友達と手紙と涙と報奨 ν
魔王ディグラスとルミネの話し合いの結論は結局のところ何も出なかった。拠って今後、何かが分かり次第そっちの方は話しを進めていく事になった。
「あら?こんな所で何をやっているんですの?」
「あぁ…ルミネおかえり。父様との話しは無事に終わった?」
「え、えぇ。終わりましたわ」
「それよりも、どうかなさいましたの?」
「うん、ここから、遠くの方に消滅した山の跡が見えるの」
「え?そ、そうですわね。ふふふ。あはは。何を黄昏れているのかと思いましたら、ふふふふふふ。あっははははッ」
王都ラシュエより戻ったルミネは、ルネサージュ城の塔の上で黄昏れている(様に見える)少女に声を掛けた。
声を掛けられた少女はまるで魂が抜けた抜け殻のような表情でルミネに対して返答していた。
ルミネは魔王ディグラスとの会話の中で少女を人間界に戻す方法が見付からなかった事を悩んでおり、てっきり少女もそれを心配しているのだと勘違いしていた。だが、返って来た解答は全くの想定外であり、不意打ちを喰らったルミネはこらえきれずに吹き出していた。
一方で突然笑い出したルミネに対して少女は「きょとん」とした顔でルミネの顔を眺めていたが直ぐに笑顔になった。
「なんだルミネ、そんな表情も出来るし、ちゃんと笑えるんじゃない!」
「はッ!?」
「そ、そうですわよ?あ、当たり前の事じゃないんですの?」
「あははははッ。おっかしー」
「な、何がおかしいんですの?」
少女は声を上げて笑った。
ルミネは少女に笑われているのが腑に落ち無い様子で、ちょっとだけ頬をむくれさせていた。
ルミネの白く柔らかそうな頬がリスのように膨らんだのを見た少女は更に破顔させていく。
「アタシさ…元いた世界じゃ仲間はいるけど…友達って呼べる人はいなくてさ。だから、こんな風に笑ったのも久し振りなんだ」
「そ、そうなんですの?」
「でも、それを言ったら、わたくしにだってそんな方はいらっしゃいませんわよ?」
「お父様は厳しいし、わたくしと同年代の方は周りにはおりませんもの」
「ちょ、一体どうしたんですの?わたくしが何か失礼なコトを申しましたか?」
ルミネは少女の瞳から一筋の涙が溢れたのを見た。その涙が示している意味がルミネには分からなかった。
だからその結果、ルミネはその突然の涙におろおろとするしか出来なかった。
そんな取り乱したルミネの様子を尻目に少女は更に言の葉を紡いでいく。
「それに…ね、死んだと思ってた父様が生きてて、そして魔王やってるなんて驚いたしさ。それにこの世界から本当に帰れるのかなって色々ここで考えてたら、なんか…ね」
「なんかごっちゃごちゃで、色んな感情が次から次へと押し寄せてきて、すっごく情緒不安定」
「これじゃ、アタシ、本当にどうしたらいいんだろ?」
少女のその瞳は今にも決壊しそうになっていた。
ルミネはそんな少女の表情に胸が締め付けられた。だから気付いた時には無意識の内に少女を優しく抱きしめ頭を撫でていた。
「ありがとう、ルミネ。でも、その、ちょっと苦しい」
「はッ!?わたくしったら一体何を」
「た、大変失礼致しました。粗相をせぬように厳命されておりましたのに。申し訳御座いませんでした」
「大変、申し訳ありませんッ」
「ルミネちょっとやめてよ。アタシはルミネの事をこっちで出来た友達だと思っているの。それとも、友達だと思ってちゃ…駄目?」
「ルミネもアタシの事を友達だと思ってくれるなら堅苦しいのはやめて。もっと、さっきみたいに笑って色々と話そうよッ!」
「御子様……」
「出来れば、その御子様ってのもやめて欲しいけど、それは…無理?」
「御子様のコトを友達として思ってもいいんですの?」
「えぇ、モチロン!」
「ありがとうございます、御子様。でも、御子様は御子様なので、他に呼ぶ事は出来ませんわ」
