戦後処理とアイリとノックとゲート ν
「ここは、どこかしら?」
「えっと…、うーんと……」
見覚えのある空間。(とは言ってもただの真っ暗闇なので見覚えている様な物は何1つとして無いがなんとなく覚えてる気がするだけ)
「「魔界」に来てからはこれで何度目だろう?」
少女は自分以外に誰もいない何も無い暗闇の世界で、自己と世界の境界さえ危うい闇の中で言の葉を紡いでいた。
然しながら少女はこの不思議な空間にもだいぶ小慣れて来た感がある。だから取り乱しもせずに、ただただ漂っている。
ただただ無気力に漂っている。本当に何も考えず自由気ままに一心不乱に。
「そう言えば、ヨルムンガンドはどうなったんだろう?アタシは恐らく三撃目を入れられなかった。多分アタシの入れた二連撃だけじゃ、討伐は成功していないハズよね?」
「そうなると依頼失敗かなぁ?まだまだねぇ、アタシも…。とは言っても正規の依頼じゃないから失敗にはならないんだけど。えへっ」
少女は独り言を紡ぎながら自虐的に笑っていた。たった一人で真っ暗な世界に漂っている為に、その自虐的な笑顔の裏にある悔しさは誰にも悟られる事はなかった。
目覚めるとそこは見た事のない場所だった。本当にどこだか皆目見当も付かない。
見たことの無い壁に見たことの無い天井。
見たことの無いベッドに見たことの無い調度品。
見た事が無い物だらけの部屋の中で唯一、見た事のある者が自分が寝ているベッドの傍らにいた。
そうそれはルミネだった。
「ルミネ?そっか、無事だったんだね。それなら、ここは王城かルネサージュ城かな?アタシ達、ちゃんと無事に生きて帰って来れたんだね。……良かった」
ルミネの安らかな寝顔を見ながら、少女は小さく言の葉を紡いでいく。
その表情には安堵が浮かび上がっており、生きている事の実感を噛み締めていた。
「あの蛇もちゃんと倒せたか、誰かが倒してくれたって事かな?それならば、二重に良かった良かった。本当に…本当に良かった」
-・-・-・-・-・-・-
戦後処理は本当に「大変だった」としか言い表せない程に壮絶だった。
北の辺境伯の領地に赴いた者は全部で9名。
更にヨルムンガンド討伐戦終結時点で意識の残っていた者は、魔王ディグラスただ1人だった。(ルミネは極大魔術にオドを大量に吸われた事による枯渇状態で魔術の直撃と共に山の上で意識を失っていた)
他のメンツに比べるとその中でルミネは外傷も無く、比較的早く目が覚めた事もあって、それからは順調……でもなかった。
ヨルムンガンド討伐戦の影響は、北の辺境伯の領地の建物を余す事なく全て更地にしていた。そんな状態の中で居場所の分かっている者は、魔王ディグラスを始めとしてルミネと少女の3名だけだ。
だから後の6名の消息は分からなかった。更に付け加えるならば、貴族達をどこに保護したのか魔王ディグラスは聞かされていなかった。
まぁたとえ聞かされていても、既に目印の一切もない事から意味がなかったのは自明の理なのだが…。
拠って魔王ディグラスはルミネが目覚めると、捜索隊の編成をする事と、未だに目覚めない愛娘の大事を考え一旦王都ラシュエに戻る事にした。
ただ王都は王都で狼達の襲撃の混乱が続いていた。結果として貴族達の捜索隊編成は、その混乱を収めてからという手順を踏まなければ、にっちもさっちもいかなかったのだった。
都合の悪い事は更に重なる。先ず王城の警備部門長が消息不明になっていた事で指揮系統があちらこちらで分断されていた。
そのせいで現場は混乱をきたしていることから、魔王ディグラスが指揮を執り班を編成した。
編成した各班に狼達に因って破壊された王都ラシュエの復興と、王城内への傷病人の受け入れ等の指示を出していく。
一方で、王派閥の各貴族当主達が消息不明だから兵を借り受ける事は叶わなかった。その為に王都に残っていた兵数では圧倒的に足りず、王都ラシュエの復興及び傷病人の受け入れが捗る気配は見えない。
しかし手を拱いていた魔王ディグラスの元に、ルミネが父・アスモデウスより軍兵を借り受け、王都に連れて来た事でやっと状況は一変したのだ。
こうして北の辺境伯領内に置いていかれた、6名の捜索にも乗り出す事が出来る事になる。
ルミネの扉を潜り、北の辺境伯の領内に現れたアスモデウスの兵達は、息を飲む事しか出来ずにいた。むしろ何と言って良いのか分からなかった。
何故なら、身震いしか起こす事が出来ない程の凄惨な光景を目の当たりにしたのだから、それは仕方がないと言えば仕方がないだろう。
それから北の領内で全ての捜索が終わり、6名全員を無事(?)に発見し終わるまでに丸々と3日の日数を要していた。
何故なら領内は全て更地になっていたとは言えど、ガレキの山だった。
更に捜索対象は極大魔術の衝撃で各々広範囲に渡って吹き飛ばされていたからだ。
