見極めとアリアとお勉強と無邪気な笑顔 ν
試験は無事に終わり、マムの講評は前回のクリスの時と同様に少女を「試験官兼監督役」とする事で決まった。
監督役まで付けた理由は、未だマムに対して魔族だと伝えていない事が大きな要因だった。
とは言っても、ルミネが実践試験を行う過程でトラブルを巻き起こした場合にのみ、監督不行届に於いて少女が罰せられるだけの話しだ。
結果として少女は「そんな気がしてたわ。まぁ、アタシが全責任持つって、言っちゃったしね」と心の中で呟いていた。
そして、少女はクリスの時と同様に、ルミネにもハンターとしての役目を教えていく事になる。
クリスは現代に生きながらも隔絶された村で生きて来た。その時代考証は過去の地球の歴史の中に於いて喩えるならば江戸時代の寂れた農村と言った感じだ。
江戸時代から現代に来たのであれば、文明の発展に伴う利器は使い方以前に存在も理解していない。だが、それらは教えればなんとかなるモノだ。
一方でその時代は戦国の世ではなく生命の定義はそれなりに重い。
故に価値観は多少異なるかもしれないが現代とさほど変わらない。
だが、ルミネはだいぶ違う。
価値観や倫理観は種族の違いからか、ヒト種とはだいぶ掛け離れている。
更に「魔界」と言う世界の性質から、時代考証は地球史に於ける中世のヨーロッパと言った感じだ。
文明の発展はそこまで進んでいないからそこはクリスと同じだが、独学でデバイスの機構を応用出来てしまうルミネにとっては、文明の利器を扱う事は造作もないコトだ。しかし中世ヨーロッパに於ける生命の定義は軽い。
だから種族の違いが倫理観や価値観を掛け離したのではなく、時代考証に因って掛け離されたのかもしれない。
とは言っても魔族自体が闘争に重きをおく種族に変わりはない。
要はそれを自制出来る精神力と理性を持っているかどうかが問われるのであって、思考はその時代に引き摺られるというコトだ。
拠って、現代の人間界で生きていく為の知識や知恵、倫理観や価値観といった事を全て教え切るのに時間が費やされる事になる。
その上で、ハンターの職務や認識、考え方等の「いろは」を教えていく。だからそれだけで、気付けば実技試験から数日が経過していた。
だがそれは、ルミネの頭のキレや回転があったからこそ数日で済んだと言うべきなのだろう。しかし、戦闘訓練に関しては行っていない。
ルミネは完全な魔術士系であり、戦士ではない。
剣の腕は一朝一夕で磨けるモノではないし、ルミネの魔術の腕は実力的に、魔導師のジョブを有している少女を軽く超えている。だから戦闘訓練よりはデバイスの操作方法程度で済ませていた。
ルミネは、勉強の合間を縫って屋敷に勤めるサラやレミとよく話し、一般的な知識や見解を取り入れていくコトを忘れなかった。
そして、爺とは最初こそ火花を散らしていたが、お互いの共通認識の事で話していく内に、徐々に打ち解けていった様子だった。
「ルミネ、今日は依頼に行くわよ」
「えぇ、分かりましたわ御子様!」
「ねぇ、ルミネ?ところでちょっと相談なんだけどさ……」
「御子様?改まってどうなさいましたの?」
「いや、やっぱりここは人間界なんだから、その「御子様」ってやめて欲しいなって思ったんだけど……」
「そうですの?でも、御子様のお名前をお呼びするワケには参りませんわ。その名を口にして宜しいのは限られた方だけですもの」
「それはそうなのよねぇ……」
「お嬢様、それでしたら、クリス様と同様になさっては如何がで御座いますかな?」
「クリスと同様?あっ!そっかそっか、その手があったわね!」
「クリス?誰かは存じませんが、その方とわたくしを同様になさるんですの?」
「クリスっていうハンターがいるのよ。で、そのクリスとも同じようなやり取りが前にあったのよ」
「そのクリスって方も御子様を御子様と見抜いた方なのですわね?」
「いや、そうじゃないけど…。で、それは置いといて、クリスにはアタシのコトを「アルレ」って呼んで貰ってるから、ルミネも「アルレ」って呼んでくれないかしら?」
「アル…レ?御子様のお名前をどの様にしてもじってもそうなりませんわよ?」
「あ、そっか!そう言えばルミネはアタシのミドルネーム知らなかったのよね?アタシのミドルネームは「アルレフォン」って言うのよ」
「まぁ!わたくしの名前に付けて下さった「ミルフォード」と同じようなモノなのですね」
「そゆこと。だからアタシのコトは「御子様」じゃなくて、「アルレ」って呼んでもらえるかしら?」
「わかりましたわ、アルレ様」
