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登校!ただ今全力疾走中

 帰って来たのだ、元の世界へ。

 郊外の住宅街でも街中の空気は自然本来のものではない高度な文明の匂いがする。路面は砂利道ではないし、立ち並ぶ灰色の柱ととそれらを繋ぐ黒い縄が電気の存在を教えてくれている。

 さっきまで何やらやかましくさえずっていた眼前の少年さえも世界を確かに感じさせる一員として愛おしく感じてくる。


 帰ろう、懐かしの我が家へ。

 我が家の扉を叩き母の顔を見なければこの実感を確実なものにできない気がした。

 さあ、立ち上がってつま先を反転させろ。目指すは母の胸の中だ。


 マサトに背を向けて一歩踏み出す。少年よ、機会があればまた会おう。

「ちょ、ちょっと待ってよ!遅刻しちゃうよ⁈」

 無礼にも手首を掴んで引き戻してくるとするマサト。

 私の歩みを阻むとは何事か。第一そんな細腕で私の動きを止めようとするなど思い上がりも甚だしい。

 私には自分よりはるかに大きな男に抱きつかれたところでそいつを引きずって歩くことができる自信がある。今回もこの少年が障害になるなどとは露ほどもも思わなかった。

掴まれた手を振りほどくこともせず前進を続けようとする。

「いやいやいや!今週だけは本当にダメだって!新学期遅刻取締強化週間だよ⁉︎ユミコちゃんいつも遅刻してるから今日遅刻したらペナルティだって先生に言われてただろ⁉︎ほら、走るよ!」

 何ィ⁉︎この男、私を止めるどころか引っ張って走り始めやがった!

 なぜだ!こいつのどこにそんな力が…まさかこいつ…上級魔族か!

 上級魔族は人間体に姿を変えられるため、見た目に関わらず強大な力を有している。かく言う私もかつて幼い子供の姿をした上級魔族に騙されて仲間を1人失ったことがある。

 この男…侮れない!その甘いマスクの下にとんでもないものを隠してやがったァ!


…冷静になれェ!今の私は非力な17歳の女子高生!男子が本気で引っ張ったら抵抗なんてできないだろ!

 どうやら自分で思った以上に頭が今の状況に順応できていないらしい。しかし転移前の17年間よりも長い時間を向こうの世界で過ごしてきたのだ。すぐに切り替えろと言われても無理があろう。


 マサトに手を引かれるがままに走っていると、気づけばもう学校は目の前に迫っていた。

 そういえばこんな施設に毎日通っていたのだったなと少し感慨深くもある。こんな大きな建造物がこの世界にはゴロゴロ存在しているのだから、いかにあの世界と文明レベルの差があったのかを実感する。


「えーっと…ところでユミコちゃんはどうしてあんなところで倒れてたの?やっぱり寝不足か何かかな?」

 沈黙に耐えられなくなったのかマサトが唐突に話しかけてきた。

 異世界に行って30年過ごして殺されて帰ってきたなんて言っても信じてもらえないだろうし…

「あ、はい。そう、寝不足寝不足。」

 適当に話を合わせておく。

「そっかー。ユミコちゃんいつも寝不足っぽいもんね。授業中寝てよく先生に怒られてるし。」

 私はどうやらかなり不真面目な生徒だったらしい。今の私なら軍規違反は厳罰、指導中の居眠りなど裸に剥いて荒野に捨てるところだ。

 適当に相槌を打ちつつ走っていると、淡いピンク色の花を付けた木々が目に入った。あの花は確か桜だ。

 桜の花びらが風に吹かれて空に舞う。穏やかな朝の陽の光に照らされて桜吹雪の中を駆け抜けるのは実に気持ちがいい。

 私が転移したのも春の日の朝だったはずだ。ふと気になってマサトに尋ねる。

「おい、今日って何年の何月何日だい?」

 マサトは戸惑ったそぶりを見せながら腕に巻いている時計を確認する。ここの時計は小型で実に高性能だ。羨ましい。

「えーっと今日は…20〇〇年4月10日だね。」

 なんと!私が転移したまさにその日ではないか!つまり私は転移したその時点からまた人生を再開したというわけか!何という仕組みだ!

「おっと、そんなことよりもうすぐ到着だ!時間はギリギリだな…」


 校門には猿のような顔をした薄着の成人男性が1人。私やマサトと同じ制服を着た少年少女が小走りで彼の横を通り過ぎていく。

「はい予鈴までぇ〜…10…9…8…」


「ヤバい!ユミコちゃん、ペース上げるよっ!」

 マサトはそれまでこちらに気を使ってか程々に抑えていたスピードを一気に上げた。


 別世界の私ならこんな距離一瞬で走り切ってみせただろう。だが今の私は非力な少女なのだ。しかも一気に30年若返ったことで身体感覚が完全に馴染んでいない。

 だから、こんなことも仕方ないのだ。


ズデーーーン‼︎


 私はコケた。

 急に上がったマサトのスピードについて行けず、手だけが引っ張られる形で顔面から地面に打ち付けられた。


「ユミコちゃーーーーーん‼︎」

 優男が顔面蒼白にして叫ぶ。そんな姿も絵になるのだから色男はすごい。

そんな時だった。


キーンコーンカーンコーン


「はいタイムリミーット。そこカップルさん、惜しかったけど遅刻な、ってユミコお前また遅刻か。今回でペナルティだと言ったろ。放課後職員室まで来い。転んだ傷が痛むようなら遅刻ついでに保健室寄ってけ。」

 猿顔の男は地面に突っ伏してる私を見てそう言うとサッサと学校の中に入ってしまった。

「ごめん!俺がいきなりスピード上げなきゃこんなことには…うわっ擦りむいてる!保健室行かなきゃ…」

「ったく、何を女々しいことを。こんなの怪我のうちに入るかってんだい。第一転んだのはついていけなかった私のミスさ。むしろ謝るのはこっちの方さね!」

 立ち上がって服についた砂埃を払うと校門をくぐる。後ろではマサトが呆けた顔で突っ立っている。

「ほら何してんだい!行くよ!」


 ここまで来てしまっては仕方ない。家族に会いたい気持ちは山々だが、学校が終わってからでも遅くはない。

せっかく帰って来たんだ。今はせいぜい学校 生活を楽しんでやろうじゃないか!

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