魔王ディグラスがその場に来る事が出来ていれば、6名の生体反応から容易に発見出来たかもしれない。しかし魔王ディグラスは、王都ラシュエの復興指揮の為にその場を離れる事が出来ず、ルミネに捜索の指揮を任せていた。
だがルミネの力をもってしても、通常の捜索ではそれだけの日数が掛かってしまったのだった。
一方で幸いな事に、行方不明になっていた貴族達は全員、意識こそ無いものの一命を取り留めていた事は奇跡としか言いようが無かった。
(少女が貴族達を保護した時に1人1人に防御魔術を展開していた事が大きな要因であったとされる)
6名全員を無事に保護し終えた事でアスモデウスの軍兵は王都ラシュエにてディグラスに報告した後に、半数は帰路に付いた。(ルミネには他にやる事があった為に帰り道は残念ながら自力)
そして、残りは王都の復興に尽力させられる事になった。
そこから更に数日を掛け、戦後処理は一旦の終結を見せる事になるのだった。
あの戦いから1ヶ月が経過しようとしていた。王都ラシュエは着々と復興し傷跡は消えつつある。
あの闘いで怪我を負った者達(王都ラシュエの住民や兵士、北の辺境伯領に乗り込んだ貴族達など)も王城に勤める治癒魔術師に拠って、懸命な治療が今も施されている。
少女はその身に負った怪我こそ癒えたものの、オドの完全枯渇の影響からか未だ目覚めようとはせず王城の一室で眠り続けていた。
そんないつ目覚めるか分からない少女の事を、ルミネは甲斐甲斐しく世話していたのだった。
王都ラシュエは着々と復興していった。その光景を見て魔王ディグラスは安堵するのと同時に、悩み事に対して頭を抱えていた。
それによって魔王ディグラスは自室に籠もる事が多くなり、その場所で思いを馳せる事も多くなっていた。
その事を見兼ねた執事が気晴らしも兼ねて、紅茶の支度を整えてくれたが、魔王ディグラスはカップを持ったまま時が止まったかの様に悩んでいる。
だから執事もまた頭を悩ませていた。
魔王ディグラスは少女が未だに目覚めない事も然る事ながら、悩みのタネは2つに集約されていた。
「北の辺境伯の爵位・領地をどうするか?」
「どのようにして復興させていけば良いか?」
その2つを現状で悩み、難易度の高いその問題に対して自室で塞ぎ込んでいたのだ。
北の辺境伯の領地(であった所)に住んでいた人々は、既に誰一人として存在していない。
どこかに連れて行かれたのか、フェンリスウールヴの餌食となったのかまでは定かではない。
それは最初に少女と斥候に向かったルミネの報告を裏付ける様に、貴族達の捜索に当たった兵達からも同様の報告が為されていた。
「貴族達以外には誰一人として発見出来無かった」と。
その報告に対して遣る瀬の無い怒りがディグラスの中に渦巻いていたが、結局の所はその怒りに因るアクションは何も起こさなかった。
まぁ、八つ当たりするにも報復するにも、相手が不在では意味を成さないので当然の事だ。
北の辺境伯の領内は城も建物も全てガレキしか残っていない更地となっている。そして今も残っているのはルミネ作の巨大なクレーターのみだ。
逆にそんな状態の為にその地を巡って、貴族間や各地の有力者に拠る争いが起こる事は無いだろう。
しかし紛いなりにも神族との激戦が繰り広げられた場所であるが故に、マナが異常に濃くなっているのが大問題だった。
マナの異常濃度はそれを起因として、魔獣の類が集まり兼ねないと予想されるからだ。
北の辺境伯領とこの国とを隔てていた山は、先の少女の一撃で失われている。だからこそ北の領地で増殖した魔獣が、大暴走をしないとは言い切れない。
問題が多々存在している現状に、魔王ディグラスは困り果てていたのだった。
拠って凡人ならば鬱病になってもおかしくないだろう。
コンコン
「鍵は開いている、自由に入って来なさい」
突然鳴ったノック音に対して魔王ディグラスは、「復興の方策か何かだろう」と考えていた。
だから迷いや悩みを振り払う為に頭を勢い良く横に振って気持ちを切り替えると、視線を机の上に置かれた書類へと移していった。
「アイ…リ!?」
何者かが部屋に入って来たのは足音で分かっていた。それでも困り事のせいで上の空だった事から、仕事をしている風の姿で話しを聞き流そうとしていたのだ。
しかし入って来た者が、何も話し出さないのを訝しみ、顔を上げその姿に驚きの声をあげる事になる。
魔王ディグラスはその者の顔を見た途端に驚きの余り手に持っていたカップを危うく落としそうになり、非常に動揺しながらカップを机上に置くのだった。
魔王ディグラスの前には1人の女性が立っていたのである。
「お疲れのようね、あなた。少しはお休みになられていて?」
魔王ディグラスが「アイリ」と呼んだ女性は、ディグラスに対して慈愛に満ちた優しい目を向けながらも、どこか心配そうな表情を浮かべていた。
「それと、今回は大変迷惑を掛けたみたいね。本当にごめんなさい」
