盾と極大魔術とゴーレムと研究課題 ν
「やれやれ♪これだから魔族わッと、あはは、残念でしたッ!やれやれやれやれ♫ホントにやれやれですねぇ?」
「まだまだぁ、征嵐流星!」
「あははのはッ♪そんなちゃちな魔術ではワタクシには当たりませんよ?あははのはのはッあははははッ♬ちゃちぃですちゃちぃですよぉ?」
銀髪の男は必死の形相のアスモデウスが放つ、無数の流星雨を楽しげにダンスを踊るように軽やかに、そして華麗に躱していく。
対するアスモデウスは額に青筋を何本も浮かばせながら、更に火力を上げて敵を追尾する性質を付与した魔術を放っていた。
銀髪の男は追尾性能を付与した魔術でさえも、嘲笑うかのように軽快なダンスで躱していった。
だがアスモデウスとて貴族の1人であって、そんなにバカにされたままで終わる程にバカではない。
銀髪の男に躱された魔術は、付与された性質に従って後方でターンすると銀髪の男に目掛けて再度アタックしていく。
そしてアスモデウスの攻撃はそれだけでは終わらない。
アスモデウスは更に追加で魔術弾のストックを無数に作ると、そのまま銀髪の男に向けて放っていった。
拠って銀髪の男はアスモデウスの魔術に拠って挟撃されていく。
銀髪の男は追尾+挟撃という難易度が上がった状態でも華麗に、そして器用に且つ余裕綽々に嘲笑いながら然もバカにするかの様に回避し続けていった。
それはまるで完全に相手を見下した、滑稽なダンスでも踊っているかのように。
だがその嘲笑いはその時の、その一瞬で消える事になった。
銀髪の男に向かって闇の鎖が突如として地面から現れたからだ。
因ってそれは銀髪の男に僅かながら隙を作った。
再度言うがアスモデウスはバカではない。
だからこそ、その好機を見逃す事などあるハズもなく、アスモデウスの魔術はその僅かな隙に強襲していく。
「おやっ♪」
どごごごごぉんごごごぉん
「ちッ!我1人でなんとかなるものをッ!邪魔をしてくれるッ!」
「前に受けた借り、返させて貰ったわよ。もう2度と悪さが出来ないように、そこで朽ち果てなさいッ!!」
アスモデウスの放った魔術は、少女の横槍ならぬ下鎖の効果で銀髪の男へと全て命中していった。
だが当然の事ながらアスモデウスからしたらそれは、余計なお世話だったのだが少女としてはお構いなしだ。
少女はルミネと共に転移した先でマモンと対峙し、斬り結びながらも銀髪の男に対して攻撃する機会を窺っていた。
一方で銀髪の男はこの場にいる誰よりも少女の事を警戒していた。
拠って対峙してる敵と闘いながら、銀髪の男は常に少女を視界から切らないようにしていた。
そして少女もまた銀髪の男が周囲に対して警戒を怠らない事を、過去の出来事から教訓として覚えていた。
だからこそ少女は、銀髪の男に気付かれない方法を模索していた。
その結果が玉座の間の下に具現化させた、闇の鎖を待機させておく事。そしてそれを銀髪の男の機をみて撃ち出す事。
こうして銀髪の男の隙を作り出す一撃を少女は作り上げたのだった。
然しながら当のアスモデウスであってもその事には気付いていなかった。
寝耳に水とも言えるその作戦は、銀髪の男に魔術を届ける事に成功したが、アスモデウスとしては非常に気に喰わないのは事実だった。
「いいですねぇ♩確かに借りは返してもらいました。いいですねぇいいですねぇ♪でも、生憎とその程度の魔術では。えぇ♩ワタクシに傷をつける事は出来ません!!えぇえぇ♬大変残念ですねぇ?」
「ほざけッ!このまま貴様の素っくッ!?」
「ぐはぁッ」
「あはッ♩駄目ですよ?駄目ですよ駄目ですよ?闘いの最中にお喋りなんかしてちゃ。あはあはッ♪ボディがガラ空きですよ?」
アスモデウスは魔術が直撃した事で追撃の一手に出た。然しながらが爆発に拠って巻き起こった煙を、掻き分けるように飛び出したのは銀髪の男の方であり、追撃の一手に出ようとしていたアスモデウスの腹を一蹴していった。
更に銀髪の男は続けざまに、その場にいる全員を見渡せる位置で姿勢を低くとると一言だけ紡いでいった。
「視界の中で踊る道化」
そして、玉座の間からは誰もいなくなったのである。
-・-・-・-・-・-・-
時は少しだけ遡る。
