暴食と封印と異変と溜め息 ν
「暴食」…人間界のキリスト教圏における7つの大罪の6番目に当たる罪。
その「暴食」の力は森羅万象に於ける「万物の性質を飲み込む事が可能」だった。
故に少女が放った悪食暴風は、飲み込んでいった。それは本来の真征神槍自体が持つ神性と、「ロキ」が顕現させた偽征神槍の紛い物としての性質。
それら全てを飲み込んだのである。
かの尖槍が本物であったのならば、そんな事はなかったかもしれない。
仮に紛い物であったとしても、本来の使用者が放っていたのであれば、そんな事はなかったかもしれない。
よって悪食暴風でも喰らう事が出来ずに…。
その神性に抗う事が出来ずに…。
必中の因果律を喰らう事が出来ずに…。
本来の使用者の権能に拠って、少女は貫かれていたかもしれない。
然しながら「ロキ」は真/偽征神槍の使用者ではない。
ただその口で…。
巧妙な言葉で…。
悪辣な手法で…。
その尖槍を騙して造らせただけの者なのだ。
だから「ロキ」が顕現させた偽征神槍は飽くまでも、「ロキ」の権能に拠って創り出された模倣品に過ぎない紛い物だった。
先の焔の巨人が使ったレーヴァテインは紛い物ではないが、焔の巨人同様に「ロキ」もまた正規の使用者ではない。
焔の巨人自体は剣に認められた者では無い為に、その剣が持ち得る権能とも言える「最大級の因果律」を余す事無く使えてはいなかった。
その為に剣として使えずに仕方なく矢として使っていた。
更には、その使用者に確実に勝利を約束する因果律すら使えなかったのだ。
だが、「ロキ」がレーヴァテインを使う分には正規の使用者ではないが製作者としてその権能を余す事無く充分に扱える代物だったのも事実。
今回の闘いに於いて「ロキ」が間合いの優位性を得る為に出した偽征神槍は紛い物だった。しかしその優位性に囚われずレーヴァテインを出していたなら、悪食暴風ではレーヴァテインの因果律は喰らえなかったかもしれない。
その結果、レーヴァテインの権能に拠って少女の敗北は免れようが無かったかもしれない。
レーヴァテインの権能は、それ程までにチート級な力なのだから。
拠って武器の選択を誤った事が「ロキ」の敗因であろう。
グングニルを喰われた「ロキ」は放心状態にあった。負けると思っていなかったモノが負けた事に拠る失意。
信じていたモノに裏切られたという欺瞞。
それらは「ロキ」の心中でぐるぐると渦巻き、「ロキ」はブツブツと大きな大きな独り言を言い始めていた。
「そ、そそそ、そんなぁ!!偽征神槍がぁ!オーディンの槍が敗けるなんて…。魔族如きの力で、ニンゲン如きの力で。オーディンの槍が敗れてはならないッ!」
「認めない認めない認めないッ!そんなのは絶対に認めないぃぃぃぃッ!!!!」
「ロキ」はその独り言の末に憎悪を募らせていった。それはただただ癇癪を起こした子供の様に。
欲しい物が手に入らず暴れている駄々っ子の様に。
「まだだ!まだまだぁッ!」
「まだまだワタクシにはたくさんの武器がある!それを使って…」
「ロキ」は失意から吹っ切れた様子で、募らせた憎悪を糧に新たな武器を虚空から生み出そうとしていた。
「させるかッ!」
タララララララララララッ
「なッ?!」
ぼんぼんぼんぼんぼんぼぼんぼんぼぼぼんッ
少女は「ロキ」が武器を生み出す時間を与えるハズもなかった。拠って問答無用で愛銃のトリガーを引き「ロキ」に対して魔弾を放っていく。
ウージーの銃口からは、重たく乾いた音と共に魔弾が「ロキ」目掛けて疾走っていった。
魔弾は「ロキ」の傷だらけの身体と、「ロキ」の権能に拠って今まさにその手に生み出されようとしていた武器を容赦無く蹂躙していく。
銃口からは「しゅーッ」と空気が擦れる様な音が漏れていった。ウージーはデバイス内の全ての魔弾をフルバーストした。
それは少女がトリガーを引いてから20秒と経たない内の出来事だった。
破裂の魔弾をその身に受け続けた事に因って、「ロキ」の身体は既に原形を留めていなかった。無惨にも跡形もなく破裂していた。
