策と紹介と反乱と横槍 ν
「では、ルミネ、お前の意見を聞こうか?」
「ここに連れて来ては駄目でしょうか?」
「アレの存在を知られる訳にはいかないと言ったハズだが?」
「はい、それを熟慮した上での判断でございますわ」
「恐れながら後継者に出来ないから存在を隠すよりも、存在を明らかにした上で後継者に立てないと陛下の口から仰った方が、後々の争いを抑える事になると存じます」
「ヒト種である為に後継者に立てない事。「魔界」からは追放し人間界に送り返す事。その2点を確約すれば皆が納得するものと存じます」
「うむ。確かに一理ある」
「余としては隠す事で安全を守ろうとしたが、こうなってしまっては隠す事が逆に危険に晒す…か。分かった、ルミネよ我が娘を連れてきてもらえるか?体裁はこちらで最低限の形を取る様に段取りをしておく」
「後、頼みごとばかりで申し訳ないが人間界に送り返す方法も探してもらえるか?」
魔王ディグラスは困った様な表情のまま言葉を紡ぐとベルンを手招きし呼び寄せると耳元で何かを話していた。
ベルンはその言葉に無言で頷いていた。
ルミネとベルンは魔王ディグラスの自室を辞した。
ルミネは魔王ディグラスが段取りを終えるまでの間は王都で待機になりその間はベルンがルミネの護衛としての役目を割り当てられる事になった。
ルミネが魔王ディグラスと謁見した後でルミネは2日程王都に滞在し仕事を離れ王都を満喫する事が出来たのだがそれはまた別の話なので今は余談である。
ルミネに連れて来られた少女は自動的に開いたその扉の中に入る直前にルミネから「これから会う相手はこの国の王、つまり魔王陛下ですわ」とだけ伝えられた。
「えっ?!ちょっ?魔王?!今、魔王って言ったの?」
「なんで、アタシを魔王に会わせたいの?」
「魔王がアタシに会いたがってる…なんてコトはないわよね?」
少女は直前になってルミネから聞いた「今から会う相手の情報」に混乱した。そしてその混乱の結果言葉が上手く紡げなかった。
だからその言葉は紡がれずに葬られた。
扉が開き中に入ると少女の視界には荘厳な玉座の間が広がった。
玉座の間の1番奥に階段が見える。加えて最上段に玉座も見える。
そしてその結果玉座に座っているのが魔王だと認識するのは容易だった。
扉から階段上の玉座までは深紅のカーペットが引かれている。
階段の1番下にはカーペットを挟んで左右に10人ずつくらい立っているのが見えたが少女は緊張のあまりその顔までは判別する事が叶わなかった。
ルミネは少女を連れ魔王の座る玉座の階段下まで来ると礼を尽くし片膝をつき頭を垂れた。
少女は見様見真似でも片膝こそつかなかったがルミネにつられる様に頭だけは下げていた。
権力者に対する最低限の礼儀だと思ったからだ。
ルミネはそのままの姿勢で一言も言葉を発しなかった。結果として少女もまた何を言っていいか分からず黙っている事にした。
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。先に遣いを出したので理解していると思うが、この娘を皆に紹介する事にした。ルミネの後ろに侍る娘は、余の娘だ」
「えっ?!」
「えっ!?余の娘ぇぇぇぇぇぇッ?!」
魔王ディグラスが紡いだ言葉はその臣下以上に少女に対して驚きと衝撃を与えていた。何しろ今まで会った事も見た事もない魔王に「自分の娘だ」と言われたのだから。
少女が驚きの声を上げた事を契機にして階段下にいる魔王ディグラスの臣下達もざわつき始めていた。
然しながら魔王ディグラスは何も言葉を紡がなかった。ざわつき始めた臣下に対しては軽く手を挙げて静止させていた。
そうやってその場を御するとゆっくりと口を開き言の葉を紡いでいく。
「皆に伝えておく事がある。その娘は我が子なれど、ヒト種である。従って、この国の継承権は無いものとする」
「更に、早急に人間界に送り返すものとし、それまでは賓客待遇とする。それ故に誰一人として近寄る事は認めない。また、人間界に送り返した後、安易に接触する事を禁ずるものとする」