ルミネと共に、強制的に魔王ディグラスの元へと転移した少女は、魔王ディグラスと対峙していたマモンと斬り合っていた。
一方でルミネはベルゼブブとの魔術戦を行っていた。
少女がその手に持つ愛剣は、大剣ディオルゲートという名で複数の属性を有している。
この大剣は、2体の古龍種の素材を使ったオーダーメイドだ。
古龍種素材というレアで贅沢な素材を、ふんだんに使って造られており、この世に2つとない大剣だと言える。
然しながら人間界で作られた武器である為に、属性付与はされているものの物理に偏っているのは当然だった。
拠って刀身に自身の魔力を通さなければ、アストラル体を斬る事は出来ないただの大剣だとも言い換えられる。
そうなれば素材がいくらレアでも、鉄の塊で空気を斬る事となんら変わらない。
そこで少女は先の愚を繰り返さない為に、予め自身の愛剣に魔力を込めた上でマモンと斬り結んでいた。
然しながらデバイスを使って魔力刃を創り出せば、わざわざ物理剣に魔力を通わさなくても闘う事は出来る。
一方でデバイスでは斬れ味が悪い事から、終始一貫して愛剣を使いたいというのが少女のスタンスだ。
対するマモンは決して弱いワケではない。
男爵家の当主としてそれ相応の戦闘能力と戦闘技能と魔力を持っている。
そう自負している。
だからこそ自分自身に対する自尊心はとても強い。自画自賛とも言える程に。
そんなマモンだったが「どうにもおかしい」と考えさせられていた。
既に「自分よりも強い者がこんなにも多いとは」と、頭を抱えたい程に頭を悩ませている。
もっと簡単に魔王を屠れるハズだった。魔王を屠りこの国の支配権を掌握するハズだった。
それは自分の実力があれば容易いとさえ考えていた。
だが思惑通りに倒せないばかりか、ヒト種の小娘すら倒せない。
倒せないどころかいつの間にか防戦一方になり、攻勢に転じる事すら出来ない。
その事実は自尊心の塊とも言えるマモンの誇りを、深く傷付け結果としてマモンは動揺の虜になっていった。
虜になったマモンの剣技は徐々に鈍くなっていく。拠って「きぃん」という甲高い音が玉座の間に鳴り響き、マモンの剣がその手を離れるまでに時間は掛からなかった。
少女はマモンの危険性が薄れたこのタイミングで、闇の鎖を銀髪の男へと繰り出していった。
マモンは宙を舞っている自分の剣の更にその先に、少女の視線がある事を見た。
マモンは自分という強敵と闘いながらも、周りの戦況を見定めるその余裕さに絶句した。
マモンはこのヒト種との戦闘センスの差が、乖離し過ぎている事を知り絶望した。
マモンは自分がいかに小物だったかを知り哀絶した。
マモンは上には上がいる事を知り自分自身の自信を拒絶した。
ルミネは蝿が嫌いだった。ベルゼブブが冠する暴食が嫌いだった。(ついでに父たるアスモデウスが冠する好色も嫌いだ)
拠って暴食を冠し、蝿の王であるベルゼブブは生理的に受け付けられなかった。
そしてそれはベルゼブブが反乱の首魁と知った時に、ルミネの心を震わせた。だからこそ真っ先に滅ぼす機会をルミネは窺っていた。
そして遂にその機会に恵まれルミネの心は更に踊った。
ルミネは真っ先に燃やす事にした。どうやって燃やすか必死に考えていた。
だから自分が使える範囲系の火の魔術で迫り来るベルゼブブの眷属を燃やした。
ベルゼブブが新たに生み出した眷属も、別の範囲系の火の魔術で燃やしていった。その悉くを燃やし炭も残さずに燃やし、痕跡すら残さないようにキレイに燃やし尽くしていった。
然しながらルミネはここが、敬愛する魔王ディグラスの玉座の間である事は忘れていた。
火遊びに夢中になっているルミネに対して、ベルゼブブは冷静だった。
焦りはあった。動揺もした。だが冷静だった。
それは彼の「蝿の王」の身体的特徴とも言える、眼の構造に拠るものと言える。
ベルゼブブは周囲の様子をその複眼に拠ってくまなく見る事が出来る。更には召喚した眷属の視界をも共有する事が出来る。
即ちどこにも死角が無い。
「死角が無い」
これは戦闘に於いては相手に対する重要な優位性だ。
然しながら、その優位性は相手と近接戦闘の場合に於いては非常に有効だが、距離が伸びるに従って優位性は徐々に失われていく。
眷属達との視覚共有は戦略的に、近接戦闘以外でも使えない事はない優位性だ。
