悠悠閑閑 ~もしもアタシを泣かせてしまったら、2つの約束を破る事になる?そんな事を気にしてるの?~
11月14日、AM9:00 終わりの始まりまであと37日
「ねぇ、ルミネ、空間に座標軸を設けてそれを目掛けて強制転移って出来る?」
カレラは散々悩んだ挙句、
未来でルミネから聞いた汎用性空間転移の概略を、
この時代のルミネに聞いたのであった。
「からんッ」ルミネはカレラの言の葉を受けると手に持っていたカップを落としていた。
ここは公安の食堂。
カップの中にはもう何も入っていない為、
被害は特に無かった。
結局の所、
昨日は二人とも自分の家/部屋には戻らず、
公安の宿直室を無理やり占拠して公安に泊まったのだが、
ゆっくりと質の良い睡眠とはいかなかったのが現状である。
だが、
流石に色々と濃密な事が起きた一日であった為、
完徹する事は無く、
深夜には気を失う様に入眠し惰眠を貪る様に深い眠りへと堕ち、
公安の始業チャイムで起こされたのであった。
そして、
遅めの朝食を摂る為、
公安の食堂に行き、
二人して無言で食べ終わった後、
食器を配膳口に返す手前でカレラが紡いだ言の葉である。
「カレラ、その理論は自分で考えたんですの?」
ルミネは驚きを隠せない様子でカレラに対して言の葉を紡いでいるが、
カップは床に転がったままであった。
「違うわ。この理論は、未来で貴女に教わったのよ。」
カレラはルミネが落としたカップを拾い上げるとそのまま配膳口にカップを置き、
言の葉を紡いでいく。
「未来の私が、そんな理論を?」
カレラは未来のルミネから説明されただけで、
ルミネが提唱したワケではないとは言わず、
「えぇ、そうよ」とだけ返してみた。
「出来るかしら?今、現状で終わりの始まりまでに南極到達不能極まで辿り着ける方法はこれ以外、もう考え付かないの。」
カレラは切羽詰まっていたと言える。
本来は未来に於いて提唱された理論である為、
それをこの時代で運用出来る様にしてしまえば、
それこそ時間の逆説を起こすのと同義であるのだから。
だが、
そうでもしなければ、
それこそ他に手段が無いのも事実である。
故に、
今のルミネにその理論が使いこなせるかが問題ではあるが、
一縷の望みとしてルミネに言の葉を紡いだのであった。
「どれだけ時間が掛けられますの?一週間頂けるかしら?未来で私が使える理論なら、今の私が使えないなんて事はありませんわ。ええ、やってみせますわ!!」
ルミネの研究者魂に火が付いたのをカレラは実感したが、
「一週間ね。分かったわ。その間にアタシはアタシで出来る事をしてみるつもり!」と返したのである。
「さっきの概略で、何となく理論の構成は分かりましたから、後は実験して、出来るだけ早く論理を構築しますわ!終わったらデバイスで連絡しますわね!」
ルミネはそう言うと足早に自分の部屋へと戻って行くのであった。
食堂にはカレラが一人取り残され、
「アタシはアタシで他に何が出来るかしら?」と、
「出来る事をしてみる」とルミネに言ってはみたものの自信無く呟いていた。
カレラがルミネに汎用性空間転移の話しをした後、
カレラはあれこれと走り回っていた。
その間にエリックとエリーゼにも会い、
二人のこれからの行く末にも時間を費やしながら、
マムと南極到達不能極へ向かう為の計画も進めていた。
そしてカレラが走り回っている間、
ルミネは自室に引きこもり、
ルミネがカレラから話しを聞いた四日後に話しは進展を見せるのである。
11月18日、AM7:00 終わりの始まりまであと33日
カレラは様々な方面との調整やら、
各地の戦況の報告の受け取りやらで忙しくしていた事もあり、
自宅に全く帰れておらず、
かと言って公安の宿直室を占拠し続けるのも気が引けた為、
マムに公安の部屋を一部屋融通してもらっていた。
そして、
神奈川国にカレラ達が帰って来てから各地の戦況はどうなったかと言うと、、、。
南北のアメリカ大陸に渡った、
「メソアメリカ」&「高天原」チームと、
