マナとオドと調査とアレ ν
人間界に於いて魔族は混沌と破壊を齎す絶対悪とされていた。
だからこそ少女はこうして目の前にいる魔族と普通に会話している事に不思議に思えていた。
今までに刷り込まれているモヤモヤ感はどうしても拭えなかったが会話が成立する相手であれば話しをするし、その前にこの世界は「魔界」なのだからどちらかというと自分の方が異質な存在なのだと少女は自分に言い聞かせていた。
そんな考え事をしながらルミネの話を聞いていたワケだが気付けばルミネは話しを終えて少女の方を見ていた。
少女は考え事のあまりルミネと視線が交錯していた事に気付いていなかったと言える。
「あの…聞いていらっしゃいますか?」
「う、うん、聞いてた聞いてた。周囲のマナを練らないとアタシらは魔術を行使する事が出来ない」
「だけど体内のオドだけじゃ、簡単な魔術が精一杯だもの。逆に精霊種や魔族は話しが違う。体内のオドだけで充分過ぎる程に強力な魔術を行使出来る。それにマナも練らないから詠唱もしないで時間短縮!!そういう事でしょ?」
ルミネの読み辛い表情から推察した「お怒りモード気味」を取り繕う様に少女は自分が知っている知識だけで応じた。その為、ちょっと苦しいのはご愛嬌というヤツだ。
「えぇ、精霊種はオドにマナをプラスする事で更に強力な魔術を使う事も出来ますが、魔族はマナが溢れている世界でさえ、マナを使わずオドだけで魔術を行使しようとするのです」
「えっ?!それじゃあ、魔族はマナを使えないって事?てっきり、魔族も精霊種と同じで自分のオドにマナを乗せてるものだと…」
「いいえ決して使えない訳ではありませんわ」
「ただその…マナを練るのが苦手というか…時間が掛かるというか、、効率が悪いというか…ま、まぁ時間をかけてマナを練るのであれば、自身のオドを使って魔術を行使する方が早い!というような感覚だと思って頂けると嬉しいですわ」
ルミネの言葉にしては今までと異なりか歯切れが非常に悪い。それに凄く分かりにくい表現だったがその点について少女は察する事にした。
要は「マナの練り方を忘れてしまったんだ」と。
心を読まれたら察した内容がバレるので多少ドキマギしながら。
「なるほど、だから、マナを早く練る方法が知りたい。研究したいという事かしら?」
「それもあります。ただ、わたくしは凄く気になっているのです。何故、貴女様は体内にわたくし達魔族と同じか、それ以上のオドを湛えていながら、更にマナを練るのか?という事です」
「えっ?それって、どういう事?アタシのオドが魔族と同じかそれ以上??そんな訳無いじゃない!今までだって、マナを練らなきゃロクに魔術も使えなかったし。そんなオドがあるなら…」
少女は唐突に紡がれたルミネの言の葉の意味に対して正直なところ全く理解が追い付いていない。だが一方で過去にあった奇妙な出来事を思い出していた。
少女の記憶の中には確かに心当たりが全く無いワケではない。
でもそれは特殊な状況になった時に起きた事だ。それ以外に於いては今までと同じでオドのみで魔術を行使した事は無かった。
ヒト種であれば体内のオドのみで魔術を使う事は基本的にはしない。
「出来る筈がない」そう教えられているからだ。
それに戦闘中に微小なオドのみで魔術を使おうものならオド枯渇で意識を失う可能性もありそれは危険な行為と言える。たとえ行使出来ても魔力不足で火力の弱い魔術よりは武器の1つでも振った方がよっぽど効率的にダメージを与えられる。
それ以前にデバイスを使えばマナを効率よく集められるからオドのみを使う状況にはよっぽどの事になっても陥らないと言える。