一方で眷属達を召喚しても、その直後に燃やされてしまっては死角が無い優位性も戦略的には一切効果が無い。
然しながらそうであってもベルゼブブ本人の死角が無い優位性は変わらない。
召喚した眷属が瞬時に燃やされたとしても、攻撃がそこに向いているのであれば「自分には攻撃が来ない」と言う事を示す。
もしも仮に攻撃が来たとしても「死角がない以上、回避出来る」と考えていた。
拠って慢心していた。驕っていた。
ルミネは悩んでいた。ベルゼブブの回避能力が非常に高く、攻撃しても当たらない事に。
ルミネは知っていた。ベルゼブブの回避能力が非常に高いのは、ブンブン五月蝿い蝿のせいだと。
だからこそ召喚されてきた眷属の悉くを燃やす事で、ベルゼブブの持つ優位性を少しでも減らそうとしたのだ。
然しながらルミネには攻撃する手段が実はある。だがその手を使えば、この玉座の間は諸共に消し飛ぶ事になる。
そんな事は敬愛する魔王陛下の見てる前では出来るハズもない。
とは言っても火の魔術で蝿を燃やし続けてはいるので、被害は少なからず出ているがそこは気にしていない。だから忘れているワケではない。
失念していたのは最初の範囲系の火の魔術の時だけだ。
今はもうしっかりすっかりちゃんと考えて、憎悪の炎で的確に燃やしている。
一方で「攻撃する手段を持っていても攻撃する事が叶わない」というその事は、ルミネの感情を逆撫でしていた。
ルミネはあまり感情を表に出さないようにしていたが、今回ばかりは色々な事が重なったせいもあって、だいぶイライラしていた。
「視界の中で踊る道化」
力を行使した銀髪の男を含めた、全ての者達が理解不明の謎現象の影響下におかれていった。
因って銀髪の男以外の全ての者達は、何が起こったのか理解するまでに時間が掛かった。
それは強制空間転移。
魔術の中でも転移系の魔術は特殊だ。そしてそれを、その空間ごと行った、この銀髪の男の力は特に異質過ぎた。
然しながらこれはそもそも魔術ではないと言う事は余談なのだが。
玉座の間にいた全員が全員揃って、どこと分からない場所にまるっとまるごと強制転移させられていった。
強制空間転移の影響を受けた全ての者に、動揺が奔っていく。否、動揺したのは「2人」を除く全てであり、更にその内の1人は非常に歓喜していた。
動揺よりも歓喜していた。何故ならばどこかに飛ばされようと、それは心配にたるモノではないからだ。
よって周りに味方がいなければ、拍手喝采して歓声を上げていたかもしれない。
何故ならば「攻撃する手段が出来たから」だ。
ルミネは動揺が奔っている誰よりも速く迅速に行動した。それに拠って素早い動きで陣形を描いていく。
ルミネが描いた陣形はベルゼブブの周囲に展開されていった。
ベルゼブブは強制転移に動揺したのが仇となっていた。
ルミネの行動が決して視界に映っていなかった訳ではないのだが、身体が動かなかった。
ベルゼブブは見え過ぎていたのだ。強制転移で一瞬視界が奪われ、現れた光景に更に視界を奪われた。
結果として良く分からない状態に動揺し、身体が硬直していた。
硬直した身体は反応速度を鈍化させた。結論は迅速に動いたルミネの描いた陣形に捕らわれるに至った。
広範囲魔術の陣形が、ベルゼブブを中心にして展開されていく。
「灼熱業火!」
その言葉に反応してルミネか描いた陣形の中は、超高温の炎に包まれていった。
その中からは、ベルゼブブの声にならない声が絶叫という形で露わになっていた。
「あはははははッ。あはははははははッ。さぁ、ちゃんと燃え尽きて下さって結構ですわよッ。あーっはっはっはっはっはッ」
マモンは強制転移の影響で呆然としていたが、スグに自我を取り戻す事は出来た。
拠って弾かれた剣を探していく。だが残念な事に、いち早く少女が放った闇の鎖に捕らわれていった。
「そこッ!動かないッ!」
「さて、後はアンタだけだけど覚悟は出来てるかしら?」
「おや♩息巻いていた割には情けない2人でしたねぇ。困りましたねぇ。おやおや♫大いに困りましたねぇ。えぇ、困りました」
「人間界での事といい今回といい、アンタ一体何を企んでるの?」
「まぁ♪何も企んでなんかいませんよ?まぁまぁ♬何か企んでいたとしてもアナタには言いませんよねぇ。それくらい分かりますよねぇ?さてはおバカさんかな?くすくすッ」
