終結と戦略的撤退と雷神の鎚と土星 ν
魔王ディグラス達は西の山の上空の一部始終を、飛竜の背に揺られながら遠目に見ていた。
その様子から魔王ディグラス達は追い掛けてルミネに助太刀しようと画策したのだが、イーラが召喚した飛竜達の飛行能力を以ってしても距離はみるみる内に引き離され、その背の上で皆はヤキモキしていた。
そんな状況にイーラだけは申し訳無さそうに小さくなっていた。だが追い付けないのは決してイーラが召喚した飛竜達のせいではなく、追い掛けっこをしている2人が速過ぎるというのが結論だ。
そして逃げているルミネの背中から虹色の顎の様なモノが生え、その顎が追い掛けている敵と思しきモノを喰らう姿を飛竜の上から見た魔王ディグラス達は、何も言えず何も言葉を発せず一同が一様に絶句していた。
一行は偶然にも見てしまったその光景に「ルミネを怒らせたら怖い」と、心の中にトラウマと言えるモノを植え付けられるのだった。
フヴェズルングは最後の最後に悪足掻きをしていた。自分が追い掛けている者達が、今まさに放とうとしている魔術が何なのかを悟ったからだ。
だからこそ少女が放った「極大魔術」の顎に拠って飲み込まれる寸前に、悪足掻きをしてみせた。
フヴェズルングは自身の身体を半ば強引に2つに割り、片方はその手に持つ偽神征鎚を投げ、もう片方の半身は西の山へと向かって行った。
西の山に着いた半身は自身を贄とする事で「災いの蛇」の召喚を行ったのだ。
これらの事に因ってフヴェズルングは完全に消滅した。
「終わった…わね」
「あ、あの御子様?///」
「どうしたのルミネ?」
「い、いつまで、わたくしの胸を触ってらっしゃるんですの?///」
「えっ?!あ、いや、うん、ルミネのおっぱいって柔らかくて触り心地いいから、ちょっと手が離せないっていうか、アタシもこんだけあればなぁ…。うっ」
少女達はフヴェズルングが死の間際に何をしたのか知らない。だからこそ少女はルミネに抱きかかえられたまま安心してルミネとジャレつき、自虐していた。
ジャレつかれたルミネはまんざらではない様子で顔を赤く染めていた。
「漸く終わりましたわね」
だがしかしその時、上空にいた者達が絶対に知る由も無い事が地上では起きていた。
地上で探索にあたっていた3名の貴族達は大地が小刻みに且つ、何度も揺れているのを感じ取っていたのだ。
「あわわわわわわ、また地揺れだよぅ」
「なんでこんなに地揺れが頻発するの?大丈夫なのかなぁ?」
アヴァルティアは小刻みに何度も起きる地震に対してそれが起きる度に慌てている。
だがその一方で、魔力の流れが城に向かっているのを察知していた。
アヴァルティアは不穏な魔力の流れから、何やら嫌な予感がしたので早々に領内の探索を打ち切り、城に向かって走っていった。
同じ領内にいたインヴィディアもまた、アヴァルティアと同様のモノを感じ取ったが為に城に向かっていた。
ベルフェゴールは悩んでいた。城内の探索中に起きた地震に対して。
何度も身体を小刻みに揺さぶられるこの地震に対して悩んでいたのである。
更には刻々と城の中に集まり高まっていく魔力に、今まで培ってきた直感が「何かが起きる」とそう告げていた。
現在この城の中にはベルフェゴールしかいない。
拠って不気味な状況と度重なる地震から心細い事も相俟って、「ここは戦略的撤退です」と呟くと一目散に城から脱出していった。
ベルフェゴールは城から脱出した後で…。
アヴァルティアとインヴィディアは城に向かう途中で…。
魔王ディグラス達を乗せた飛竜組はその飛竜の背の上で…。
空中に留まり少女達は安堵していたその時に…。
城の中から禍々しく昏い光が、ウネウネと天空に向かって昇っていくのを見たのだった。