それはまさしくオーバーキルと言っても過言ではない光景だった。
「いいでしょう♫ワタクシの子供を殺し、ワタクシの半身を殺し、そして、今まさにワタクシまで殺しますかぁ。いいでしょういいでしょう♪ここは甘んじて殺されてあげます♩で・す・が♪ワタクシは何度でも甦りますよ?魂すら滅ぼされても甦って差し上げますよ。ふふふ♪ふふふふ♪ふふふふふはッ♬」
「それではみなさん、さようなら」
負け惜しみにも聞こえる意味深な言の葉を残して、身体が頭だけになった「ロキ」は散っていく。
後には光の結晶がキラキラと輝いていた。
だがッ!!その光の結晶は消える事無く、空へと舞い上がると全て同じ方向へと向かって流れていくのだった。
「ッ?!」
「えっ?消滅しない…の?」
少女はその様子に何故かとても嫌な予感に苛まれた。よって「その光の結晶を追い掛けなくてはならない」と考えた結果、踵を返すと急いで後を追い掛けていくしか選択肢は選べなかった。
-・-・-・-・-・-・-
リヴィエが王城で周辺貴族に対し王城への緊急召集の連絡を急いでいた頃、王都では異変が起き始めていた。
前兆は密かに且つ秘密裏に進行していた事から誰しもがその「異変」に気付いてはいなかった。
「お館様ッ!!一大事で御座います。魔石がッ、狼の魔石が無くなっております!!」
「何ィッ!いくつだ?」
「はっ、全て御座います」
「入っていた箱はどうなった?」
「はっ、開いておりました」
リヴィエは魔石が狼由来の物だと知るや否や、封印の箱に全ての魔石を入れていた。更に箱の上からも魔術に拠る封印を厳重に掛け、これでもかという程に多重結界を張っておいた。
「あれ程の封印と多重結界を破れる程の力だと?一体、見張りは何をしていたッ?」
「ちっ、なんたる事だッ!」
ダんッ
リヴィエは焦りが変質した結果、冷静さは徐々に消え失せていく。拠って心中に於ける苛立ちを隠し切れなくなっていた。
否、既に隠そうとさえしていなかった。それ故にリヴィエの目は釣り上がり、眉間には皺が寄り、かなりキツめの形相になっていた。
「ハッ!見張りの者からの報告によればッ、箱が置いてあった部屋に立ち入った者はおらず、箱の定時確認の際に開いている事に気付いたと申しておりました」
どがッ
「それで何故に封印が破られるッ!」
「ひぃッ」
兵士は怒れるリヴィエを前にしてその心中は生きた心地がしなかった事だろう。然しながらちゃんと報告をしなければ、それはそれで自身の身を危うくする。
だから逃げ出したい気持ちを抑え必死に報告を続けていく。
「ただその際に、部屋の中に良く分からない光の結晶の様な物が入り込んでいたと見張りの者は続けて申しておりました」
「光の結晶…だと?その光の結晶とやらはどうなったのだ?」
「ハッ、消えたそうで御座います」
ドカんッ
兵士は見張りの兵士から聴取の際に聞いた事を、リヴィエに対してありのままに話しただけで、何故自分が怒られているのか全く理解出来ない。だが、それはどうしようもないコトには変わりがない。
たまたまそういった役割だっただけで、「運が無い」の一言で終了するだろう。
しかしリヴィエはこれ以上報告を受けても収穫は無く時間の無駄だと考えた事に拠って、兵士を下がらせるコトにした。このままだと、兵士に対して八つ当たりをしそうだからだ。
一方で兵士は無事に解放された事に一安心していたが、それを顔には出さない様に、リヴィエの前から去っていった。
「光の結晶?そんな物が魔石の封印と多重結界を解いたとでもいうのか?」
王城では続々と貴族達が玉座の間に集結していた。然しながらリヴィエは召集を掛けた際に、焦りから召集の理由を伝える事を忘れていた。
更には皆が集まって来た際にリヴィエがその場にいなかった事も拍車を掛けた結果、不平不満が跳梁跋扈していた。だが、その不平不満は魔王ディグラスの登場で一旦は収まりをみせていいった。
「うむ、残りはアスモデウスとリヴァイアタンの2名か。マモンとベルゼブブの跡を継ぎ当主となった、インヴィディアとアヴァルティアもよく集まってくれた。此度が初参戦となる可能性もあるから、その際は武勲に励めよ」