「もう、ルミネは堅ったいなぁ」
「じゃあ、これからは友達として宜しく、ルミネッ!」
「こちらこそ、宜しくなのですわ」
ルミネも泣きそうだった。でもここで泣いてしまったら少女を驚かせてしまうかもしれないから、必死に我慢した。
だからルミネは実際には苦しい苦しい心の内で、気付かれないように泣いていた。
でも、最後には少女に対して笑顔で応えていた。
こうして2人は友達になった。
それから2人は色々な話しをした。「魔界」には朝も昼もないし、夜もない。常に薄暗いか多少暗いかの2択しかない。
言うなれば夜の帳が降りる寸前を常に繰り返しているようなモノだ。然しながら、それこそ一晩中といっても過言ではないくらいの時を費やし、寝食を忘れる程に塔の上で色んな話しをした。
そんな2人の様子を見詰めている2つの影があった。2つの影はそれぞれ別々の場所にあって、それぞれが思い思いの感情を抱いて2人の様子を窺っていた。
それから数日経ったあくる日の事。
「此度の反乱における功労者の武勲を讃え叙勲式を行う」との通達が王都ラシュエから入った。
アスモデウスは一部の兵を城の守りに置くと、残り全ての兵を率いて慌ただしく王都へと向かっていった。
その中に少女とルミネの姿はなかった。
「ルミネは行かなくていいの?」
「だって、関係ないんですもの。功労者の叙勲式なんて。軍属ではない、わたくし達には関係ありませんわ。それにお父様から「来い」とも言われませんでしたし」
「そうなんだ?」
「なぁんだ、アタシはてっきり「一緒に行かずに後で扉を使っていきますわ」とか言うものと思ってたけど?」
「御子様、それってわたくしの真似ですの?怒りますわよ?」
「あはは、ごめんごめん。そんなに怒らないでよぅ」
アスモデウス達を見送ったルミネに対して少女は声を掛けた。
ルミネが顔をむくれさせているのが気になったからだ。
少女はルミネが「自分が呼ばれなかった」という事に対して、腹を立てていると感じたから少しだけ心配になったのだった。
だから少女は少しでも場を和ませようと、ルミネの声と仕草を大袈裟に真似て言葉を紡いだ。
然しながらそれは当然のように逆効果でしかなく、ルミネは更に顔をむくれさせていった。
少女はルミネの顔が、これ以上膨らまないように宥める事に必死だった。
2人はあの日からだいぶ仲が良くなっていた。ルミネの敬語…というかお嬢様語(?)は貴族の家に生まれた以上、仕方のないものだと割り切る事にした。
だけどそれを除いても、ルミネの変化は少女にとって満足のいくものだったと言える。
しかし、当然の様にそれを快く思わない者もいる。
「お嬢様。こんな場所に御座しましたか。何やら楽しそうな所を申し訳ありませんが、早々に出立の準備を済ませて頂けますか?」
「貴方は確か、ハロルドだったかしら?それは一体、どういった意味かしら?わたくしにどこに行けと仰っているの?」
「お嬢様、言葉が足らず申し訳ありません。お嬢様はお館様から何もお聞きになられてはおりませんか?」
「だから、一体なんなんですの?わたくしはお父様から何も言われておりませんし、お父様は言わずに王都ラシュエに向かわれました。これで宜しいかしら?」
「えっ?何も聞かされていらっしゃらないのですね。それは大変失礼致しました」
少女との時間を楽しんでいた時に、横槍を入れてきた兵士に対してルミネは些細な敵意を抱いた。
一方のハロルドはルミネから放たれている敵意を「無いもの」としてやり過ごすと、ルミネの質問に質問を投げ返していく。
ルミネは容量を得ないハロルドの質問に対して更に敵意を増していくが、ハロルドはその増し増しになった敵意に気付かないまま純粋に頭を下げた。
その様子にルミネの敵意は少しだけ、ほんの少しだけ緩和していった。
「ほっほっほっ、無理もないハロルド。お館様はお嬢様には本当にお伝えしていないのだから」
