闖入者と謎と精霊石と魔弾 ν
しゅわんッ
バタバタッ / たったったっ
ばんッ
「魔王陛下ぁッ!」
勢い良くドアが開いた。ノックもなかった。それもこの国の王である、魔王ディグラスの自室でだ。
不敬極まりなく無礼にも程があるこの行為を行ったのは、ルミネであり横にはハロルドの姿もあった。
一方でその魔王ディグラスはリヴィエからの報告を自室で受けており、その矢先の出来事だった。
かちゃッ
「貴様ら!魔王陛下の部屋にノックもせず無断で入るとは無礼であろう!」
すらッ
「そこに直れッ!斬り捨ててくれるッ!」
リヴィエは突然の闖入者に怒声を張り上げ腰から三日月刀を抜いた。その切っ先は当然の事ながら入って来た闖入者に向けられている。
「これは、リヴァイアタン様、大変申し訳ございません」
「ですが、緊急事態なのですッ!」
「リヴィエよい。刀をしまえ」
「はっ」
「はぁ。全く我が娘といいルミネといい、最近はドアをノックもせずに余の部屋に入って来るのが流行りなのか?」
「なぁ?」
魔王ディグラスはリヴィエの方を何やらモノ言いたげな顔で見ている。その視線を感じたリヴィエは魔王ディグラスから目を逸らし、上を向いて口笛を吹いている様なそれっポイ仕草をしていた。
「ところでルミネよ?そなた達は北の辺境伯の元に向かったと記憶しておるが?調査は終わったのか?それに緊急事態とは何事か……」
「はっ!?娘の姿が…無い?!」
がたッ
「一体何が…起きた?」
魔王ディグラスの口から発せられる声は重い。その口調からはいつもの「優しさ」は消えていた。
魔王ディグラスからの問いに対して、何も知らないリヴィエは言葉を発する事なく、真剣な面持ちでルミネ達を見ていた。
「フェンリスウールヴが現れまして御座います。そして、御子様は単身で闘いに赴かれました」
「わたくし達は、わたくし達は、御子様を死地に……うっうっ」
「なん…だと?お前達ッ!御子様を残しておめおめと逃げて来たと言うのかッ!!」
「はぁ。最悪の事態になったな」
話しは2人がやって来る少し前に遡る。
-・-・-・-・-・-・-
ドタドタドタドタッ
「魔王陛下ぁああぁ!」
バんッ
「魔王陛下ッ!」
「一体何事だ、リヴィエ。緊急事態か?」
魔王ディグラスは自室にて政務を執り行っていた。しかしペンを奔らせる音しか響いていなかったその部屋の静寂はいとも容易く破られる事になった。だが魔王ディグラスは突如として部屋に入って来たリヴィエに対して取り乱す事なく冷静に応じていた。
一方でその言葉が持つ表情は不躾な訪問者に対して多少冷たい様にも感じられた。
「陛下の御子様はいずこに?」
「ん?昨日、北の辺境伯の所に向かったハズだが、娘に何か用があったのか?」
「くそッ!遅かったかッ」
「どうした?お前らしくもない。何があったか申してみよ」
リヴィエは「ガクっ」と床に膝を付いた。その表情には苦悶や後悔といった様相が浮かんでいる様にも覗えた。
魔王ディグラスはそんなリヴィエの姿から、その表情に動揺の色を浮かべ始めていた。
「北の辺境伯からの積荷に混じっていた魔石の解析が終わり、その魔石が神族のモノである事が解明されました」
「フェンリスウールヴか?」
「申し上げにくいのですが、その可能性がある…と」
フェンリスウールヴは北の辺境伯の領地の更に北。かの狼が魔界に堕とされた時にいた場所に封印されていた。
北の辺境伯は当然その事を知っていた。だからその事も相俟って、この国は特に北の辺境伯との間に戦端を開くワケにはいかなかったのだった。
「だが、それでは解せん。かの狼は封印された筈だ。そして、封印されたのであれば魔石にはならぬであろう?何故、その魔石に狼の力がある?」
「しかも数が32個もあるのだろう?お前は実際にその目で32匹の狼を見たのか?」
魔石とは魂が結晶化した石の事を指す。アストラル体が強制的に滅ぼされると魂は結晶化する。
結晶化した魂は長い年月を掛けて身体を再構築し、再構築が終わると魂は魔石から状態変化し再び受肉を果たす。