アイリは続けて言の葉を紡いでいく。だが魔王ディグラスの耳にはそれらの言の葉は入って来ていなかった。
何故ならば「もう2度と会えない」と思っていた亡き妻の姿に、ディグラスは感情が昂ぶり、その目には涙が溢れ止まらなかったからだ。
「いけないわ、私にはあまり時間が無いのでした。てへッ。今はあの子の身体をちょっとだけ借りて、ここに来ているのですから要点だけ急いで伝えますね」
魔王ディグラスは少しだけ正気を取り戻しつつあったが、皆目見当の付かない話しの内容などそっちのけだった。
しかし何かを言おうとしているアイリに対して、「声を掛けなければ」と考えた末に声が上擦り涙ながらに「うむ」と応えるのが精一杯だった。
「私達の愛娘は、もう既に危ういながらも世界を渡る為の術を持っています。そして、この子のお友達の力を借りればそれは必ず成功するでしょう」
「……!?」
「あと、北の大地に今回の騒ぎを起こした者達の魂が眠っています、その魂をこの子に渡しておいて下さいね。そうすれば、いつでもここに帰って来られる様になりますから」
アイリは言の葉を結んだ。そして魔王ディグラスの方へと少しだけ歩き、その途中で光の粒子となり余韻も残さず消えていった。
魔王ディグラスは消えゆく妻を抱き締めようと腰を上げた。しかしその瞳はアイリから離すまいと視線を向けたままだったのが災いし、自分の目の前にある机に阻まれ歩は先へと進まなかった。
机上に置かれていたカップはその衝撃で床へと落ちて割れてしまい、紅茶が部屋のカーペットに染みを作っていく。
魔王ディグラスは、せめて亡き妻の温もりをと手を必死に伸ばしたが何も掴む事は出来なかった。
魔王ディグラスは不意に目覚めた。どうやら机の上に突っ伏して寝ていたようだ。
「今のは夢だった…のか?随分とリアルな夢だった…な」
魔王ディグラスは自分に言い聞かせるように言の葉を紡いでいく。その表情はたとえ夢の中でも最愛の妻に逢えた事に、思いを馳せ切なさを湛えていた。
魔王ディグラスは白昼夢を見ていたかの様な錯覚に今も囚われている。そんな亡き妻に馳せる想いから思考を切り替えようと、頭を横に振り姿勢を正そうと立ち上がると、足元からは「ジャリッ」と音が響く。
魔王ディグラスは足元から鳴った音が気になり、足元へと視線を向けるとそこには割れたカップがあった。
魔王ディグラスはうたた寝の最中にカップを落として割ってしまったと思い、割れたカップに手を伸ばしていく。
すると、「ぎいぃぃぃぃ」と鈍い音がして扉が少しずつ閉まっていこうと動いているのに気付いたのだった。
割れたカップと開け放たれていた扉に、魔王ディグラスは「ハッ」と何かに気付き城に尋ねていった。
「城よ、余の部屋から出ていった者はいるか?」
「誰もおりません、マイ・マスター」
「では誰が扉を開けた?」
「誰も開けておりません、マイ・マスター」
「閉まっていた筈の扉が勝手に開く訳が無い」
ディグラスは城からの返答に拠って「城は認識阻害を受けている。そしてさっきのアイリは実際にここにいた」という事実を悟るのだった。
何故ならばアイリは部屋に入って来た時に扉を閉めず、部屋の中にいながらにして消えたからだ。
「夢だと思っていたが、あれはリアルであったのか?」
ディグラスはついさっきの出来事を、まるで遠い過去の出来事を懐かしむような表情を作り「夢」だと思っていた内容を思い返していた。
すると取り急ぎ旅の用意を整え、城に「暫く留守にする」とだけ伝え姿を消したのだった。
-・-・-・-・-・-・-
『 「あら?ここは、どこかしら?」
誰かに呼ばれた気がして目を覚ました時、私は見た事の無い部屋におりました。
そして自分が今、横になっているベッドの横には、もたれ掛かって寝ている知らない少女がいましたの。
「目を覚ましたんですの?」
自分が動いたからでしょうか?それとも声を出したからでしょうか?もたれ掛かって寝ていた少女は目を覚ました様子で、私に声を掛けてきましたの。
だけれども正直な話し、私はこの少女が何処の誰なのか分かりませんでした。
然しながら、私の身に何かが起きて、私の事を看病してくれていたのなら、無碍には出来ませんから。
そうも考えておりました。
「え、えっと、ここはどこかしら?」
でも流石に初対面の少女に向かってどうやって話しを切り出そうか、色々と考えていたのですけど、咄嗟に口を開くと単調な言の葉が漏れるだけでしたの。
私の問いに見知らぬ少女は、「ここは、魔王陛下の城の中ですわ」と言の葉を投げ返してくれました。
「魔王陛下の城?」
私は凄く驚きましたの。それはもう、心臓が口から飛び出てしまうんじゃないかって思うくらいに。
だから驚きの余りに思わず本当に飛び出ない様に口元を手で覆い隠してしまいましたの。
でも何故、私が「魔界」にいるのかは分かりませんでした。
それこそ、「皆目見当が付かない」と言っても過言ではないでしょうね?
