落花流水 ~ねぇ、一緒に堕ちましょう?どこまでも、どこまででも~
「こんのおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
カレラは絶叫していた。
ハンターたるもの常に死と隣り合わせなのは仕方が無いとも言える。
それは理屈では分かっているが、
理解はしたくない。
ハンターがハントされるなんて事は目の前で起きて欲しい事ではないからだ。
だが、それは実際に起きてしまった。
ルミネがハントされてしまったと言う事実は、
カレラの激情を滾らせ、
ルミネの元へと一直線で向かわせている。
ルミネの胸に大穴を開けた張本人に向けて放たれる上段からの一閃。
だがその一閃は当たる事なく、
カレラの剣は空のみを斬っていた。
そしてカレラの足元には横たわるルミネがおり、
カレラはルミネの開いた目を顔を撫でて閉じさせると、
「キッ!」とルミネを殺した者を睨め付けたのであった。
「いやぁ、中々です。中々素晴らしい動きでしたね?あとちょっと遅ければ殺られている所でした。」
「それにしても、入念に準備をして、貴女を未来に跳ばしてまで二回目の神々の黄昏を起こそうと画策してたっていうのに、なんで帰ってきてしまうんです?」
「おや?所で、私が誰か分かります?未来に跳ばした時に私の記憶を失う様に仕向けたので、忘れているのではないか心配なのですが?」
カレラは確かにこの男に見覚えがあった。
あの時、ルミネが確かにこの男の名前を言っていた。
そうあれは何時だったか?
そうだ!未来でシツカの提唱論理の説明をしていた時に確かにその名前が出ていたハズだ。
あの時はそのままスルーしてしまった気がしなくもないが、
今思えば、
その名前に記憶がザワついていた気がしなくもない。
「やっぱり今もなお、私に関しての記憶は失ったままの様ですね?」
「えぇえぇ、それならば構わないんです。別にその方が仕事がしやすいからいいんですよ。えぇえぇ、忘れてくれたままで結構です。」
カレラはルミネを殺した憎っくき仇が何を言っているのか半分くらいしか分からなかった。
だが今のカレラにはそんな事を気にせずにただ、
怒りという激情に任せて一目散に敵に向かう事しか出来なかった。
そう、ただ、仇討ちをしなければいけないと言う感情に因って今まさに支配されているのだから。
「そう、それでいいんです!さぁ、激情に任せて私を殺しに来なさい!さぁ!さぁ!さぁ!!!」
「言われなくてもそうしてやるよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
カレラが声にならない声で叫びながら、
その端整な顔立ちからは想像し辛い汚い声を撒き散らしながら、
自身の愛剣を握り締め、
渾身の力を込め、
ルミネの仇に向かって距離を詰め、
まるで狂った獣の様に大上段からの一撃を見舞おうとした矢先に、、、カレラの世界は一変していく。
「えぇ、えぇ、そうでしょう、そうでしょう。私を殺したいですよね?でもね、そんな貴女の行動パターンなんて、お見通しなんですよ、、、ね?」
「がはッ。」
カレラは既に罠に掛かっていた。
それはルミネが殺害された折に身体が変質した時に。
ルミネの仇は狡猾だった。
何故ならば、
ルミネの仇は、
ルミネの仇となる以前にカレラが仇なのだから。
その結果、
カレラを一体どうすれば、
そのカレラが持つ狡猾なまでの思考回路を乱し、
どうすれば冷静なまでの判断を鈍らせ、
どうすればそんなカレラを罠に嵌める事が出来るのかを考えた上で、
ルミネを殺したのだから。
そう悲願を達成する為に、
ルミネがこの場に来る事が最大の条件であり、
その為に全ての演出を重ねたのであったのだ。
「神々の黄昏を起こす」と言う、
ミーミルの主たる目的と異なり、
この男の主たる目的は、
あの時、
自分の事を殺したヒト種の女への復讐心が主たる目的に変わっていた事は否めない。
だからこそ、
カレラを未来へ跳ばし、
そこから帰って来ても自分の事を何一つ覚えていない状態にする事で自分に対する警戒心を失わせ、