「貴方まで一体、何の用かしら?」
「王都から届いた通達には、お嬢様とそちらの御方のお名前も御座いました。ですが、お館様は「軍属ではないのだから、一緒に来る必要はない」と申され、そしてお館様達が王都に出立した後にこれを…と」
「これを、お父様が?」
くしゃッ
「御子様、参りましょう」
「えっ?ルミネどうしたの?って、どこに行くのよ~」
ハロルドに続き横から割り込んで来た者がいた。その顔を見た途端、ルミネの表情が昏くなっていくのを少女は見逃さなかった。
拠ってルミネの薄れた敵意は一層強みを増していく。
一方で少女は先程からその様子を静観する決意をしていたので、一言も発せず成り行きを見守る事にしている。
後からやってきた男がルミネに対して差し出した1通の手紙。ルミネの父親であるアスモデウスが書いたと言う手紙。
ルミネはその手紙を受け取り一通り目を通すと、手紙を憎しみを込めて握り潰していた。そして更に何も言わずに少女の手を取ると、歩き出していった。
少女は戸惑いながらも、ルミネの瞳に浮かんでいる涙を見てしまった事から何も言えなかった。
その場には2人が取り残され、ハロルドは心配そうな表情を浮かべてルミネを見送っていた。しかし、もう1人は口角を上げて嗤っていた。
「あーっもうっ、くっそムカつきますわ!!」
がしゃんッ
「何なんですの?あのクソ親父ッ!自分より武勲が上だから来るのを禁ずぅ?全く意味が分かりませんわ」
がしゃがしゃんッ
「ご自分が弱いから武勲が上がらなかっただけでしょう?それなのに、それなのに、あーーーーーッ、もうッ!」
ばりんッ
「ムシャクシャしますわッ!」
ルミネは荒れた。自分の部屋に着くなり荒れた。
少女はそんな荒れているルミネに対して声を掛けるのを諦めた。触らぬ神に祟りなしではないが、何があったのか正確な事が分からない以上は、掛けていい言葉が見付からなかったからだ。
だが一方でルミネが今までに見せた事のない表情や言葉遣いに、ニヤニヤが止まらなかったと言うのも事実である。
ルミネは更に荒れていく。言葉遣いも非常に悪くなっている。
そして少女はニヤニヤが止まらない。
だがこれ以上ルミネが荒れると部屋がメチャクチャになりそうだったので、ニヤニヤを抑えて渋々止める事にした。そんな時、荒れているルミネの手からアスモデウスの手紙が落ちていった。
しかも、その手紙に少女が触れると2枚目の手紙が現れたのである。
2枚目の手紙を拾い上げ、その中身を読んだ少女は表情が砕けていった。
そして気付けば大声を出して笑っていた。
流石にその光景を見たルミネは「自分が荒れている為」だと勘違いし少しだけ落ち着こうと思った。
然しながらその矢先に少女からアスモデウスからの手紙の2枚目を渡されたのである。
「 ルミナンテへ。
ルミナンテよ、未熟なお前の事だ。先の1枚目を見て、さぞかし憤慨しているであろう。
そして、この手紙に気付くかどうかは賭けだが、気付くと願いを込めて認める事にする。
此度の叙勲式、陛下より2人とも招かれている。
だが、陛下からはまだ他言を止められている為、従軍させる事は出来ない。
ヒト種を従軍させれば、何も知らない兵が訝しみ危害を加えるやもしれん。
そして、ルミナンテのみを従軍させれば、御子が城に残る事になる。
が、それも危うい。
城の中には少なからず御子の事を訝しんでいる者がいる。
ヒト種を食事の対象と見ている者もいる。
なので、ルミナンテのみを従軍させる事は憚られる。
御子に何かあってからでは遅いのだ。
この手紙をルミナンテに直接渡せれば良いが恐らくは他の者に託す事になるだろう。
だから小細工を行い中身が見られても良い様にしておいた。
城の者には「2人は軍属ではないのだから一緒に来る必要はない」と伝えておく。
来る方法は幾らでもあるだろう?