見知らぬ少女が紡いでくれた言の葉をそのままオウム返しで漏らしてしまったので、目の前の少女はきょとんとした表情を私に向けていましたの。
私の口から漏れた言の葉が意味深だったのか、それとも、私の態度が意味深だったのかは分かりませんけどね。
でもどちらかと言うと怪しまれている感じと言うよりは、「何を言ってるの?」って感じに思えましたけど。
「身体の調子は大丈夫なんですの?まだ、顔色が悪いみたいですわ。暫く横になって安静にしていた方が宜しいのではなくて?」
見知らぬ少女は心配して下さってる様子で私に言の葉を紡ぎながらも、その手に持っている鏡を差し出して下さいましたの。
「誰??」
今回も危うく声を漏らしてしまう所でした。
でも今回はお漏らしせずに耐える事なく成功したので僥倖と言えますね。
本当に良かった良かった。
でも、鏡に写った私の姿は、いつも見慣れている私の顔では無かったんですもの。驚くのも無理はありませんよね?
でも目の前の見知らぬ少女は、本来のこの顔の持ち主の知り合いなのでしょう?
ならば、自分に向かって「誰??」なんて言ってたら「何を言ってるの?」「貴女は誰なの?」って言いたくなってしまいますものね?
だからお漏らししなくて本当に良かったわ。
「だけど、この顔はどこかで知っている誰かの面影があるような……」
私は口から声が漏れない様に細心の注意を払い心の中で呟いておりました。
「あッ!」
そして、繋がりましたの。だけどやっぱり不注意な私は今度もお漏らししていたみたいで、目の前の少女は突如として上がった声に、「ビクっ」と身体を一瞬だけ上下させていたのよ。
驚かせるつもりはなかったんですけど、突然間近で大声が上がれば普通は驚くものよね?
悪い事をしたわ。本当に。
そうそう、私は、私の娘の姿になっていたの!!娘の中に入ってるとでも言えばいいのかしら?
でも何故こうなったのかは分からないの。分からないけれど、実際に起きた事だから何かの偶然なのかもしれないわね。
でもそう言えば、夢の中で呼ばれた気がしなくもないの。
そこで私は、娘の現在の事を、今までの記憶を、私が知る事がなかった娘の過去を調べる為に潜っていったの。
娘のプライバシーを侵害したかもしれないけれど、それは秘密ね。
その間、正面にいる少女は顔に「?」が浮かべていたけれど…。
私に対して何かを言いたそうな感じもしたのだけれど…。
私は目の前の少女に対して何もアクションを起こす事はしなかったわ。
だって、偶然にもここに来る事が出来た私は、次も来る事が出来るとは限りません。それに娘が寝ている間に身体に忍び込んでいるわけだから、おそらくあと1時間もしない内に私はこの身体から追い出される事になるでしょうからね?
だからこそ娘の事を調べた結果、私の目の前にいるこの少女が「誰なのか?」も分かったんですの。
でも私としては、この城にいる最愛の夫に話さなくてはいけない事の方が優先順位は高いと思いましたの。
私の娘には大変申し訳無く思うのですけど、私の本当の姿を他の者に見られる訳にはいきませんの。
それが娘の友達であるルミネという名の少女でもね。
だから少しの間、寝ていてもらう事にしましたわ。
おやすみなさい。
私は本当の姿に形を変え、今、最愛の夫に会いにいきます。
娘のマテリアル体はいらないからベッドに残したままで、おやすみなさい。
娘のアストラル体はもうちょっとだけ借りていくわね。
ありがとう 』
「起きたんですの?」
ルミネは目を擦りながら言の葉を紡いでいた。
起こさない様に小声で呟いたつもりだったけど起こしてしまった様子だった。
「ごめん、起こしちゃった?アタシの事をずっと看病してくれてたの?ありがとう」
少女はルミネに対して作り笑いではない正真正銘の笑顔で伝えていく。だが、ルミネの反応は少女が思っていた「それ」とは全く別のモノだったと言える。
「良かった…ですわ。今度こそ、本当に…本当にちゃんと起きたんですのね?」
ルミネが泣きじゃくっている理由が本当に分からない少女は、その想定外のルミネの姿にオロオロとする事しか出来なかった。
だから一生懸命に頬を濡らす、ルミネを宥めるように頭を撫でていた。
「今度も何もいつもちゃんと起きてるよ?」
オロオロしながらも少女はルミネに言の葉を紡ぎ頭を撫で宥めていたが、ルミネはつい先日、目覚めた少女がまるで別人の様に振る舞っていた事を話したのだ。
少女には意味が分からなかった。
本当に意味が分からなかった。
少女の記憶はあの場所でヨルムンガンドとの死闘の途中から、今しがた目覚めるに至るまで全くもって無かったのだから。
だから少女はルミネが出会ったという別人の様な自分について、詳しく話しを聞こうとした。しかしその話しを切り出そうとした矢先にルミネの口から「陛下が旅に出た」といった内容を聞かされる事になった。
その結果、もう一人の自分については有耶無耶になったのだった。
魔王ディグラスの行方は、誰一人として知らなかった。
何処に行ったのか?