「以上、皆の者大義であった」
その後誰も口を開くモノはいなかった。当事者である少女ですら口を開かなかった。
否、開けなかった。
そうこうしている内に左右に並んでいた臣下達は順にその場を離れていく。最後にはルミネと少女を除く全ての者達が扉から出て行ったのである。
その場に残ったルミネは飄々としており少女はただただ呆然としていた。
「さて、久しいな、我が子よ」
「えっ?!」
「えっ!?その声、本当に…まさかッ!」
少女の記憶に朧気ながら残っている姿と今の見た目は確かに違う。然しながらどこかで聞いた事のある声の響きに少女の心は揺れた。
父親は死んだと聞かされていた。
ハンターとして狩りに出た先で狩るハズの魔獣によって殺された…と。
そしてそれは今から6年も前の話だ。
父親が死んでから少女の肉親はいなくなった。少女の母親は物心付く前に死んだと聞かされていた。
だから少女は母親を見た事が無い。写真すら屋敷には置いてなかった。
だから父親が母親代わりでもあった。
父親が死んでから屋敷には少女と昔から仕えてくれている執事の爺と…。
父親の愛弟子だったキリクの3人だけになった。
でも3年前からはキリクも屋敷を出た事から広い屋敷に少女と爺の2人だけになった。
「余の事を忘れたか?それとも、忘れようとしていたか?突然の別れで、寂しかったであろう?こんな父を許せ」
「父様?」
「ほんとぉに、とおさま?」
ルミネは言葉を紡ぐ魔王ディグラスの顔が父親の顔になっている事に気付いた。
それが普段から接した事のある魔王としての顔ではなく少女の父親としての優しい顔なのだと思った。
少女の目頭は凄く熱くなっていた。だから少しばかり時間を置いて冷却していく。
そして冷静になった事で少女は悟った。
「何故、父親が死んだ事にされなければならなかったのか」を。
だがそれと同時に疑問が芽生えていった。
少女の中で芽生えた疑問の種は少女の衝動として口から紡がれ芽吹く。
「父様はヒト種ではなかったのですか?」
「は?」
「一体何を?」
「ではもう一度言いますね。父様はヒト種ではなかったのですか?」
少女はヒト種である(とされている)。
ヒト種はヒト種の両親から産まれた存在を指す。片親がヒト種以外の亜人種ではヒト種と呼ばれずそれは混血と呼ばれる。
更にヒト種と亜人種の間には子供が成せるがヒト種と亜人種は獣人種との間には子供は成せない。
今回は父親が魔族である事が分かった為に「ヒト種ではない」疑惑が出たと言える。
ちなみに魔族は亜人種ではないのでヒト種との間に子を成す事は出来ない。
そうなると母親もヒト種ではなくなってしまう。
それではヒト種として育てられてきた今までの自分の歴史が失われる事になる。
少女には自分の存在証明が崩れていく音が聞こえていた。だからそこが少女にとって感動の再会をも超える衝撃であり自分の存在証明の為にどうしても確認しなければならない事だった。
要は父親との再会は確かに嬉しいが自分の存在証明の方がもっと重要だったと言える。
「感動の再会より出自とはな。ふぅ」
「まぁよい。答えよう」
「人間界で余がお前の父親であった時は、ヒト種の身体を使っていた。その時に成した娘のお前はヒト種で間違いはない」
「えっと?それって?」
「魔族は本来、マテリアル体を持たない種族だ。人間界で生活する為には、マテリアル体を用意しそれに受肉しなければならない」
「余が人間界で生活する上でマテリアル体は必要だった。だからヒト種のホムンクルスを産み出し、それを我がアストラル体の依代としていた」
「それで、あと他に聞きたい事はあるかな?」
「えっと、それじゃあ、アタシはヒト種でいいの?」
「そうなるな」
「それにしてもだいぶ変わったな」
「昔はあんなに可愛かったのにな。はぁ」
2人の会話はこの後も続いた。
今の少女の職業。少女の兄弟子であり父親の愛弟子キリクの事。他にも執事の爺の事。
少女が住んでいる国のトップであるマムの事。そして父親が以前助けた事のある龍人種を自分が再び助けた事。