それはまるで、大きな大きな蛇の様な姿をした禍々しく昏い光だった。その昏い光は天に昇ると再び大地へと墜ちていった。
そして墜ちた光は城に纏わり付く様に蜷局を巻き、その先端はゆっくりと上がっていく。
それは頭を擡げた蛇に見えた。
上がりきった先端部分がその動きを止めると、赤く光る目が開く。
その目は鋭く怪しい眼光を放っていた。
「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」
それを見た全ての者達が言葉を失ってしまった。蛇の一番近くにいたベルフェゴールは腰を抜かし地面にへたり込んでいた。
城に向かっていたアヴァルティアとインヴィディアは、蜷局を巻いている蛇のその眼光に驚きその場に立ち尽くしていた。
それはまさに蛇に睨まれたカエルだった。
一方で魔王ディグラス達は一様に危機を察知すると上空で飛竜の背から飛び降りて散開し、各々が空を飛翔び蛇の元を目指していった。
少女はルミネが震えている事に気付いていた。だから地上に降ろしてもらう事をルミネに提案したのだった。
ルミネは少女の提案を受け入れると再び小高い山の上に降り立ち、こうして少女は地に足を付く事が出来た。さらに、この山の上からでも禍々しい蛇のその全容を確認する事が出来ていた。
だがその異様な光景に、ルミネはやはり震えている様子だ。
「ルミネ、アタシがオドを結構使っちゃったから疲れたでしょ?ちょっとここで休んでて。アタシがアイツをサクっと倒してくるからッ!」
「えっ!?あっ!!」
少女はルミネにウインクすると、ルミネの返事を待たずにブーツに火を点し空を駆けていく。
オドを消費し疲れているのも、強敵との連戦の末に満身創痍なのも少女の方なのは明白だった。
今回の一連の討伐戦はハンターとして正式に依頼を受けたワケではない。依頼として受けたのは北の辺境伯領の調査のみだ。
だから依頼自体は完結している。
だがそれでも、今が弱音を吐いていられる状況じゃない事だけは重々承知していた。それはハンターとして今まで死線を越えて来たからこそ分かるモノだ。
要するにこの状況は他人事ではなかった。
だからこそ多少強気な発言をしてでも、震えているルミネに心配をかけまいとしたのだ。
ルミネは余りにも突然の事で、「行かないで」と言の葉を紡ぐ事が出来なかった。だからこそ少女を掴もうと手を伸ばした。
しかし、その手は少女を掴む事は出来ずただただ空を掴んだだけだった。
何も掴めなかった手を握り締め、ルミネは項垂れへなへなとその場にへたり込んでいく。そして、オッドアイからただただ涙を溢して頬を濡らしていた。
城に向かって空を駆けていた少女は、直ぐに魔王ディグラスの存在に気付き近寄っていった。
「父様ッ!来てくれたんだ?ありがと」
「おぉ、無事だったようだな?」
「えぇ、おかげさまで。でも……」
少女はディグラスに対して言の葉を紡ぎ、ディグラスもまた娘が無事だった事に安堵していた。
然しながらそれは、表情に出してなどいない。
「恐らくアレ、ヨルムンガンドよ?何か策はある?それと、こっちの戦力は?」
「策はあるにはある。だが、それには時間が掛かる。こちらの戦力はアスモデウスを除く貴族6名と余だけだ」
「じゃあ、アタシも入れて8人ねッ!」
「策を教えて、父様」
魔王ディグラスは気丈に振る舞っている少女の疲弊が激しい事を見抜いていた。だが原状でかけ離れている戦力差を埋める為に、少女の力が必要なのも事実だった。
だからこそ父親としては娘を戦場に出したく無いのは当然の考えだったが、そうも言っていられない葛藤があったのも事実だ。