「「はっ」」
「さて、アスモデウスのヤツは来られるのか…?リヴァイアタンは何をしておるやら…。まぁ良いか。さて今回、皆を召集した理由から話そう」
魔王ディグラスはいつ参じるか分からない2人の事を待たず、先程まで不平不満を並べていた皆に事の詳細を話し始めていく。だがそこでタイミングが仕事をした。
魔王ディグラスが話しを切り出したのと同時刻に王都ラシュエに異変が起きたのである。
「それ」は突然起きた。密かに且つ秘密裏に準備された前兆が形を成した瞬間でもあった。
王都に文字通り激震が奔っていく。
「地震?いや、これは揺れ自体に魔力の流れを感じる。魔術的なモノか何か…か」
「うわぁ、何だコレはッ」 / 「頭が揺れる。何事か?」 / 「これは敵の攻撃に拠るモノか?」 / 「わーわーわー。あわわわわ」
魔王は心の中で冷静に呟いていた。だが逆に突如としてこの国を襲った激震に対して、玉座の間に集まっていた者達は騒然となっていた。
その光景に魔王ディグラスは「魔界では地震はあまり起きないから無理もないか…」と心の中で溜め息まじりに呟いていた。しかし想像の範疇を超えて余りにも家臣達が騒然となりオロオロしている様子に、「落ち着け」と一言だけ紡いだ。
「へ、陛下は大丈夫なのですか?」
「無論だ。だが、これは地揺れではない。恐らくは……」
ダンッ
「陛下ッ!大変で御座いますッ!王都に、この王都ラシュエに、フェンリスウールヴが現れまして御座います!!」
「「「「「「なッ!?」」」」」」
「始まったようだ…な」
部屋に入って来た兵士が放った言葉は、玉座の間にいる魔王ディグラスを除く全ての者達の顔に、驚愕の2文字が浮かび上がらせていった。
王都に現れたフェンリスウールヴ…正確にはスコルとハティというフェンリスウールヴの子供達である。その数は王都に持ち込まれた魔石と同じ数である32体だった。
「ロキ」はフェンリスウールヴが封印されていた大地に、その子供達の魔石を見付けそれを王都ラシュエに送り込んでいた。
そして魔石が封印されていた場所に現れた光の結晶は、少女によって滅ぼされたフェンリスウールヴの残滓だった。
その残滓が封印を解いた事で子供達の魔石を解放したのだ。
更に付け加えると、「ロキ」は王都内に潜伏していた折に王都内の各要所に特殊な陣形を描き、その陣形に様々な細工を施していた。
スコルとハティの魔石はその細工された陣形から力を受け取ると王都内に激震を巻き起こし、更には受肉を果たす事に成功していた流れとなる。
スコルとハティは親であるフェンリスウールヴ程の力は持ち得ていない。それでも内に秘めるオドは高く個体の持つ潜在能力も身体能力も非常に高い。
然しながら本来のスコルとハティが持っている力を「ロキ」の力に拠ってそれぞれが16体ずつに分散させられているのだった。
「やはりそうなったか。リヴィエの話しから推察するに、狼の数は32体いるはず。その1体1体が全てフェンリスウールヴであるとは到底思えぬが、もしも仮にそうだとしたら我々の敵う相手ではないな」
「やれやれ…。一体どうしたものか……」
ルミネとハロルドは王立研究所にいた。ルミネは「貴族達が全員集まって準備が出来たら連絡をする」と言っていたリヴィエの言葉に従って、魔王ディグラスの自室を辞した後で研究所にて研究の続きを行っていた。
だが当然のコトながらルミネは心配事だらけで研究に身が入っていなかった。それでも何かをしていなければ気が収まらなかったというのも事実だった。
そしてそんな不安定な状況下で激震を味わうのであった。
研究室の中は激しい揺れに因って様々な物が散乱し壊れ、棚の上に残っている物などは何1つとして無かった。
そもそもの話しが先ず棚からしてその姿勢を保ってはいられずに転倒し、研究室内の「滅茶苦茶な破壊」に貢献したと言えるがこれは余談である。
「ルミネ様ッ!!大丈夫ですか?お怪我は?」
「だ、大丈夫ですわ」
「ほっ。それならば、良かった」
