルヴァの致死の突きとハロルドの無数の剣撃は容赦無く交錯し激しい火花を散らし楽器を奏でる様に音階を響き渡らせていく。
豪炎の型はハロルドの生命を散らそうとしている突きに対して逸らして弾いた。更にはいなしては撃ち返し、スピアの切っ先を撃ち落としていく。
ハロルドはそのまま間合いを詰めるべく痛みを伴う脚に力を入れ歩を進めていった。
ジェルヴァは自分のスピアがハロルドに一撃たりとも届いていない事は分かっていた。
然しながら今ここで突きを止めれば、一歩でも後ろに後退すれば、無数の剣撃が襲ってくる事も同時に理解していた。
だからこそ互いに一歩も譲らず、互いの技を撃ち続け競り勝つ事でしか、勝機を得られない事を理解していた。
それは生命がけの意地の張り合いと言えるかもしれない。
2人の撃ち合いは果てしなく続く。どちらかが撃つのを止めた段階で「勝敗が決着する」と、それを見ていた者達全てが考えていた。
先に体勢が崩れたのはハロルドの方だった。先の一撃に因って抉られた脚が保たなかったのだ。
ジェルヴァは脚が崩れたハロルドに向けて致死の突きの連撃を見舞っていく。
当のハロルドは自分の生命を奪うべく向かって来る突きを視ていた。
ただひたすらに視た。視た。視た。
その結果出した行動は「破竜の型ッ!」と、決して無駄ではない足掻きだった。
ハロルドが放った「破竜の型」はジェルヴァが放ったスピアを強制的に捻じ曲げ、強制的に軌道を逸した。それに拠って耐えられなくなったスピアは砕かれ、不可避の刃はジェルヴァに届いた。
こうしてここに勝敗は決した。
バタっ
「はぁ、はぁ、はぁ。小生がジェルヴァ様に勝つ事が出来るなんて信じられない」
がっ
カランカラン
ジェルヴァは盛大に音を立て仰向けで大の字になって倒れていった。ジェルヴァの胸には獣の爪に引き裂かれた様な3本の傷が縦に奔っていた。
ジェルヴァの砕かれたスピアの先端は空中でクルクルと回っていた。上昇する運動エネルギーを使い切ったそれは、ジェルヴァの近くに鈍い音を立て突き刺さると反動から軽い音を立てて転がっていく。
こうして決着は付き、波乱の幕引きに会場には大歓声が巻き起こっていった。
「ば、馬鹿な。こんな事は…。こんな事は…認めない。認めない。認めないッ!我は認めんぞおぉぉぉお!!!!」
と叫びたいアスモデウスだったが、魔王ディグラスが横にいる手前、そんな感情表現は無理だった。
そこで少女の事を睨みつける事だけがアスモデウスに取って唯一精一杯に出来る悪足掻きだった。
少女はその光景を心の中では「ふふふッ」と嗤いながらも、アスモデウスの事は見てみぬフリを貫き通していた。
「勝者、ハロルド!」
「さてルミネよ、2人を治療して貰えるかな?」
「はい、畏まりました陛下」
しゅうん
ディグラスは皆に聞こえないようにルミネに小声で治療を依頼すると、ルミネは扉で会場の中に転移していった。
「なぁに、紅くなってんだか」
「でもま、よく頑張ったね」
「ハロルド、おめでと」
こうして勝敗が決した事で勝者のハロルドは魔王ディグラスから、王都での仕事を申し付けられルネサージュ家の軍属から外れる事が決定した。
の・だ・が、ハロルドは今回の御前試合の詳細をはぐらかされて聞き忘れていた事からそんな報酬のコトなど知る由もなかった。
そして敗者のジェルヴァに対しては特に何も褒美などは無いのだが、折れたスピアの代わりが贈られる事になった。
拠って自分の配下が准貴族になるという、アスモデウスの野望は潰えたのだ。
だが、この話しはここで終わらない。闖入者が現れたのだ。
「陛下!!もし宜しければ、我輩があの者と闘う事をお赦し下さい」
「あの者達の闘いを見て、我輩は胸が熱くなりました。是非とも闘わせて下さい!」
「はぁ、お前も大概だな」
「好きにせよ」