カレラが現代に帰って来た事をいち早く察知し、
その上でワザと保険で用意しておいたココの拠点まで晒し誘引したのである。
他の神族や魔族といった者達が邪魔出来ない絶妙なタイミングを見計らって。
その結果、
逆上したカレラはルミネの仇のほんの数10cm手前で、
罠に掛かったのであった。
カレラの剣の切っ先はルミネの仇まであと数mmの所だと言えた。
カレラを阻んだのは小さな小さなブラックホールに似たナニカ。
カレラはその小さな小さなナニカに触れた瞬間、
意識を跳ばされ身体はそのナニカに飲まれ、
姿は忽然と掻き消えたのである。
「あはッ。あははッ。あはははははははははははははッ。やった!遂にやった!遂に遂に遂にあの憎っくきヒト種の女をやってやった!!!あははははははははは。」
こうして、地下の広大な空間にルミネの仇による高笑いが木霊していったのであった。
「さて、ミーミル。いつまでそこにいるつもりですか?アナタならそんなケガ、ケガの内に入らないでしょう?」
「これからこれを起動させますから、手伝って貰わないと困りますよ?」
「そんな事は分かっておる。だが、ヌシにしては大分ツメが甘いようだぞ?」
ミーミルはそんなセリフを吐いていた。
ルミネの仇はその意味を知らず、
その意味が分からず、
結果として突如、
自身に襲い掛かり自身を拘束したモノを見た途端、
驚きを隠せない様子を醸し出しながらも、
「まぁ、まだ時間はありますからね」と強がりをミーミルに対して言っていた。
要はその場にいた黒幕の二人は拘束されたのである。
「ここは、何処?アタシに一体、何が起きたの?」
カレラの声が響いていく。
「なんで、こんな所にいるんだっけ?」
カレラは暗くて昏い混沌が支配しているかの様な一切の光が無い世界に浮かんでいた。
「うーん、よく思い出せない。そもそも、アタシって誰だっけ?」
カレラの姿は先程までと違い半神半魔などではなく、
ただの人間の姿である。
そして記憶の欠落と言うか、
消失や喪失に近い事をその身に起こされたのだ。
要は単純な記憶喪失と言えた。
故意に起こされた記憶喪失。
その結果、
自分が何者であるかなど分からず、
ただただ、
混沌の海に揺蕩っているだけの存在になっていた。
自分が何者であるか分からないのだから、
何をする事も出来ない。
何が出来るかも分からない。
ただ、言葉が話せるしか芸の無い産まれたばかりの赤ん坊と何一つ変わりはしない。
そんなカレラの元へと悪意がじわじわと音も立てずに迫っていた。
その悪意はカレラがこの空間に来た時から既に引き寄せられる様に向かって来ていた。
ただ混沌に浮かんでいるだけのカレラに対して、
まるで街灯に群がる羽虫の様に、
それはじわじわと距離を詰めていた。
そんな悪意が迫って来ている事を知らないカレラは、
ただ自問自答を繰り返していたに過ぎない。
そして悪意はそんなカレラに対して覆い被さる様に、
カレラの肢体を貪っていったのである。
「ああぁぁぁぁ、何?何が、、、起きて、、、るの?アタシの身体を誰かが弄ってる?や、ヤだ、そんな所を触らないでぇっ!」
光の全く無い混沌の空間の中で、
何者かが自分の身体を弄っている感触だけがカレラのキメの細かい肌を通して伝わってくる。
決して気持ちの良い気分では無く、
不快極まりないのだが、
何故だか抵抗すら出来ず、
何も見えていない事もあってか心地良くも無いのに声だけがまるで生娘の様に甘く漏れていく。
カレラの身体は自由が利かず、
声ばかりの抵抗は効力を為さず、
カレラが纏っていた装備は次々と外されていき、
その身を覆っているのは防御力などほぼ皆無な布だけにされた時、
カレラの身体を強烈な快楽と痛みが突き上げる様に疾走っていったのである。
「あ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛ああぁあ゛ぁぁぁぁぁあ゛ッ。や、やめてッ、やめてぇ、ダメッ!ダメぇッ!こ、壊れちゃう。壊れちゃうぅぅぅぅぅ。」