一方で魔石化した後で核が寿命を迎えて崩壊すれば受肉を果たさず消滅する。
しかし狼は8人の英雄と戦いその身を「封印」されたのだ。決して狼は「滅ぼされた」ワケではない。
因って、魔石になり得る理由が全く無い。更にその数は異常過ぎるにも程がある。
例えそれがフェンリスウールヴの魔石であったとしても、1つの魔石をそこまで細分化すれば、核が崩壊し兼ねないからだ。
「そ、そこまでは解りかねます」
「ですが、あの時は確かにフェンリスウールヴは1匹しかおらず、先代の陛下と力を合わせて封印したのは間違い御座いません」
「ですが、陛下ッ!かの狼が関与しているなら危険過ぎます!北の辺境伯の領地に向かった御子様をお戻しになられた方が……」
ガリッ
「それは…出来ぬ」
魔王ディグラスは苦虫を噛み潰した様な表情をしていた。その返答に対してリヴィエはただただ驚くばかりだ。
「娘の事が大切だと思わないのか?」
そんなコトが言えるハズもなく、ただただオブラートに包みまくった表現に押し留めた。
「何故で御座いますか?」
「それは、彼奴めがハンターだからだ。依頼を受けたハンターは依頼を完結するまで戻る事は出来ぬ。完結せずに戻れば失敗に終わる。そうなれば最悪の場合その証たるライセンスを失う事にもなり兼ねん」
「……は?そんな事で?」
「ハンターとはそういう生き物なのだ」
そこに突如として現れたのが北に向かったハズのルミネ達だった。
「はぁ、最悪の事態になったな」
「残りの貴族達を急ぎ召集しますか?」
「うむ、そうだな。リヴィエ、頼まれてくれるか?」
「ははっ。仰せのままに」
ハロルドは少女が言った通りに事が運んでいく様子を目の当たりにして、呑気にも「凄い!流石師匠だ!」と心の中で少女に対して大絶賛の賛辞を贈っていた。
だがハロルド1人じゃ「相手に出来ない相手」の件は、とっくのとうに失念していた。
その一方でルミネは焦燥感に駆られていた。
「今すぐにでも、少女の元に駆けつけたい」と。
「少女を守るべく仲間を連れて、今すぐにでも」と。然しながらその願いは虚しく散ることになる。
「切り裂け、レーヴァテイン!」
「ッ?!」
その言葉と共に少女は狙撃された。バイザーから突如としてアラームがけたたましく鳴り響いた為に少女は身を捩るように急遽、回転運動に拠る緊急回避を行った。
その甲斐もあって少女の目と鼻の先を掠めるように何かが頭上から大地に向けて墜ちていく。
それが突き刺さった大地は轟音を上げて抉られ削り取られていた。
少女は自身を攻撃してきた者の方を向き、そして見た。
半身を焼け爛れさせ、怒りの炎をその身に纏い、憤怒の形相でこちらを睨み付けている銀髪の男の姿を。
「1度ならず2度までも、このワタクシに傷を付けたばかりか、ワタクシの子供までをもその手に掛けるとはぁ゛ぁ゛。あ゛あ゛?覚悟は出来てるんだろうなあ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ニンゲン!」
「ッ?!生きて…た?」
銀髪の男は語気を強め怒気を吐き散らし、身体を小刻みに震わせている。前から見た事のある銀髪の男とは明らかに違う何か異質なモノだ。
銀髪の男はその身に炎を纏うと、纏ったその業火を撒き散らしながら急激に巨大化していく。銀色の髪は燃え上がるような真紅に染まり、エメラルドの瞳は金色に輝いていく。
それを境に周辺の温度は急激に上昇していった。少女は肺が灼けるような感じがしていた。そして急速に息が苦しくなる。
だがしかし少女は目を逸らすことも逃げ出す事もしなかった。
そんな事が出来るハズもなかった。
「ここで消えろ、ニンゲンンンンンン!穿て切り裂け、全てを焼き尽くせ、レーヴァテイン!」
「今までのアイツじゃない?!一体どうなってるの?それに……」
10mほどにまで巨大化した銀髪の男が、手を頭上に上げ一気に振り下ろしていく。
振り下ろした手の軌道上には次々と、禍々しい色をした焔を湛えた剣が、切っ先を少女に向けたまま虚空に顕現していた。