「オドのみで魔術は使えない」という事を信じきっていた。だからこそ、それに従い今まで試したことすらなかった。
「先程、貴女様のマテリアル体とアストラル体の関係性を少し変えさせて頂きましたと申しましたよね?その時にわたくしは気付いたのですわ。貴女様の中にある膨大なオドに」
「でも、その様子ですと、その事には気が付いてはおられなかったのですわね?」
「えぇ、ルミネに言われるまで知らなかったわ」
「簡単に申し上げますと、貴女様のアストラル体とマテリアル体の関係性を今は半々に調整してありますの。だから、容易にご自身でアストラル体の中にあるオドを感じ取れるハズですわよ?」
ルミネは優しく言の葉を紡ぎ動揺を顔に出しまくっている少女を諭すように話していた。
少女は今までの価値観が崩れそうで信じられないながらもルミネの指摘通り自分の中に意識を向けてみた。
すると確かに何かを感じる事が出来たのである。
それは過去に感じた事のあるあの特殊な状況下で感じた自分の中にある何か。
それが自分の中にあるオドだと感じ取った時、少女は意識を失いその場に倒れ込んでいった。
「さて、ルミナンテ、申し開きはあるか?」
低く威厳のある言葉が響き渡っていく。
声の主はこの城の主である。即ち、ルミナンテの父親。ルネサージュ伯爵家、現当主。
アスモデウス・ネロ・ヴァン・ルネサージュ伯爵その人である。
黒く長い光沢のある髪を後ろで結びその瞳は赤色に輝いている。
座っている為に身長は分からないが細身のスラッとした身体に黒い魔獣の革のロングコートを羽織っている。左右の腰にはそれぞれ細剣が差してあるが革のロングコート以外に防具を身に着けている装いではない。
長い髪や服に装飾品の類を一切身に着けてはいないが左手の五指全てに嵌めている指輪が怪しげに輝いていた。
そんなアスモデウスはルネサージュ城の玉座にて不機嫌そうな表情をしながら座っている。そして玉座の下で屈み込む様に礼を尽しているルミネには父親の表情が容易に想像出来ていた。
「申開きは無いのだな?」
威厳のある声は圧を増して再びルミネに対して投げられていく。
-・-・-・-・-・-・-
少女が自身のオドに触れた瞬間の事。
少女は自分のオドの暴走に意図せず巻き込まれていった。
その結果として少女は意識を失った。だが話しはそれだけでは終わらない。
意識を失った事でその暴走は止める事が不可能となり暴走した膨大な量のオドは逃げ場を求める動物の様に巨大な槍へと変化を遂げた。
その結果ルミネの私室兼研究室の天井を突き破り光の蛇のようになった槍は空へと昇って消滅した。
アスモデウスは自分の城の中で突如として起こった強大な魔力の波動を敏感に感じ取っていた。そして空へと登る光の槍をその眼で見たのである。
「何かの異常が城の中で発生した」
そう判断したアスモデウスは光の槍が飛び出した場所即ちルミネの私室兼研究室に原因があると考えそこまで即座に転移した。そしてそこでルミネの他に倒れている少女を見つけたのである。
アスモデウスは倒れている少女の対応を城に勤める執事に任せるとルミネを玉座の間に招集したのであった。
「では、質問を変える。あの者は何者だ?」
「ルミナンテよ、あの者の事をどれだけ知っているのだ?」
ルミネは何も解答しない。それはまるで黙秘権を使っているかのようだ。
アスモデウスは頑として終始無言を貫くルミネを見ている内に自分の質問に意味がない事を悟った。
「ルミナンテは何も知らない」その解答を終始無言のルミネから察したのである。
要はあの少女を庇い無言でいるのではなく(多少はそれもあるのだろうが)答えられないから応えないのだと考えるに至った。
