トモニアルモノノネガイ ν
これは次の日の早朝の事。
朝早くに起きた少女はアテナに連れられて、アテナの神殿の最下層にある浴場へと足を運んでいた。
アテナは浴場の入り口の扉を、「何があっても死守するように」と従者に厳命し、少女と共に中に入っていった。
扉の先には脱衣所があり、二人はそこで装備品を全て外し、インナーや下着を全て脱ぎ、一糸纏わぬ姿になると浴場へ入った。
少女はアテナの裸をチラ見していたが、非常に自虐的になりかけたので見る事をやめた。
「うわぁ、凄い!」
「凄く幻想的!!まるで楽園みたいねッ!」
「はっはっは。そこまで褒めてもらえると恐縮だな」
その浴場は地下にあり、採光用の窓も無い。だから暗く、その細部まではよく見えない。
分かる範囲で言えば質素な造りの浴場だと言えるだろう。
だが、それでは「楽園」と呼ぶには遠く及ばない。ただの「洞窟風呂」と言い換えても不自然はない。
よってその真髄は、広い場内に浮かぶ凄く幻想的な光にある。少女は中に入るとその光景にあてられ、直ぐに感嘆の声を上げたのだ。
「ねぇ、アテナ、この光は何が光っているの?」
「凄く不思議ね。触ると感触のある光だなんて」
少女はフワフワと浮かんでいる、色とりどりの光が当然の事だが気になった。だから指先でツンツンと突っつくが光は質量を持っているのか、その指に弾かれ辺りに余韻を残しながら漂っていく。
「それは微精霊の放つ光だ。この浴場は神聖な空間だからな、自然と微精霊達が集まって来るのだ」
「微精霊?精霊族の幼体ってコト?」
「あぁ、そうだ。さぁ、こっちにおいで。身体を洗ってあげよう」
「えっ!?/// ちょ、恥ずかしいわ///」
「ははは。知らないん仲じゃないんだ。それに、いとこ同士の親睦を深めるだけだ。さ、おいで」
アテナは甲斐甲斐しく少女を洗っていった。途中で、少女の敏感な場所にアテナの指先が当たり、少女は甘い声を漏らしていた。
少女としては凄く恥ずかしかったが、アテナの優しく繊細な指先遣いには抗えず、身を任せていく。
「よし!頭は洗い終わったぞ。どうだ?気持ち良かっただろう?」
「アテナさん、上手すぎぃ。トロけちゃいそうなくらい気持ち良かった」
「よしッ!次は身体も洗ってあげよう!」
「えっ!?ちょちょちょ、流石にそれは恥ずかしくて死んじゃう///」
「そうか?死なれては困る。なら、背中だけ流させてくれ!」
そんなこんなで久々に、髪と身体を洗ってサッパリした少女は、浴槽に張られた湯の中にゆっくりと足を浸していく。
その指先でその温度を確認すると、そのまま湯の中に肢体を沈めていった。
アテナも少女の後に湯に足を浸けると、「ちゃぷん」と言う音を立てて少女の横に座った。
「うわあぁぁぁぁぁ。生き返るうぅぅぅぅぅ。やっぱりお風呂っていいわねぇ~」
「そんなに喜んで貰えるなら、ウチとしても嬉しいものだな」
「ねぇ、アテナさん。さっき、ここは「神聖」な空間って言ってたけど、アタシが入って良かったの?まぁ、今更なんだけど……」
「なぁに、問題は無いさ。ここは祭事の前日にしか使われる事がない浴場だ。従って普段は使われる事もない。それに同性同士なんだから気構える必要もないさ」
「祭事の前日?」
「ここはウチが祭事の前に身を清める為の場所だから、今まではここにウチ以外が「入る事がなかった」だけの「神聖さ」って事だ」
「アテナさん専用の浴場かぁ。それはそれで羨ましいと言うかなんというか」
アテナは笑顔で少女に対して言の葉を紡いでおり、やはりその顔は美しい。一糸纏わぬ姿であってもその表情は凛々しく、少女はそんなアテナの姿に見惚れてしまう程だった。
「まぁ、微精霊達はウチから放たれている力に寄って来ているから、他の者がいれば少し驚いているかも知れん。でもそれは大した問題ではないさ」
「えっ?そうなの?アテナさんがご飯なの?」