それらの焔の剣は一斉に少女目掛けて飛来強襲した。
「ちょっ、ヤバっ!」
「あれって、まさかッ!概念能力…なの?」
少女は焦っていた。しかし焦っていながらも頭の中は冷静だった。
アラームは先程からけたたましく鳴り響いている。いや、むしろ鳴りっぱなしとしか表現出来ない。
それが指し示している事柄それは即ち、これらの焔の剣が容赦ない程の「脅威」である事に間違いが無いからだ。
だが流石に煩くて集中力を削がれる為に少女はアラームを切る事にした。機械的で無機質な音は気にならない時はどうでもいいが、極端なのはいけない。
気にし過ぎると気が逸れるコトになる、だから切った上で集中。
少女の頭の中の思考回路は急ピッチ急加速でフル回転し打開策を探し出していく。
「デバイスオープン、精霊石スカディ。我が剣よその身に力を宿せ!」
「行くわ…よッ!!」
「相手が焔の巨人なら、この手しか無いでしょ!凍刃征製!」
少女はルミネに貰った水の上位精霊石を自身の愛剣に宿していく。宿った力は愛剣の刃に纏わり付くと周囲に氷の刃を生み出していった。
更に少女は自身のオドを精霊石の宿った剣に上乗せし、且つ剣は周囲のマナを吸い上げる事で更に威力は強化されていく。
「凍刃の氷結晶」に触れた焔の剣は次々に水蒸気爆発を起こし周囲一面には水蒸気の深い霧が立ち込めていく。
一瞬で視界は一気に悪くなっていった。
だが一方で凍刃征製を展開している以上、立ち込めた霧は再び氷の刃へと戻っていく。
付け加えると凍刃は元からある水蒸気だけではなく、魔力を凍刃に変換しているのだ。拠って凍刃が霧散すればする程に付近一帯の水蒸気量は更に増え、それに拠って凍刃の精製量は増えていく。
それらの凍刃は繰り返し繰り返し焔の巨人に向かっていくというループの中にある。
精霊石、オド、マナ、それのいずれかが消失するまで続く無限ループだった。
これが現象と物質の違いによる大きな差だ。
焔の巨人も負けじと次から次へと焔の剣を放っていく。焔の剣と比べると凍刃の氷結晶単体の持つその威力は小さい。
だが消滅しても再精製され無数に増え続ける氷の刃と、更には凍刃征製の影響下で急低下した気温に因って、焔の剣は徐々に押され始めていた。
焔の巨人はその状況に対して抗うように、更に焔の剣を増やして顕現させていく。しかし顕現させればさせる程に、凍刃の氷結晶はその数を増して向かっていった。
焔の巨人にとって負のスパイラルと言える状態が繰り広げられていったのだ。
「バースト!凍刃征製・絶対零度!」
ぱきんッ
少女の声が周囲に木霊し響き渡っていく。
少女の放ったその言葉に因って周辺の全てから一瞬にして熱量が奪われ瞬く間に凍り付いていった。大気も大地も少女の半径100m以内にある物全てが凍った。
それは荒廃した赤茶けた大地に咲いた白銀のバラの様だった。
精霊石を使った攻撃手段は幾つかある。
・自身のオドを呼び水にして一瞬の内に爆発的な力を引き出す方法。→属性魔術(威力最大)の発動。
・武器に付加し効果を付与する方法。→属性武具の作成。
・武器やデバイスに宿して力を得る方法。→属性魔術(威力小)の発動。
然しながら武器に付与する場合にも宿す場合にも予め精霊石用のスロットが必要になる。更に武器に宿した時はその武器が持つ属性効果があれば属性が反しない限りプラスアルファとしてそれも付加される事になる。
逆にデバイスに宿した場合にはデバイス自体に属性効果は無い為にプラスアルファの恩恵は得られない。
どちらにせよ付加するより宿す事で精霊石の力を最大限引き出す事が出来るのだ。
闘いの中に於いては宿して力を引き出す方法が一般的な使用方法とされるが、その場合は精霊石の持つ力を使い切った段階で効果は終了となる。
逆に精霊石内にまだ力が残っている場合は「バースト」させる事が出来る。その場合は精霊石に残っている力を全て解放し、1回限りの強力な一撃を行使する事が出来るようになる。
その威力や効果範囲は力の残り具合に左右される。
拠って今回少女はスカディの精霊石の中に残っていた力を最後にバーストさせた。