少女は無意味と知りながらも、情報を得る為に言の葉を紡ぐ。
然しながら状況は圧倒的に有利であり、数の暴力があれば捕らえる事は容易いと考えていた。
だが一方で銀髪の男の表情は、焦りなど微塵も感じさせず余裕綽々としている。それらがいちいちイライラを募らせていくので、判断力を低下させていく。
すると銀髪の男は両腕を広げ、まるでハグを求めるかの様な姿勢を取った。
その場にいる全員が理解不明な行動に動揺していた。
銀髪の男は力を込めて腕を自身の正面に向けて動かしていく。
1人ハグ、自分ハグ、ぼっちハグ、セルフハグ……まぁ自分大好きとでも言うのか、それとも他の何かがあるのか分からないが、その奇怪な行動は更に動揺の広がりを見せる。
真剣な戦闘中に於ける牽制としては上出来だろう。
そして誰かの悲鳴が聞こえた。
「うわぁッ!何だコレ?身体が、身体がッ!」
「ッ?!」
「な、何が起こってるんですの?」 / 「何だ、アレはッ!貴様、2人に何をしたッ!」
「あら♪何をした?ですかぁ?あらあら♬お気付きになりませんか?あらあらあらあら♪まぁまぁまぁまぁ♪これだから魔族は知恵が足りないと言われるのですよ。まぁまぁ♩」
「なんッだとッ!」
「ですからね♪これをこーしてぺったんぺったん。ですからねですからね♬ぺったんぺったんあーしてこーしてぺったんぺったん?」
「なんて、酷い」
「あら♪どうしたんですか?魔族の方がこーゆーのは慣れていらっしゃるでしょ?あらあら♪それとも魔族でも心はピュアピュアなんですかねぇ?まぁまぁ♩ピュアピュアなんでエグくてグロいのはダメなんですかぁ?まぁまぁまぁまぁ♬悪魔の革を被った仔羊ちゃんかな?めぇぇぇ」
「ちょッ、ちょっとアンタ!」
叫び声の主はマモンだった。
マモンは少女の鎖に捕らわれている状態で、強引に引き摺られるように銀髪の男の元へと引き寄せられていく。
更には業火に焼かれ、既に半ば消滅しかけているベルゼブブもマモン同様に引き寄せられて来ていた。
2人は銀髪の男の前まで来ると、まるで融合でもするかのように1つの塊と変化していく。
そして塊は蠢きながら1つの大きな盾(の様なモノ)へと変化していった。
少女を含めた3人はただただ呆然としていた。
2人の魔族が融合し、悍ましい形に変化を遂げていく。然しそれは目を背けたくなるような姿でありながらも、凄まじいまでの力を内包する盾のようなモノになった。
更に状況は一変し、その盾のようなモノを境に銀髪の男のいる側と、少女達のいる側を2つを隔てる形で結界まで展開されていった。
「さてと♪魔王を倒すと言うこの2人の望みは叶わなくなってしまったので手を貸すのは終わりにして。さてとさてと♫今度はワタクシのお望みを。さてとさてとさてと♬ワタクシがこの場から安全に逃げる為の時間を稼いで貰う事に致すとしまして」
「だ・か・ら盾よ、時を稼ぎなさい?ちゃんとたんまりと稼ぎなさい♬」
銀髪の男が言葉を放つと盾はブラックホールのように、周囲のあらゆる物を吸い込み始めていく。
アスモデウスとルミネは魔術による攻撃を結界に対して行った。だがそれらの攻撃は、結界に当たる前に全て盾へと吸い込まれ跡形もなく消滅していった。
少女は冷静に現状の把握を終えると打破する為に行動に出た。
「デバイスオープン、精霊石サラマンダー、精霊石ノーム。我が剣よ、その力をその身に宿し給え!」
少女の紡いだ言の葉を受けデバイスの中から2つの精霊石が突出する。更には2つの精霊石が意思を持っているかのように、少女の愛剣の刀身にあるスロットに納まっていく。
納まった2つの精霊石の力は、剣の中で反発しその斥力は大きな波動を伴い溢れ出ていた。
2つの精霊石の相性は最悪だ。よって親和性のない2つの力は、大きな斥力を生み出し少女はそれを放っていく。
「双属龍鎖!」
2つの反する属性の持つ斥力が少女に拠って剣から解放され、盾に変化させられた哀れな魔族に襲い掛かっていく。
それはまるで赤と黄色の龍が螺旋状に渦巻く、決して交わる事のない竜巻の様相を呈していた。
竜巻は盾に向かって鋭利な牙を向けて強襲していく。
赤と黄色の竜巻は盾に当たっても、飲み込まれる事なく逆に盾を飲み込もうと躍起になっている様子だった。