「お父様、あの者を如何がなさるおつもりで御座いますか?」
「あの者が何者か分からない以上、今ここで結論を出す事は出来ない。ヒト種であるならば、偶然「魔界」と繋がった穴に落ちてきたのであろう」
「だが、その方法でやってきた者を元の世界に戻す手立ては無い。それはお前も分かっておるだろう?」
「はい。それは承知しております。ただ…」
「ただ…何だ?気になる事があるのならば、はっきりと申すが良い」
「あの者はヒト種でありながら、その体内に膨大なオドを抱えており、また、マナを制御する力も持ち得ています。そして、あの者は…」
先程までの不機嫌な状態ではアスモデウスは何を言ってもダメだろうと考えたルミネは策を打っていた。
少なくとも話しを聞いて貰えると判断するまでは黙秘したのである。
そしてその後は撒き餌をした。
もし撒き餌に喰い付くようならルミネに勝機があると考えていたからだ。
結果として撒き餌は成功しルミネの口から紡がれ齎された言葉はアスモデウスから言葉を奪った。更にはその自我と冷静さを一時的に喪失させるに至ったと言える。
「こ、根拠はあるのか?根拠も無しにその様な妄言を言えば、例えルミナンテ、貴様でもただでは済むまいぞ!あの者が、我らが王と関わりがあるなどと!」
アスモデウスの語気は荒くなっていた。
何故ならばそれはルミネから…。
「あの者は陛下の実子の可能性が御座います」
…と、言う事を聞いたからである。
少女に扉を潜らせて城内の私室兼研究室に招いた際に少女のアストラル体の調整をルミネは行った。
その時少女のその身の内に秘めた膨大なオドを知りそのオドがこの国の王である魔王ディグラスに極めて近いモノである事を感じ取っていた。
だが一方で懸念はある。
何故ならば魔王ディグラスは正妃及び側室を娶っていない。
従って子供はいないハズである。
然しながらあのヒト種の少女のオドに魔王ディグラスに近い波動を感じたのもまた事実である。
更には純粋な魔族である魔王ディグラスの娘が純粋なヒト種と言うのも抵抗があった。
「お父様、お願いが御座います」
拠って少女を拾ったルミネの「お願い」にアスモデウスは頭を悩ませる事になった。
「ここは、どこかしら?」
頭がふわふわしていて何も考えられない。
自分の身体は感じられるのに自由に動かせない。
「ここは、一体どこかしら?」
そう言えば自分の名前すら思い出せない。
何か大事な事をさっきまで覚えてたハズなのにそれはもう思い出せない。
目覚めるとベッドの上だった。
天井は白く小さめのシャンデリアのような照明が付いている。周囲には装飾品はおろか家具すら見えない。
部屋の中心にベッドが1つ。それ以外は扉も窓も何もない殺風景な部屋だった。
それはただ寝る為だけの部屋の様相と言えた。
少女は自分の身体を触る。
身体の隅々に至るまでまさぐるように入念に触った。
装備は何も身に着けていない。武器も防具もデバイスも全てだ。そして、それらは見渡す限り見付からない。
一方で服は着ている全裸というワケではない。
股や胸元はスースーするから下着は身に着けていないと思う。いや、まさぐるように触ったから知っている。
下着は着ていない。一方でそれはそれで恥ずかしいし着替えさせてくれた誰とも知らない人に全裸を見られたと思うと更に恥ずかしさがこみ上げていた。
「恥ずい///恥ずかしくてしんじゃいそぉ」
ところで着させられている服は寝間着だろうか?肌触りがとても良い。
蒼い銀色のこんな材質は知らない見た事ない。一見すると絹の様にも見えるが「魔界」にあるのだろうか?一体なんの素材から出来ているのだろう?