そんな魔王ディグラスの葛藤を知ってか知らずか…、少女は大人びた微笑みを湛えながら言の葉を紡いだのだ。
ディグラスは少女のその表情を見るや否や、色んな感情が心中に渦巻いており、決して心穏やかではなかったが、深く溜め息をついた上で少女に策を伝える事を決めた。
「一端の顔をする様になりおって……」
蛇は城に対して巻き付いて顕現しており、その赤い目は開かれている。だが何かをする事なくただ固まっているだけにも窺えていた。
…………ドクンッ………ドクンッ………ドクンッ……ドクンッ
蛇から脈打つ音が領内全域に響き渡っていく。その不気味な音色は、これから始まる激しい戦闘を予感させるものでありながらも、今ならば好機と言い換える事が出来た。しかし一番近くにいたベルフェゴールはアヴァルティア達同様に、蛙になっており腰を抜かしたままだった。
拠って、千載一遇の好機をモノには出来なかった。
だが腰を抜かしていても気合いと根性で必死に城の外まで逃げ延びる事には成功していた。更には城に向かって来ていた、アヴァルティアとインヴィディアの2人と無事に合流を果たしたのだった。
合流した3名は突如として現れた蛇のあまりの大きさに、どうやって対処をすればいいか分からず途方に暮れて右往左往していた。
だが蛇の脈動が早まるに連れて、上空から一斉に攻撃が始まった事をきっかけに、自分達も便乗して攻撃を行う踏ん切りがついたのだった。
ルシフェルは回り込んで蛇の後ろ側から…。
イーラは蛇の左側面から…。
リヴィエは蛇の右側面から…。
それぞれ思い思いの攻撃を行っていた。拠って指揮系統などはなく、統率が取れていないのは明白だった。
だがそれでもそれ以外の方法は無かった。元々魔族とはそういう種族だから仕方ないと言えば仕方ない。
地上では3名がそれぞれ動き回り、蛇の身体のあちらこちらを縦横無尽にこちらもまた思い思いに攻撃していた。
魔術による爆発が至る所で起きる。
剣による斬撃が蛇の硬い鱗とぶつかり火花を散らす。
槍による突きが硬い鱗に弾かれ甲高い音を響かせる。
「「「「「「硬いッ!!」」」」」」
それをこの場にいる全員が実感させられていた。魔術も斬撃も槍撃も…この場にいる全員の、ありとあらゆる攻撃手段のその全てが、蛇の硬く大きな鱗に拠って阻まれて傷1つ付ける事が叶わなかったのだった。
一方で少女はディグラスから聞いた策を皆に伝えるべく空を駆けていた。
蛇の脈動は時間を追うごとに更に活発になっていた。
そして、その時は遂に来たのである。
蛇は擡げた頭で空を仰ぐ。そして蛇の尻尾の先から徐々に頭に向かって、禍々しい光が収束していく。
口元に収斂したその禍々しい光は、その口の中で弾けて漏れ出していった。そしてそれは、大きく開かれた口から天空に向かって放たれていった。
蛇の口から放たれたその禍々しい光は、上空で数多の光に極小に細分化された。細分化された光はその後、重力に引き戻されていく。
拠ってそれら全てが放射状に地面に降り注いだのだ。
それはまるで禍々しい光の雨だった。
雨は蛇を中心点として半径200m程度に対して局地的に降り注いでいく。拠って雨は蛇に対して攻撃している貴族達の元へと降り注いだのだ。その局地的豪雨を全て躱し切る事など不可能だった。
よって貴族達はその雨に因って否応なしに射抜かれる結果となる。
結果として雨に射抜かれた者達は為す術無く一様にその場で気絶した。空から攻撃を行っていた者達は墜落し地面や建物へと叩き付けられ、地上から攻撃を行っていた者達はその場に倒れ込んでいった。
少女が魔王ディグラスの作戦を伝えるべく、皆の元へと向かっている最中に起きた出来事だった。
「あれは、生命搾取?!なんて事ッ!!」
「あんな規模で生命搾取を使えるなんて……」