盾と結界に全てを任せて、撤退を決め込んでいた銀髪の男はその光景を見ると「チっ!!」と舌打ちし盾に自身の力を注いでいく。
銀髪の男の助成に拠って、盾は赤と黄色の竜巻を徐々に押し返していった。
「仕方ないわねッ。バーストッ!双属龍鎖ッ!!」
「これで少しはもつわよね?待ってなさい。スグにその間抜け面から吠え面に変えてあげるわッ!」
「ふはは♪いいですねぇ。吠え面かいてみたいモノですねぇ。ふはははッ♬わんわんわんッ。も1つオマケにわんッ」
「我が手に集え、紅き炎よ。我が手に集え、蒼き水よ。我が手に集え、翠緑の大樹よ。我が手に集え、鮮黄の大地よ。我が手に集え、金色なる果実よ。我が内なる全ての力よ、1つに混じりて我が敵を討たん」
「我が手に集いし大いなる力よ、空虚なる微睡みに揺蕩う力よ。全てを穿ち貫く一矢となれ!」
少女は精霊石の力をバーストさせると詠唱を紡ぎマナを編んでいく。
一方でルミネは少女が紡いでいる詠唱に驚きを隠せなかった。
少女が右手の人差し指を伸ばした事で、その指先に現れた虹色の力は銀髪の男に対して向けられていく。
そして少女は心の中で静かに引き金を弾いた。
「極大五色!!!!」
少女の心の中で「カチリ」と音が響き、指先に集中した力は虹色の矢となって銀髪の男に向かって疾走っていく。
広義の魔術とは基本的に、五大属性の適性に拠って使う事の可否が決まるとされている。
従って適性がない属性は使う事が出来ない。
五大属性以外にも特殊な属性として光と闇が存在しており、単純な数だけで言えば最大で七大属性という事になる。
また属性の適性がなくても行使出来る魔術もある。その場合は属性がない魔術であり、無属性魔術とされる。
然しながら属性の適性は魔術特性を持たなければならない為に、魔術特性の無い種族は使う事が一切出来ない。
少女が放った魔術は五大属性全ての力を集めて、相反する力もろともに融合させ1つの力とする魔術である。
それは既に魔術の領域ではなく魔法の領域に踏み込んでいると形容される、そんな魔術である。
然しながら五大属性全てを扱う事の出来るルミネであっても、今まで使う事が「叶わなかった魔術」とも言えた。
少女に拠って放たれた一条の虹色の矢は「ヒュンッ」と軽い音を立てて飛翔んだ。
虹色の矢は盾と銀髪の男の腹を穿くと、地平線の彼方へと消えていった。
そして消えた先にある遥か彼方……その地平線の景色の一部を一変させていくのだった。
矢の直撃を受けた盾は2つに割れ、それは既に虫の息になっている2人の魔族の残骸へと戻っていく。
銀髪の男の腹には大きな風穴が開いている。
その足から力が抜け立っているのが精一杯な様子で、「ガクっ」と体勢を崩していく。銀髪の男は大地に膝をついて息を切らし、肩を大きく上下に揺らしていた。
アスモデウスとルミネは目の前でたった今起きた事に対して、全く理解が追い付いておらず呆気に取られていた。
「発する言葉が見つからない」そんな状況である事を2人の表情が物語っていた。
「や…やってくれましたねぇ。わん♪ここまでの威力とは…思ってもいませんでしたよ。わんわん♪久し…振りですね、身体に大穴を開けられた…のは。わんわんわん♪こ…の借りはいずれ…返しますから、覚えて…おきなさい……。では…準備が整いましたので、ご機嫌…よう♪わおーーんッ♪」
「待ちなさいッ!」
「くそッ!逃げられた。今度あったら絶対とっちめてやる!!」
「それにアレは吠え面じゃないッ!ただ吠えてただけだわッ!」
銀髪の男は先程までのフザケた口調から打って変わっていた。(一部を除く)
それは受けたダメージの大きさを物語っているのだろう。そして銀髪の男の言葉は苦しさを湛えていたが、前時代的な小悪党のセリフを残すと余韻も残さずに静かに姿を消した。
その場にいる誰しもが少女のツッコミには何も言わなかった。
銀髪の男が消えた事で、どこと分からない荒野に魔王ディグラスを含む4人が取り残されていた。
「陛下、御無事でございますか?」
「大事ない」
「助かったぞ、アスモデウス」
「我には勿体無いお言葉で御座います」
「ルミネにも助けられた。感謝する」
「陛下、臣下臣民として当然の事をしたまでですわ」