何をしに行ったのか?
魔王を探しに来た者はその伝言を魔術生物である王城から、魔王ディグラスの自室に来た者にのみ伝えられていた。
然しながらその内容は「暫く留守にする」といった内容のみだ。だからこそその伝言を放つものに対して誰しもが聞き返していったが、委細・詳細・仔細問わず何も語られない事から一切不明だった。
拠って魔王ディグラスに仕える者達は行方不明になった主に対して、様々な方法で通信を試みたが何かに妨害される様な形で通信が切れてしまうのだった。
その結果、様々な方法で魔王ディグラスに対して連絡を取る事を試していったが、誰も連絡を付ける事が出来ずに音信不通な現状に頭を抱えていた様子だったのだ。
結果として打つ手が全く無くなってしまった事から、「陛下の捜索隊を結成すべきか?」といった様々な意見が飛び交っていく事になった。しかし、その手の話し合いに対して魔王の次に決定権を持つ主要貴族達は、引き籠もりのアスモデウスを除き、根こそぎ意識が戻っておらず治療中だった。
拠って意見は全く纏まらず、徒然に日々ばかりが過ぎていった。
それから更に数日が経った頃に魔王ディグラスは、それこそフラッと城に帰って来た。
その装いには所々汚れや破れがあり、身体には軽く怪我を負っていた。
魔王ディグラスが城に戻るや否や側近達は質問責めにしていったが、その者達を振り払い少女の元に急いで向かったのだった。
バタンッ
びくっ
扉が勢い良く開きその中にいた少女とルミネは驚いた顔をしていた。少女が目覚めてから数日が経っていたが、ルミネは経過観察と称して少女の元に入り浸っていたのだ。
それはまるでべったりと飼い主に寄り添う猫のようでもあり、付き合いたてのカップルのようだったかもしれない。だがそのお陰で少女は暇で退屈する事なく、楽しい日々を過ごしていた。
「お急ぎですか父様?ノックもせずに女性の部屋に入るのは、マナー違反ですよ?えへっ」
少女は突如として部屋に入って来た行方知らずになっていたとされる父親に対して、しれっと以前の仕返しをしたつもりで言の葉を投げていた。
その言葉を受けた魔王ディグラスは「すまん」とだけ言葉を返していたが、急いでいる様子で直ぐに話しを切り出していった。
ルミネは少女があの死闘の後で目覚めてから、初の父娘のご対面に空気を読んだのか、「わたくしはお邪魔ですわね」と言の葉を紡ぎ、「久し振りに研究室に行って参りますわ」と言の葉を残し部屋を出て行った。
当然の事ながらルミネが出て行った後の部屋は、少女とディグラスの2人だけになった。
「先の戦いの折、お前が倒した神族は、何柱だ?」
死闘を生き残った感動の対面を多少期待していた少女に対して、ディグラスが投げて来た質問の内容は意外だった。拠って少女はパチパチパチと数回瞬きをし目を白黒とさせていた。
「えっと、あの狼がフェンリル、焔の巨人はスルトよね?後は「ロキ」、フヴェズルング、ヨルムンガンドは倒せてないのよね?だから、計4柱かしら?」
「それなら、これをお前に渡しておく」
魔王ディグラスはどこかホッとした優しい表情で言の葉を紡ぐと、少女に握っていた何かを手渡したのであった。
受け取った少女の掌の上、そこには5つの魔石が怪しく光っていた。
「何故、父様がこれを?」
少女は自身の掌の上に置かれた魔石を見詰めながら、言の葉を紡いでいく。
魔王ディグラスは少女に対して自身が旅に出る前に起きた、そのきっかけとなった亡き妻との再会の件を紡いでいくのだった。
話しを聞き終えた少女は「正直、感情をどう表していいか解らない」としか言いようがなかった。
そんな感じの文章がその表情の裏側に書いてあったと思える程に、表側の無感情な様子から魔王ディグラスは読み取っていた。
少女は母親の事を何1つとして知らない。少女が物心ついた時には既にこの世にいなかったからだ。
写真も見た事がなく顔も知らない。でも母親に会いたくないワケでは無い。
母親がいない事を寂しく思わないワケでも無い。その反面、会ったとしても何を話していいかわからない。
だから、何をどうすれば良いかが分からない。どう感情に表していいか解らない。どう反応すればいいかワカラナイ。
わからない分からない解らないワカラナイ。
何故ならば自分にとっての家族はこれまで、父様と爺とキリクだけだと思っていたのだから。
だからこそ魔王ディグラスから聞いた話しの中で、母親に関する事は何1つとして頭の中には入って来なかった。
然しながら魔王ディグラスが母親から聞いたという、「自分が世界を渡る術を持っている」事に関しては理解出来ていた。
そして更に続けるならば「友達の助け」それは恐らく「ルミネの事だろう」と、それもなんとなくは分かっていた。
だからこそ、大いに悩んでいた。
「アタシが本来いるべき世界はどこなんだろう…?」
「これがあれば、この世界にも再び来る事が出来る…かぁ」
少女は魔王ディグラスが部屋を出て行った後で部屋の中で1人、魔石をしみじみと見詰めていた。