「オリュンポス」のチームは今から三日前に敵の制圧を終え、
神奈川国へと帰途に付いていると報告があった。
次にアフリカ大陸に渡った魔族チームは先の神族チームに遅れる事一日余りで制圧を終え、
神奈川国へ向かっていると報告が入っている。
そして問題はハンター主体の二つのチームである。
ハンター主体のチームにも神族は入っているが、
戦況はあまり思わしくなく、
「パルティア」の遊撃隊をオーストラリア大陸に向けたのが一昨日前。
そして既に帰途に付いていた「オリュンポス」の面々に対して、
ユーラシア大陸の制圧補助を依頼したのが同じく一昨日前である。
またアリアは負傷者を多く出したユーラシア大陸の後方支援にとっくに向かわせている。
あと一日か二日もあれば残りの拠点も制圧出来るだろうとカレラは考えた上で、
更にマムからオーストラリア大陸南端にあるエスペランス国及びオールバニー国に、
南極到達不能極までの航路の打診を行ってもらうなど、
様々な事で奔走し、
やっとの思いで眠りに付いたのは完徹を二回繰り返した後の17日から18に日付が変わった直後であった。
そしてその数時間後、
カレラのデバイスに着信が入り叩き起こされる事になったのである。
「はい、もしもし?どうしたの?」
半ば寝惚けながら誰から掛かってきたか分からない着信を取ったカレラは、
デバイスから聞こえて来た言葉に驚き、
急激に覚醒していく。
「分かったわ、今から直ぐに向かうわ!」
カレラは眠りに付いたままの格好にデバイスだけを装着すると、
宿舎の廊下を駆け抜け一目散に他に脇芽も振らずに走っていく。
もしもこの時、
その姿を誰かに見られたりしていたら、
多少なりとも問題になっていたかもしれないが、
幸いな事に誰にもすれ違う事なくカレラは目的の場所に辿り付いたのであった。
「こんこんこん!!!ルミネッ!来たわよ!!」
カレラが向かった先はルミネの部屋であり、
ルミネの部屋の扉を勢い良くノックしたカレラに呼応する様に扉がゆっくりと開いていく。
そして、そこにはまるでゾンビの様な姿のルミネがいたのである。
「ど、どうしたの?!ルミネ!大丈夫?」
ルミネからの着信、
それは汎用性空間転移の理論構築が完成した旨の報告であった。
それ故に急いで来たのだが、
扉を開けてくれたルミネの姿にカレラは非常に驚いたのであった。
「やっぱり、マテリアル体は不便ですわ、、、ね。」
ルミネの美しく繊細な銀色の髪の毛はボサボサで、
色白で透き通る程のきめ細かい肌はガサガサで、
目の下には綺麗な瞳の色とは対象的なクマが奔り、
声は普段の美しい旋律とは異なりマムを彷彿とされる程にしゃがれていた。
そして、
服は魔力糸が剥がれたのか、
継ぎ接ぎの様になっており、
一見したらルミネとは思えない程の姿への変貌振りに、
カレラは口をパクパクさせ失語症になってしまったのかの如くと言った感じであった。
ボロボロの老婆の様な姿のルミネに片や、
着ている服がシャツ一枚と下着のみで下半身を露出してると言っても過言ではないカレラ、
神奈川国いや、
全世界を見てもトップクラスの二人のハンターの醜態とも言える光景であるが、
この光景の傍観者は何処にもいない。
よって、これは余談である。
ルミネはカレラを部屋の中に迎え入れると、
カレラは更に絶句していた。
何故ならば足の踏み場が無い程に散らかっていたからである。
辛うじて無事なのはベッドだけであり、
カレラは部屋の主に何も言わずに其処を椅子代わりに占拠すると、
ルミネはカレラの横にちょこんと座り、
そのままカレラに向かって倒れ込んでいく。
カレラは普段はしっかりしていて見る事の無い意外なルミネの姿に動揺していないと言えば嘘になるが、
自分の膝枕で眠るルミネを愛らしく覚えたのは事実であった。
よって、
疲れて眠るルミネの頭を撫でつつ、
その寝顔を堪能しているカレラは不意の睡魔に襲われ、
ルミネに膝を貸す格好のまま自分も堕ちて行ったのである。