期日までに2人で王都を目指せ。 」
「 最後に。
これより先、ルミナンテの外出は我の許可を得ずとも良いものとする。
父より武勲を稼げる者であれば大抵の危険は、危険が自ら逃げ出していくだろうからな。
扉を使い王都に行くも良し。
旅をしながら王都に行くも良し。
空を翔んで行くも良し。
塔の上で初めて出来た友と共に行動し見聞を広めよ!!
だが外出許可にあたり、戦闘行為であっても領内外の破壊活動は認めない。
山を吹き飛ばす程の魔術を覚えたいとかそういう研究も認めない。
だが、御子を必ず護り、王都までお連れしろ!
父、アスモデウスより 」
手紙にはそう綴られていた。手紙を読み終えたルミネの怒りは先程までとは打って変わって失せていた。
更にはオッドアイからそれぞれ一筋の涙が零れ落ちていく。
涙は窓から入る光と部屋の灯りが交わり虹色に輝いていた。ルミネは涙で頬を濡らしながら掠れた声で言の葉を紡いでいく。
「わたくしはお父様に嫌われていたワケではありませんでしたのね」
ルミネの母はいない。正確にはルミネの出産と共に生命を失っていた。
魔族の寿命はアストラル体の核が滅ぶまでの長さであり、それはヒト種のマテリアル体の崩壊と同義だ。
マテリアル体は「老い」によって崩壊していく。即ち「老い」の早さで寿命が決まる。
「老い」が遅ければマテリアル体は崩壊が遅く寿命が長いとされる。
それと比べてアストラル体に「老い」はなく、アストラル体自体の崩壊の速さは均一である。
然しながらアストラル体であってもマテリアル体であっても「老い」以外に身体が崩壊する事はある。
それは当然の事ながら病や怪我等だ。
ルミネの母はルミネを身籠っている間ずっと流行り病に苦しんでいた。それでもお腹の子供を守る為に必死に病に抗った。
抗って抗って抗い抜いた結果、ルミネは誕生した。然しながら、ルミネの誕生と共にアストラル体の核は一気に緊張の糸が切れて気が抜けた様に崩壊していった。
「魔界」に於いてその文明レベルはそれほど高くない。
人間界でいうところの中世ヨーロッパ辺りの文明レベルである。
文明はその世界の学問の偏差で決まると言っても過言では無い。偏差が上がれば文明レベルは発達するし、逆に偏差が下がれば文明レベルは衰退する。
魔族は知能は高いが個体差がある。
そして勉学よりは闘争に重きを置く事から全体的な偏差で見ればそれほど高くない。
それにより文明レベルはここ数百年変わっていない。文明レベルが上がればそれに伴い医療や技術も発達するモノだが、未だに中世あたりの文明レベルを保っている為に大した病でもない病気が不治の病となり得てしまっている。
ルミネは泣きながら少女に語った。
「わたくしが産まれると同時にお母様は亡くなりました。わたくしがお母様を殺したんです。わたくしを産むことを諦めていれば、お母様は助かったかもしれませんのに」
「お父様はその事には決して触れませんでしたが、心の奥底ではわたくしの事を憎んでいると思っておりました」
「だから、お父様はわたくしに関して何もお認めになっては下さらなかった。魔王陛下が認めて下さった時も渋々で…。わたくし、わたくし、わたくしは…」
ルミネの瞳から溢れる涙は止まる事を知らない様に零れ落ち続けていた。ルミネは普段から隠している感情すらも全て曝け出して泣きじゃくっている。
それはまるで小さな子供のように。
少女はそんなルミネに近付きルミネの肩を自分の方に寄せた。そしてルミネの頭を撫でながら言の葉を優しく紡いでいく。
「自分の娘なんだから、危険な目には合わせたくないのが親心なんじゃないかな?それに、ルミネのお母さんの事もあるから、尚更、ルミネを失いたくなかった。だからこそ、過保護になってたんじゃないかしら」