「ぶっ。ははははは。ウチがご飯……か。まぁ、言い得て妙だな。確かにそうかもしれん。神族は天使族や精霊族とは縁が深いからな。持ちつ持たれつと言うヤツだ」
「ところで、一緒に風呂に入った仲だ。改めて言ってもいいか?」
「改まってどうしたの?アテナさん」
-・-・-・-・-・-・-
「風呂?風呂に入りたかったのか?」
コクンっ
「今日はお祖父様のところで汗かいちゃったし臭いかなって」
「ひゃっ///」
少女は顔を真っ赤にして、凄く恥ずかしそうに「モゴモゴ」と紡いでいた。
アテナとしてはその姿が、とてもいじらしく思える程だった。
だからアテナは少女に近付くと、その髪の毛をその手で梳き、手で掬い上げた髪に自分の鼻を近付けていった。
少女は近寄ってくるアテナの顔に胸の鼓動が高鳴るだけでなく、「クンクン」と匂いを嗅いだアテナに対して耳まで真っ赤になっていく。
「ちょ、アテナさん……恥ずかしいってば///」
「別に臭くは無いぞ。むしろ良い香りがすると思うのだが?」
「ちょ、そんなコトっ/// でも……」
「分かった!それなら明日、起きたら風呂に入ろう。今日はこれから夜になる。そうなれば、誰かが覗きに来るやも知れんからな」
「それで良ければ、朝入れるように準備をさせておこう。それでいいかな?」
「うんッ!ありがとうッ!!」
少女は笑顔でアテナに紡ぎ、アテナは満足そうに微笑んでいた。それが昨日の「やりとり」であり、そして今に至るのだった。
「いや、そのなんだ。その「さん」付けは他人行儀な気がするのだ。だから、ウチのコトは……もっと気さくに呼んで欲しいと思っているのだが、ダメだろうか?」
「えっ?それじゃあ、アタシのコトを「貴女」って呼ぶのも他人行儀じゃない?アタシのコトを「アルレ」って呼んでくれるなら、アタシもアテナって呼ぶようにするけど、どうかしら?」
「あ、アルレ……」
「なぁに?アテナ」
「ふっふははははは。なんだか気恥ずかしいモノだな」
「えへへ。ホントね。うふふふふ」
その後、アテナと少女は浴槽に浸かりながら、様々な「ガールズトーク」で盛り上がった。
その結果、少しばかり長湯をしたが2人揃って湯から上がり浴場を後にした。
「ありがとう、アテナ。お陰でサッパリした」
「こちらこそ、ありがとう。実に有意義な時間だった」
2人はそのまま咲いながら声を交わしていく。それはまるで仲の良い姉妹のようであり、付き合いたてのカップルのようだと言えるかもしれない。
まぁ、誰とも付き合ったコトがない2人なので、そんなコトは未経験だろうが。
そんな他愛もない話しをしながら、2人は身体を拭きその肢体に装備を纏っていく。
少女は着替えの下着が装備と共に置いてある事に驚いていたが、アテナは少女を見ると一度だけウインクをしていた。
「もう、ホントにありがと、アテナ」
2人は浴場から少女の部屋に戻って来ていた。浴場から戻ってきた後、少女の部屋で2人揃って朝食を食べる事にしたからだ。
少女にとって「神界」に来てから、初めて1人で食べない食事は凄く新鮮だった。
「アテナのお父様は最初にアタシが行こうとした「神殿」にいるって事でいいのよね?」
「あぁそうだ。父は昼間は基本的には「神殿」の中にいる。まぁ、女性を見付けるとふらふら出歩くコトもあるらしいが、本来は「神殿」の中だ」
「そう、分かったわ。ありがとう」
「これから行くのか?」
アテナの言葉に、少女はアテナの目を見据えて頷いた。少女はそこはかとなく緊張している様子で、その表情は強張っている。
然しながら少女の瞳には強固な「意志」が宿っており、アテナは「なんとかなりそう」な予感を感じ取っていたのだった。
ちなみに……少女が浴場から持って帰ってきた脱ぎたての下着は、どうするか悩ましかったので、取り敢えず机の引き出しに仕舞っておく事にしたと言うのは余談である。
「それじゃあ、頑張ってな」
「ありがとう、行ってきます!」