正確に言えばカレラは乙女の様な可愛らしい声で、
無様にも動物の様に啼きながら食べられていた。
カレラを食べていたモノの正体は、
かつてカレラが倒した「ソレ」の残滓、
「ソレ」の成れの果て、
「ソレ」の一欠片とでも言う様なモノであり、
知性体としての機能は既になく、
ただエサに群がるだけのアメーバの様な単細胞生物に成り果てた「ソレ」の成れの果てである。
そのアメーバはカレラの身体中の穴という穴からカレラの内へと侵入り、
カレラの事を犯しながら侵していたのである。
「人間とは快楽に溺れる生き物とは言いますが、ここまで無様に体現されますと、流石に言葉を失いますね。」
カレラは繰り返し繰り返し押し寄せて来る痛烈な痛みと、
至上の快楽にその身をよじらせ、
イヤラシく身体をくねらせ、
そして、
「ビクっビクっ」と快楽に溺れた痙攣を繰り返していた。
もうそこには人間としての言葉など一切なく、
ただ獣じみた妖艶な喘ぎ声が黒い世界に木霊しているだけであると言える。
それほどまでにアメーバは執拗にカレラの肢体を弄んでいたとも言えた。
「とは言え、これ以上、弄ばれている姿を見ていると吐き気を催します。嫌悪感を通り過ぎて殺意すら芽生えてきそうです。」
「そろそろ、目覚めて頂きましょうかね?」
ただの黒い世界に第三者の大きな深呼吸の音が響いていく。
「カレラッ!アンタッ、一体何をやっているんだい!そんなコトに現を抜かしていると、アンタのダンナと子供が悲しむよッ!!」
カレラにとっては聞き慣れたしゃがれ声が辺りに響き渡り、
それと同時に黒い世界に光が差し込み、
世界は白く輝く世界へと変貌していく。
世界に光が満ちた事で、
カレラは自分が置かれている状況を理解するに至ったのである。
そして世界に光が満ちた事で、
カレラの体内でカレラを侵していたアメーバは光に弾かれる様にカレラの穴という穴から強制的に弾かれたのであった。
カレラは自身の身に何が起きていたのかを、
弾かれ一つに纏まっていくアメーバを見た事で思い出し、
立ち上がりその身を抱き抱える様に一度だけ身震いし、
何かを振り払う様に頭を横に幾度か振ると、
直ぐに近くに落ちていた愛剣を取り、
既に纏まりつつあったアメーバに向けて愛剣で刺し貫いたのである。
刺し貫ぬかれたアメーバが霧散して消えた後、
カレラはそこにあられもない姿でへたり込んで、
一筋の涙を流すとそれからは何事も無かったかの様に黙々と粛々と無言のまま装備を着装していったのであった。
「ありがと、マム!お陰で正気に戻れた!でもまさか、マムが惑星の意思だったなんてね!」
カレラはこの黒い混沌の世界に光を齎した張本人を見据えて言の葉を紡いでいく。
「ふんッ!アンタに本当の姿を見せるつもりなんざ本当はなかったんだ。だが、敵の策に嵌り快楽に溺れ、このまま堕ちていかれても寝覚めが悪いからね。仕方無く目覚めさせてやったんだ!飽くまでもし・か・た・な・く・だッ!!それと、キリクにアンタが敵に身体を弄ばれてヨガってたなんて言われたくなかったら、ちゃんと仕事をおし!!」
「あのぉ、マム、、、。それだけは絶対に言わないで。それにそれはもう絶対に思い出したくもないの。金輪際、言わないでもらえる?」
カレラはマムに脅迫されているにも拘わらず、
姿を変質させてまでマムを脅迫するという凶行に出ていた。
それくらい今やカレラの力は絶大とも言える。
「そんな大口が叩けるなら早く戻って、とっとと解決してきなッ!」
マムはそう言うと黒い世界改め、
白くなった世界に於いて更に輝く門を開いたのである。
「完全に記憶も戻った事だし、とっととロキをぶっ倒して、ルミネの仇を取って世界も平和にしてくるねッ!」
全ての記憶を取り戻したカレラはその黒幕の一柱の名前を出し、
完全に記憶を取り戻したアピールをしつつウインクしながら門を潜っていった。
「全く、世話が焼けるねぇ。まぁ、ルミネは、、、って、もう行っちまったのかい。まぁ、それならそれでいいさね。」
「アンタの肩にこの世界の命運は掛かってるんだから、後は任せたよ。」