ヘッドホン
好きな音楽で耳を塞ぐ。
自分の好きな世界に身を浸し、歩き出す。
外の世界から聞こえる音は、ささやかな雑音。
おばさんたちの、笑い声の断片だったり、
車のエンジン音だったり。
聞く必要のない音たち。
聞く必要ないと、思っていた音たち。
9月、日が落ちる時間が、早くなったことを、
瞳で感じた。
秋だと感じた。
耳は、曲と曲との空白に差し掛かっていた。
空白の、少しの間に、普段聞きなれない、
雑音が混じった。
なんだか気になって、
思わず耳を外気に触れさせた。
「ピーヒャラ、ピーヒャラ」
「わっしょい、わっしょい」
お世辞にも、大きいとはいえない、みこしを、
何人ものおじさんが、掛け声をかけながら、
担いでいた。
曲と、曲の空白がなかったら、
曲の途中だったら、
気がつかなかったかもしれない。
音から感じる季節の変わり目。
それから、
音楽を切った。
外には、いろんな音があふれている。
靴の奏でる足音は、
人によって違うことに気づいた。
道路を横切るときは、
わざわざ後方を目視しなくても、
エンジン音が聞こえなければ、
横切れることに気がついた。
炊飯器は、
意外にも、ゴボゴボいいながら
ご飯をたいてるし、
炒め物は、いためるものによって
音が違う。
音楽にはない、
音が、聞こえる。
それでも、
自分の好きな音楽で、
耳を塞いでしまいたいこともある。
自分だけの好きな世界に、
入り込んでしまいたいこともある。
9月の夜のこと。
大音量の音楽が流れるヘッドホンを
外してみた。
涼しげな、
スズムシの音色が聞こえた。
たくさん聞こえた。
それは好きな音だった。
スピーカーからは、
小さく、私の世界が流れていた。