ハロルドはルミネの身を案じて揺れが収まると一目散にルミネの研究室に駆け込んだ来た。
そんなハロルドが中に入ると中ではルミネが怯えを伴って多少震えながらも防御魔術を展開していたのだ。
その様子からルミネに大した怪我が無い様に思えたハロルドは胸を撫で下ろしていた。
「ハロルド、行きますわよ!」
「えぁ?ルミネ様?」
ルミネは部屋に入って来たハロルドに急いで言の葉を投げると、物が散乱している床を飛び越え部屋を颯爽と飛び出していく。
一方でハロルドはルミネがとった行動に対して、「ワケが分からない」と表情が訴えていた。そんな訴えに対する明確な解答は得られないまま、ルミネの背を追い掛ける事にしたのだった。
たったったったっ
「一体どこに行くのですか、ルミネ様?」
ハロルドはルミネの事を追い掛けながら言の葉を投げていた。
その表情は、本当に分からなそうだった。
「ホントに貴方という人は…はぁ」
「御子様が言った言葉を忘れたのですか?王都を狙う者が現れるかもしれないと言っていたではありませんか!」
「そして、それを撃退するという自身の役割を忘れたのですか?」
「あっ……」
「まったく…。はぁ」
ルミネから放たれた言の葉に拠って、ハロルドは忘却していた事を思い出さざるを得なかった。
その結果、ルミネを追い掛けるハロルドの背中に一筋の冷や汗が流れていった。
ルミネ達が研究所の外に出ると遠くの方から悲鳴が聞こえて来ていた。ルミネは聞こえた悲鳴の方に向かって急いで大地を蹴っていく。
ハロルドは背中に冷たさを感じながらも必死に後を追い掛けていくのであった。
グガアァァァァァァアッ
「きゃあぁぁぁぁぁぁッ」
1匹の大きな狼が雄叫びを上げながら、王都ラシュエに住む者達を蹂躙していた。
王都ラシュエの住人達は突如として現れ襲い掛かってきた狼に対して、必死に抵抗していたが虚しくもその攻撃は届かず、更なる蹂躙が進んでいた。
それらの光景を見た時にルミネの身体は咄嗟に動いていた。今まさに狼の牙の餌食になろうとしている子供が視界に映ったからだった。
「豪炎勇槍ッ!」
アオンッ
しゅぱぁぁぁん
「何ですって?!」
ルミネが紡ぐ力ある言葉に従ってその手から炎の槍が生み出され、その炎の槍は狼目掛けて疾走っていく。
狼は自身に向けられたその魔術を認識すると、餌食にしようとしていた子供への関心をかなぐり捨てた様子だった。そして1回だけ吼えたのだ。
ただ吼えただけのその咆哮に因ってルミネの魔術は霧散し掻き消されていった。
「魔術を消滅させる咆哮とでも言うんですの?」
「それとも、これが概念能力なんですの?」
グルルルッ
ルミネにとってただの大きな狼如きが放ったたった一度の咆哮で自身の魔術が掻き消されたコトは衝撃だった。
だけれどもルミネは臆する事なく負けじと立て続けに魔術を放っていく。それは属性を固定させず様々な属性で無詠唱による魔術行使だった。
一方で狼はその度に咆哮を放っていった。
結果、ルミネの様々な魔術は先程と同様に霧散して消え失せていた。
「豪炎の型ッ!」
「どおぉぉぉぉぉりゃッ!」
ルミネの魔術が掻き消されたのと同時にハロルドが放った数多の「実」の剣撃が狼を仕留めるべく奔っていく。幾重にも放たれた剣撃は見事なまでに狼に直撃していったが、直撃したにも拘わらず狼には何のダメージも与えられていない様子だった。
「こ、これが、師匠の言ってた「一人じゃ無理な相手」って奴か?確かに無理過ぎる!こんなの「なんとか頑張れる相手」ですらない気が……」
ハロルドは絶望的な戦力差に拠って急速に心が萎えていった。
狼は高揚していた。まともに闘えそうな相手が来たからだ。
その為に鋭利な爪を立てた。メインディッシュは後回しにする事にして、先ずは目障りな男から斬り裂く事に決めた。
ザシュッ
空気を切り裂く音が響いていく。狼は自身の鋭利な爪で、先ずは目障りな男を3枚におろしたと思っていた。
だから身体をゆっくりとメインディッシュの方へと向けていく。
「どこを狙っている?」
グルォ?!