最後に地球を襲った虚無の禍殃の事。
時が経つのを忘れ話しに没頭している父娘の時間がそこにあった。
ルミネはその光景を微笑ましくも羨ましい気持ちで眺めている事しか出来なかった。
「陛下ッ!!魔王陛下ーーーッ!!」
それは突然の出来事だった。
それは仲睦まじい父娘の時間を唐突に終わりへと導く合図だった。
その激しく魔王ディグラスを呼ぶ声にその場にいる3人は視線を移していく。
「何事か!騒々しい」
「落ち着いて話してみよ」
「魔王陛下!大変で御座います!」
「魔王陛下、反乱が起きまして御座います!!」
「反乱を起こしたのは、どこの誰だ?」
「ミルトン子爵家とバーレット男爵家で御座います」
「ベルゼブブとマモンめ、先程も顔を見せておらなかったな。どうやら玉座の間に来ていなかったのはこれを狙っていたという事か」
「だがよもや、その方の言った通りになったな、ルミネよ」
ルミネが先のベルンと共に魔王の自室に赴いた時の事。
全ての話しを終えたその帰り際に魔王ディグラスに対してルミネは言葉を紡いでいた。
・使いには「後継者選定の件について」と書かれた書簡を持たせる事。
・その内容を知った上で玉座の間に来ない者がいれば、それは謀反の可能性があるという事。
・その対策として早急に兵を動かせるようにしておいた方が無難という事。
それがルミネがこの国を案じた結果であり魔王ディグラスに伝えた内容だった。
「この玉座の間に来なかった者は謀反を起こした2名と他にアスモデウスであったな?」
「はい、お父様には謀反に対する備えで兵と共にルネサージュ城で待機して頂いております。ですが恐らく、使い魔からの情報でもう既にミルトン家に対し兵を指揮し向かっていると思われますわ」
「全く末恐ろしい娘を持ったものだ。だが、ルネサージュ伯爵家の将来は安泰であるな」
「さて、ベルン近くにいるか?ここに参れッ!」
「ハッ、ここに!」
「ベルンよ、城内の兵を二手に分け、反乱の平定に向かえ!将の采配はお主に任せる」
魔王ディグラスは少女をそっちのけで色々と話しを進めていく。然しながら状況的に少女は空気を読み何も言わなかった。
呼び付けられたベルンは魔王ディグラスからの指示を受け取ると一度だけ少女の方に視線を飛ばし他の兵士を引き連れて部屋から走り去っていった。
「さて、次は…」
「これはこれは魔王陛下。如何がなさいましたか?」
「ミルトン子爵家並びにバーレット男爵家が謀反を起こした。直ぐに兵を挙げ、討伐に向かえ。そなたは先にバーレット男爵家を止めよ。王城からも兵は向かわせている。うまく挟撃に持ち込んで殲滅せよ!」
「はッ、必ずや!!」
魔王ディグラスは同様の事を行っていく。
魔王ディグラスは魔力ポータルによって映像を投影させながら配下に指示を出している様子だった。
少女は指示を出された配下が先程まで玉座の間にいた様な気がしていた。
少女はそれを見ながら「あのポータルは遠隔通話かしら?意外と便利そう!」「さっきまでいた人達は転移魔術で戻ったのかしら?便利な魔術だからアタシも覚えたいな!」などと気楽に考えていた。
魔王ディグラスは一通り連絡を終えると深い溜め息を付いた。その上でルミネに対して少女を「ルネサージュ伯爵家で匿う様に」と伝えていた。
だがその言葉に少女は真っ向から反論した。
「父様、アタシにも闘わせて下さい!」
「ならん!これはこちらの世界の事。お前には関係のない事だ!」
「確かにアタシはヒト種であり父様の娘で人間界の住人です。ですが、その前にハンターです。そこに敵がいるのならば、それによって困る人がいるのならば倒さなければならない。それがハンターの使命ではなかったのですか?」
少女が放った言葉は過去にハンターだった父親が少女に対して話した言葉だった。
然しながらそれは飽くまでも依頼があればこそ成り立つ使命と言える。
現状では依頼は発生していないので少女の言う使命は本来は当て嵌まらないというのが事実ではある。
だが一方でものは言いような少女の発言に対して魔王ディグラスは顔を歪めていた。
