麟鳳亀竜 ~吉祥って信じる?縁起物や験担ぎを信じる人って多いわよね?でも、それって実力次第でどうとでもなるって思わないのかしら?~
「やれやれ、ネズミ捕りがネズミ捕りに引っ掛かるとはこの事ですね。」
「いや、ロキよ、そんな事は言わん。」
ミーミルは呆れ顔でロキに対して苦言を述べながら、
二人は余裕綽々とした態度を保っていつつも、
二人のその身体は指一本動かせないでいた。
「それにしても、よもやよもやですねぇ。確かに胸を穿いた感触はありましたが、それでも殺しきれないだなんて。全く、魔族と言うのは末恐ろしいですねぇ。」
「そうですわね。貴方程の策士が見誤るとは、この光景をカレラが見たらきっと指を指して嘲笑ってくれますわよ。」
ロキとミーミルの二人は闇の鎖によって拘束されており、
その鎖を放ったのはルミネである。
「とは言え、一度死んだのは本当でしょう?貴女のその身体の仕様についてちゃんと気付くべきでしたね。私とした事が見誤ったのは確かですが、指を指されて嘲笑ってもらえないのは残念ですねぇ。くっくくッ。」
「くッ!カレラ、どこに行ったのです?早く戻って来て下さいまし。」
ルミネはロキの放った嫌味に対して拘束しているロキを睨めつけると下唇を強く噛み締めていた。
そしてそれはルミネの艷やかなぷっくりとした唇に血を滲ませていく。
ルミネが二人を拘束してから暫くの時間が経っていった。
三人は何も出来ないまま時が止まったかの様にその場に居続ける事になったが、
拘束されている二人が飄々としているのに対し、
ルミネの額には脂汗が浮かびその表情はどこか苦しさ湛えつつあった。
「そろそろ無駄な事は止めませんか?貴女が幾ら待ってもあのヒト種の女はここには戻って来られません。それ以前に今頃は食べ尽くされて骨も残っていないかもしれませんよ?」
「それに、この鎖、貴女のオドで作っていますよね?まぁ、マナの分解術式を組み込んでいそうですから、マナを使って編めないのは分かりますが、そのせいで、馴染んでいない貴女のその身体のオドは急速に減っていて、見ているだけで辛そうです。だから、そろそろ、、、」
「五月蝿いですわッ!少し黙りなさいッ!貴方が何と言おうと、カレラは帰って来ます!ちゃんと帰って来ますわ!」
ルミネはロキの言葉を遮り、
もう聞きたくない、
言っている事を信じたくないと言う様に声を荒げていた。
「信じたくない気持ちは分かりますが、あのヒト種の女は、ミーミルが作った魔法を私が弄り倒して作った局所的並行世界に送らせて頂きました。災厄の成れの果てと一緒にね。」
「ただでさえ並行世界から帰って来るのは至難。それに記憶操作の術式も混ぜたので、あの世界に入ったが最後、自分が誰なのかも分からなくなって、最終的には食欲しかなくなった災厄の成れの果てに捕食されておじゃんです。あはっあははッ。」
「苦労しましたよぉ。えぇえぇ、苦労しましたとも。だけどその甲斐あって、やっと消せました。自分の手で殺せなかったのは非常に残念で残念で、それだけが心残りですけど、死んだかどうかなんて確認しようがありませんから、後は余韻に浸っていればいいのです。」
ルミネは心底このクズを殴りたくなった。
自分の手がその血で汚れようとも、
手の骨が砕け痛みに悶える事になっても構わないと思える程、
殴って殴って殴り倒したかった。
でも今、
ルミネの両手は闇の鎖の起点となっており、
左手でロキを、
右手でミーミルを掴んでいる以上、
どちらかの拘束を解いてまで行う事は出来ようハズもなかった。
況してや、
魔術を使おうにもこの拘束魔術を行使している以上マナは編めない為、
残り少ないオドを使って魔術を行使するしかないこの状況下に於いて、
二人の神族を殺しきれるだけの魔術をオドで編めばそれこそオド切れを起こし拘束は解かれる事になる。
そうなれば元の木阿弥であるのは重々承知していた事もあって、
ジリ貧とも言えるこの状況を甘んじていたと言える。
「おや?そろそろオドが尽きそうですよ?いいんですか?オドが尽きたらまた貴女、死んじゃいますよ?予備の身体はちゃんと用意してありますか?今度は潤沢なオドが身体の中に入ってますか?」
「だから五月蝿いですわッ!貴方とのお喋りはうんざりします!ちょっと黙っていなさい!!」
ルミネは最後の気力を振り絞って声を荒げていた。
確かにロキの指摘の通り、
ルミネの体内に残されているオドは非常に少ない。
そしてもう替えのホムンクルスは無い。
ここでオドが完全に消えたら自分は指一本動かせなくなり、
そうすれば二人に因って殺されるのは明白と言える。