ルミネは少女の経過観察をまだ、していたかった。しかし魔王ディグラスが少女の部屋にやって来て、空気を読んで部屋を出て来てしまった手前……、その際に「研究室に行ってくる」と言ってしまった手前……、渋々ながらも研究所に戻って来ていた。
ルミネは暫くぶりに帰ってきた研究室で、気晴らしも兼ねて研究を再開しようと考えていた。
帰って来たからにはちゃんと研究を再開しようとも考えていた。
本格的に研究を再開すれば、「暫くの間、御子様に会えなくなりそうですわね」とも考えていた。
そして、自分の研究室の扉を開けたのだった。
「そういえば、そうでしたわね。はぁ……」
ルミネは扉を開けてから後悔した。ルミネの研究室は地震の影響で、足の踏み場も無い程にぐちゃぐちゃだったからだ。
更には王都ラシュエが復興に勤しむ際もルミネは眠れる少女の部屋に入り浸っており、その間は研究室の事を完全に失念して全く手を付けていなかったのだった。
拠って現状はあの時と変わらずそのまま今に至る。
ルミネは暫くの間、研究を潔く諦める事にして魔力製素体を3体作成していった。ルミネは創り出した魔力製素体に部屋を片付ける様に指示を出し、自身は先程出て来たばかりの少女の部屋へと踵を返して戻る事を決めた。
ルミネのその足取りは軽く表情はとても晴れやかだった。
コンコン
「入りますわよ?」
がちゃ
ルミネは晴れやかな気分のまま少女の部屋を軽快にノックし、中の住人の返答を待たず扉を開けていった。
中からは「ちょっと待って」と聞こえて来た気がしなくもないが、その言葉は聞こえないフリをしたのでそのまま扉を軽快に開ける事にした。
「ッ!??!」
ルミネが扉を開けると、その中には涙で頬を濡らしている少女がいた。
感動の父娘の対面。無事生還し、積もる話しで盛り上がった後のハッピーな余韻。
ルミネはそんな幸せのおすそわけを期待していたのだ。
だが、そこにいるのはそんな想定内の、予測通りの姿とは正反対の切なさで、頬を濡らしている少女の姿だった。
だからそれは決してルミネの予定調和ではない。
「ちょ、ちょっと、一体どうしたんですの?陛下に何か言われたんですの?」
ルミネは戸惑っていた。ルミネは明らかに動揺していた。
そして、「勝手に扉を開けなければよかった」とも後悔した。
だが、後悔した所で話しは先に進まない。それ以前に後悔しても時間を戻す事は出来ない。
「えぇ、うん、まぁ、ちょっと考え事をしてたら、なんか泣けてきて…ね」
「相談事なら、遠慮無く言って下されば、ちゃんと乗りますわよ?」
少女から返される歯切れの悪い言の葉に、ルミネは優しい表情で言の葉を紡ぐ。少女はその言葉を受け取ると、ただ気恥ずかしそうに微笑み「ありがと」とだけ返していた。
少女はディグラスから聞いた内容をルミネに話していく。
ルミネは少女から齎されるその内容に、所々で驚いた表情を取っていたが少女が話し終えるまで話しの腰を折る事はしなかった。
全面的に「聞き手」を貫き相槌を打って聞いてくれていた。
「では、わたくしがお会いしたのは、御子様のお母様でしたのね」
「でも、それでしたら、わたくしの事も話さなければなりませんわね」
ルミネは決意を固めた瞳で少女を見詰め、それでも決意とは裏腹に多少重たい口を開いた。
それは自身の魔眼についての事だった。
少女は「世界を渡る方法」について心当たりはあるが、正確な方法は分かっていなかった。
そしてアイリが語ったとされる「お友達の助け」の「お友達」の部分は分かっていたが、「助け」の部分は皆目見当も付いていなかった。しかしルミネから齎された「魔眼」の情報で、両方共に納得がいくのだった。
それ以前にルミネの魔眼については、聞いた瞬間に「凄い!!」としか表現する語彙が無かった少女だったがこれは余談と言えるだろう。
ルミネの持っている魔眼は「未来視の魔眼」と、もう1つ。
アスモデウスに拠って封印を施されていた「変革の魔眼」の計2つである。
「変革の魔眼」は「未来視の魔眼」以上に性能が高い魔眼であり、非常に稀有な存在とされる。
その魔眼ホルダーは「魔界」に於いて、過去から現在に至るまで5本の指に入る程度の人数しか確認されていない。
その「変革の魔眼」は対象となるモノの「因果」の決定権を持つのだ。
且つ魔眼の所有者が認めない「因果」を「拒否」する事が出来る。
拠ってこれは破格の性能を持っているしか言いようが無い。
分かり易く言えば、相手が持っている「因果」を魔眼の力を使って「拒否」する事で、「因果」自体を書き換える事が出来る事をも示唆している。
ただし相手が持っているまたは現状使っている「因果」ないし、進行形で現象として用いている「因果」に対して、「拒否」若しくは「書き換える行為」を行う際は、代償を支払う義務が生じる。
仮に正規の使用者が扱う「レーヴァテイン」の「因果」を書き換えるとするならば、それこそ生命を代償とする必要性に見舞われたりもする。
然しながらこれは余談だ。本題はそこじゃない。