「い、いや、出来れば「様」もいらないんだけど……」
朝食を食べ終わり、雑談を終えた2人はセブンティーンに乗り込み依頼の依頼場所へと向かって行った。
その車中で少女はルミネに今回の依頼の内容を話し、ルミネはその内容を理解した様子だった。
今回の依頼は集合住宅に於けるクレーム対応であり、ルミネは少女の危惧を嘲笑うかのようにいとも容易く、そのクレームを解決してしまったのだ。まぁ、ルミネは心を読む事が出来るので、それを利用し解決へと導いたのかもしれない。
とは言っても少女は、そもそもクレーム対応は苦手だ。
どうせなら、ドンパチしてる方が性に合う。だから、ルミネの後ろで様子を眺めていただけだが、特に「問題がありそうな事は無かった」と言う事だけしか分かっていない。
要するにどうやって解決したのかなんて確認していなかったのだった。
試験官がそれでいいのかとも思うが、当の本人が「クレーム対応なんて面倒く……いやそうじゃなくて、取り敢えず黙らせとけばいいよね?」と考えているし、そんなスタンスなので仕方がない。
まぁそれが、トラブルメーカーの所以と言えるし、深くツッコまない方が身の為とも言える。
そんな依頼からの帰り道、2人は川原に佇む小さな女の子の姿を見付けた。
時刻はお昼時だからか、周囲には同じくらいの年齢層の子供はおらず、ただ呆然と川を眺めている女の子見た時に、少女はセブンティーンを道端に停め、ルミネの方を見た。
視線を感じたルミネは少女を見ると、黙って頷いていた。
「そこで何をしているの?」
びくッ
「ひっ!?えっ、あっ、あの……」
少女はルミネを伴って優しく女の子に話し掛けていく。
話し掛けられた女の子は驚いた猫みたいに身体を上下に揺らすと、警戒心を顕にしながら2人に視線を投げてきた。
「驚かせちゃったかしら?ごめんなさいね」
「車で走ってた時に、アナタが独りぼっちでいるのが見えたから、迷子かと思って声を掛けたのよ。こう見えても、アタシはハンターだからね」
「お姉さん達、ハンターなの?」
「えぇ、そうよ。神奈川国公安のれっきとしたハンターよ?」
「っ!?ちょ、ちょっとちょっとどうしたの?やっぱり迷子なの?お母さんやお父さんとはぐれちゃったの?」
女の子は先程までの怪訝そうな表情から一変して、一気に縋る様な表情になっていった。
少女は女の子の態度に異変を感じ、身体を屈めて女の子と同じ目線に合わせると優しく言の葉を紡いでいく。
「わたしは迷子じゃないよ?でも、お姉さん達が「ハンター」なら1つお願いがあるの」
「お願い?何かしら?」
女の子は縋る様な表情のまま、少女に言の葉を紡いだ。
少女とルミネは女の子の近くに腰を下ろして女の子のお願いを聞く事にしたのだった。
女の子は自分の名前をアリア・レヴィと名乗った。年齢は13歳でヒト種という事も話してくれていた。
少女達の認識では、もう少し幼いと思っていたが身長と幼い顔立ちのせいだったのかもしれない。
アリアの身長は少女を一回り小さくしたくらいだから、同じくらいの年齢の子供達からすると大分小さい事になる。
黒く大きな瞳と、セミロングのツインテールの黒髪が、より一層の幼さとあどけなさを演出している、そんなごくごく普通の可愛らしい女の子だった。
それ以外に特に目立つ外見はないが、その年齢の女の子からしたら想像もつかない程の憂いを帯びた雰囲気を纏っている事が、少女の心を「きゅっ」と締め付けていた。
アリアはどうやらこの近くに住んでいるらしく、父親はおらず母親と2人暮らしだという事が、話しを聞いていく内に分かった事だ。
そしてそんな2人暮らしのせいで、アリアの母親は朝から晩を通り越して朝まで必死に働いており、アリアはそんな母親に「楽をさせてあげたい」と考えているらしいという事も分かった。
「それで、アリアちゃんがさっき言ってた「お願い」って何なの?」
「わたし、魔術を使えるようになりたいの!魔術を使えるようになって、それでハンターになって、お母さんを楽させてあげたいのッ!」
「アリアちゃん…ろ」
「アルレさま?それならば、わたくしがそのお話し変わりますわよ」
「えっ?!ちょ、ルミネ?」
「アリアさん、わたくしが貴女に魔術を教えて差し上げますわ。それで良いかしら?」
ルミネの紡ぐ言の葉を聞いたアリアは「ぱあぁぁっ」と表情が明るくなっていった。
逆に少女の表情は「ずずずーん」と薄暗くなっていった。
少女はアリアに「ちょっと向こうで話しをして来るね」と優しく言うと、ルミネを連れてアリアに聞こえない場所まで距離を取った上で言葉を紡いでいく。