「昔はこうなってしまった娘はもう言った事を曲げなかったが、多分今もそれは変わらないだろう」と半ば諦めモードになった魔王ディグラスだった。
「ルミネよ娘を頼めるか?」
「委細承知致しました」
「それではお前はルミネに付いていきなさい」
「了解したわ、父様!」
「それではこちらへ。御子様の装備はこちらにあります」
「えっ?御子様…?」
魔王ディグラスは少女をルミネに任せた。少女は父親からルミネに任された。
拠って任されたルミネは少女と共に扉によって転移し王城からルネサージュ城に戻っていった。
少女は今現在蒼銀のドレスしか着ていない。流石にそのドレスだけでは戦闘向きと言えない。
魔術戦であれば可能かもしれないが空中戦になった際にそれは年頃の乙女としては凄く恥ずかしかった。
だから戦闘に向かうのであれば本来の少女の装備を着けていてナンボだ。
拠って少女はルミネから装備を真っ先に返してもらうつもりでいたし当然ルミネもそれを考えていた。
「全部揃っているわね。そうだ、ルミネ、精霊石って手に入るかしら?」
「精霊石?魔界では精霊石は取れないですわよ?だけれども、わたくしが幾つか研究用に持っている物がありますから、それをお譲り致しますわ」
「上位の精霊石を各属性1つずつ。これで足りますかしら?」
「えぇ、充分!ありがとうルミネ」
少女はルミネから精霊石を受け取ると屈託のない笑みを向けた。
ルミネはその笑顔にどこか惹かれていた。
「では、戦場へ参りましょう。準備は宜しいですか?」
「えぇ、大丈夫よ。これでいつでも出られるわッ!」
「ところで御子様は、騎乗は出来ますか?」
「騎乗ってコトは馬よね?流石にアタシは今まで一度も馬には乗ったことがないけど、馬って簡単に乗れるモノなの?」
「はあぁぁぁぁぁ。それでは乗れないのと同じですわ」
「そっかぁ。でもアタシは空を駆べるけど馬よりもそっちの方が速いんじゃないかしら?」
ルミネは装備を整えた少女と共に厩舎に行く途中でそんな事を聞いていた。
人間界に於いて文明の発達した現代では馬に乗る機会など殆どない。だから少女もモチロンの事ながら馬に乗った事がない。
それは当然の事だ。
要は人間界と魔界とで文明Lvに大きな差異があるのだ。
その事が少女には驚きだった。
だが一方で少女の言葉にルミネは驚いていた。
それは少女が「とべる」という事にだ。
「飛翔航行」の魔術は「魔界」ではあまり使われない。
それ故にあまり知られていない。
何故なら一般的な魔族は自身の形態を変化させる事により翼を生やす事が出来るからである。
故にルミネは魔族でない少女は「飛翔航行」を使えるのだろうと考えた。
「それなら話が早いですわ。お父様の兵は騎馬ですが、空を翔んで行けるのでしたら早く追いつく事が出来ますわ!では、早速参りましょう」
ルミネは自己の形態を変えることをせず光をその身に纏うと空に浮かんでいった。
ルミネは翼によって飛ぶのではなく魔術に拠って翔ぶ事を選んだ。それは少女が魔術によって空を翔ぶのであれば翼による飛行よりも早いからでありそれを見越しての事だった。
「分かったわ!でも魔術で空を翔ぶなんて、ルミネって凄いのね!」
「えっ?それは一体どういう事ですの?」
「その言い方だと魔術ではない飛翔の方法があると?魔族ではないヒト種が魔術以外で空を飛翔ぶ為の方法が?」
ルミネがそんな疑問を持ち言葉には決して出さずに心の中で呟いていると少女はルミネの疑心などお構い無しに「ブーツオン」と言葉を紡いでいった。
少女が発した言の葉に拠って履いているブーツの靴底を中心に力場が生まれ少女は宙に浮いていった。
「重力には逆らえない」
それは至極当然の事である。だが一方で文明は新たなる真髄たる魔導工学を日々進歩させていった。
先に「重力を司る魔術」の発見・発明があった。
人が発見・発明したモノを違う誰かが発展させていく。拠ってそれを発展させた事に拠り「重力石」が生産される様になった。