だからその力を対峙している相手の「因果」に対する「拒否」や「書き換え」として使わず、「未来視の魔眼」と組み合わせその魔眼に映し出された未来の「拒否」を行うのであれば代償を支払う義務は発生しない。
拠って2つの魔眼を組み合わせる事で、「未来の因果関係を全て変更する事が出来る」というチート機能を発揮出来るのだ。
先の戦闘に於いてはこの魔眼の力をルミネが発揮し、上手く使い得た事でヨルムンガンドを倒せたのだった。
「恐らく御子様のお母様が仰った方法は、わたくしの魔眼の力を使って、世界を渡る時に「成功する因果を組み上げる」って事だと思いますの」
ルミネは少女に言の葉を紡ぎ、少女はその言の葉を受け黙って頷いていた。
「でも、わたくしには疑問なのですが…。もう本当に「世界を渡る力」を持っているんですの?」
「今の状態で人間界に帰れば、身体の半分は消失してしまいますのよ?それに、この世界で完全にマテリアル体のみに戻す事は難しいですし……」
「まだ推論でしかなくて恐らくなんだけど、アタシが魔族化すれば良いんだと思う。そうすれば、自分のオドと魔族化した際のオドを足して、転移魔術で強引に世界を渡っていける」
「は……い?」
天才肌のルミネであっても、その理論には理解が追い付けていない様子だった。拠ってルミネは困惑しているのだが、それを尻目に更に少女は言の葉を紡いでいく。
「人間界に渡った後で、力を解放して魔族化を解除するっていう感じならば可能性はあるかなって思ってるけど……」
「それに、アタシの延命の為にアストラル体とマテリアル体の割合を変えてくれてたけど、それはアタシが自力でなんとか出来そうだしね!」
「魔族化?!一体どういう事ですの?御子様はヒト種でしょう?魔族化なんて、そんな事……」
「出来るのよ、これがッ!」
「えっ?本当なんですの?」
魔族化とは単純明快に言ってしまえば「魔族の様に形状を変えるという事」も含まれるのだが実際の所は違う。
その実魔族化とは、100%アストラル体化のコトを指す。
生態系上に於いて分類される種族としての魔族のその特性は、マテリアル体を持たない種だと定義されているからだ。
それは「魔界」という過酷な世界に住まなくてはならないと決められた事に端を発し、それ故にその世界の特性に種族としての特性を決められたと言っても過言では無いだろう。
その結果としてマテリアル体を持つ者が「魔界」にいれば、マテリアル体とアストラル体の割合を0:100にしなければマテリアル体の死を迎えた段階で、アストラル体の死を意味する事になる。
更にはマテリアル体の割合が高ければ高い程に、例外無くそのマテリアル体の本来の死期よりもそれは早く訪れる。
だがしかし、マテリアル体を持つ者でも魔族化をしてマテリアル体を完全に捨て去れれば、アストラル体のみの特徴でもある「時間経過に拠る崩壊という結末の生」を迎える事が可能となる。
しかしその場合、捨て去っているのでマテリアル体に戻る事は不可能だ。
結果としてマテリアル体を持たない身体で人間界に降りる事は叶わないし、中途半端な割合で人間界に降りればそれこそ人間界の身体を失う事になるのだ。
拠って中途半端に身体を失った個体は生きていけないので、必然的な死を要求される。
然しながらその不可能を少女は可能に出来ると言い放っていた。
少女はルミネに「見ててね」と言うとベルゼブブの魔石を愛剣に宿す。そして完全に魔族化したのだった。
「た、確かに魔族化していますわ」
ルミネは驚く事しか出来なかった。魔石の使い方もそうだが、魔族化した少女のオドは魔界にいる誰よりも莫大だった。(魔族化した際に少女がベルゼブブに似た姿になった事にも驚いたが、そこは見てみぬフリをしていた)
だがそれでもルミネは、「人間界と「魔界」を繋ぐ転移ゲートを開けられる程の魔力量ではないかもしれない」とそんな風にも考えていた。
「まだ、魔力が足りないって思ったでしょ?じゃあ、見せたいのは更にここからよッ!」
「デバイスオープン、マモンの魔石よ、剣に宿れ!」
少女はベルゼブブの魔石の他に、マモンの魔石も追加して剣に宿していく。
そうして2つの魔石は剣に宿り、その2つの魔石から齎されるオドは少女の中を駆け巡っていく。
少女の口から甘美な吐息と声が漏れていった。
一方でそのオドの量は、既に人間が許容出来る範囲を超えているとルミネは感じ取っていた。
ルミネは足が竦んでいる。少女の持つ「底が見えない得体の知れなさ」に対してだ。
「膨大」という言葉で表現したとしても、そんな言葉では表現し切れない程の膨大な魔力。それを目の当たりにして、その魔力が放つプレッシャーにルミネは押し潰されそうだった。
そんな時、ルミネは意図せずに視てしまった。少女の「未来」を少女が人間界にヒト種として存在している姿を。
「何故、このタイミングなんですの?」
ルミネの放つその言葉は呪詛だった。空気の読めないタイミングに対しての呪詛。悪い仕事しかしないタイミングに対しての呪詛。
確かに「視た」未来を「拒否」すればこのタイミングは否定出来る。でもそれは少女に対する裏切りではないか?