その結果、消耗戦闘から一気殲滅の「絶対零度」を繰り出す事が出来たのだ。
「ど、どうだ、これで」
「でも、このままじゃ、アタシも凍るわね。さ、寒い」
少女の口から漏れる息が白い。少女の周辺は完全に凍り一面の銀世界だ。
絶対零度に因って周囲は完全に凍り付かせた。大気も大地も、焔の巨人や巨人が作り出した剣すらも焔の形をしたまま凍っている。
然しながらこのままでは少女自身も凍ってしまう。
今はまだ咄嗟に張ったシールドメイデンの効果で辛うじて耐えられているがこのまま-273.15℃に暴露され続ければ凍死は免れない。
ゆえに、凍る前にしなければならない事があった。
「デバイスオープン、精霊石ドリュアス、精霊石アウラ。我が剣よその身に力を宿せ!」
2つの精霊石はその内に秘める力を親和させ混ざり合いながら剣へと力を宿していく。そして精霊石の力が宿った愛剣を握り締めた少女は最初からバーストさせた。
「バースト!生死創生=世界神樹!」
少女に拠って放たれた言の葉は力を帯びていく。そして生み出されたモノは1粒の「種」だった。
少女の放った「種」は凍った大地へと根を下ろした。
種は大地に根付くや否や、葉を茂らせ枝を伸ばし樹高を上げ急速に成長していく。
急速に成長したそれは周辺にある全てのモノを盛大に巻き込んでいった。たった1粒の「種」だったそれは、それら全てのモノを貪欲に糧として栄誉として取り込んで更なる成長を遂げていく。
結果、ものの数秒で天を衝く様な大樹となった。
「世界終焉」
ぱっキィィィィィン
「はぁ、はぁ、はぁ…。どうよ?これでアタシの勝ち…よね」
少女は結びの言葉を紡いだ。それによって少女が生み落した種から芽吹いた大樹は全て消滅した。
大樹が飲み込んだ全てをその悉くを消滅させたのだ。故に焔の巨人も焔の剣も大樹が根を張った大地すらも。
更には、-273.15℃を生み出したスカディの精霊石の残滓も含めて、その悉くを一切合切全て纏めてひと括りに消滅させた。
後には削り取られた大地と少女のみが残った。少女は全てを消し去った後で、索敵もそこそこに早々にこの場を切り上げる事にした。
少女の中にあれ程まであったオドはその殆どを先の極大魔術と精霊石を用いた2つの魔術に吸われていた。マナを編んだにも拘わらずこの有り様だった。
やはり7つの属性の詠唱は膨大な魔力を使うらしい。並の者なら行使する事も叶わない強力な力を行使した結果だろう。
幸いここは「魔界」でマナが濃い為にオドは使い切ってはいない。しかし荒ぶるマナをその身に取り込んで回復したとしても直ぐに完全回復に至るハズも無かった。
「今は何が起こるか分からないから少しでもオドを温存するべき」だと少女は判断した結果、「転移するよりも空を駆ける」事を選択していた。
空を駆けるのであればマナだけで事足りるし、考え事をする時間も取れるからと考えていたのだが状況は一変していく。
「ふはッ♪ふはははははッ♫流石です。流石ですねぇ。よもや♪これほどとは感服しましたよ。よもやよもや♬ワタクシの子供を仕留め、そしてあまつさえワタクシまで仕留めてしまうとはねぇ」
「えっ!?なん…で?」
この場を飛び去ろうとしていた矢先、焔の巨人がさっきまでいた場所に銀髪の男がいた。
「なんでよっ!?なんでアンタ、生きてッ?!」
「いやぁ♪そんなに驚かれても困りますねぇ。いやぁいや♬それに失礼ですよ?そんな悍ましい生ける屍でも見る様な目で人を見ては(笑)」
現れた銀髪の男は表情を歪め口角を歪に上げて嗤っている。だが一方でそのエメラルド色の瞳は少女を睨み付けていた。
「確かにアンタはたった今、アタシの魔術で消滅したでしょッ!なのに何故!?」
「そんなのチート過ぎるわッ!反則よッ!この卑怯者!!」
少女は銀髪の男の事がよく分からなくなっていた。
当然の事なのだが殺したハズの相手がこうして嗤っているのだから。
こんな現象は超回復と呼ばれる固有能力でもありえない事だ。更に言えば死を回避する魔術や蘇生に拘わる魔術などは現状では存在していない。