ルミネのデバイスの中にマナを溜め込んだ集積装置が幾つかあった気がするが、
元の身体にデバイスがある為、
取りに行く事は出来ない。
よって、オドを回復させる手段は無い。
「これは完全に詰みましたわね。こうなったら、拘束を解いて、イチかバチかでウルティマを放てば、、、いや、ダメですわ。詠唱させてくれる時間なんて頂けませんわね。」
ルミネは冷静に心の中で自分が置かれている状況を把握していくが、
結論から言うとやはり「詰み」以外に策はなかったのである。
そんな時、三人がいる空間のほぼ中央に光が疾走っていった。
光は収束すると門を形作りその門から出て来たのは言わずとも知れたカレラである。
「カレラ、よく無事で。」
ルミネは門から出て来たカレラを見届けると真っ先に声を出していた。
そしてその声に真っ先に驚きの表情をとったのはカレラであり、
カレラは今のこの空間の状況を瞬時に理解したのであった。
・ルミネが生きている事。
・ルミネの疲弊が激しい事。
・ロキとミーミルが全く動けずにいる事。
・その事とルミネの疲弊が関与している事。
・ロキとミーミルが動けなくなっている今が最大のチャンスと言う事。
状況の把握を瞬時にしたカレラの行動は迅速を極めていた。
先ずカレラは瞬時にミーミルの首を切り落とし、
返す刃でミーミルの身体を微塵斬りにした。
ミーミルを討ち終わったカレラはそのまま身を翻すとロキへと迫り、
ロキの腹に愛剣を突き刺し、
そのまま突進する速度と手元を緩めず、
ロキの背側にあった壁へ、
ロキを愛剣ごと縫い付けたのであった。
カレラのこの一連の動作が終わった際、
ルミネは気力と共にオドが尽き、
その場に崩れ落ちていった。
「ルミネっ!ルミネ!しっかりして!ルミネッ!!」
オドが完全に枯渇し気を失ったルミネに対して、
カレラは自身のオドを送り込もうと必死だったが、
ルミネと繋がっていた魔力糸のパスはとっくに切れており、
オドの移譲は困難を極めていた。
その為カレラは、
「ルミネ、ごめんね」と一言だけポツリと呟くとルミネの唇に自身の唇を重ね合わせたのである。
カレラからルミネに対しての強制的なパスの接続によって、
ルミネの身体の中にオドが蓄積していく。
それに従って、
生気の失せたルミネの顔色は多少血色が戻り、
呼吸は安定な状態に戻りつつあった。
「もう少し、オドを送っていてあげたいけど、ルミネ、もうちょっとだけ待っててね。」
「ミーミルはそんなんじゃ死なないでしょ?それにロキだって、いつまで縫い付けられてるつもり?」
カレラはミーミルの残骸の方と壁に縫い付けられてるロキを交互に見ながら言の葉を投げていた。
「ロキよ、どうやら油断は誘えないようじゃぞ?」
カレラの言の葉を受け取り、
バラバラにされたミーミルは身体を復元させていく。
そしてロキはカレラの剣を抜く事なく、
剣が壁に刺さったままで強引にその身体だけを剣から引き抜いたのである。
「えぇ、油断していたのはこちらでしたね。ミーミルの作った並行世界から抜け出すなんて。一体、どんな魔法を創り出したんです?」
「それに、私の名前まで呼んでみせるとは、完全に記憶まで戻ったと言うのですか?敢えて、何も覚えていない知らない赤ん坊の様な状態まで記憶操作をしたのに、全ての記憶を取り戻して戻ってくるなんて、、、。」
「許せません。屈辱です。でも、私は嬉しい。今度こそこの手でちゃんと殺して差し上げます!」
「屈辱?そんなのアタシだって充分に味わったから、お互い様でしょ?それに、あんなトコに送ってくれたお陰でアタシは大事なモノを失った気分なんだから、もの凄く機嫌が悪いの。だからタダで殺してなんてあげないわッ!!」
カレラは恨めしそうな表情の中に怒気を孕ませ、
嬉々とした口元でロキの方へと向かっていった。
だがその一方で、そんなカレラの背中を急襲したのはミーミルである。
カレラの愛剣はその手には無い。
見ようによっては丸腰と言えなくもない。
だからこそミーミルはカレラは剣を取りに向かったと早合点した。
それがカレラの誘いだと気付かずに。
まともに賢者の権能が機能していれば、
それが何かの策と気付けたかもしれないが、
丸腰の相手の無防備な背中と言う最大のスキをつけると考えてしまった結果、
ミーミルは誘いに乗ってカレラに背後から襲い掛かったのである。
「そんなのお見通しよ!」
カレラは背後から迫り来るミーミルに向かって振り返ると、
その手に持っていたウージーの銃口をミーミルに向けていた。
「儂に銃器は利かん!!」
確かにアストラル体には物理攻撃である銃弾は届かない。
だがミーミルは、
