2 始まりが普通じゃない。
ふわふわと雲の上にいるような感覚、それは比喩でもなんでもなくて現実的に今、私は、雲の上にいる。
いやそもそもこれは現実なのか?
だって普通の人間は雲の上なんて絶対に行けないし。それこそ天国でもない限り──天国?
確かに私は死んだ、はずだ。
あの痛みが偽物だったとは思えないし、思いたくない。
だからここが天国だと言われれば納得できなくもない。
じゃあなんで私の意識はこんなにもハッキリしているのか? うん、わからん。
仮にここが小説でよく言われる“天界”なのだとしたら下を覗き込めば人間界的なものが見える、と思う。
興味半分期待半分でふわふわした雲を掻き分けながら下へと視線を向けた。
「おぅ…」
そして出てきたのはなんとも間抜けな声。
いや、これはしょうがない。
今一瞬目にした光景は、思わず女子っぽくない声が出てしまってもしょうがない。
だって、どう見ても日本じゃないのだから。
いやもしかしたら私が知らないだけで日本にこんな場所があったのかもしれない。
…いや、ねーよ。
混乱しすぎてセルフツッコミしちゃったよ。
だって、髪の色なんか赤に緑に黄色にピンクで、黒色なんかどこにも見当たらないし!
街並みもどっちかといえば洋風でロンドンやイギリスって言われた方が納得が行くし!
そして何より、道行く人が使ってるなんかよくわからん物体、いや物質?
指の先から炎っぽいものが出てたり、黒いモヤが出てたり、見たこともない生物と会話してたり。
うん。
私の知ってる日本じゃないね?
ていうかもはや私の知ってる世界じゃないね?
それともあれか?
私が死んでここで目覚めるまでに世界はこんなにも変化してしまったのか?
どんな変化だよ。
世界を作った神様もびっくりだわ。
「どうなってんの…」
少なくとも私に今わかるのは、私が死んだということ、地球ではないどこかの世界にいること、そして人間ではないということ。
じゃあお前はなんなのかと聞かれたら、それは私にもわからん。むしろ誰か教えてくれ。
異世界転生、とかいうもんじゃない。
いや確かに異世界は異世界なんだけど、転生したかと言われると微妙なラインである。
だって(物理的に)地に足ついてねーし!
今現在空(というか雲)の上ですから!
ちなみにここからどうすればいいのかも全くわかりません!
これでも成績はトップだったんだけど、こんな状況想定したこともないから対処法なんてまるで分かりませんとも、ええ!
…なんか悲しくなってきた。
さっきまで普通に何の変哲もない女子高生として生きてきた私が、いつも通り学校へ向かってたら車に轢かれて天界に居るってなんやねん。
ここが天界なんかも知らんけど。
私以外誰もいないから心細いしさぁ。
「せめて地上に降りられればいいんだけど」
そんな私の独白に答えるかのように、ピコン!と弾むような音が響いた。
え、え、なに?
状況を理解するよりも早く、目の前に文字が浮き出てくる。
《地上へ降りますか?
YES NO》
それは、私がさっき呟いた言葉そのもの。
まるで誰かが私の願いを叶えようとしているかのように完璧なタイミングで、ふるりと身体が震えた。
だけど、願ってもいないことだ。
このまま誰もいない天界で何のヒントもなく生きていくなんてことは出来ない。
それならば、例え私の知る世界じゃなくとも地上へ降りた方がいい、はず。
「…YES」
私の指は、震えながらそっと浮かんでいる文字のYESを押した。
《本当に、降りますか?
YES NO》
迷いはない。
再びYESの文字を押せば、《了解しました》という無機質な声とともに視界がぐにゃりと歪んだ。
思えば、私の行動はなんとも軽率だったと思う。
誰もいないと決めつけて天界を探索しなかったこととか、思考を読み取ったように現れた文字について考えなかったこととか。
まぁそれは今更思っても後の祭り。
そんなことよりも、誰か私を助けてください。
「っ、ぎゃあああああ!!」
地に足がつく感覚がして目を開けた私の視界に入ったのは、数えきれない程の猪の群れ。
そして彼らの目には、しっかりと、私が捉えられていた。