だからこそ、ありえないと言わざるを得ない。
少女は銀髪の男の正体が分かったつもりでいた。だが既に根幹にあるハズの「根拠」ですら信用に足るものでは無くなっていった。
「それは♪確かに滅ぼされましたよ?それはそれは♫もうきれいサッパリと(笑)だ・か・ら…まぁ♪ワタクシが出て来る事になったんじゃないですかぁ?まぁまぁ♫アナタに開けられた腹の傷を治す為に、少しでも休息をとっていたというのにねぇ」
「それに♪ワタクシは所詮、吠え面かきの犬っコロ。それにそれに♬犬はイヌ科チーターは猫科。犬から猫には種族チェンジは無理というモノ。そんなのも知らないんですかぁ?ぷっぷっぷ」
「言ってる意味が分からないわよッ!!」
少女は混乱している。否、混乱させられている。
然しながらその混乱とは裏腹に、頭の中では思考回路をフル回転させ打開策だけは模索していく。
一方で銀髪の男は地上にいた状態から少女と同じ高度まで上昇して来ていた。
「現状に於いて少女が今ここで、銀髪の男と戦う事になった場合、勝てるのか?」―「否」
「勝てないなら逃げるか?逃げ切れるのか?」―「否」
少女の思考回路が模索した結果出した解答は全て「否」それは即ち、「手詰まり」だった。
オドは枯渇寸前。精霊石は下位精霊石が5個くらいで上位精霊石は2個くらいしかない。
ワケの分からないヤツ相手に精霊石がこれだけでは火力不足は否めないだろう。
フェンリルの時の様な不意打ちはもう使えない。焔の巨人の時の様に精霊石が有効打になるかは賭けだ。
しかも相手が相手だけに火力を出す為に、マナを練って術式を編むとしてもそんな時間はくれないのが明白。
だがそんな時ふと少女は思い出していた。
魔王ディグラスから貰った、2種類の「存在」を。
1種類目は「暴食」と「強欲」の魔石。ベルゼブブとマモンの魂から作られた2つの魔石。魔界の貴族だった2人の力の結晶。
使い方は分からないけど精霊石と同じ様に愛剣のスロットに入る様な気がする。
2種類目に「魔弾」が200発。人間界の技術では精製する事が出来ない弾丸。魔術に長けた魔族だからこそ出来る技術。
然しながら魔界には技術力的に銃器は存在していないので汎用ではなく少女の為だけに魔王ディグラスが造らせた特別な弾丸。
その2つの存在を視野に入れ、再び少女は打開策を模索していった。
「まぁ、それならアンタはまだ休息しててもいいのよ?アタシとしては本当の事を言うと今ここで闘いたくなんてないのよ…。だから、アンタも休息が必要なら、一旦お互いに手を引くってのはどう?」
「悪くない案でしょ?」
銀髪の男が高度を上げてきたのは分かっている。それが意味している事も分かっている。
だが思考回路は様々な打開策を模索し、その中の1つに「ダメ元でこの場から無事に撤退する為に不戦にしよう作戦」があった。
少女はその思考回路の出した提案を無理だろうとツッコミたかったが、面白いと何故だか思ってしまった。
「あら♫それは魅力的な提案ですねぇ!!あらあら♬それ以上に魅力的な提案がありますよ?どうでしょうねぇ♫アナタは乗ってくれますかねぇ?どうでしょうねぇどうでしょうねぇ♪」
「へ、へぇ。そんなに魅力的な提案なら、後学の為にも教えてもらえるかしら?」
銀髪の男の目は嗤わっていない。そして口角は更に上がり、いびつなまでに歪んでいく。
それは楽しいオモチャを滅茶苦茶に壊したい衝動に駆られた子供の様に残酷で、虐めて苛めてイジメぬいた対象を、更に弄ぶ加虐を骨の髄まで極めたサイコパスのようだ。
だから少女は嫌味な程に屈託の無い笑顔を、銀髪の男に対して華麗に可憐で可愛らしく贈っていた。
「それはねぇ♪オドをほぼほぼ使い果たしているアナタを今からねッ!それはねぇそれは♬残酷な方法で今ここで殺しておくっていう提案がねぇッ!えぇ♪話しで時間を稼いでオドを回復なんてッ!えぇえぇ♫させませんよッ!」
「アンタ、興奮すると言葉がおかしくなっちゃう系なの?まぁ、元からオカシイのは知ってるけど」