狼は3枚におろしたと思っていた相手から言の葉を掛けられ、そこで漸く自身の鋭爪が敵に届かなかった事を知った。
狼は怪訝な様子をその表情に浮かべていたが、気怠そうな様子で再び男の方へと体勢を向き直すと敵を見据えていった。
狼は再び爪撃を繰り出していく。だが、その鋭爪は相手には届いていない。
しかし狼の視界に於いては確かに鋭爪は届いているのだ。対峙している男を切り裂いている様に見えているのだ。
しかし今回も同様の初撃と同じ感触に拠って狼は、自分の鋭爪が届いていない事を確信していた。だから技量が分からない相手に対して侮ることなく、立て続けに自身の周囲へと向けて爪撃の乱舞を放っていった。
「これだけの爪撃を放てば、目障りな男も細切れになった事だろう…」と、再び慢心を抱えていく。
そのように一方的にそう考えた結果、「これでやっと」とメインディッシュに向かって身体を再び向き直していった。
「我の相手はそれ程までに詰まらないか?」
グルォ!?
グルルルルぅ
「じゃ、今度は我から行くぜッ!」
「破竜の型!」
その声と共に男から放たれた斬撃は全部で6つ。そして狼は不可避の斬撃全てをその身に叩き込まれたのだった。
「大丈夫か?ケガはしていないか?」
「ありがとうございます、ベルンさま」
女の子は礼を言うと近くの家の中へと入っていった。
その様子をベルンは笑顔で見送っていた。
「全く、この狼は何なんだ?あの地揺れと共に現れて来て、好き放題暴れやがって」
「あっちゃこっちゃで手当り次第に襲ってっから面倒臭ぇったらありゃしねぇ!」
ベルンは憎々しげに7枚におろした狼に視線を投げると、主であるリヴィエからの命令を思い返していた。
「ベルン、城内から王城周辺の警護にあたれ!」
ベルンはその命令に拠って意味も分からないまま王城周辺の警護に当たっていた。
その時に地揺れに見舞われたのだ。
ベルンは地揺れの衝撃に最初こそ驚いたが、「地面の上に立っているよりは不測の事態に対応出来る」と考えた結果、自身の形態を変えていった。
要は背中に翼を生えさせ、その翼で羽ばたき空へと舞い上がっていったのだ。
ベルンが上空から王都ラシュエの様子を窺っていると、王都の至る所に大きな狼が現れるのが見えた。
ベルンは先ず近くに現れていた狼に対して気付かれない様に上空より強襲した。それを一撃の元に斬り捨てると再び空へと舞い上がり、次なる獲物を探していくのだった。
そして、さっきの女の子を助けるコトに繋がった。
一方でベルンはリヴィエが何故王城の周辺の警護をしろと言ったのか分かった気がした。
「これで2匹か。さっき上から見た感じだと、ざっと30匹位はいた様に思えたな。狼が出た来ていた場所は王都中に点々としていた様子だったから、このまま地面を行くよりは空から探した方が早いかもしれん」
どおぉぉぉぉん
「あっちで誰かが闘ってんのか?しゃあねぇ、援護に向かうか」
ベルンは翼を羽ばたかせ空へと舞い上がると爆発音のした方に向かっていった。
王城の兵士達はまだ経過時間的に臨場していないのが明白であり、あの狼と闘っている相手が民間人だと考えたからだ。だから「民間人であれば救助しなければならない」と、そんな使命がベルンを突き動かしていた。
「ハロルドから離れなさい、獣!」
グルルッ
ハロルドに注意が向いていた狼に向かってルミネは爆裂炎弾を放っていた。
しかし狼は自身に迫り来る魔術を見て、先程同様に掻き消そうとした。そこでルミネは掻き消される前に魔術を起爆させ意図的に大爆発を巻き起こしたのだ。
狼は魔術を無効化しようとした直前に、目の前で爆発を起こされた挙句、その熱風を浴びせられたコトに腹を立てていた。更にはダメージこそほぼ負っていなかったが幾度となく魔術を放ってくるその煩わしさに、ルミネを敵と認識し低い唸り声を上げていた。
ルミネはそんな狼の事はお構いなしな様子で爆発の煙に紛れて転移用の扉を開くと、狼の眼前で呆けていたハロルドを先に回収していった。