アテナは少女を神殿の入り口まで見送った。少女はブーツに火を点すと宙を舞うように空を駆けていく。
「神族のそれとは違う、奇妙な飛翔方法に変わりは無いが、その姿は相変わらず美しいな」
少女は一際大きな神殿の入り口の前に着地すると、そのまま中に入っていく。入り口には扉も無く、「御自由にお入り下さい」と言われているような気がしたからだ。
まぁ、勝手な解釈には違いないだろう。
穢れのない真っ白な神殿内には装飾や窓は一切無く、廊下には柱と柱に接合している真っ黒な燭台があるばかりで、基調としてはモノトーンな世界。
唯一とも言える色彩を示しているのは、燭台の上にあるロウソクが赤々と炎を灯している情景だけだ。そして、その赤がモノトーンの世界に色彩を強烈にアピールしていた。
少女は歩速を均一にして歩き、長い長いモノトーンの世界を歩いていく。すれ違う者は誰一人としていなかった。
そしてその世界の終着点に、一際異様に大きな空間が広がっているのが視界に入って来ていた。
その空間の奥の方には階段が見えている。更に付け加えると、階段には紅い絨毯が引かれており、その階段の上の玉座に一人の男が座っていた。
この空間の中にいたのは、その男のみ。周りには誰一人として気配は無い。
言い換えるならば、勇者の襲来を単身玉座で待つ魔王……とでも言えるような情景だった。
「来たな?我が姪よ。朕の名はゼウス。ゼウス・イーグルアイ・オリンピアだ。このオリュンポスの最高神にして全知全能の神である」
「今日はそなた以外にはここには誰も来ない。先ずは遠慮せず言葉を交えようぞ」
ごくッ
つい先日、少女の事を追い掛け回していた男と、同一人物とは思えない程の気迫、そして圧力。
ウラノスともクロノスとも違った「圧」が少女に向けて放たれており、その小さな身体が感じる重圧は計り知れない。
「母様を解放してあげて下さいッ!」
「ならんッ!」
「アヤツは自身に課した「宣誓」を破った。それ故に幽閉されておる。それを認める事は罷りならんッ!」
「それならばせめて、アタシを母様に逢わせて下さいッ!」
「ならば、その力で、朕に証明してみせよ!朕の承認を得られる力を!」
ゼウスは「圧」と共に立ち上がり、手に持つ真霆神鞭を撓らせていく。
やはりどう見ても昨日とは別人にしか見えなかった。
「なるほどね、アテナが言ってた通りだわ。昨日の男とはまるで大違い。今日が本気モードってコトね?」
ドクンッドクンッ
「ヒト種の身で我が前に立った事を後悔させてやる。大いなる神族の力、見せてくれようぞッ!」
ゼウスは真霆神鞭をゆっくりと振り上げると、勢い良くその鞭を振るう。
概念を解放したワケでもないのに「雷霆」は空間一杯に広がり、少女に目掛けて全方位から強襲していった。
「ただの一振りでこれだけの力ッ!流石は神造兵器ねッ!なら、こっちも出し惜しみはナシよッ!」
「黒宙石・真絶神盾!」
「デバイスオン、シールドメイデン!!」
少女は2つの「盾」を用いて、自分の全方位をカバーする「盾」を形成していく。そこに向けて、「バリバリバリッ」と、大気を引き裂く轟音を立てながらゼウスの放った「雷霆」が少女に迫っていった。
そして、これらの行動は少女が導き出した戦略の一環だった。
-・-・-・-・-・-・-
「あの「真霆神鞭」を防ぐ方法ってあるのかしら?」
“生半可な力では無理だろう”
「何か手段はあるかしら?」
少女は神殿に向かう為に空を駆けながら、アテナの加護に問いを投げていた。
“「真霆神鞭」は神造兵器の中でも最高傑作と呼ばれているモノだ。ただしその実、力の根幹は雷撃と変わりない”
「雷撃なら、絶縁体を使えば守り切れるのかしら?」
“並の絶縁体では絶縁しきれないだろう”
「それならば、何か方法はあるの?」
“あるにはある。それは、自分のデバイスの中を見てみる事だ”
「デバイス?あぁ、随分前にドクに作ってもらったアレのこと?」
“雷撃とは即ち電気だ。電気はエネルギーであろう?”