銀髪の男の口角はいびつに上がったままだが目だけは嗤っていない。そして興奮しながら言葉を紡いだ銀髪の男は、虚空より先端が三叉に鋭く割れた一振りの槍を取り出し、その尖槍で少女に対して特攻を仕掛けていった。
本来であれば銀髪の男がその手に武器を取る事は無い。この男の武器は主に「言葉」だからだ。彼は悪辣なまでに悪知恵が働く。
それだけで口八丁手八丁で海千山千の屈強な猛者とも互角に対峙してきた過去がある。
そんな狡猾な男が武器を手に取り攻撃している。だがしかし元来武器が使えないワケでは無いのだ。
ただ使わないだけと言える。
その理由としては自分が武器を使えば必ず相手も武器を使う。結果、斬られれば痛いからという単純なモノだった。
自分よりも剣術・槍術など武器を使わせれば、上に出る者がゴマンといると言う事を知っているが故の信条だ。
「くッ!思ってたよりも出来るッ!コイツ、強いッ!!」
「ホントにヤになるわッ!」
少女は銀髪の男が放つ槍撃をギリギリの紙一重で回避している。だが連戦に次ぐ連戦とはいえ少女はそこまで身体的には傷を負っていない。
だからこそ少女の身体を現状で襲っている負の要素はオドが枯渇気味というだけであって、それ以外に身体的にネガティヴな要素は無い。
だが銀髪の男が連続で繰り出す槍撃は、あの白銀騎士程ではないにせよかなり鋭い。
だから身体に異常がなくてもカウンターを入れられるかは微妙な感じだった。
あそこで挑発すれば「警戒させずに容易に接近戦に持ち込めるハズ」と安易に考えた事が裏目に出たかもしれない。オドが枯渇仕掛けているから接近戦がしたくないと匂わせる事で次の一手を考えていたのだが。
結果として今は空中戦だ。体捌きだけではとてもじゃないが躱しきれないのが現状だ。
そこはツメが甘いと指摘されても返す言葉がなかった。
銀髪の男の放つ槍撃と少女の愛剣が錯綜し、幾度も尖槍と愛剣が火花を散らしていく。
「チっ。ラチが明かない」
「何とかして隙を作らないとッ。このままじゃジリ貧だわ」
少女は段々と焦りを覚えていた。銀髪の男から次々と繰り出されて来る槍撃は鋭く、攻撃に転じるどころか間合いすら詰められない。
大剣で弾き体捌きで躱すだけで精一杯だった。結果として間合いを詰める事を諦めた少女は、銀髪の男の間合いから一時的に離脱した。
「デバイスオープン、ウージー。続けて魔弾をウージーに装填」
「仕方ないから使ってあげるッ!」
少女はデバイスに命令して両手剣である愛剣を右手1本で持つと左手に愛銃を転送させていた。
デバイスの中には、ある程度の大きさの物ならばしまって保存する事が出来る。その際には特殊な加工が必要になるが加工さえ済んでしまえば、「オープン」で取り出し自分の手元に転送する事が出来る仕組みだ。
少女は本来ウージーは着装しているのだが「魔界」では役立たずだったコトからデバイス内に仕舞われていた。
だから「魔界」に於いては初お目見えとなる。
取り出した銃器「ウージー」は地球の第2次世界大戦後に産み出されたSMGの1種で、口径に合う9mm弾を装填し最大で50発まで連射可能な銃器だ。
少女はこの銃器を入手し魔改造してもらった。各種パーツの強度や耐久性などはモチロンの事ながら最大限引き上げてある。
更には通常弾頭の他、弾頭に特殊な加工を施した精霊石弾や、魔術付与を施した魔術弾など口径にあった弾薬ならば全て使える仕様にしてある。
それ故に未だ人間界で精製に成功していない魔弾すらも扱えるだろうと考え、唯一無二の愛銃を構えていった。
更に付け加えるとデバイスから弾薬をウージーに直接転送出来る様にデバイス自体もチューンナップしてある。だから本来の上限50発を撃ち終わっても再装填させる必要がない。
要はデバイス自体を1つのマガジンとみなす事で、再装填のタイムロスをする事なく撃ち続ける事が可能になっていた。
今回、魔王ディグラスから貰った魔弾の総数は200発。ウージーは600発/minだからフルバーストさせると1分も保たないで撃ち尽くしてしまう。