そうやって考える事でこみ上げた恥ずかしさを抑える事に必死だった。
そんな事を考えていると段々と恥ずかしさは徐々に薄れていった。少女はベッドに縛り付けられているわけではないので起き上がってみることにした。
それは好奇心が大いに優勢だった。
寝間着と思っていたのはドレスだった。
サラサラとなびくような美しい蒼銀のロングドレスだ。多少、胸元が余っているが気にしない。
気にしたら負けだ。
多少じゃないが多少と言いたいお年頃であってその事に深く触れてはいけない。
話しを戻すと首周りには白いレース、裾の部分にはフリルがあしらわれていてとても可愛らしい。
一見すれば子供向けの絵本の中にあるどこかの大きな国のお姫様のようにも見える。だがこんな姿を口の悪い知り合いに見られでもしたら「馬子にも衣装」とか「似ても似つかない」とか「着させられている服が可哀想」などとバカにされるかもしれない。
そんな事を考えるとイライラしてくるがこう見えてアタシもオシャレしたい女の子に変わりはないと悟らされた。
まぁ、普段は絶対にしないし自分の屋敷にこんな服は一着もないが。
ところでこのドレスはどこかで見たような気もするけど…などと考えていると少女の前に見覚えのある扉が現れていった。
「お目覚めになられましたか?」
そう言って扉から出てきたのはルミネだった。
「そうだ!今、着ているのはルミネのドレスなんだ」
「でも、なんでドレスなんて着させられているのだろう?」
思ってみただけで言の葉としては紡がない。
「貴女様に会わせたい方がいらっしゃいますので、こちらに来て頂けませんか?」
「うん、行きたいのはやまやまなんだけど」
「どうかなさいましたか?」
「ちょっと股と胸元がスースーするの。下着が欲しいんだけど…」
「あらまぁ!それは大変ですわ!!」
ルミネは急いで少女の為に下着を用意した。本来ならば貴族の令嬢が行う様な事では絶対にないハズだが、それはルミネの配慮だったのかもしれない。
少女は恥ずかしさで死んでしまう事がなくなった後で改めてルミネによって誘われていった。ルミネからの誘いに「誰に会わせたいんだろう?」と考えながらも、
この世界から戻る方法でも教えてもらえるのだろうと安易な考えをもって少女は扉を潜っていく。
長い長い廊下をひたすら歩いていた。等間隔に窓があるが窓から外の景色は見る事が叶わない。窓の位置が比較的高い位置にあるからだ。採光用の窓だろうか?
その窓からは紫色の空が覗いている。
廊下の壁には装飾があるがそれが何を表しているのかは分からない。
ルミネは何も話さない。だから少女も何も話さずにただ殺風景な廊下を歩いていた。
蒼銀のロングドレスを2人でたなびかせながら。
長い廊下をゆっくりと歩いているが途中で誰ともすれ違わなかった。
「この城には自分とルミネ以外、誰もいないのかしら?」
そんな疑問がふと頭を過ぎると正面に大きな扉が見えてきていた。
扉の横にはフルプレートメイルを着た門番が左右に1人ずつ。微動だにしない事から少女は鎧の飾りかもと考えていた。
2人が近付くと扉は自動的に開いていく。
少女はルミネの後ろに付いて歩き恐る恐る中に足を踏み入れていった。
部屋に入るとそこはまるで別世界の様だと少女は感じていた。
-・-・-・-・-・-・-
「お願い…だと?」
「はい、わたくしが王都へ行く許可を頂けませんか?王都へ行き、直接魔王陛下にお話ししたく存じます」
アスモデウスに対してルミネが言った「お願い」の内容はアスモデウスが考えていた通りだった。
それは想定通りだったのだがその結果アスモデウスは頭が痛くなった。
確かに魔王の実子であるか否かを聞くのであれば本人に聞くのが1番手っ取り早い。「心当たりがありますか?」と。
大抵のモノであればそんな事を異性から聞かれればキモを冷やす事は間違いない。だがそれを身分の高い魔王本人に問うのであれば聞かれた側よりも聞く側がキモを冷やさずにはいられないだろう。
だがここからが問題になる。