「陛下!有り難う御座います」
だっ
「さぁて、ハロルド!次は俺が相手になるから掛かって来い!」
「父様、あれ誰?」
「聞くな。ただの困り者の戦闘狂だ。はぁ」
御前試合から2日後
「やぁ、ハロルド!やっと起きたわねッ!!」
「うぇ?し、師匠?!えっと、ここは、どこです?」
「あら?ハロルド覚えていないの?御前試合の2試合目の事」
「えっ?2試合目って何です?」
ハロルドは見知らぬベッドの上で目を冷まし、そこにいた少女に驚いていた。しかし少女が言った2試合目が何の事か分からなかったハロルドは、そのままオウム返しで聞き返すだけだった。
-・-・-・-・-・-・-
「素晴らしい闘いだったぞ、ハロルド!回復してもらって傷は癒えたか?それならば、今度は俺が相手だ、掛かって来い!」
会場に乗り込んだベルンは否応なしにハロルドに斬り掛かっていった。
ハロルドは突如として現れた闖入者に戸惑っていた。然しベルンの攻撃はなんとか視る事が出来た。そして躱す事も出来た。
だが、それだけだった。
ベルンの通常の攻撃は躱せてもベルンが最終的に放った流水の型は躱せなかった。
拠ってまともにその身に受け、そのまま意識を失っていた。
少女はハロルドに教えてはみたものの何もかも忘れてしまっている様子だった。拠って少女は頭を抱えてしまった。
「はぁ、全くなんて事かしら」
こんこん
「入るぞ!起きたようだなハロルド」
「いや、すまなかった。まだ「型」を覚えて20日あまりだったそうだな。あのジェルヴァを倒す程の腕なのだから、「型」に対しても慣れてると思って、つい本気でやっちまった。許せよッ!」
「は、はぁ……」
「ちょっとハロルドは記憶を一部失くしてるみたいなのよ。誰のせいとは言わないであげるけど」
「な、なんだって?!ま、まぁ、いずれ思い出すさ」
「ところで、貴方様は一体?」
「ん?俺か?俺の名はベルン。ベルン・ラルダグリフだ。宜しくな、ハロルド!」
「で、何をしに来たのよ?ハロルドの見舞いってワケじゃないんでしょ?」
「おっと、そうだったそうだった忘れる所だった。ハロルド、お前に辞令を持って来たんだった。受け取れ」
「辞令?」
「ところでアンタ、今度俺と闘らないか?」
「アタシと?じゃあ、父様が許可くれたら相手してあげるわッ」
「くっ。それは卑怯な」
ハロルドは何故辞令が渡されたのか当然の事ながらサッパリ分からなかった。まぁ、それはその通りでその光景を見ていた少女はニヤニヤしていた。
然しながら、突如として少女と闘いたいと言い出したベルンに拠ってそのニヤニヤは消化不良になってしまった。
「 辞令
ハロルド・ウェスタージュ
上記の者、王立研究所管理官付きの護衛に任ず。
それにより、ルネサージュ家の軍属を解くものとする。 」
「良かったじゃない、ハロルド!」
ばんばん
「これで兵役後も奉公人に戻らなくて済んだわね!」
「あっ!?そうか!その通りですね!ありがとうございます、師匠!」
「あ、そうだ、後で陛下が自室に来いって言ってたぞ」
「ま、それじゃ、俺は仕事に戻る。じゃあな」
ハロルドは何か妙な引っ掛かりを覚えたが気にする余裕が一気になくなった。何故なら、陛下の自室に行く事の緊張に全てが負けたからだ。
コンコン
「開いているから入ってきなさい」
「し、失礼致しますです、へ、陛下。あの、わ、小生めに一体、どの様なご用件で御座いますのでしょうか?」
「ぎゃはははは。何、ハロルドその変な言葉遣い。もう笑わさないでよッ。くっくうぅぅぅ、お腹痛くなっちゃうじゃないッ!けらけらけら」
「うぉっほん。うむ、そんな所で硬くなってないでいいから、中に入ってきなさい」
魔王ディグラスの言葉に促されハロルドと少女は部屋に足を踏み入れると、そこにはルミネの姿があった。
少女はツボったらしく笑い転げていた。