それでも今回はこの銀髪の男を倒す為に、その魔弾の性能と愛銃の強度に賭けるしかなかった。
この事が少女が最初に面白いと思った思考回路の提案であり、銀髪の男を挑発して接近戦で苦戦してみせた結果だ。
ダラララララララララララララッ
少女は手にしたウージーのトリガーを引いていく。トリガーを引かれたウージーはその銃口より、通常弾よりは重たく乾いた音を立て魔弾を強襲させる。
放たれた魔弾は音速を超える速さで銀髪の男に向かって襲来していく。
「なッ?!」
ぼんぼんッぼぼんッ
「ぐっ、これは…?何故、ワタクシの身体が内側…から?」
銀髪の男は想定外の「銃器に拠る攻撃」という選択肢を採用した少女の行動に面食らっていた。
その結果、初動が遅れる事になった。
銀髪の男は槍を高速で回転させ、弾丸から身を守る回避行動をとった。しかし数の暴力にはさらさら勝てないモノだ。
拠ってその全てを捌く事は達人のレベルであっても難しいだろう。
だからこそ回転させた槍をすり抜けた弾丸は、その身に命中していく。
結果、銀髪の男に命中した魔弾は当たったその箇所をその内側から破裂させた。
魔弾は通常の銃器では扱う事が出来ないハズだと推論付けされている。何故ならば調合する素材に因って得られる効果が様々なのだ。
だから素材次第では「1発の弾丸が大魔術にも匹敵する程の火力を叩き出す」と言われている。
因ってこれが通常の銃器で扱えない所以となっている。
魔弾はその理論上は人間界でも精製が可能なのだ。しかし求められる技術力の高さと扱える銃器のハードルの高さ、更には開発コストの高さも相俟って精製には未だ成功していない。
魔王ディグラスが精製に成功させた魔弾は「破裂の魔弾」という弾薬である。それは当たった場所の内側の熱量を強制的に高め膨張させた上で、内側から破裂させるといった「因果」を相手に植え付ける。
拠って植え付けられた「因果」は内側から本当に破裂させるという「現象」を引き起こす。
そういった「因果律」に関与する魔弾だった。
通常であればアストラル体には物理攻撃は効かない。拠って通常弾であれば一切の効果はないと言える。
それは魔弾も同じであり、魔弾による効果が物理攻撃に片寄っていれば当たったとしても効果は得られない。
だが一方で「因果律」に関与する場合は、例え効果が物理攻撃に片寄っていても、効果は「因果」に対して与えられる事からアストラル体にも物理法則が効く道理となる。
銀髪の男の身の内で破裂した場所は6箇所。20数発の連射でそれだけ当たっていた。
銀髪の男が手にしている尖槍は流石に破裂こそしなかったが、「因果律」の影響下にあれば耐久性くらいは落ちているハズだと少女は直感していた。
「オドが無いから油断せずに、接近戦で仕留めようとした事が裏目に出ましたねぇ…。まさか因果律を変更させられようとは。まったく、厄介な弾を持ってますねぇ」
「やっぱり休息してた方が良かったんじゃないの?」
銀髪の男の顔には苦悶の表情が浮かんでいる。額には汗が浮かんでおりいつもの変な口調から変わっているあたり、ダメージを負ったのは明白だった。
余裕がなくなると口調が変化するシステムなのだろうか。
「仕方がありませんねぇ、こうなったら全身全霊を込めて一撃で仕留めて差し上げましょう!ちまちまといたぶろうと思ってましたがやめです、やめですッ!」
「行きますよ?苦しみぬいて死んでって下さいね?」
「貫き穿て偽征神槍!」
銀髪の男は少女と距離を取ると、その手に持っている尖槍を上空に向かって放り投げた。
「どこに向かって投げ……てッ、えっ!」
「偽征新槍!?って言ったの!?」
少女は銀髪の男が放ったその名称に純粋に驚いていた。何故ならばその名は北欧の主神が持つ槍と同じ名だからである。
然しながらその槍が本物であるとするならば標的に「必ず当たる」事を指し示している。
その槍が本物であるならば例え空に放り投げられようとも…当たる。
海に投げ込まれようとも…命中する。
大地に突き刺すように投げられようとも…必中する。
一度狙われたらその標的に「必ず当たる」槍なのだ。