仮に魔王が「実子である」と認めれば魔王の「後継者である」と認めたのと同じなのだ。然しながら実子はヒト種だ。
それを側近が認めるとは到底思えなかった。
逆に魔王が「実子ではない」としたならばそれは王に対する不敬である。そもそも「心当たりがありますか?」と問うこと自体が不敬なのはこの際置いておく。
然しながらそれは一方で後継者争いに巻き込まない為に公表をしていないのかもしれないとも考えられる。
どちらにせよ、リスクは非常に大きい。
従ってルミネはアスモデウスがそう考えるであろうと考えた上で「王都に行かせて欲しい」と言ったのである。
ルミネが「ルミネだからこそ出来る可能性」を持っていたからとも言える。
「リスクが高過ぎる」とアスモデウスは考えていたが「もしかして賢いルミネなら良い方向に転ばすかもしれない」とも同時に考えていた。
魔王が実子を公表していないこの状況で実子かもしれない者を保護しているとすれば評価が上がる事はあっても下がる事はない。
逆に実子でない場合は非常にリスキーではある事に変わりは無いが…。
そこはルミネがなんとかするだろう。
アスモデウスは正直なところ相当に頭を悩ませていたが「それでも王都ラシュエに行かせて欲しい」というルミネに根負けし王都へ行かせる事を渋々ながらも許可したのである。
要は「腹の探り合い」はルミネを勝者としたと言える。
「それでは、行って参ります」
ルミネは早々に支度をすると王都への扉を開きアスモデウスに一言だけ残し扉を潜っていった。
王都ラシュエはルネサージュ城から人間界の距離計算で約500km南下した所に位置する。
「魔界」は今から約600年程前に統一され王は王家の者か、王が認めた者のいずれかが跡を継ぐことになっていた。
だがその一方で魔族は長命種である。
拠って現在の魔王ディグラスは国が統一されてから数えて2代目の王であり王に就任してからまだ10年と経っていない「新参の魔王」と言える。
ルミネは転移魔術により王都ラシュエに到着すると足早に王城に向かっていった。
ルミネはかねてから魔王ディグラスより王城への出入りを自由に許可されている事から城門に於いても顔パスで入る事が出来る。
ただし魔王ディグラスとの謁見に於いては顔パスは通じず必要な手順を踏まねばならない。
拠って魔王ディグラスの政務の内容次第では謁見までに数日から数ヶ月を要する事から急ぎ謁見を申し込む事にしたのである。
「ルネサージュ伯爵家のルミナンテ様で御座いますね。本日は魔王陛下への謁見で宜しいですか?」
王城の受付で謁見に関する書類を渡す。書いてある内容の中に少女の記載は一切無い。
更に書いてある内容も実に簡素化したものだけを書いておいたのであった。
「謁見時にご報告する詳細が書かれておりませんが?」
「申し訳ありませんが、魔王陛下から兼ねてより内密に調査する旨の結果が参りましたので、書類上に詳細を書く事が出来ません」
ルミネはそれだけ話すと逃げるように受付から離れ座って待つ事にした。
対して受付は「内密な調査」と言われた以上深堀りする事は自分の生命に関わると考えたようで恐る恐る席を外していた。
「おや?これは、ルネサージュ伯爵家のルミナンテ様ではございませぬか?」
「貴方様はリヴァイアタン子爵様のところの…」
ルミネは話しかけてきた者は背の高い騎士だった。
立派なフルプレートメイルを身に纏っているが兜は小脇に抱えている。
ルミネはその者の名前を知らなかったが身に着けているフルプレートメイルの紋章からサージュ家と知りそこの当主・リヴァイアタン子爵の名前を出したのである。
「お話しをさせて頂くのは初めてでございますね。我輩はサージュ家に仕えております、ベルン・ラルダグリフと申します。今は主より王城の警備部門長の任を賜っております」
「サージュ家は代々、王城警備と海の安全を担っておいででしたわね。それにベルン様と申せば、王城に於いて剣で右に出るもの無しと言われる程だと風の噂で聞いております。お近付きになれて光栄ですわ」