かつてルミネが作ったホムンクルス、
クラエルの身体を依り代にしている為、
完全なアストラル体では無い。
故に弾丸はダメージを与えられるが、
通常の9mm弾であれば、
ミーミルが展開する魔術防壁を突破する事は出来ない。
よってそこに慢心があったと言える。
逆にロキはかつて、
カレラの魔弾をその身に受けた記憶がある為、
その中に装填っているのが通常の弾丸ではないハズだと直感が告げ、
「ミーミル、それを受けてはいけない!!」と咄嗟に声を上げていた。
「ドドドドドドンッ!!」
SMGから鳴り響く事が決してありえない様な大音響の発砲音が空間内に木霊していく。
それは海原を征く戦艦クラスの一斉放火に似ているが、
その威力はそれを遥かに上回っていた。
カレラが放った弾丸、
それは即ち未来の世界で父親である魔王ディグラスから貰った、
この現代の世界には決して存在しているハズがない奇跡そのものとも言える精霊石弾。
その弾丸の一発一発が、
カレラやルミネが使える究極魔術と、
(多少見劣りする程度且つ、ごく限られた範囲に於いて)同等の威力を有しており、
それが計六発、
タカを括っていたミーミルの防壁を容易く突破し全て命中したのである。
そしてミーミルは強大で絶大な暴力とも言える精霊石弾の威力によって、
魂すらも破壊し尽くされ、
魔石すらも残さずに消滅したのであった。
「ちょッ!何よこの威力!!何が「通常の精霊石弾と撃ち出すまでは変わらない」よ?撃ち出す瞬間からアリエナイんだけど!!」
カレラとてこの弾丸の威力を垣間見たのは初めてであり、
威力の方向性が自分から正面に向けて(衝撃波が背面には来ない為)であったのが幸いし、
余波をほぼ受けずに済んでいたが、
多少なりともダメージは負っていた。
これが超回復を持つ半神半魔の姿では無く人間の姿であったなら、
その発射時の衝撃に因って全身が負うダメージは免れ無いであろうし、
ウージーのグリップを握っている手は暫くの間、
言う事を効かないだろう。
そして結果としてミーミルを倒したのはいいが、
もう一つの問題は急速にカレラ達に直面したのである。
それは、地下空間の崩落。
そう、
カレラが放った精霊石弾の威力と轟音は、
地下に強固に作られたこの空間をも破壊するには充分過ぎたのであった。
因って、
カレラ達が侵入して来た空間の入り口は瞬く間に封鎖され、
大きな地鳴りにも似た振動を伴い天井からは巨大な氷塊が降り注いでいた。
「このまま生き埋めなんてまっぴら御免よ!!」
カレラはそう言いながら、
ルミネの元へと近寄り、
未だ意識を失っているルミネを抱きかかえると転移魔術を編み、
その中へと飛び込んだのである。
「あぁ、忘れる所だったわ。アレだけは破壊しておかないとねッ!」
カレラは自身が編んだ転移魔術で空間から脱出する直前、
崩落し埋もれつつある本来の目的のモノ、
そう、
拠点の破壊の為に精霊石弾を斉射したのであった。
先程よりも長い間、艦砲一斉発射の轟音が鳴り響き更に崩落の速度は早まっていったと言える。
カレラ達が転移魔術に拠って地上に戻った際、
南極大陸は震度六弱程度の大規模な揺れ及び、
大規模な範囲で大地の沈降に見舞われたのは言うまでもない。
また、
その途方も無い熱量は南極大陸の永久凍土を溶かし、
地震の衝撃、大地の沈降と共に周辺の大陸の沿岸諸国に津波を見舞ったのは余談である。
「う、うぅん。う、うぅ、ぅん。」
ルミネはうなされていた。
地上に出てから途中で何度か、
カレラはルミネの唇を奪い、
ルミネにオドを補給していたが、
次第に天気が荒れ始めた為、
最初に作ったかまくらまでカレラは転移しそこで一先ず休憩していた。
だが、
レーションやアイテムを保管していたルミネのデバイスは回収出来ておらず、
また、
回収する見込みはなかったと言える。
その為、
ルミネのデバイスに収納していたレーションやアイテム類などは手元にあるハズも無く、
このまま補給物資が無い状態ではこの南極到達不能極で活動出来るのはあと二日が限度に思えていた。
その結果、
その二日の間にロキに対して決着を付けたいとカレラは考えていたのである。
「ルミネ、行ってくるね。」
デバイスを持たないルミネは寒さによっていつ身体機能が停止するか分からない。
カレラは一時もルミネの傍を離れたくはなかったが、
この状態のルミネを守りながらロキと闘うのは至難である。
故にカレラはルミネに対して、
ありったけの強化魔術と結界を施した上で、
暖が少しでも取れそうなモノをルミネの周りに配置し、
ルミネのいるかまくらを後にしたのであった。