短い話しを終えた魔王ディグラスは、ルミネとアスモデウスが心配そうに見詰める中で自分の生命を狙った残骸に向けて歩を進めていた。
「お前達があの者になんと言われ誑かされたかは分からぬが、こうなっては最早、聞く事も叶わんな」
「そなたらは決して赦される事はないが、せめてもの情けだ。そなたらの家は残してやろう。安らかに眠れ」
「は、はひ。ありが……た」
しゅうんッ
カラんっ
魔王ディグラスは2人に対して慈悲をもって言の葉を紡いだ。
2人の魔族はどこか安心したように笑みを浮かべると黒い粒子となって霧散していく。
霧散した後には「黒よりもなお黒い」と形容するのが適切であろう石が、その場に残って輝きを放っていた。
2つの石は宙に浮かび上がると魔王ディグラスの手の中に収まっていく。
「さて、戻ろうか。ルミネよ、頼まれてくれるか?」
「畏まりましてございます、魔王陛下」
ルミネが描いた陣形に拠って扉が展開されていった。
こうしてここがどこなのか分かる事なく、誰もいなくなったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ、回復が追い付かない程のダメージを負わされるとは、あのヒト種を甘く見過ぎていたかもしれませんね。不幸中の幸いなのは核に傷が付かなかった事ですかねぇ?この身体では暫くの間は思う様に動けないかもしれませんが……」
「まぁでも、目的の物は手に入りましたから良しとしましょう♪」
「無事に戻って来られたな」
「恐れながら陛下」
「構わぬ、お主らが気に病む必要はない。なぁに、スグに直る。そこで見ていなさい」
「すまないな、余の城よ。余の魔力を注ぐから元に戻してもらえるか?」
ルミネの転移魔術に拠って戻って来た場所は、ボロボロになった玉座の間だった。
その惨状にルミネとアスモデウスは居た堪れない気持ちでいたが、魔王ディグラスはそんな2人に優しく声を掛けた。
更に魔王ディグラスは天井を見上げると明らかに城に対して話し掛けていた。
その場に居合わせた3人にはその光景が、とても理解出来る光景ではなかった。
それは魔王ディグラスが城に対して話し掛けている光景が「イタイから」ではない。
魔王ディグラスは城に向かって話し掛けていたのは事実だ。だが城の床にその手を置くと状況は一変した。
どこからともなく「了解致しました。マイ・マスター」と声が響き、玉座の間はみるみる内に修復されていったのである。
理解出来ないでいた3人が呆気に取られる事しか出来なかったのもまた、紛れもない事実だった。
「修復完了」
「これは、我は幻でも見ているのか?ルミネよ、お前にこれが解明出来るか?」
「い、いえ。サッパリですわ、お父様。壊れた城を元に戻す魔術なんて発想もありませんわ」
「時間の逆行?でもそれとも違うようだし、さっきの話し声からするとこの城自体が生きてるってコトかしら?」
「バカかッ!城が生きているなど信じられるか!それなら我達は腹の中にいる事になるのだぞッ!」
「まぁまぁ、そんなに謎解きがしたいのであれば解答しよう」
「この城は余が作った城だ。正確には余が作った魔術生物だがな」
「なッ、魔術生物?これ程の大きさの魔術生物とは」
「この魔術生物は余が内部、外部、細部に至るまで設計し作り上げた。だから、いくら破壊されようが元に戻す事が出来る。そういった城だ」
「そんなコトが出来るんですの?」
「アタシはそこら辺は管轄外だから分からないわ。でも信じるしかなさそうよ?」
魔王ディグラスが紡いだ言の葉を聞いたアスモデウスには、思い当たる事があった。
確かに今代の魔王がその要職に就くまで、ここに城は無かったのだ。
先代魔王の城はここではなく、この城から今でも見える位置にあり今でもなお健在している。
一昔前までここには何もなかったのだ。今ある城下の街すら影も形も無かった。
今代の魔王であるディグラスは、要職に就任するや否や(魔界に昼夜の概念は無いが、便宜上)一夜にして王城を築いた。
更には先代の王城と、新たな王城を取り囲むように城壁までも造ってしまった。
そして広がった城壁の内側に次々と建物が建築されて、今の王都ラシュエが完成した。
一夜にして王城と城壁が出来た事に対して、街の者も含め皆が首を傾げていた。