「アタシはあんまり、アスモデウスさんと話した事はないけど…ルミネの事を見ているアスモデウスさんは、アタシの父様がアタシの事を見ている時と同じ目をしていたと思うよ」
ポンポンっ
「ほら、泣きやんでッ。ルミネに泣き顔は似合わないわ」
「御子様、ありがとう」
ルミネは初めて出来た友達に一言だけそう伝えた。
その表情から既に涙は消えていた。
ルミネの晴れやかな笑顔がそこにあり、それは少女に向けられたモノだった。
「本当に、ありがとう」
叙勲式までの期日はあと1週間。
ルネサージュ城から歩いて行くとなると1週間は優に掛かる。馬で行くと10時間。空を駆ければ3時間。扉を使えばほぼ一瞬である。
2人は簡単に目的地に着くよりは自分達の足で進む事を話し合って決めた。
それは短い旅ではあった。然しながら道中で2人は各々見聞を高め、お互いがお互いを認め合い共に成長していった。
だがその話しは今は余談である。
ここは玉座の間。日が経つのは早いモノで晴れて叙勲式の当日を迎える事になる。
反乱軍討伐に際し功績のあった将兵達は、玉座の間に集合し膝を付き頭を垂れて今か今かと名前が呼ばれるその時を待っている。
その中に軍属ではない少女やルミネの姿もあった。
魔王ディグラスは全員が集合している事を確認すると玉座から立ち上がり口上を述べた。
「さてこれより、先の反乱に関わる武勲報奨並びに叙勲式を行うものとする」
「此度の反乱に際し首魁のマモン及び、ベルゼブブの両貴族は既に討ち取られておる。だが、両名とて今まで功績のある貴族である事に違いはない」
「その事を加味した上で信賞必罰の習いに沿い、余は、両名のみに罰を裁定し家名には罰を与えぬ事を考えておる」
「異議のある者はおるか?」
「では、亡きマモンとベルゼブブに対する裁定は各個人の爵位並びに財産の剥奪。及び、魂の拘束とする。また、家名には罰を与えぬと申した故、家名の持つ爵位、領地、権利、財産は留保とし、これより1週間以内に跡取りを選定の上、王都へ上申せよ」
「ははッ。陛下の恩情、恐悦至極に御座います」 / 「ははぁッ。御高配を賜わり感謝致します」
魔王の裁定に拠って多少のザワつきはあった。
然しながら異議を唱えるモノは誰一人として当然の事ながらいなかった。拠ってミルトン子爵家とバーレット男爵家を代表し玉座の間に来ていた者達は、頭を床に擦り付けたまま短く返事をすると早々に玉座の間から出ていった。
「次に武勲報奨並びに叙勲式を始める。呼ばれた者は前に出よ」
「はッ!」
一同は然も練習でもしたかの様に息を合わせて声を出し応じていた。
その光景が少女はちょっとだけ面白かったが、流石に笑う場面ではないので無表情を貫いていた。
武勲報奨は下位5等から下位1等まで、並びに上位5等から上位1等までの計10個ある。
そしてこの場にいる者全てがそのどれかに当て嵌まる功績を上げたという事を示している。
予め王都より送られてきた通達には、「○○貴族家の誰々が○位○等の報奨」と書いてある。拠って列の先頭にいけばいく程に与えられる武勲が高い事を示していた。
そして下位1等までの武勲報奨の授与が終わった段階で残る人数は既に3人まで減っていた。
玉座の間は当然のようにざわつき始めていた。前もって通達に書かれている内容は自身が勤めている家だけである。拠って他家の事は知らされていない。
それ故に呼ばれていないモノが全て上位に入るのは分かっていたが、その中に軍属でないモノがいる事にザワザワしていた。
現状で呼ばれていないのはアスモデウス、ルミナンテ、そしてヒト種の少女だけである。
その軍属ではない2人の存在がその場にいる将兵に動揺を奔らせていたのは当然だった。
「さて、次からは上位武勲であるが、多少、ざわついておるな」
「うほんッ。では気を取り直して。上位3等、アスモデウス・ネロ・ヴァン・ルネサージュ」
「はッ!」
「「「「「おおぉッ」」」」」