「ハロルド!何をなさっているの?あの獣の前でやる気を失くすなんて正気ですの?そんなにだらしが無い男だったなんて見損ないましたわ!!」
「ルミネ…様」
ルミネは軽蔑した眼差しでハロルドに対して冷たく言の葉を一方的に投げ付ける。そして転移先に急遽設定した建物の屋上へとハロルドを置き去りにし、ルミネは空から狼に対して強襲する作戦をとった。
狼は爆発の煙が風に流された後で獲物2人(特にルミネ)を探していたのだが、いつの間にかいなくなっていた事に戸惑った様子で辺りをキョロキョロと見回していた。
「遅延術式、霹靂爆豪。遅延術式、攻投焔槍・18柱」
「さてと、準備はこれくらいで良いですわね。行きますわよ、獣ッ!爆豪闇弾!」
ルミネは上空で仕込みを終えると狼を強襲するべく闇の星々を降らせていった。
狼はその気配を素早く察知すると、空を見上げたまま唸り声を上げ、短く連続した咆哮を放っていく。
狼の咆哮に拠って闇の星々は次々に霧散した。そして、そのタイミングでルミネは扉を潜ると狼の背後に転移したのだ。
「術式展開、攻投焔槍!」
グルァ?!
転移魔術に拠って狼の背後に回ったルミネは遅延術式を解放した。
それに従い上空より18本の焔槍が降り注いだのだ。
狼は突如として湧いた焔槍に面食らった様子だった。然しながら軽い身のこなしで焔槍を次々に避けていくと、ルミネに向かって速攻を仕掛けていく。
狼の鋭爪がルミネを切り裂かんと放たれていったが、ルミネはその鋭爪が触れる直前に再び転移し狼の背後へと回り込んでいた。
「終わりですわ!術式展開!」
どごおぉぉぉぉぉぉぉぉぉん
狼は鋭爪を躱したルミネが立っていた位置に設置されていた霹靂爆豪の大爆発の直撃をその身に受け粉々にされながら吹き飛んでいった。
「ルミネッ、後ろおおおおぉぉぉぉぉお!」
「えっ!?」
突如として響いた雄叫びを受け取ったルミネは振り返っていく。
ルミネが振り返った先、そこには先程までとは違う別の狼がいて、その狼は既にルミネに対し爪撃のモーションに移っていた。
ルミネの時間は走馬灯の様にゆっくりと流れていったと言える。
「殺られるッ!」
がきいぃぃぃぃぃぃぃん
「ぐっ」
ハロルドはルミネに因って置き去りにされた建物の屋上からルミネの闘いの様子を見ていた。そして霹靂爆豪の起こした大爆発の後に、ルミネの背後に狼が現れたのを見付けると咄嗟に声を張り上げた。
しかしそのまま後先考えずに屋上から狼目掛けて飛び降りていったのだ。
「ルミネに、手を出すなあぁぁぁぁぁああ!」
「ハロ…ルド?」
ハロルドの鬼気迫る雄叫びが周囲に轟き渡っていく。その気迫を伴った雄叫びに狼は一瞬だけたじろいでいたが直ぐに低い唸り声を上げていた。
「ルミネ、早く逃げろッ!」
「早くッ!!」
ハロルドは自分の直ぐ真後ろにいるルミネに声を掛けたが、ルミネは一向に逃げようとしてくれない。
その間に狼は突如として空から降ってきた闖入者に対して甚振るような爪撃を繰り出していた。
ハロルドはルミネが真後ろにいる事から巻き込んでしまいそうで「型」を使う事が出来ずたった剣1本で防戦を強いられる事になった。
狼の爪撃は絶え間無く容赦無く続き、ハロルドの身体はその鋭爪に因って刻まれていく。
「どうしたルミネ?何故逃げない?」
「早くッ、じゃないと小生が保たない」
ハロルドは鋭爪に刻まれながらも、その痛みに耐えながらも、防戦を強制的に強いられている現状に苛立ちを隠せず声を荒げていた。だがしかし、ハロルドはルミネの状態をとてもじゃないが見れる状況ではない。
だから振り向かずに言葉を投げる事しか出来ない。
それら一連のハロルドの声にルミネはとても小さな声で「こ、腰が抜けましたわ」と応えていた。
自分が避ければルミネにその爪が届く。「型」を使えばルミネを巻き込む可能性がある。
そしてルミネはこの場を離れる事が出来ない。