意味が分からないアリアは「きょとん」としていた。
「ちょっとルミネ、どういうつもりなの?「魔術を教える」だなんて安請け合いしちゃって大丈夫なの?」
「アルレさま、一体何を怒ってらっしゃるの?」
「アリアが必死にハンターになりたいと考えているのならば、安請け合いをしたらダメよッ!それに、ヒト種はみんながみんな魔術を使えるワケじゃないのよ?」
「ヒト種の中でも地球出身の地球人族は魔術特性がないのよ?それに魔術特性があってもマナを練る事も出来無い人だっているの。それなのに、「魔術を教える」なんて簡単に安請け合いしてもしダメだったら、傷付くのはアリアなのよ?分かっているの?」
「アルレさま、大丈夫ですわ。わたくしに「万事おまかせを」なのですわ」
少女は流石に熱くなった。ハンターを志すなら魔術は必要不可欠じゃない。ただ、使えれば戦術の幅が広がるし日常で便利なコトも確かだ。
一方で使えると信じて励んだのに全く使えない人や、使えるが全く目が出ずに挫折した人達を見てきたコトがある少女にとって、安請け合いは残酷過ぎるとしか思えなかった。
しかもそれがまだ13歳の女の子であれば無慈悲にも程がある。
しかしそんな少女の心配を余所に、ルミネは一言だけ発するとアリアの元に向かっていった。
「アリアさん、お待たせ致しましたわ。少し、魔術の適性を見ますから、立ち上がって目を瞑って、気持ちをラクにして頂けますかしら?」
「は、はい!」
きゅ
「じゃあ、始めますわ。絶対に目を開いてはいけませんわよ」
「はいっ」
ルミネはアリアに優しく言の葉を紡ぎ、その光景を少女はヤキモキしながら見守っていた。
ルミネはアリアの頭の上に右手を当て、人差し指を立てた左手はアリアの顔の前でちょろちょろと動いているだけだ。しかし、そんな儀式めいたものを少女は知らない。
何かの儀式を伴う魔術だろうか?ん?いや、待てよ…。
さっき、ルミネは「適性を見る」と言っていた。
それならば、魔術特性はもう既にあるという事を見抜いている事になるのだ。
「でも、どうやって、それを調べたと言うの??」
一通りの「作業」が終わると、ルミネはアリアに「もう目を開けていいですわよ」と伝え、目を開けたアリアは、興味津々な表情でそのつぶらな瞳をルミネに向けていた。
「アリアさん、あなたの中に魔術特性はしっかりありますわ。そして魔術適性…つまり扱える属性は水属性ですわね。五大属性のうち、複数の属性を扱える人は稀ですから、一般的な潜在と言えますわ」
「それに体内のオドも滞りなく巡っておりますから、マナを練る方法をちゃんと勉強すれば使えるようになりますわ」
ぱあぁぁ
「ホント?ホントに本当?わたしも魔術を使えるの?」
「えぇ、ちゃんとお勉強すれば…ですわよ?誰しも最初から何でも出来るワケではないんですのよ。わたくしも、アルレさまもちゃんとお勉強したから魔術も使えますの。だから、アリアさんもしっかりお勉強すれば一人前の魔術士になれますわ」
「ありがとう、おねぇちゃん。わたし、頑張るッ!」
アリアの憂いを帯びた表情は一時的かもしれないが明るくなった。そして年齢相応とも言える屈託の無い笑顔をみせていた。
その笑顔はとても眩しく、少女もルミネもつられて笑顔になっていくのだった。
少女達はそれから1時間位、アリアの「お勉強」に付き合ってあげた。そして夕方前にはアリアを家まで送って行き、そのままアリアに別れを告げた。
そんな帰り道での事。セブンティーンで屋敷に戻る車中で少女はルミネに対して徐ろに言の葉を紡いでいった。
「それにしても、流石はルミネね!」
「アルレさま、何の事ですの?」
「よく、アリアが魔術を使えるのが分かったなって思ってさ。やっぱり何かの魔術でも使ったの?そんな魔術あるの?あるなら教えて欲しいなッ!」
「それとも、本当にあの手を頭に当ててたヤツで分かったとか言ったりするものなの?」
「おほんっ。わたくしは今でこそマテリアル体ですが、魔族は本来、アストラル体で生きる種族なのですから、魂を覗く事なんて朝飯前なのですわ。だから前にアルレさまのドラ…執事が魂なんちゃらって言ってたのを覚えていらっしゃいませんこと?それと同じ事をしたまでですわ」
「だ・か・ら、魔術ではないので残念ながら教えられませんわね」
「でも、ただ見ただけで「使える」って言われても不信に思われてしまいますでしょ?だから何かしらの「儀式」的なものがあれば、アリアさんも信用してくれると思っただけのコトですわ」