「此度の反乱に於いて、迅速に反乱軍を潰走させ、そして首魁の捕縛に貢献した功績を讃え、上位3等を与える。また、その功績により貴殿に侯爵の爵位を与えるものとする」
「おぉ、侯爵だってよッ!」 / 「それよりもアスモデウス侯爵様よりもあとの2人は功績が上なのか?」
魔王からの報奨にアスモデウスは感極まった様子で頭を3度下げていた。
ルミネはアスモデウスのその表情がいつも城の玉座で見せているものとは明らかに違っている事に気付いていた。
「いつも、あんな感じならいいですのに」
「次に上位2等。ルミナンテ・ウル・ルネサージュ」
「は、はいッ」
「おぉ、侯爵様のご令嬢だったのか」 / 「なんとお美しい」 / 「あれでは侯爵様も鼻が高いモノよな」
「ルミネよ、緊張しておるのか?」
「魔王陛下、と、当然で御座いますわ」
「そうかそうか、ならば早々に読み上げるとしよう」
「此度の反乱に於いて、反乱の兆しをいち早く察知し挙兵を促した事。また、反乱軍に対し潰走させる契機を齎した事。更には、首魁の捕縛並びに黒幕の男の撃退に貢献した功績は上位2等に相当する」
「素晴らしい功績だ」 / 「あぁ、お美しい」 / 「あれならご婚約の申込みが多いのではないか?」 / 「身分の違いが無ければ自分も立候補するモノをッ!」
「ルミネよ、モテモテのようだぞ?」
「魔王陛下、揶揄うのはお止め下さいませ」
「ルミネは初々しいな。善きかな善きかな」
「さて、そなたは貴族の子女であり軍属でもない為、本来であれば武勲を讃える必要はない」
「だが、貴族の子女だからと言って武勲報奨も叙勲もなされないのでは功績を上げた者を軽んじる事となり信賞必罰の例に悖る考えになる。従って、王立研究所の管理官の役職に任じ、報奨品を授与するものとする」
「魔王陛下、滅相もございません。わたくしには過分に過ぎたる報奨でございます」
「どうか、もう一度ご再考賜りますよう」
「ルミネよ、観念しなさい。それにそなたが受け取らなければ、次に続かなくなる」
「わ、分かりましたわ。有り難く頂戴致します」
ルミネは仕方無く報奨を受け取る事にした様子だった。でもまぁ、その表情はまんざらでもなかったように少女の目には映っていた。
「さて、最後に上位1等の武勲を発表する」
その発言に拠って少女に向けて視線が集まっていったのは言うまでもない。だが、少女はそんな視線など気にする事なく飄々としていた。
少女は魔王である父より名前を呼ばれた。
現状に於いては存在を公にする事を伏せられている事もある。魔王ディグラスの血縁と知られるワケにはいかない事もある。
拠ってこの場に於いて父親に対して甘えた感情を出さない様に考えていた。然しながら実の父親に名前で呼ばれた事は「面映い」としか言えなかった。
そんな考えを拗らせていながらも少女は、魔王である父親に呼ばれるとルミネと同様に魔王の前に向かって歩いていく。
「此度の反乱に於いて反乱軍を潰走させる契機をもたらした事。そして首魁を捕えた上、黒幕の男を撃退せしめた事。それらの功績は上位1等に相当する」
「だが、そなたはヒト種であり軍属でもない。そなたとて、この世界に領地や財があっても意味はなかろう?」
「それはその通りね」
「一方で、そなたはハンターであると話していたな?ハンターなら、狩った獲物の素材を報酬とする事が可能な筈だ。なので報酬としてこれを授ける」
「これは?すっごく怪しい雰囲気しかないんだけど?」
「この2つの魔石、受け取るが良い」
「魔石?!魔石って言ったの?」
少女は正直躊躇った。魔王ディグラスが手に持つ石からただならぬ力が溢れているからだ。
その故に断ろうかとも思った。だが断ろうと思いながらも「危ない物であれば父様がアタシに与えるハズがない」と考え直した上に、垂涎モノの石の正体を教えられ「喜んで頂戴致します」と受け取った。