その槍は先程少女が使った「破裂の魔弾」と同じく、「因果律」に関与する類の槍だからだ。その「因果律」への干渉度合いは「破裂の魔弾」の比ではない程の精度を誇る。
その為に避けようが躱そうが、それこそ逃げようが転移しようが、狙われれば「必ず当たる」事を前提に向かって来るので「当てられる」以外の選択肢はないのだ。
少女は咄嗟に行動した。それこそ考えるより先ず行動だった。
偽征神槍が因果律を修正し終えて目の前に現れる前に動かなければ完全に後手に回る。いや、もう既に投げられた段階で後手に回っていると言えなくもない。
「ちっ、やられたわ。まったくとんでもない概念能力を持ってたモンだわ」
「どんな事したって必中の因果律を持つ槍に回避は全く以って意味がないじゃないっ。それこそ「矛盾」の再現をここでする余裕もないし……」
故に少女は取っておきの秘策とも言える手に縋り、賭けとも言える方法を実行する事にした。
成功するかどうかは神のみぞ知るが、目の前にいる銀髪の男も神族だと思われる事から神にすら知られては困るのだが…。
「とっておきの力だったけど、出し惜しみはもうダメね」
「デバイスオープン、ベルゼブブの魔石。我が剣よその力をその身に宿せ」
初めて使う魔石の感覚に…。
その反動に…。
その細い腕は…。
その華奢なその脚は…。
その小さな身体は…。
その明晰な頭脳を有する頭は…。
その可愛らしいその大きな目は…。
そして意識は…。
全てが作り替えられるかの様な錯覚に囚われていった。
更には少女の身体にベルゼブブの魂が剣を伝わり宿っていく。
少女はほぼほぼ失っていたオドをベルゼブブから奪う形で回復させ、そして気付けば魔族化していた。
その一連の流れに絶句し肝を冷やす事になったのは、銀髪の男では無く少女の方だ。
「えっ?!」
「アタシの中にベルゼブブの意識が…ある!?」
魔族化した少女の視界はベルゼブブの視界と同等となっていた。更にはその視界から死角と呼ばれるモノが全て消えていた。
そして少女の脳裏に言葉が響いていく。
「よもや、私を屠った仇敵を助けるべく、この力を使わねばならんとわな…。だがまぁそれも構わぬ。強き者に従うのが魔族の宿命だからな」
「ヒト種の娘よ。我が力、見事使いこなしてみせよ!さすれば、仇敵とはいえ、魂の盟約に従い、汝の力となろう!」
ベルゼブブの意識は一方的に少女に伝えると消えていった。
少女は心の中で「分かったわ」とベルゼブブに応えると銀髪の男を見据えていく。
「変身…ですか?まったく、アナタは意味が分かりませんねぇ。ヒト種でありながら、魔族の力まで使えるとは。そう言えば、アノ時は……」
「まぁでも、アナタの生命はここまでです。偽征神槍に貫かれなさい。ワタクシと同じ様に腹に大穴を開けて上げましょう!」
銀髪の男は身体の至る所から血を垂れ流し苦悶の表情を浮かべながらも強気に言の葉を紡いでいく。それが指し示している事は、それほどまでに偽征神槍の力を信じているらしいという事だ。
「アタシはアンタとお揃いになるのは好みじゃないわ。せめてアンタがアタシ好みの男だったら良かったんだけどね?口だけの男は嫌いよ、「ロキ」!」
少女は「ロキ」に向かって言の葉を投げていく。その言の葉を受けた銀髪の男の表情からは余裕が既に無くなっていた。
更には苦悶が色濃くなりオマケに驚愕が入り混じっていた。
「ワ、ワタクシの…名前を…オマエ如きが口に…するなッ!行け、偽征神槍!そして、逝け、ニンゲンッ!」
様々な感情をその表情に纏わせた「ロキ」から放たれた言葉に呼応した偽征神槍は、少女の前に姿を現していた。
「速いッ?!でも、やれる!出来るッ!!」
「我が内に在りし暴食の力よ。その力の一翼を持ちて、全ての事象を喰らい尽くせ!暴食召喚・悪食暴風!」
少女は1点に集中させた力を偽征神槍目掛けて奔らせていく。
その指先から現れた一条の螺旋は、偽征神槍を飲み込もうとして襲い掛かっていった。
「これで、どうだぁぁぁぁッ!」
「アタシはアンタなんかに負けてられないのよッ!!」