「やっぱり、ヨルムンガンドも神族なのね。だからアレがアイツの概念能力ってトコかしら?」
少女はまだ距離があったので雨に射抜かれずに事無きを得ていた。だが、雨に射抜かれた者達がどうなったのかは、その目に焼き付いていた。
そしてその事象は同時に、魔王ディグラスが立てた作戦の失敗を意味する事になったのだった。
魔王ディグラスは驚愕していた。ディグラスの位置からでは配下の者達の様子の詳細は見て取る事は出来ない。
だが次々に配下の者達の力が弱まっていくのだけは感じ取れた。
しかし、彼の者らの協力がなければ蛇を封じる事は不可能なのだ。
因って作戦を大幅に変更し、魔王ディグラスは持てる限りの力で巨大な魔術生物を創造する事にしたのだった。
ごごごごごごごごごごごごごごごご
大地を震わせながら、第二の策が実行されていく。それは魔王ディグラスの魔力に拠って、巨大な魔術生物が創造されていく音だった。
魔術生物の全高は頭を擡げている蛇に優るとも劣らない大きさだ。それ程までの大きさの魔術生物を、魔王ディグラスは作戦の変更に拠って魔術で創造していった。
ただし、その造形などは一切の考慮をしていないのが明白だが、それは余談である。
創造が終わった魔術生物は、蛇と対峙すると攻撃を開始していった。
魔術生物は蛇を殴り付け、殴り倒し、ひたすら殴る。急造の為に殴るしか取り柄がないのだが、魔術生物はその大質量に任せてこれでもかと言わんばかりに蛇を殴り続けていった。
魔術生物の速度は、その大質量故に決して速くはない。しかし蛇自体の動きもまだ目覚め切っていないからか緩慢だった。
その結果として魔術生物の拳は確実に蛇を捉えていた。魔術生物の拳は幾度となく蛇に直撃し、大きな衝撃音が領内に響き渡っていく。
蛇は魔術生物から拳を浴びせられ続けている。その反動に因って、その巨体を領内にある城に建物に、そして地面など至る所に打ち付けていく。
その度に城や建物は破壊され崩れ落ち、大地は揺れたのだった。
少女は魔王ディグラスから聞いた作戦があの「雨」で失敗に終わった事を直感していた。そこで貴族達へ「伝言」を伝える事を取り止めると、貴族達の「回収及び保護」に回った。
何故なら、あのまま貴族達が気絶した場所で寝ていたら、蛇と魔術生物の闘いの巻き添えになるから気を回したのである。
そして少女はサークルを駆使して、貴族達を無事に全員回収する事に成功した。安全と思われる場所(先の光の雨が降り注いだ半径外)に全員を置いてきた後で、魔王ディグラスの元に舞い戻っていった。
「伝言は伝えられなかったけど、全員保護したからこれ以上戦域が拡大しなければ平気なハズよ」
「助かる」
「辛そうね、父様…。大丈夫?」
少女が魔王ディグラスに報告に戻ると、その表情には焦りが浮かんでいた。
何故ならば先程から魔術生物の調子が思わしくない。否、逆だ。
蛇の調子が上がってきているのだ。
最初は魔術生物の攻撃を為すがままに受けていただけの蛇だったが、徐々に魔術生物に対して反撃を始めた。
蛇は魔術生物の攻撃に合わせて頭を加速させた。そして自身の胴体に攻撃を入れていた魔術生物の腕に噛み付いたのだ。
蛇はそのまま器用に魔術生物の腕をねじ切った。腕をねじ切られた魔術生物は、バランスを崩し大きな音を立てて盛大に街を破壊しながら倒れる事になる。
造形美のカケラもないが故の事態だった。それは「大質量による重量バランスを考えないとこうなる」という事を如実に示していた。
倒れた魔術生物はそのまま蛇に因って蹂躙されていく。
蛇は「先程までの借りを返してもらう」と言わんばかりにこれでもかと破壊の限りを尽くし、魔術生物は核と呼ばれる魔力の結晶を砕かれた事で「魔術生物だったモノ」へと変貌していった。