今度はそこに「火の精霊石」を足す事で推進力を産み出す発明が産まれた。
こうして人は魔術ではなく魔導工学により空を駆ぶ事に成功したのである。
そしてそれは20世紀初頭に興った。
技術革新により空を駆ぶ事が可能となりハンターの基本装備にブーツも付け加えられる事になったのは必然だった。
一方で少女が履いているブーツは特注品と言える。
炎の古龍種を討伐した際に特注でチューンナップされているからだ。
拠ってハンターに支給される通常のブーツよりはるかに高性能のブーツであるがこれはまた別の話しである。
結果として2人は馬よりも遥かに速く空を翔び駆け抜けていく。
その事からルミネは自身の魔術とまるで遜色がない少女の使用しているブーツや身に着けているデバイス等の魔界にはない「魔導工学」に深い興味を抱くようになっていった。
2人がルネサージュ城を飛び立ち1時間程経った頃に2人は同時に遠くの大地で土煙が上がっているのが見えた。
2人は顔を合わせ目配せをすると互いに頷く。
それは前以って段取りでもしていたかの様に意思疎通が出来ていた証拠だった。
2人は正面から強襲し戦闘を繰り広げるのではなく2人が左右に別れて反乱軍を奇襲し2方向から挟撃する事をお互いの目配せだけで結論付けたと言える。
「デバイスオン、索敵モード」
「さぁて、反乱軍はどっちかしら?」
少女は空を駆けながら敵の位置を確認していく。
魔族であり魔界の事情に詳しいルミネと違い少女はそこまで魔界の情勢に明るくない。だからこそどちらが敵か分からないのは至極当然と言えた。
拠って少女は索敵した結果から判断した。
自分の来た方向へと向かっている集団を敵と認識したのである。
「じゃあ、あっちが反乱軍ね?それじゃいっくわよーッ!」
「我が手に集え、光の力よ!我が前の敵を薙ぎ払い給え!光の槍兵・36柱」
「攻聖光槍!」
少女はマナを編む。
そしてそこから生み出された光の槍兵達は次々と敵目掛けて特攻していった。
魔術は編まれた魔力を「力ある言葉」で変換し発動する。然しながら使える魔術は魔術特性を持っている事を前提とした上で無属性を除けば自分が扱える基本属性だけが使える。
更には力ある言葉の前に「詠唱を紡ぐ事」更には「詠唱の小節を増やす事」で威力を高める事が出来る魔術も存在する。
必ずしも詠唱を紡がなければならないワケではないがそれは「魔力を編まない」という事にあたる。
「魔力を編まない」という事は本人の体内のオドだけで魔術を行使する事になる為にオドの総量が少ない場合はその火力が落ちるばかりでなくオド枯渇によって意識を失う場合もある。
即ち「詠唱」に拠ってマナを編まなければ大多数の種族は「魔術を行使出来ない事になる」と同義だ。
今回少女が編んだマナは二小節だ。それは「マナを殆ど編んでいない」とも言える。
故に本来であれば36柱もの光の槍兵を生み出す事は不可能だ。
然しながら少女がルミネから教わった「アタシはオドだけで魔術を行使出来る」という事実を知ったからこそ「思い付き」とも呼べる実験を急遽戦場で行ったのである。
青天の霹靂とも言える突如としてやって来た空からの奇襲。それは反乱軍を明らかに浮足立たせていった。
そしてそれは正面から突撃したアスモデウス軍と拮抗していた反乱軍との間にある均衡を崩す形となった。
結果として反乱軍は陣形の中央をアスモデウス軍に抜かれていった。
中央を抜かれた敵の陣形は総崩れとなり潰走していく。
アスモデウス軍及び奇襲を行った2人によって反乱軍が掃討されるまでにそれほど時間は掛からなかった。
反乱軍は潰走し脱兎の如く散り散りになったがその中にミルトン子爵家の当主・ベルゼブブ子爵の姿はなかった。
アスモデウス軍は反乱軍を潰走させると進軍速度をあげミルトン子爵家の居城まで残り10kmの所に陣を張って様子を見る事にした。
「そうか、ベルゼブブは反乱軍の中にいなかったか」
「お館様!今こそ打って出る機会と心得ます!」
「何卒自分に一軍をお与え下さい。敵首魁を捕らえてみせます!」
「お館様、そのお役目は是非某に!」