「ところで、今日はどの様なご用件でこちらに?また、いつもの研究で御座いますか?」
ルミネから社交辞令で褒められたベルンはご満悦の様子だった。
そして機嫌を良くしたベルンは饒舌になっていく。
一方でルミネは王城では何かと色々な者に知られている。その為に自分が相手を知らなくても相手は自分を知っている事が多い。
ベルンもどうやらその内の1人と言える。
「今日は魔王陛下への謁見で伺いました。ですが、中々、謁見を賜る事が出来なくて、ここで待っているのですわ」
「可怪しいな、今日の陛下は特に政務が重なってはいないハズ…よし!それでしたら、我輩が話を通しておきましょう。少々、お待ち下さい!!」
ルミネは憂鬱な表情を作り憂いを帯びた瞳で上目遣いにいじらしくベルンを少しだけ見詰めた。更には恥ずかしそうに視線をズラすと手遊びをしてモジモジとしている。
そんなルミネを待たすまいとベルンは足早にどこかへと行ってしまった。
ルミネはラッキーだった。
あざとい仕草が功を奏したとも言える。
本来であれば受付から手順を踏み謁見の許可が出るのは今回の簡素化した書類では早くて5日は掛かるだろうと考えていた。それがベルンを通してすんなりいけば早々に謁見は叶うかもしれない。
急を要する内容や爵位を持つ者であれば手順が略式化される。そうなればその日の内に謁見が叶うだろうが、ルミネはただの伯爵家の令嬢というだけでルミネ自身は爵位を持っていない。
だから手続き上の略式化はされない。
だから結果としてベルンが話し掛けたくれた事で手順が大いに略式化されるだろうと目論んだのは事実だった。拠ってベルンがたまたま話し掛けてきた事はルミネにとって非常にラッキーだったと言える。
「可愛いは正義」とはよく言ったものである。ただし「あざとい」上で作られた可愛いが見抜かれれば一貫の終わりなのだが。
ベルンは受付を通過していたルミネからの書類を受取る際にルミネが受付に話した「魔王陛下からの内密な調査」という情報を聞き出していた。そしてそのまま、直接魔王ディグラスの元に急いでいった。
ベルンは警備部門長の肩書を持っている事から魔王ディグラスとの面識があり魔王からも篤い信頼を得ていた。
今回はルミネの力になりたいと考えた上での行動であって、ルミネの策略に嵌まった結果動かされているなどとは微塵にも思っていない。
こんこんこん
「開いているから、自由に入ってきなさい」
廊下に響く軽く高いノックの音。対して中から響いて来たのは低いが優しく通る声だった。
「失礼致します」
「ベルンか、どうした?何か急用かな?」
「先程、ルネサージュ伯爵家のルミナンテ様が受付に参られ、陛下に謁見を申し込まれました。ですが、受付の書類を拝見致しましたが、時間がかかるご様子でしたので、我輩から陛下にお伝えしたく参りました」
「どうも、ルミナンテ様は受付に兼ねてより陛下から内密に調査するように言われたと話していたそうで御座います」
ベルンは受付から聞いたままの言葉をそのまま魔王ディグラスに伝えていった。
魔王ディグラスがルミネに内密な調査を依頼していたのならば「ルミナンテ」と「調査」というキーワードだけで簡単に話しの内容は魔王ディグラスに伝わると考えたからと言える。だが、それを聞いた魔王ディグラスは考え込んでしまっていた。
魔王ディグラスはベルンから聞いた言葉に心当たりは全く無かった。然しながらルミネの性格も知っている。
だからこそ、あからさまな「嘘」をついてまで謁見を求める事に違和感を感じていた。
拠って魔王ディグラスは興味が湧いたと言える。そこで、話を合わすことにした。
「分かった。それであれば急いで会うことにしよう。早々にここに連れて来なさい」
ベルンは一礼をした上で踵を返すと部屋を出て駆け足でルミネの元へと向かっていった。
魔王ディグラスはベルンがルミネを連れて来る間にルミネが求めた謁見の内容を推察する事にした。そしてその考えが粗方纏まった辺りで再び扉がノックされていった。
「開いているから、入ってきなさい」