「それじゃあ、今度はアタシの番ねッ!」
「待ちなさいッ!」
魔王ディグラスはウインクを投げて空へと駆けていく少女に向かって叫んだ。だが少女はディグラスの制止を聞くワケもなく、その声をそのまま振り払うようにして飛び去っていった。
「さてと、やっぱり現状で出来る事をやらないとねッ!」
「デバイスオープン、マモンの魔石。我が剣よ、その力をその身に宿せ!!」
少女が紡ぐ命に従いマモンの魔石は少女の愛剣へと収まっていく。マモンの魔石を愛剣に宿したが今回はベルゼブブの時の様に少女の姿形は変わらなかった。
然しながらベルゼブブの時と同様に少女の中にマモンの意識はある。
「お前が私のマスターになった訳か。ヒト種に使われるコトになるとはな。まぁ、せいぜい私を使い熟してみろ」
「えぇ、そうさせてもらうわ」
マモンは言いたい事だけを一方的に投げると早々に少女の意識の中から消えていった。マモンとの会話の後も少女の身体に変化は見られなかったがオドは再び少女を満たしていく。
だがそれでも満タンなどではない。
「これだけオドが回復すれば闘える…ハズ」
「いや、そうじゃなきゃ困るけど……」
少女は巨大過ぎる蛇に対して単調且つ単純な攻撃では意味を為さないと考えていた。更に気を付けるべきは、その蛇の生命搾取だと言う事も重々承知していた。
それ故にマモンから貰ったオドで行使出来る最大火力の攻撃を試みる事にしたのだ。
拠って「マモンは一体何が出来るのか?」を知る事が重要と考えた。
それに従い少女はマモンの持つ特性を探る為に、自分の持つ思考回路の全てを以ってマモンの意識を追跡していく。
追跡が終わると少女はマモンの力の中に微かな勝機を見出す事が出来た。
少女は見出した勝機を元に詠唱を始めていく。
「廻れ廻れ、輪廻よ廻れ。廻れ舞われよ、常世の舞を。魔力は巡りて、この手の中に。全ての財は我が手の中に」
「我は望みてここに来たれり、我の望みはここに御座せり。我は強欲、我が富よ此処に。出よ、偽神征鎚、力を示せ!」
少女の愛剣は少女から紡がれる詠唱に従って再構成されていく。編んだ魔力を取り込んだ少女の愛剣は蛇の頭よりも更に大きく変化し、それこそ城を丸ごと叩き潰せる程の大きさにまで膨れ上がっていった。
膨れ上がったそれは巨大な金色の鎚に変化していく。
「我が神槌を、我が敵に下さん。征鎚演技!」
「おおぉぉりゃあぁぁ!」
少女は具現化し威力を最大限まで引き上げた「雷神の鎚」を振り降ろしていった。
偏に魔術はその規模に拠って「対人級」「対軍級」「対城級」「対域級」「対界級」に分類される。
偏に魔術はその威力に拠って「作戦級」「戦術級」「戦略級」「戦争級」「戦慄級」に分類される。
今回、少女が放った「征鎚演技」は魔術のジャンルで言うならば「概念魔術」に当て嵌まり、「級」分けは「対城級」の「戦慄級」となる。
魔術の種類は「攻撃魔術」「強化魔術」「回復魔術」など大樹の枝葉の様相で多岐にわたっている。
しかしその中でも「概念魔術」はそれだけで1つのジャンルとして確立しており、火力や魔力消費が群を抜いていた。
そもそも「概念魔術」は簡単に言ってしまえば神造兵器や星造兵器と呼ばれる「人類が製造する事の叶わない唯一無二の武防具」の概念を、魔術で再現するという事をコンセプトにしている。
その結果、オリジナルに比べれば火力や耐久は大分劣るが、そのオリジナルを模している為にオリジナルの有する「概念」と類似且つ近似値の「概念」を模写するのだ。
然しながら実物を見た事がなければあくまでも魔術を行使する者のイメージでしかなく、イメージが弱ければ大量の魔力消費を行ったにも拘わらず、愚にもつかずぐぅの音も出ない魔術が完成するだけになる。