「五つの力のコトね?えぇ、そうね。確かに真霆神鞭を電気発生装置と考えるなら、それは非常に有効だわッ!」
「ならば、神殿に着く前に調整は必須ね。知恵を貸してもらえる?」
こうして秘策を得た少女は、神殿に行く手前で少しだけ工作をしていたのだ。まぁ、この秘策が通用しなかった場合には策と呼べるモノはないので、完全に一か八かでしかなく、その場合はゼウス相手に「ゴリ押し」するしかないのは事実だ。
少女はクロノスと互角だったコトから、「なんとかなるだろう」と考えていたのは慢心だったのか、それとも……だがこれは余談である。
「デバイスオープン、S-M700type-R」
かちゃっ
「上手く調整出来ていればいいけど……」
“それを言ってしまっていいのか?”
「ま、それもそうね。これ以外の手段なんてないんだしねッ!ゴリ押し以外……」
少女の言の葉に反応し、デバイスから取り出されたのはスナイパーライフルをドクが魔改造したレールガンふうの何かだ。
これは本来であれば全長が1mを超える為に、デバイスに収納出来ないサイズなのだが、そこは魔改造の結果、マウントベースの辺りで折り畳む事で収納可能となっている。
まぁ、実弾を撃つのであれば本来はダメ構造だろうが、仕様的に実弾を撃たないのであればOKだろう。
ちなみにこの銃モドキは少女が「魔界」から帰ってきた折にドクに発注した一丁だった。
少女は自身のオドの総量を知り、オドを自在に操れるようになった事から、自身のオドを収束・圧縮して撃ち出す事が出来る武器として考案した物だ。
要は汎用魔力銃の完全上位互換版と言えるだろう。
だが、最終的にオドやマナだけに因われず、「エネルギー」であれば収束・圧縮出来るようにドクが勝手に仕様変更をしたのだ。
それはそれでグッジョブだったので、今回は電気エネルギーを射出出来るように調整してある。
それをアテナの加護と共に、ここに来るまでに終わらせていおたのだった。
然しながら、紆余曲折を経てその仕様になったので、実際の「レールガン」とは全く異なる特性になってしまっているのだが、呼称の中には「|レールガン《type-Railgun》」を保っていると言うのは余談だ。
ゼウスが放った幾重にも及ぶ「雷霆」は、大気すらも灼き尽くさんと縦横無尽に疾走り抜けていた。大気を灼く鼻を突く臭いと巻き起こされた煙がその姿を消した時、ゼウスはそこに無傷の少女を見て驚愕していた。
概念能力を解放していない雷霆であっても、流石に無傷とは思ってもいなかったからだ。
一方で少女は展開した2つの盾が集めた「雷霆」の電気エネルギーを、「S-M700type-R」に収束・圧縮していった。
「なッん……だとッ!?朕の「真霆神鞭」の雷霆を全て防いだとでも言うのか?」
「バカなッ!ありえんありえんありえんッ!」
「別に不思議なコトも、ありえないコトも存在しないの。だってそれは、なるようにしかならないんだからッ!」
「行くわ……よッ!アンタから借りた力をアンタに返してあげる!」
ゼウスは少女がその手に握っている「筒」の中に眠る、異常に高められた「力」の圧力を感じ取っていた。しかし一方でゼウスがその圧力に危機感を感じ取り、その身が回避行動に移す前に、少女はその「筒」のトリガーを弾いていった。