「失礼致します。陛下、ルミナンテ様をお連れ致しました」
「失礼致します魔王陛下」
「それでは我輩はこれで失礼致します」
「いや、ベルンよ。お前もここにいろ」
「ッ?!」 / 「宜しいのですか?」
「構わぬ。ではルミネよ。報告をしてもらえるか?」
「魔王陛下に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます」
「ルミネよここは謁見の間ではなく、口煩い取り巻きもいないのだから社交辞令はやめなさい!」
「魔王陛下、ありがとうございます」
「では、初めに1つお詫びをしなければなりません。その為にベルン様をわたくしめの後ろに立たせておいでなのでしょうから」
「なんとッ?!それはッ!?」
「何の事かな、ルミネ?お前の調査した結果は国防に関わる。その為にベルンにも聞いてもらおうと思っているだけだ」
「えっ?!」 / 「陛下、それは一体!?」
魔王ディグラスが紡いだその言葉にルミネとベルンの2人はともに驚きを隠せ無い様子だった。
ルミネは少し呆然としていた。
魔王ディグラスがルミネに極秘の調査を依頼した事実などはなく受付にした話しを聞けばそれは明らかに嘘と分かるハズだった。
だからこそルミネは「何かあった時の為にベルンを下がらせず、わたくしの後ろに配置した」とばかり考えていた。
だが魔王ディグラスは「国防に関わる」とまるで想定外の事を話していった。
拠ってルミネはここぞとばかりに混乱するに至った。
「さて、ルミネ、答え合わせをするとしよう」
「アレは余の娘だ」
「へ、陛下、それは一体?!我輩には皆目見当がつかないので御座いますが?」
「なぁにそれではルミネも何やら混乱しているようだから、2人には少し落ち着いてもらうとしよう」
魔王ディグラスは混乱している2人を尻目に手を叩いた。すると執事がポットとカップを持って入って来た。
執事は魔王ディグラスの前にそれらを置くとポットから紅茶を注いでいく。
それをあと2度繰り返した。
紅茶の準備が終わると部屋はその香りに包まれていった。執事は一礼して部屋を出ていく。
その動きは実に洗練されていて1つ1つの動きに微塵のスキも無駄もなかったというのは余談である。
「ほら、2人ともそこに立ってないで座って紅茶でも飲みなさい」
「は、はい」 / 「有り難く頂戴致しますッ!」
「確かに余はルミネに極秘な調査を依頼した事は無い。だが、つい数時間前、ルネサージュ伯爵家管轄領でマナの波動を感じた」
「知っているだろうが、我々魔族はマナを扱う事は基本的にない。だからこそ、気になっていたのだ」
「そしてその後、ルネサージュ城から膨大な魔力が空に駆け上ったのを感じた。こう見えて、余はこの国の全土を見渡しているからな、各領内で何かが起きれば必ずそこに注意を向けるようにしている」
「そして、ルミネがここに来た」
「アレは余が人間界にいた時に成した子だ。そして、人間界にいた余は人間界では死んだ事になっている。だから、アレも余が死んだと思っているであろう」
「それ故に、余の影を追って「魔界」に来たとは思えない。だから、偶然繋がったこの世界に迷い込んだのであろうよ」
「そして、ルミネはそれを知らずアレを保護してくれたのであろう?」
魔王ディグラスは憂いを帯びた瞳で目の前の2人ではなく、少し上を向いて物思いにふけるように語っていた。
そんなディグラスの語る言葉に対してルミネは何も言葉を紡ぐ事が出来ずただ頷く事しか出来なかった。
「余は知っての通り、后を設けておらん。従って実の子がいる事を知っているのは、この世界ではたった1人。だからこそ、アレの存在はこの世界では知られるのは非常にマズい。後継者足り得る「我が子」だからな」
「だが、アレはこの世界の余の後継者には出来ん。だからこそ、アレの存在を皆に、口煩い者共に知られる訳にはいかん!!」
魔王はここまで長々と言の葉を紡ぐと最後の一言は気合いを入れて言いのけたのである。
「アレの存在を皆に知られる事、それは国防の危機である」と。