拠って少女は今回、「強欲」(ワタクシのモノはワタクシのモノ。オマエのモノはワタクシサマのモノ)の力を使ってフヴェズルングが使っていた「偽神征鎚」を模写し、その上で極めて高い水準の「概念魔術」を成立させると言う荒業に出たのだった。
ちなみに、少女の「極大魔術」は「対城級」~「対界級」且つ「戦争級」~「戦慄級」に分類される。
編む魔力量に拠って威力を最小にしても、今回放った「概念魔術」より威力は上だと言えるがこれは余談である。
少女が詠唱を始め、その急激な魔力上昇に伴い、蛇は危険を察知した。
それは癇癪を起こして八つ当たり的に蹂躙していた魔術生物だったモノを、子供が飽きたおもちゃを捨てるみたいに投げ捨てさせた。
蛇は頭を少女へと向け、その赤く光る瞳は狙いを定めていった。擡げられた蛇の頭のその口の中に、再び禍々しい光が凝縮していく。
然しながら「雷神の鎚」を振り降ろす少女の方が一瞬速かった。拠って蛇はその鎚に因って頭を打ち砕かれる事になる。
そして更に、その口の中に集まっていた光は蛇自身に因って噛み砕かれたのだった。
行き場を失った光は外に放出される事なく蛇の口の中で爆発霧散した。
少女が放った「征鎚演技」は垂直方向への衝撃でありながら、それは中心から半径100m以上の範囲にまで及んだ。
そして衝撃に因る激しく爆発的な衝撃波は伝播し、突風は半径数kmに及ぶ範囲を駆け抜けていった。
城を含む領内は衝撃と突風に因り一気に更地と成り果て、衝撃の中心地は陥没し縦に長いクレーターがぽっかりと開いたのだった。
だがそんな状態になってもまだ少女は攻撃の手を止めなかった。
即ち頭を砕かれた蛇に対して追撃を行っていく。
「もう…いっちょお!!征鎚演技!」
「どおぉぉぉぉりゃッ!!」
先程の一撃目よりも遥かに威力は落ちるものの容赦の無い2度目の「雷神の鎚」に拠る殴打。
一撃目で頭を潰された蛇は、二撃目で身体中の鱗が剥がれ肉が裂けていく。
肉を突き破った骨は砕け更にはその身体は半分近くまで吹き飛び消失していた。
「まだッ…まだあぁぁぁぁッ!」
「よっこいせっと!」
半分近く身体が吹き飛び既に瀕死と思われる蛇に対して三撃目を入れるべく、少女は「雷神の鎚」を振り上げていく。そこには一切の慈悲も容赦も無い。
それは「死こそが慈悲だ」とでも言いたげだった。
少女は自分の疲れ切って重たい腕に、無理矢理言う事を聞かせ鎚を振り上げ体勢を整える。
そして一度深く息を吸い込み、力ある言葉を放っていった。
「征鎚演技あぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「これで終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
少女は自身の中に残されたオドを全て絞り出して三撃目を放っていく。だが「強欲」で模写したモノを肥大化させ更に極大化させた概念魔術三連撃目は、少女に対しても無慈悲な宣告を齎していた。
そう、オドが途中で尽きたのである。
一撃目はマナとオドを練り上げて放った「雷神の鎚」だった。
二撃目はマモンの魔石から得たオドのみで「雷神の鎚」を振るい、三撃目もまた然りだった。
少女が万全の状態であれば3発でオドが尽きる事など有り得ない。だが、今回は違う。
魔石の力である程度回復したとは言え、初めからオドがほぼほぼ枯渇していたのだ。しかし今回ばっかりは相手が悪過ぎた。
一撃で必ず蛇を即死させなければならなかった為に、「雷神の鎚」の威力は最大限引き上げる必要があった。