「お館様!」 / 「お館様ッ」 / 「お館様ー」
「失礼致しますわ」
「お父様、そのご様子ですと、首魁のベルゼブブ子爵はいなかった様で御座いますね?」
「ルミネよ、お前ならこの戦をどう読む?」
「それは他の将軍の方々を差し置いて大変申し上げにくいですわ」
「構わぬ。ルミネの意見を聞きたい」
「かしこまりました。それでは僭越ながら」
「魔王陛下は城内の兵を2つに分け、ミルトン子爵家及びバーレット男爵家に向かわせております」
「よって直に反乱軍は平定されるでしょう。ですが今、王城の守備は薄くなっていると思われますわ」
「もしも、仮に「もしも」ですが、反乱軍の首魁が王城内の様子を今も窺っていたとしたら、一考の余地として恐らく次の出方は…」
軍議の最中にルミネは少女を連れて幕舎の中へと入った。
少女は躊躇っていたがルミネがそそくさと入っていこうとしたので止められず付いていく事にした。
幕舎の中でルミネが自分の考えを紡ぎその言の葉を受けたアスモデウスは頭から血の気が引いていった。
「ヴァイス!お前達はここに留まり、王城からの援軍を待ってミルトン子爵家の居城を攻めよ!先に反乱軍が出てきてもその場合は積極的に攻めず守りに徹しろ」
「ルミネよ、先の言を信用するとなると首魁は王城に潜伏している事になるな?」
「えぇ、そうなりますわね」
「それならばルミネよ、我を連れ、扉で王城まで共に参れ!敵首魁が現れるならそこで素っ首打ち取ってくれる!そこの者、先の奇襲を見させてもらったが、貴様も戦力として計算させてもらう。ルミネと共について参れ」
「えっ!アタシも?」
「なんだ?不服か?」
少女は突然の呼び掛けにちょっとだけ動揺した。然しながら少女がルミネを見るとルミネも少女を見て頷いた。
拠って少女もまた首を縦に振ることにした。
「分かったわ。アタシも一緒に行かせてもらうわッ!」
「それでは、お父様宜しいですか?」
「うむ。陛下の元へといざ参る!」
ルミネは杖で陣形を空中に描き扉を出現させていく。幕舎の中に扉が現れるとアスモデウスを先頭にルミネと少女もその中に入っていく。
3人が入り終わると扉は光の余韻を残して消えていった。
「ベルゼブブ、マモン、いい加減に出てきたらどうだ?」
誰もいなくなった玉座の間で魔王ディグラスは低いながらもよく通る声を上げていた。
「流石は魔王様。よもや私達が隠れていた事をお見通しだったとは」
「ここは、余の城なのでな。どこに隠れていようと余に分からぬ事はない。さて、何が目的だ、お前達」
「目的も何も、魔王様のお命を頂戴したいだけでございますよ」
「ほう?余の命とな?」
「よもや余の命を簡単に取れるとは思ってもいまいな?」
「抜かせッ!くらえぇ、強刺突閃!」
魔王ディグラスは階段下の2人に対して圧を放っていた。
2人はその圧には屈せずにその内の1人のマモンが腰の剣を抜くと斬りかかっていった。
きぃぃぃぃぃん
「なん…だとッ!」
「ふむ。なんだ、その程度か?」
「マモン!今度は私の出番だッ!」
「眷属召喚ッ!!」
しゅばばばばばばばばばばばッ
マモンの放った刃はディグラスの数歩手前で見えない壁の様なものに当たると甲高い音を立てて弾かれていく。
更にマモンの剣技が弾かれるとベルゼブブがディグラスに対して攻撃を仕掛けていった。
ベルゼブブは無数の蝿達を召喚しその蝿達はディグラス目掛けて突撃していく。だがマモンの剣技を弾いた見えない壁に触れると無数の蝿達は1匹もその壁をすり抜ける事なく悉く爆散していった。
「言ったであろう?ここは余の城だと。お前達の攻撃など余に届く事は一切無い!!」
ディグラスの前にある見えない壁。それは王城が展開している絶対防御の壁。
王城が主を守る為に行っている完全防御特化型の魔術障壁である。
「えぇ♪それでは困りますねぇ。えぇえぇ♬大変に困ります困ってしまいます」
どこからともなく中性的な声が響いていく。更にその声の主の位置を城が特定出来ていなかった。
ぱりいぃぃぃぃぃん