それは即ちハロルドの完全なる手詰まりだ。
ハロルドはこのまま狼の鋭爪にジワジワと切り裂かれながら、「終わりの時が来るのをただただ耐える事しか出来無いのか」、と考えていたのか。
はたまた、「惚れた女を守って死ぬなら本望だ」、と考えていたかは定かではない。
「何だぁ?ちゃんと漢やってるじゃねぇか?」
「健気だねぇ。惚れた女守るなんて、健気過ぎるぜ、ハロルド」
一方的な防戦はその声と共に狼の背後から来た男に拠って一気に打開された。何故ならば狼は一刀の元に両断されたからであり、それを行ったのはベルンだった。
「ベルン…さま?」
「おぅ!大丈夫か?」
その声にベルンは振り向きルミネの顔を見ていた。
そして声を投げてきたルミネに対して、ぶっきらぼうに返事をしたのだった。
「話し方が王城の時と違いましてよ?」
「ぶっ。ははははははっ。そりゃそうだ!アレは営業用だッ!」
「流石に王城でこの話し方をしてたら、サージュ家の品性を問われ兼ねねぇからな、これでも気を付けているんだぜ、ルネサージュ家のお嬢様。で、抜けた腰は治ったかい?」
「ぷぅ。まだですわ、ふんッ」
「そぉかいそぉかい、それじゃハロルド、腰の抜けたお嬢様を抱えてどっかで少し休んでろ。お前もその傷じゃロクに闘えねぇだろ?」
「しかし…。小生にはまだ……」
「そんな状態で何を言っていやがる。それに、腰の抜けたお嬢様を守るのが、お前に与えられた立派な本来の仕事だッ!」
「分か…りました。お願…いしま…す」
「おぅ、任されたぜ!」
「ところで、ルネサージュのお嬢様よ、早く抜けた腰を治して、王城に行きな。アンタにはまだ仕事があるんだろう?」
ばさっばさっばさっ
「言われなくても分かってますわよッ!べーっですわッ」
ベルンはルミネの返答を聞かずに翼を羽ばたかせて空へと舞い上がり新たな敵を探しに向かっていった。
残されたハロルドは腰の抜けたルミネを、傷だらけの両腕で抱きかかえると近くにあった建物の中に入った。ルミネの蒼銀のドレスに赤い染みがじわじわと滲んでいく。
ハロルドに抱きかかえられたルミネの顔は恥ずかしさの余り紅潮している。それを悟られ無い様に顔を伏せながらもルミネは抵抗する事なくハロルドの腕の中に抱かれ、建物の中へと誘われていった。
玉座の間に集まっていた貴族達は、突如として王都ラシュエに湧いて出た狼達に対して、魔王ディグラスの命に拠って各々が狼達の討伐に向かった。
貴族達は当初「フェンリスウールヴ」の名に尻込みしていた。だが追って報告に来た兵からの追加報告は、「フェンリスウールヴに似た大型の狼」と訂正されていた。
拠って勇み足を踏んで討伐に参戦していった。
魔王ディグラスはその光景に呆れ顔になっておりただただ溜め息が止まらなかった。
スコルとハティ達は王都ラシュエを強襲した当初は威勢を保っていたが、ベルンやルミネ、更には後から参戦した貴族達の手に掛かり次々と討ち取られていった。
狼達はその半数が討ち取られ数を16匹まで減らしていたが、その中の1匹が遠吠えを上げたのを聞き届けると、一斉に疾走り出していた。
狼達は遠吠えを上げた狼の元に向かっていったのだ。
その狼達の様子に討伐に参戦した貴族達は「狼が撤退していく」と誤認してしまい更なる対応が後手後手に回る事になる。
狼達は一目散に駆けていた。目的の場所に向かって。
狼達が退散したと勘違いをした貴族達は王城に意気揚々と戻っていき再び玉座の間に集まっていた。
だがそこで彼らを待っていたのは魔王ディグラスからの怒号だった。魔王ディグラスは貴族達が討伐に向かうや否や、王都全域に使い魔を出してその様子を窺っていたから知っていた。
更には使い魔を通して狼達の行動の異変に気付いていた。
一方で魔王ディグラス以外にも狼達の異変に気付いた者がいた。それは空から様子を窺っていたベルンである。