何故ならばこの蛇は3度即死級の一撃で殺さなければ殺し尽くせない「因果」をもっており、即死しない一撃ではカウントされない。
それもまた、蛇のチート概念能力だった。
一方で即死後の回復中に即死級のダメージを負わせることは、完全回復した後よりも容易だ。だから少女は無理をしてでも三連撃入れたかったのだが、今回は無理に祟られたとしか言いようがない。
拠って現状、蛇の残機は“1”だ。
ルミネは山の上で1人、少女の手を掴めなかった事を悔いていた。少女を引き止められなかった事を悔やんでいた。
そして、何よりも少女と共に闘えない事を一番に後悔していた。
「少女は自分の事を気遣い1人で戦場に向かった」
その事が何よりもルミネ自身を不甲斐無く思わせており、慙愧の念に堪えなかった。
ルミネはその場にたった1人地面に腰を落としたまま…。
そこで流れるままに頬を濡らし、濁った空を見上げていた。
そんな時、ルミネがいる場所からは遥か先、少女が向かった先で空に向かって伸びる大きな光の鎚が見えたのだった。
その直後鳴り響く巨大な爆発音。そして、それによる突風。
呼吸を妨害する程の突風がルミネの元にまで到達すると、頬を濡らしていた雫はどこかへと吹き飛ばされていった。
そしてルミネは再び、これから起こる「未来」を視たのだった。
「あのままでは、いけませんわ!」
「あのままでは、勝つ事が出来ないのですわ!」
ルミネは独り言を呟くと、立ち上がり詠唱を始めた。その表情には先程までの後悔はなかった。
既に頬が濡れていた痕跡も消えている。
そこでルミネは今までにただの一度の成功も為し得た事が無い魔術の詠唱を始めたのだ。バクチと言うにはあまりにもバクチが過ぎる。
だが、それ以外にあの蛇を倒せる火力は捻出出来そうになかった。
「わたくしの元へ、赤々と燃える豪炎よ。わたくしの元へ、煌々と流れる水流よ。わたくしの元へ、深緑を統べる世界樹よ。わたくしの元へ、讃えられたる果てしない大地よ。わたくしの元へ、淡く煌めく星の結晶よ」
ルミネが紡ぐ、ルミネの詠唱。
それはルミネが五大属性を扱えるが故に今まで何度も試してきた魔術。
それはルミネ程の才覚を持ってしても挫折するに至った魔術。
しかしルミネはこの短期間に、少女が放った「極大魔術」を2回も間近で見ている。更にその内の1回は自分がオドを供給していた。
だからこそルミネはその真髄を掴みつつあった。
だからこそルミネはこのタイミングで、視てしまった「未来」を変える為に詠唱を始めた。
ルミネの詠唱に因って異なる性質の魔力は反発し合い、その反動はルミネの身体を蝕んでいく。
ルミネは力の反動を必死に抑え込もうとするが、斥力の大きさにバラつきがあって1つに収まる気配すら見えない。
ルミネは詠唱の続きを紡ぐ事が出来ないでいた。このまま詠唱を続けても強大な斥力に振り回され、魔術を無事に放つ事は出来ないだろう。
そればかりか、その斥力に因って魔術を完成させる事が出来ない可能性だってある。
そうなれば途中まで編んだ魔力が暴発する危険性を孕んでいる。
「やはり、わたくしには無理ですの?」
「どうすれば御子様みたいに編み上げる事が出来るんですの?」
ルミネは悔しそうな表情を浮かべ呟いていた。だがルミネはそれを否定するべく、気持ちを切り替えたのだ。
「まだですわ。まだやれますわ。わたくしが助けるのですわ。わたくしがわたくしの友を必ず救ってみせますわッ!!」
ルミネは半ば諦めかけていた自分を奮い立たせた。
更には自分自身に言い聞かせる独り言を、盛大に言の葉に乗せた。
「お願い、わたくしの魔眼よ、わたくしに力を貸して!」
「わたくしに未来を変える力を貸して!」
ルミネは奮い立たせた自分の心の支えとして…。