「簡単に言ってしまえば「あれ」は…そう!言わば「ポーズ」ですわね」
「あっ!そう言えばそうだったわね。あぁ、もうすっかりルミネが魔族だってコト忘れてたわよ!あーおっかしぃ。えへへへへ」
少女は笑っていた。その笑顔はアリアが喜んで笑った時と似ていた。作り笑いや愛想笑いなどでは一切なく、「ただ単純に嬉しいから笑っている」そんな気持ちが前面に現れていた。
そんな屈託のない笑顔だった。
「やはり、わたくしは人間界に来て正解でしたわね。本当に本当に良かったですわ」
それから暫くの間、少女はアリアの住まう地域で依頼を探した。
そんな都合よくぽんぽんと依頼があるワケはないが、それでも依頼を見付けた場合には、それがどんな内容でも依頼を受注した。そして手っ取り早く完結させた。
当然の事ながら依頼は全てルミネと一緒に向かった。
しかし、その地域でどんな内容の依頼でも進んで受注はしたが、討伐系の依頼だけは無かった。だからルミネのハンター試験の「見極め」は、遅々として進んでいなかった。
だけれども少女もルミネもアリアの「お勉強」に、力を入れていた事もあって「見極め」は気にしないフリをしていた。
特にマムから何も言われていないし、実践試験自体に期間が定められていないから、それで問題はなかった。
ただ、ルミネが仮のハンターでライセンスを所持していないと言うだけだ。
ちなみに、報告書は全てルミネが書いてくれていたので、少女としては今のままの方が快適だったと言うのは余談だ。
少女達との何回目かの「お勉強」の時に、アリアは初めて魔術を使う事が出来た。それはとても小さな水の魔術だった。
アリアの稚拙な詠唱に拠って、直径5cm程の水球がアリアの指先に1つだけ現れたのだ。それは、名前も無いちっぽけな魔術ではあったが、アリアにとっては大きな一歩だった。
当然の事ながら、その大きな一歩にアリアは無邪気にはしゃぎ大喜びをしていた。そして少女とルミネも、まるで自分の事のようにアリアと共に喜んでいた。
傍から見れば仲のいい三姉妹が川原でじゃれている様に見えたかもしれない。まぁ、その場合、長女になるのは当然誰のコトだか分かるだろう。
そしてそれは当然不服だろうと思われる人間がいるのも事実だが、それは飽くまでも余談としか言いようがない。
アリアは「お勉強」を重ねていくうちに少女のコトを「アルレおねぃちゃん」、ルミネのコトを「ミルフおねぇちゃん」と呼ぶようになっていた。どうやら2人のミドルネームを呼ぶようにしたらしい。
しかしルミネは最初、「ミルフ」と呼ばれてもワケが分からなかった。
それはルミネが自分のヒト種としての名前を忘れていたからであり、「今後はそんなコトが無いようにしなければ」と心に強く念を押していた。
アリアが大きな一歩を踏み出したその日は、アリアの母親がアリアを迎えに来た。
たまたま夜の仕事が休みで、たまたま昼の仕事から早めに帰って来た時に、アリアが家にいなかった事から娘を探して川沿いまで来たのだった。
アリアの母親は余程アリアのコトを大切にしているらしかった。少女とルミネがアリアの傍にいるのを見た途端に走って近付いて来たほどだ。
まぁ、2人が迷子になっていたアリアを保護したと勘違いしたらしく、2人に何回もお礼を言っていた。
母娘は仲良く帰っていった。アリアは母親と手を繋ぎ、途中で何回も振り返ると無邪気に手を大きく振っていた。
その笑顔は天真爛漫で屈託の無いモノだ。だから、以前まであった憂いはもうどこにも感じるコトがなかった。
2人はそんな屈託の無い笑顔につられて、気付けば微笑んで手を振り返していた。
「ハンターの仕事はああいう笑顔を護る為にあるのですわね」
「えぇ、そうよ。いい仕事でしょ?」
「アタシ達はハンターとして、ずっと皆が笑って平和に暮らしていけるように努力するの。だから、あの笑顔はサイッコーのご褒美よッ!!」
「えぇ、全くいい仕事ですわ。改めてアルレさまには感謝しなければなりませんわね」
「えへへへへ。照れるなぁ」
車中で見た時刻は「18:00」を回っている。だが、だいぶ日脚が伸びた為にマジックアワーまではもう少し時間の猶予があった。
だから屋敷に重低音のエグゾーストノートが響き始めた頃になると、空は橙から紫に至るグラデーションで、光のコントラストを美しく競演している真っ最中だった。
そんな儚げな演者達が彩る空を見詰めながらルミネは物思いに馳せていた。
「本当に人間界に来て良かったですわ。それに、あの塔の上であの時、貴女と友達になれた事を本当に心から感謝しなければなりませんわね」