「ぱしゅうッ」と比較的軽い音と共に一つの電気玉が射出され、ゼウスの元へと疾走っていく。射出された電気玉は、回避が間に合わなかったゼウスの腹に、見事なまでに直撃していた。
拠って電気玉はゼウスに対して数千億ボルトにも及ぶ電圧の高負荷を掛け、その体内に数千万アンペアの電流を掛け巡らせたのだった。
通常の生物であれば、瞬時に焼け焦げ、生命活動を停止させる程の電圧/電流であると言えるだろう。だが、相手は「不死性」の概念を持つ神族である。
だからこそ、その程度の電撃でその不死性が失われる事は決してない。
た・だ・し、いくら不死性に拠って死なないとは言っても、ただそれだけのコトでしかない。
拠って雷撃はゼウスの身体を、超高電圧の高負荷として奔りその自由を奪った。付け加えるならば、超高電流は身体中を駆け巡り身体の中から焼き払っていた。
死なないだけとはそう言う意味だ。いくら死ななくてもダメージは負うし、マテリアル体を持つ以上、神経系の伝達に電気が使われるコトは、ヒト種も神族も変わるべくもない。
だからその「痛み」は恐怖を心象風景に焼き付け、オマケとして身体中の「毛」と言う「毛」をチリチリにしたのだ。
「さて、今の貴方の、その動けない状態の内に、昨日の魔術を喰らわせてあげましょうか?それとも承認を渡してくれるのかしら?」
「まぁイヤなら、不死性ごと完全に消滅させてあげてもいいわよ?そうすれば、女性に現を抜かしていられなくなるから、この世界の女性達の貞操は守られるわよね?」
「あぁ、でも自分からおねだりしてくれるのが好みなんだっけ?そうしたら、去勢してあげるってのも1つの手なのかしら?」
「は、はいぼ……くを、…み……とめ…、る」
少女はゼウスの数歩手前まで歩き近付くと口角を上げ、悪っるい顔で紡いでいた。それは昨日、多少なりとも辱められた事への怨嗟がそうさせたのか、はたまたただの嗜虐心なのかは想像にお任せしよう。
しかしゼウスはその言の葉を受け、回らない口を強引に回し、非常に滑舌悪く返す事しか出来なかった。
ここで拒否する事は、それこそ「死」以上に怖い結果を齎すのが目に見えたからだ。
高負荷に因る麻痺が解けると、ゼウスは直ぐに一欠片の石を渡した。その目は実にオドオドとしており、あれだけ逞しい肉体美を構成していた筋肉は萎んでしまっている様子だった。
そこには既に絶対的支配者としての様相はない。強者に怯える小さな小さな草食動物のようだった。
「こ、これをお渡し致しますので、何卒、貴女様のお母君に宜しくお伝え下さい」
「そ、それでは失礼致しますです、ハイ」
「なぁにあの格好?いいザマなのだわ」
「叔母様!」
「それにしても、やはり貴女は凄いのだわ!」
「叔母様、あの……、叔父様は、大丈夫ですかね?」
「あの唐変木にはいい薬になったと思うのだわ?だからそれを貴女が悔いる事も悩む事も必要ないのだわ」
ヘラは既にこの場にいない自分の夫に対して、冷たいセリフを吐いていた。
愛は既にそこに無いと感じられる一面だった。
「それにしても、あの唐変木から一撃も貰わないで倒してしまうなんて本当に凄いのだわ」
「それは、ただ……今回は武器の相性が良かっただけです」