自分が放とうとしている魔術の根拠として…。
もう1つの魔眼へ願っていた。
ルミネの魔眼はそんなルミネの願いに応じたのだった。
何かが「ぱりん」と弾けた。
何かが「さらさら」と崩れた。
こうして魔眼に掛けられていた封印は、ルミネの願いに拠って解かれたのだ。こうしてルミネは更に未来の続きを「視た」のだ。
ルミネは魔眼を通して「視た」未来の続きを否定する。
すると魔眼は即座に新たに違う未来をルミネに提示していく。
それを幾度となく繰り返し、ルミネは自分が望む未来を内包する未来を視るまで続けた。
そこに妥協は許されない。
その未来は、災いの蛇が全て倒し尽くされ全てが万事解決した未来だ。
だから無事に皆で生還するコトが出来る未来以外は、お呼びでなかった。
ルミネの選択の結果に応じ、あれだけ反発を繰り返していた魔力達は急速に纏まり、斥力は互いに安定していった。
そんな時、ルミネの視界には2度目の光の鎚が映し出されていた。
「急がなければ、なりませんわね!」
「でも、この力なら必ず平気ですわッ!!」
ルミネは再度心の中で呟くと詠唱を再開した。だがその表情は先程までの自信が無く、悔しそうな表情とは打って変わっていて、まるで憑き物が落ちた顔とでも表現出来る程に凛々しかった。
「5つの力よ、闇を伴い纏え。闇よ、5つの力を伴い纏え。全ての力よ、1つとなりて、敵を叩く鉄槌となれ」
「さて、参りますわよ!」
「極大五色・土星之章!」
ルミネは詠唱を結んだ。ルミネが放った力ある言葉に呼応し術式が展開されていく。
それは蛇の真上であり、少女の鎚によって出来た縦型のクレーターの直上。そこに闇の円環を始めとして、他にも大小様々なカラフルな円環が計6つ展開されていった。
少女は最後のオドを振り絞って出した「雷神の鎚」が不発に終わると、オドを使い切った代償でそのまま意識を失い、地面に向かって墜ちていく。
我が子が墜ちていく様子を見ていた魔王ディグラスは、蛇の上空に次々と展開されていく円環を見るや否や、それの巻き添えを喰らわない為に急ぎ少女の回収に向かった。
闇を纏った魔力の結晶が一条の流れ星になって、円環の更に直上から降り注いで来たのは、魔王ディグラスが愛娘を空中でキャッチしその空域を離れた直後だった。
「あれは、一体なんだ?!対界級魔術、落石隕陽か?」
「あれをルミネが放ったというのか?あれ程の強大な魔力…極大魔術にも匹敵するではないか」
3発目の鎚が不発になった事で蛇は急速に再生しつつあった。
「完全に殺し尽くす為には3回即死させなければならない」という因果を抱えている蛇は、2度は殺されたものの3度目は殺されなかった事になる。
拠って残っている生命がある以上、概念能力が身体を超速で復元していた。
そこにルミネの放った「土星」が降り注いで来たのだった。
闇の結晶が円環を潜る。すると潜ったその円環をその身に纏って引き連れ、その大きさを肥大化させた。
それを6度繰り返した。そうやって誕生した「土星」は闇の尾を引く鎚に変貌を遂げると緩やかな速度で地面に墜ちていった。
「土星」による三撃目を直上から喰らった蛇は…。
超速復元に拠って急速に取り戻しつつあった身体は…。
大質量の魔力の塊が齎すエネルギーの圧力に因って、それこそ跡形も無くなる程に圧し潰され、3度目の即死を与えられた。
ルミネが放った土星は、少女の一撃目が開けたクレーターを更に巨大なクレーターへと拡張した後で消失した。
ちなみにこれは先に言っておくが、余談である。
ルミネが放った「土星」の衝突が引き起こした衝撃波は、少女が保護した貴族達を残念ながら巻き込んでいた。そして巻き込まれた貴族達はかなり遠方まで、それぞれ吹き飛ばされていったという話しだ。