然しながら誰も「どうやって造ったか?」という解答に至る者はいなかったのだった。
その謎が今、解き明かされた。他ならぬ当事者の口から。
「さて、こたびの一件、誠に大義であった。今回の沙汰は追って日取りを知らせる故、今は居城に戻り疲れを癒やして欲しい」
「ルミネよ、アスモデウスと共に我が子も送ってもらえるか?」
「わ、我が子?」
「あぁ、確かにあの場にいなかったお主は知らなんだか。他の主要な者達には伝えたが、そこのヒト種の娘は我が子である。早々に人間界に戻す予定ではあるが、それまでその方の城に置いておいてもらえるか?ここでは、なにぶんと小奴を構ってやれる相手がおらぬのでな」
「あと、広く公にはまだ話しておらぬ故、他言は無用ぞ」
「本当に…あの話しは本当だったのか」
「ルミネえぇぇぇぇ!」
「どうかなさいまして、お父様?」
「陛下の御前ですわよ?」
「ぐぬぬぬぬ」
「アスモデウスよ。こたびの事、ルミネを叱るではないぞ?」
「ルミネの助言があればこそ大事にはならなかったのだ」
「か、畏まりまして御座います」
アスモデウスは知らなかった。ルミネから何も聞かされていなかった。
少女が魔王の実子である事実を。
アスモデウスはルミネから聞いていたのは飽くまでも可能性の話しであって、実際にそれが真実の可能性は低いと考えていた。
ルミネは玉座の間への招集を行う際に、アスモデウスへの伝令は自分が行うと申し出ていた。
そしてその際にアスモデウスに対して少女の正体の事は一切触れず、「他貴族に反乱の疑いがある為、兵の用意を」とだけ伝えるに留めた。
拠ってアスモデウスは玉座の間への招集の話しなど知る由もなく、故に少女の正体も憶測でしかなかった。
全てはルミネの掌の上で転がされていただけと言える。
全てを悟ったアスモデウスは声を失っていた。だからこそ何も言えずにいた。
「ルミネよ、そなたにはまだ話しがある故、2人を送り届けたらここに戻ってきてもらえるか?」
「父様、アタシはここにいてはいけませんか?」
「それは無理と言うものだ」
「でもッ」
「ワガママを言って困らせてくれるな」
「ちぇっ。ううん、はーい分かりました、父様」
少女はディグラスの決定に不服だった。まだ父に話したい事が山程あった。
だがそれは却下され、結果として渋々承服せざるを得なかった。
「では、頼んだぞ」
「かしこまりました。また後ほどお伺い致します、陛下」
こうして3人は玉座の間から姿を消していった。
3人が姿を消して少し経った頃の事。玉座の間は開かれ、中に入って来た兵士から魔王ディグラスは報告を受け取っていた。
ルネサージュ城に戻った3人は、戻った傍から城に仕える執事に捕まっていた。
執事は討伐軍が反乱軍の居城を占拠した旨の報告をしていく。
またその他にも幾つかの報告があった。
・反乱軍の居城及びその周辺を捜索しても首魁は発見されなかった事
・ルネサージュ領の北に位置する北部の山脈が全て消し飛んだ事
・また、その際に被害を受けた者はいない事
等である。
3人は少なからず心当たりがあったが、何かを口走ろうものなら更に長引きそうな気配がした事から、ただ黙って聞いていた。
その表情は何とも言えない表情だった。
「お館様、それで、このヒト種の娘は如何がなさいますか?」
「ひ、控えよッ!」
「はっ?お館様?」
「こ、この者は魔王陛下の賓客である。拠って、この城に於いても賓客として迎えよ。何人たりとも粗相をしてはならん」
「くれぐれも丁重にな。丁重にだぞッ!」
「畏まりました。それではお部屋をご用意して参ります」
アスモデウスは執事の発言で明らかに取り乱した。
その様子を見たルミネは、心の底から指を指して笑いたかったが出来なかった。
まぁそれは当然の事なのだがそれを顔に出さない様に必死に耐えていた。
拠って表情筋はぷるぷるしていた。
少女の事は執事から変わって、メイド達が世話をする事になった。
拠って部屋の用意が終わった少女はメイド達に引き取られていった。
「それでは陛下の元に行って参ります」
「うむ。くれぐれも粗相の無いようにな」
「お任せ下さい、お父様」
ルミネは城外に出る際はその前に、アスモデウスに挨拶してから出る事が約束させられていた。