「それに、叔父様が真霆神鞭を使わず、黒宙石製の武器で向かって来てたら倒せなかったかもしれません。だから本当に、武器の相性が良かっただけなんです」
きゅっ
ヘラは謙虚な姿勢の少女にとても感心した様子だった。力を誇示することなく、闘った相手を尊重するその姿勢に心を打たれたらしい。
だからこそ、ヘラは少女を抱きしめていた。
「本当にいい娘を授かったわね、ウェスタ」
「そうだ、叔母様!母様のいる塔って、ここからどうやって行けばいいんですか?」
「案内してあげるから、付いて来るのだわ」
ヘラはゼウスが座っていた椅子に向けて階段を昇っていく。少女はヘラの後を追い掛けていった。
ヘラは階段の一番上に到着すると、視線の先にあるモノを指で指し示していた。
ヘラの視線の先、指で示しているそこには、エメラルドグリーンに輝く門があった。
「あれは?凄く綺麗な色をしてるけど……門かしら?」
「あれは、タルタロスの門。本来であれば中は奈落へと繋がっているのだわ。でも奈落に落ちるのでは無く、「星屑の塔」へと繋がる道を開くのであれば門にある凹みに三つの「承認」を嵌め込むのだわ」
「それがこの欠片なのねッ」
少女はエメラルドグリーンの門へと近付き、その「凹み」を確認していく。
門には紋様が彫ってあり何かが描かれている様子だ。それは門全体に広がる円形の紋様であり、その円のⅩⅡの方向、Ⅷの方向、Ⅲの方向にヘラの言った「凹み」がある。
「綺麗な色。だけど、なんか不思議な色合いね」
「そしてこの先に母様がいるのね」
ごくっ
少女は門を見て呟きながら、手に三つの「承認」を握り締めていた。
少女は門のⅩⅡの「凹み」にウラノスの一欠片の宇宙を嵌める。
少女は門のⅧの「凹み」にクロノスの一握の黄金を嵌める。
少女は門のⅢの「凹み」にゼウスの一片の光輝を嵌める。
三つの「凹み」にそれぞれの「承認」が嵌まり、地鳴りを響かせながらその門の紋様が動き出し、回転していく。そして、右に270度回転した所で紋様の回転は止まり、門は静かに開いていった。
少女は門が完全に開き切ると、玉座の近くに佇むヘラの方を振り向き、様子を窺った。
ヘラは少女と目が合うと、何も言わずその頭をゆっくりと1回だけ縦に振ったのだった。
「行ってきますッ!」
「姉さんに宜しく伝えて欲しいのだわ」
門を潜った少女は永遠に続くとも思える程の階段を登っていく。あるのは階段だけで壁は無い。
階段の周囲には銀河のような星の煌めきが見えている。
どこまで登るのか?どこまで登ればいいのか?終着点は全く見えていなかった。
だが、少女の足取りは決して重くなかった。
少女の記憶の中に母親の姿は一切無い。その瞼を閉じても、母親の顔を思い浮かべる事など出来はしない。
故に一欠片の記憶すら残っていない。
だが、ここに至るまでの間、何度も何度も母親の影に救われた経験は、朧気ながらに少女の意識に焼き付いていた。
母親の姿形に匂い。声の表情や顔の表情……、そのどれ1つとして知る事なく育った少女は、あと少しでその全てを知る事が出来る。
永く長く続く階段を、ただひたすら登った先にいる自分の「母」に対して、思いを馳せながら歩を進めていく。
「どんな事を話せばいいんだろう?」
少女は一歩ずつ歩を踏み締めて先へ先へ、上へ上へと進んでいった。