カレラが目を覚ましたのは公安施設からの退館を促すメロディが鳴り終わる頃。
宿舎までそのメロディが聞こえる事はまず無いが、
外はもう暗くなってきており、
公安の中にはもう誰もいないのが分かる時間帯と言えた。
「ルミネ、起きて、ルミネ。」
カレラは自分まで寝てしまっていた事に少しばかり焦りを覚えながら、
今も尚、
自分の膝枕で寝ているルミネの身体を揺すって起こす事にしたのであった。
「おはよう、カレラ。もう朝ですの?」
ルミネは明らかに寝惚け眼で目を擦りながらカレラに対して言の葉を紡ぐと、
欠伸をしながら盛大に背伸びをしていく。
そして自分の姿に視線を移すと突然覚醒した様子で、
「あわわわ」と慌て出したのであった。
「ルミネ、どうしたの?」
突然慌て出したルミネに対してカレラは冷静に言の葉を紡いでいく。
「私ったら、こんな格好ではしたないですわ。髪もボサボサ、肌もガサガサで、服もボロボロですのに。」
ルミネは今にも泣き出しそうな表情でカレラと目を合わせずただ、モジモジとしている。
そんなルミネに対して、
「そんな事を言ったらアタシはどうなっちゃうワケ?」と、
カレラは立ち上がるとルミネに自分の格好を見せびらかす様に手を腰に当て、
「えっへん」とでも言う様に大の字になったのであった。
「うふふ。カレラの方がはしたないですわね。私は人前でそんな格好は出来ませんわ。」
上はシャツで下は下着姿のカレラに対して微笑いながらルミネは言の葉を紡ぎ、
カレラはその言の葉に少し頬を膨らませていた。
時刻は午後18:00を過ぎ、
公安の館内には当直の人間を除き誰もおらず、
誰もいなくなった暗い廊下を歩く人影が二つ。
ルミネの部屋で起きたカレラは、
ルミネから汎用性空間転移の理論構築の完成を改めて聞くと、
その正否を確かめる事無くマムへと連絡を取り段取りを組んだのである。
ただ今のままの格好では、
二人ともマムに会いたくない為、
今すぐにでもマムに会って今後の段取りを組みたいのを我慢して時間を少し遅らせる事にしたのであった。
とは言え、
宿舎に職員が戻って来ている時分という事もあって、
カレラはルミネの部屋から自分が使っている部屋まで行くのをだいぶ躊躇っており、
悩んだ結果ルミネに不可視化の魔術を掛けてもらった上で、
誰にもぶつからない様にひっそりと、
慎重を期して向かって行った。
「やっぱりカレラでも、恥ずかしいモノは恥ずかしいんですのね。」
ルミネの部屋の扉が自動的に開き、
自動的に閉まった後で、
誰にも聞こえないくらいの小さな声でルミネは呟いていたのであった。
その後カレラとルミネの二人は、
先程とは見違える程のバッチリな戦闘態勢と言える姿でマムの部屋をノックしていた。
「入っておいで。」
マムのいつものしゃがれた声が入室を促している。
そして、二人は促され部屋へと入っていく。
「南極到達不能極に行く手段が出来たって?」
マムは訝しげに言の葉を投げており、
カレラは「ルミネが理論を構築してくれたわ」と応えたのである。
「ルミネの魔術の才能とセンスは評価している。だが、新しい理論構築なんだろ?それは安全なのかい?」
マムの意見、、、それは正論と言えた。
何故ならば新しい魔術であれば、
使い手にもリスクは少なからずあるし、
それが転移と言う人を送る魔術であれば、
使い手以上に送られる側のリスクも計り知れないからである。
拠って、
そのリスクに因ってカレラに何かしらの異常が起きた場合、
その損害は「最大戦力の消失」=「人間界の終末への直結」と言いたいのは明白であった。
「ルミネに頼んだ魔術理論は、アタシが未来で見てきたモノよ。そして、ルミネがアタシから聞いた概略だけで構築した理論はアタシが未来で見たものと寸分違わないわッ!」
カレラはマムの信用を得る為に少し盛った。
だがその盛りは許容の範囲である為、
虚構によるモノではない。
一方でカレラが放った言の葉に、
ルミネは鼻高々だったのは言うまでもないと言える。
それはルミネの満足そうな表情が物語っていた。