拠ってこれはただの挨拶なのだが「粗相の無いように」と言われたルミネは、先程取り乱したアスモデウスの顔が面白くて、思い出し笑いをしそうになるのをまたもや必死に耐えながら王城へと向かっていった。
その場には面白くなさそうなアスモデウスが1人で、ただただ溜め息をついていた。
玉座の間に入って来た兵士からの報告に対し、魔王ディグラスは今後の方針を伝えていった。
その後魔王ディグラスは少しの間だったが玉座にて考えに思いを乗せて、思考をどこかへと馳せさせていた。
だが考えは一向に纏まらず、玉座の間から自室へと戻っていった。
こんこん
「開いているから入ってきなさい」
「こちらにいらっしゃったのですね。ただいま戻りました。それで陛下、わたくしにお話しとは、一体どの様なご用件で御座いますか?」
「うむ、娘を人間界に戻す方法を探しているのだがな、中々にいい方法が見付からない。そなたなら何か良い知恵が有るまいかと思ってな」
王城へと戻ったルミネは話しの内容が想定内だった。
だから「やっぱり」と思っていたが、そこまで馴れ馴れしくは話せないので心の中だけで紡いでいた。
ルミネは独自に人間界に渡る方法を探していた。それは少女がこの世界に来る前からであり、ルミネが抱えている研究課題の1つでもあった。
それは今より遥かに昔の事。「魔界」は人間界と“密接”だった。
然しながら約60年程前に人間界で起こった「虚無の禍殃」と呼ばれる大災害に因り、“密接”だった2つの世界の関係性は一気に“疎遠”になってしまった。
“疎遠”になったと言っても繋がりが絶たれたワケではない。だからこそ稀に2つの世界が繋がる事はあるし、故意に繋げる事が出来ないワケでもない。
然しながら“疎遠”になる前と比べれば、遥かに労力が掛かるのは事実だ。
元より魔族はアストラル体しか持たない。
2つの世界が疎遠になろうと人間界にマテリアル体を用意して、世界を渡る為の膨大な魔力を捻出さえ出来れば人間界で受肉する事が可能だ。
更に生存だけでいいならマテリアル体が用意出来なくても、アストラル体のみで生存だけは可能と言える。
その際は何か別の生物に憑依して身体の主導権を奪えば依り代に出来る。
一方で人間界に住まう生物は、元からマテリアル体の中にアストラル体がある。
拠って表に出ているのがマテリアル体のみでは魔界に於いては生活が出来ない。
何故ならば正常な五感が働かなくなるからだ。
その結果として「魔界」に於いては生きながらえるには、マテリアル体の中にあるアストラル体の専有割合を変えなくてはならない。
然しながらそれでも最終的にはまともに動けなくなる。
それはとどのつまり、どのような割合に変化させたとしても最後には死ぬ事になる。
マテリアル体を完全に消す事は出来ない上に、そのマテリアル体が「魔界」に於いての生存を拒絶するから……とも言い換えられる。
要はアストラル体の中に、マテリアル体は存在出来ないのだから仕方のない事なのだ。
拠って消滅するまでの時間を稼ぐ…、という手段しか取れないのが結論になる。然しながら魔界に於いて割合を変更する事は出来ても、完全な元の状態に戻す事は叶わない。
従って割合を変化させたままの状態で人間界に戻せば、表面に出ているアストラル体は消滅してしまう。
それは即ち「死」となる。
偏に行き着く先は全て死亡フラグという結論しかない。
昔のように2つの世界が“密接”な状態なら、割合を変化させずに保護だけしておいて、繋がった段階で早々に送り返す事が可能だった。
また故意に繋げて送り返す事も可能と言えば可能だった。
だが今は“疎遠”になり2つの世界が滅多に繋がる事はない。
そして繋がるのを待って割合を変えなければ、早い内に消滅する事になる。
要するに割合を変えれば戻せなくなる、不可逆的パラドックスを抱えているのが現状と言える。
ならば故意に繋げれば良いとも考えられるのだが、“疎遠”になった事で世界を渡る為には膨大な魔力が必要になったので、それもまた大変に難しい。
その身の内に膨大な魔力を湛えていても、マナを練る事が得意ではない魔族個人の力では限界がある。
拠って世界を繋げるのに必要になる膨大な魔力は、個人では足りず繋げる事が容易に出来ないのが現状なのだ。