更に渡す際に魔王ディグラスは少女に対して一言付け足していた。
「2つ星のハンターであれば、ソレは有効に使えるであろうから、見事使いこなしてみせよ」
「えっ?!」
「2つ星って何で?その話しはしてないハズ」と口にしようとしたが、その前に魔王ディグラスは皆に向けて話し出したので、少女は口にする事無く飲み込むしか選択肢は無かった。
「さて皆の者。主要な者達には先に伝えてあるが、この機会なので伝えておく。今回、上位1等を得たこのヒト種の娘は早々に人間界に送り返す予定である」
「それまではルネサージュ伯爵家に賓客として迎え入れてもらっている。よって、安易に近付く事を禁ずるものとする。とくと心得よ!」
「「「「「ははッ!」」」」」
やはり魔王ディグラスは少女のコトを自分の娘とは言わなかった。主要貴族達だけの前回とは異なり今回は一般の兵士も混ざっているから当然と言えば当然の判断だった。
全ての武勲及び叙勲の授与が終わり集まっていた将兵は玉座の間をそれぞれ辞していった。この後は王城の大広間にて酒宴が催され授与された者達は饗される様子だった。
だが、その中にルミネと少女の姿はなかった。
コンコンっ
「開いている、自由に入って来て構わぬよ」
「失礼致します」
「ここが、父様の部屋なのね?想像してたより意外と質素なのね?でも、お屋敷の父様の部屋となんか似てるかも。ふふふ」
「さて、何か用かな?2人は早々にルネサージュ城に戻ったと思っていたが?」
ノックに対するその声はいつもと変わらず威厳のある低い声だ。然しながら今日はその声の中に優しさが満ち満ちていた。
少女はルミネに無理を言ってここまで連れてきてもらった。そして部屋に入るなり声を上げていた。
それはまるで小さい子供がはしゃいでいる様子だった。
逆に魔王ディグラスは本題を急いているような話し振りで言の葉を紡いでいた。
「申し訳ありません、わたくしにはお止めする事が出来ずここまで連れてきてしまいました」
「ですので、わたくしが陛下に御用なのではなく……」
「父様、1つだけ質問があります」
「やはり、そうであったか。はぁ」
「よしッ、聞こう。質問とはなんだ?」
「何故アタシのコトを「2つ星」と仰ったのですか?」
「2つ星?一体なんの話しなんですの?」
少女はさっきの叙勲式で聞けなかった事を聞きたいが為に、わざわざルミネに無理を言ってここまで連れてきてもらっていた。
一方で魔王ディグラスはもっと別の質問が来るものと身構えていたが想定外過ぎる質問に少しだけ拍子抜けした。拠ってそれを表情にも態度にも出す事を盛大に躊躇った。
「それはな、お前の剣を見れば分かる事だ。その大剣は古龍種の力を2体感じる。恐らくは火と風」
「火は今は炎か?だがそれだけならまだしも、風は上位の古龍種だ」
「上位の古龍種が人間界に被害を齎すとは到底思えぬが、何かが起きたのであろうよ?しかしな、そんな古龍種をも倒せる程のハンターならば、その功績からして星が2つ以上あってもおかしくない」
「だが、お前の年齢を考えれば星がそれ以上は考え辛い。だから2つ星と判断した」
「さっすが父様ッ!その洞察力には恐れ入るわね」
「はっはっはっ、それは光栄だな」
魔王ディグラスは解説した。その内容は概ねその通りだった。
説明を受け少女は納得した様子だったが帰る素振りなど微塵も見せなかった。そして今度は部屋の中を物色し始めていく。
勝手な振る舞いにルミネはどうしたらいいか分からずオロオロしていた。
そんな自由奔放な少女の振る舞いに対して魔王ディグラスは多少呆れ顔だった。然しながら、暫くぶりの愛娘の行動を微笑みながら見ていた。
「次の質問は…いや、今は話しよりも自由にさせておくのが一番か」
「詰まらぬ酒宴よりも、こちらの方が幾分もいい」
「故に娘にはこれが追加の報奨だな」