マモンとベルゼブブの攻撃をいとも簡単にしのいだ絶対防御の壁は突然弾けた。
何が起きたのか分からないまま無残にも粉々になっていった。
その光景にディグラスの顔には驚愕が浮かんでいた。
「さて♪お2人さん今のうちですよ。さてさて♬ただの見学のハズでしたが、これにて無事に魔王は討伐出来そうですね。さてさてさて♫これでお役御免ですかねぇ」
「い、一体何が起きたというのだ?」
「何故ああも簡単に絶対防御の壁が破られた?!一体、何をされたのだ?」
「それでは改めて魔王様。今度はちゃんと私達の攻撃で死んで下さいませ」
「行きなさい!眷属召喚!」 / 「くらえぇぇ!強刺突閃!!」
「今は何故と考えている時間はないようだな」
「ならば先に裏切り者を倒さねばなるまい!」
「簡単に殺せると思うなッ!出よ、ハールーンノヴァ!」
意味の分からない攻撃による絶対防御の壁の破壊は魔王ディグラスを混乱させていた。
更には声だけの相手の存在感は驚愕を超えて畏怖を抱かずにはいられなかった。
「これしきの状況、劣勢にもならぬッ!」
きぃんききぃん
しゅばばばばば
魔王ディグラスは自分の愛剣を召喚した。それは所々で禍々しく又割れした複数の刃で構成された漆黒の片手剣で名前をハールーンノヴァと言う。
ディグラスは愛剣を手に取り構えると再び特攻してきたマモンの剣技を悠々と跳ね返す。
魔王ディグラスはマモンの剣を弾いたが今度はベルゼブブの無数の眷属達がディグラスに襲い掛かっていく。
流石に一振りの剣では無数に襲い掛かってくる眷属達全ての対処は難しかった。因って眷属達は魔王ディグラスの元に辿り着き触れた瞬間に小規模な爆発を起こしていった。
「ぐっ」
「流石に剣1本では分が悪いな。だが威力は小さい」
「これならば大したダメージにはならぬな」
「だが慢心はせぬッ!」
確かに魔王ディグラスにとって爆発のダメージ自体は大したことが無かった。然しながら立て続けに喰らえばいずれ削りダメージの蓄積で危険な状態になる事は理解していた。
近距離はマモンの剣技が迫る。距離を取ればベルゼブブの眷属が襲い掛かって来る。
1対1ならば決して負ける事など考えられない相手達だがショートレンジからミドルレンジを1度に相手をするのは流石に骨が折れると言っても過言ではない。
然しながら魔王ディグラスとて伊達や粋狂で魔王をしている訳では決して無い。
更に言えば人間界でハンターをしていた際の経験が役に立っていたとも言える。
拠ってディグラスは一振りの剣だけで相手にするのを潔く止めた。何も1つの武器縛りなんてモノはないしそもそも相手が殺しに掛かっているのに悠長に相手をする必要性すら皆目見当もつかない。
拠って右手に愛剣。左手には魔杖を構え二刀流で2人からの攻撃を捌いていく。
然しながらその応酬はお互いに決まり手のないまま続く。
因って徒らに時ばかりが過ぎていった。
魔族故に膨大なオドを湛えているという事実は小競り合い程度の魔術や魔力攻撃には決まり手がない事を指している。
その事から決着の行方は大魔術の行使が出来ない現状に於いては剣で致命傷を与えるか時間を掛けて体力値を削り切るしかない。
だが一方でマモンの剣の腕は魔王ディグラスより高いとは言えない。そんな二流とも言える腕の為にベルゼブブの援護は必要不可欠だった。
拠ってそれがあればこそ同等に闘えるのである。
魔王ディグラスを襲っている2人に焦りが出始めてきていた。
2人掛かりで闘っているにも拘わらずいつまで経っても有効打も致命傷も与えられず時ばかりが過ぎていく。
最初の頃はスキを突くことで当たっていた攻撃が次第に当たらなくなっていく。拠ってダメージの蓄積も完全に期待出来なくなっていた。
完全に2人のジリ貧だった。
そんな状況は焦りを徐々に募らせる結果となっていく。そして更に事態は急展開を迎えていった。
「ご無事ですかッ、魔王陛下ぁ!」
「ッ!?」 / 「なにッ?!」
突如として玉座の間に扉が現れそこから雄叫びと共にアスモデウスを始め3人が現れてきた。
それは2人からしたらそれは寝耳に水であり予期せぬ闖入者だった。