だからこそ、ただただ呪詛を吐くだけで、逡巡するだけで「拒否」は出来なかった。
そんなこんなでそうこうしているうちに、膨大な少女のオドを媒体としてゲートは偶然にも開いていった。
バタンッ
城の中で今まさに起こっている異常事態を機敏に感じ取った魔王ディグラスは、少女の部屋へと駆け付けその扉を勢いよく開け放っていた。
「父様、ノックを忘れてはいけませんよ!にひっ」
少女は屈託のない笑顔を魔王ディグラスに向けて言の葉を紡いでいる。
一方でそんな言の葉を受けても魔王ディグラスは何も反応出来なかった。
魔王ディグラスは「何故に今なのか?」と、そう考え運命を呪った。
しかしゲートが開いたなら、開いているなら、今が絶対のチャンスであると確信した。
だから少女に1本の剣を差し出した。
少女はその剣を受け取ると「ありがとう、大事にするね」とだけ言の葉を紡いだ。
ゲートはルミネと魔王ディグラスに少女に対しての別れの時間を与えてはくれなかった。
ゲートは無慈悲にも何かを言おうとした少女を吸い込むと余韻も残さずに消えていった。
たかだか数分前まで少女がいた城の一室には、去り行く少女に何も言えなかったルミネが床にへたり込み頬を大粒の涙で濡らしていた。
突然の別れを強いられた魔王ディグラスが天井を見詰めて、身体を震わせていた。
少女は心地良い風を浴び目覚めた。だけど、目覚める前の事。
人間界に渡って来る途中で何かが起きた様な気がした。
でもそれは、どうしても思い出せない。思い出せないモノは仕方がない。諦めるしかない。
割り切りはいい方なのだ。
少女は覚醒したばかりの、まだ朧気な視界で周囲を見渡していった。
空は蒼く澄んでおり、眩しい光を放つ太陽が見える。周囲には山があり、緑が映えている。
季節は春だろうか?アタシはどれくらいの期間、この世界を留守にしていたのだろう?
更に遠くの方には街が見える。ここはどこだろう?あの街は何ていう名前の街だろう?
でもま、そんな事はデバイスで調べれば一瞬で分かる。
だけど敢えてそれをせず、久し振りの人間界なのだから「ゆっくり感覚を取り戻して行こう」と、そう少女は考えていた。
懸念されていたマテリアル体とアストラル体の割合はどうやら元に戻っている。少女は手をグーパーさせ、身体や装備に異常が無い事を入念に確認すると、その場で立ち上がり目覚めさせてくれた心地良い風を身体いっぱいに浴びていた。
「風が気持ちいいッ」
手元のデバイスには今まさに着信が入って来ておりデバイスが音を掻き鳴らし「早く出ろ」と急かしている様子だ。
少女はその着信が誰から来たものなのかを確認すると、出る事をせずブーツに火を点し空を駆けていった。
着信が鳴り止んだ頃、少女は自分から発信を掛けた。
だがその相手は先程の着信とは別の相手。
「おかえりなさいませ、お嬢様。今までどちらに行かれてたのですか?」
バイザーからは懐かしい声が響いてきている。
少女はその声にちょっとだけ瞳が潤んだが、大空を駆けている最中で周囲には誰もいない事もあって、気遣う事もせず気にしないコトにした。
「ちょっと、父様に会いに「魔界」まで。これから屋敷に帰るから、とびっきり美味しいご馳走をお願いねッ♪」
少女は明瞭簡潔に言の葉を紡ぎ通信を切ると、晴れ渡り心地良い風と共にゆっくりと空を駆けていった。
「やっぱり、アタシはこの世界でハンターとして生きていくわ」