その光景を見たベルンは急ぎ主であるリヴィエに連絡を入れると、直ちに狼達の集合地点に向かっていった。
狼達は1軒の朽ち掛けた建物の中へと集結していた。然しながら臨場したベルンは入り口の壁に身を隠し中の様子を覗うと、突入するのを躊躇ってしまったのだ。
何故ならばそこには先程までとは比べ物にならない程の大きさの狼が2匹いたからだった。
総勢16匹だった狼は2匹になっていた。だがその身から放たれている力の波動は先程までとは比べ物にならない程に強くなっていたのだ。
「そこにいるな、我を殺した者よ」
片方の狼が言の葉を紡いでいた。
「出て来い、吾を殺した者よ」
もう片方の狼も言の葉を紡いでいた。
「見てた事がバレてたとわな。それにしても驚いたな」
「大っきくなったと思ったら言葉まで話せる様になってるとわな。全くもってホントに驚きだぜッ!」
ベルンは狼に見付かっていると知るや否や隠れるのを素直に止め、矢面に出ていった。
「我が名はスコル、キサマに殺された恨み、晴らさせてもらおう」
左の狼が言の葉を紡ぎそう名乗った。
「吾の名前はハティ、キサマに殺された怨み、晴らさせてもらう」
右の狼も言の葉を紡ぎそう名乗った。
「へぇ、スコルとハティ…か。で、アンタらの親はどこにいる?ここにはいないのか?」
「まぁ、親かどうかも知らねえけどなッ!」
しゅぱぱぱぱッザンざざんッ
ベルンはそう言いながら一気に距離を詰め速攻を仕掛けるべく「破竜の型」を口に出さずに無言で放った。
「不可避の一撃を喰らいやがれ!!」ベルンは心の中で叫んでいた。
スコルとハティは一対の狼である。北欧神話に拠れば、スコルは太陽を、ハティは月を喰らう狼とされる。
名前の由来はあるようだが、それは余談なのでおいておく。
スコルとハティは産まれたばかりのフェンリスウールヴが産まれた直後に産み落としたフェンリスウールヴの子供だ。拠って「神界」からこの「魔界」へと親子共々堕とされていた。
「魔界」の8英雄との壮絶な戦いの末にフェンリスウールヴは封印されたが、スコルとハティは先代魔王1人の手で早々に討ち取られていた。
その際に魔石は砕かれ、砕かれた魔石は北の領地のあちらこちらに散っていった。そこまで砕かれれば魔石は、核を砕かれたコトと同じになることから消滅するハズだった。
だがそれを守ったのはフェンリスウールヴであり、子供達を守る為にフェンリスウールヴは力を使いそれによって消滅は逃れたが自身は弱体化した。それが封印される契機となった。
故に弱体化していなければ8人の英雄達が封印出来た保証はない。
更に言えば、あの様な奇襲でもしなければ、少女も勝ち目がない相手だったのは確かだ。
「ロキ」は封印されたフェンリスウールヴの傍らに落ちていたスコルとハティの魔石の欠片を拾った。
そしてそれが全てではない事を知るや否や北の領地を巡って他の欠片を集めていったのだ。
小さな小さな欠片をも全て集めた「ロキ」はそれぞれが受肉を果たせるくらいまでの大きさに再結晶化させていた。
だが全てを纏め上げてしまえば見付かる危険性が高い。
拠って力の解明がされないように分かれた状態で送り込んだのである。
更にはかつてフェンリスウールヴを封印した貴族の一味である、マモンとベルゼブブの魔力を奪う事で、封印の力を弱めフェンリスウールヴの復活も成功させていたのだ。
以上が「ロキ」が「魔界」で行った暗躍であった。
狼達は最後の欠片を探していた。自分達の魂を保護してくれた偉大な母の力を。自分達を封印の箱から出してくれた母親の残滓を。
そして見付けた。
狼達が集まるとフェンリスウールヴの残滓は欠片だったスコルとハティをそれぞれ1つに纏め上げていった。
スコルとハティの半分の欠片は討伐され失われていたが、フェンリスウールヴの残滓は残った半分だけでも纏め上げ、スコルとハティという個体を受肉させたのだ。
更に付け加えるならば、スコルとハティはそのフェンリスウールヴの残滓をも取り込んでいた。