闖入者の登場は徐々に募らせていた焦りを激しい動揺に変えて奔らせていく。
アスモデウスは魔王ディグラスと闘っている2人を見付けると細剣を両手にそれぞれ持ち雄叫びを上げながら勢い良く向かっていった。
アスモデウスは先ずはマモンに斬りかかっていた。そしてその剣撃は身体に動揺を奔らせていたマモンをしっかりと捉えていた。
だがそれはマモンを斬り捨てる事なく空中でその動きを停止させられていた。
その光景に驚いたのは他ならぬマモンである。一方でアスモデウスの表情には明らかな苦悶が浮かんでいた。
「おや♩いい勝負でしたのに、横槍は感心しませんねぇ。おやおや♪横槍じゃなくて剣でしたね。あははは。おやおやおや♫いいとこなので邪魔をしないでもらえますかねぇ」
「ぬっ。ぐぬぬッ。い、一体な、何を…した?」
「おや♩見えませんか?おやおや♫見えないんですかね?おやおやおやまぁまぁ♪仕方がありませんねぇ」
姿が見えないモノからの声が響き渡るとアスモデウスの剣や身体に巻き付いている光の帯が現れていった。
光の帯の先には1人の男がいた。
髪は銀色で短く背は低め。目はエメラルド色の虹彩を持つ三白眼。その佇まいは魔族とは言えないどこか変な感じがしている。
だが一方でヒト種にも見えなかった。
巻き付いていた光の帯は静かに撓るとアスモデウスを宙に持ち上げてマモンの側から引き剥がしそのままアスモデウスを玉座の間の壁へと叩きつけていく。
「ぐはぁッ」
「あははははは。それッ♫それそれぇッ♬」
「ぐはッ」
「おや♫意外としぶといですねぇ。おやおや♪まだまだイケますかねぇ?」
「お父様ッ!」
「まぁ♩娘さんが呼んでますよ?まぁまぁ♪手を振ってあげないんですか?悲しんでますよ?」
「くそっタレ」
銀髪の男は高々と嘲笑いながらアスモデウスを振り回し縦横無尽に傍若無人に壁に床にとアスモデウスを叩き付けていく。
その光景を見ていたルミネから出た声は悲痛な叫びになっていた。
その時、風が動いた。
動いた風はアスモデウスを捕らえている光の帯を両断し返す刃で銀髪の男に斬り掛かっていく。しかし銀髪の男を狙った斬撃は空だけを薙いでいた。
「またアンタなの?こんな所でもアンタにだけは会いたくなかったわ」
「おやまぁ♪同感ですね。おやおやまぁまぁ♬ワタクシもアナタには会いたくありませんでしたよッ。ふぅ」
「へぇ、気が合うなんてシャクに触ってシャク過ぎるから、とっとと出てってもらえるかしら?」
「まぁ♩本当に気が合いますね?まぁまぁ♬ワタクシも全く同じ事を考えておりましたよ!おやおやまぁまぁ♩」
銀髪の男は少女に向かって幾重にも光の帯を放っていく。それは逃げ場がない程までに目の細かい網の様だった。
「貫け!流星闇弾ッ!!」
「不意打ちとは言え、よくもやってくれたな。この借りは倍、さらにその倍返しでも済まんさんぞ。貴様の命で、贖ってもらおう!」
「おぉ♫威勢が素晴らしいです!おぉおぉ♬娘さんの前で格好をつけたいのですね?今日は保護者の大運動会ですね!!おやまぁ♫」
「ほざけッ!!穿て!流星闇弾ッ!」
「ルミネよ、銀髪の男は我が殺る。お前はあの娘と共に魔王陛下の元に早く行けッ!」
少女に向かっていた光の帯をアスモデウスは叩き落としそのまま銀髪の男へと向かっていく。その間にも弾幕の様に魔術を放っていく。
更には魔術を放った後で次から次へとアスモデウスは周囲に魔力弾を展開したまま固定していく。
特攻を仕掛けていくアスモデウスのその姿は勇ましいが安い挑発に乗り額にいくつも青筋を浮かべ口を「への字」にしながらだったのがルミネはとても残念だった。
ルミネはアスモデウスの言う通りに少女の元へと短距離の転移を行う。更にはそのまま少女を連れて今度はディグラスの側まで再度短距離転移を行った。
「とくと味わい喰らえ、流星闇弾!」
アスモデウスの周囲に展開されていた魔力弾は魔術用の弾丸のストックだ。
拠って銀髪の男の周囲に誰もいなくなった事からアスモデウスはストックを全て解放し一斉射した。